冬に咲く

犬山テツヤ

かつて青春を送った人たちへ

「私ね。一目惚れされたみたいなの」


 親友の愛奈が告げた言葉に私は相槌を打つしかなかった。


「知ってる人?」

「全然知らない人。でもモデルみたいな綺麗な男の人」


 私たちはいつもの制服を着ていた。冬の空は曇りが多かった。その話題は光が差すほどに明るいわけでもなく、どちらかと言えば、この空にふさわしい話題だった。


「OKするの? やめときなよ」

「やめるつもり。でもインスタは交換しちゃった」


 愛奈はそういって写真を見せてくる。確かに格好いい人だった。輪郭が整っていて、清潔感があって、鼻筋が通っていて。でも私のタイプではなかった。


「この写真を見てるだけで気分が良くなるの。ああ、私も捨てたもんじゃないんだって、思える気がするの」


 それはどうだろう。と自分に問う――確かに自尊心が満たせる。これほど格好いい人に「一目惚れ」などと照れ臭い言葉を並べられては、私の恋心は太刀打ちできないと思う。まるで少女漫画の世界だ。


「でね。昨日あったの」

「だから愛奈は死んだんだね」


 私たちは雲の上にいた。制服姿のままで、私は中学校のブレザーを、愛奈は高校のブレザーを着ていた。彼女の下半身は血で濡れていて、私は全身が血だらけだった。


「どうして優香は自殺したの、ずっと気になってた」

「ちゃんと話すよ。その冬のことから。――中三の冬、愛奈は高一だったね」


 どうしてって。私も恋をしたからだ。


「先生を好きになって。身体の関係を持ったの、それがバレるのが怖くて、あの日に自殺した」

「それは理由になってないよ」

「わかってる。でもね思い出したくないの」

「んー、その気持ちはわかる気がする」


 言いたくないことはたくさんあった。

 聞きたくないこともたくさんあった。

 でも私たちはまたこうして手をつないで歩くことが出来るのだ。


「公園にでも行こうか」

「そうだね」


 公園には誰もいなかった。冬の寒さだけがたぶん公園にはあった。

 湿った土の匂いと、鼻を刺す冷たさだけがあった。

 ブランコは揺れるのに、鎖の金属音だけが私たちに届かない。


「ねえ死んだこと。後悔してる?」

「してないよ」


 そういった瞬間だった。かつての思い人が通りかかったのは。

 先生は――見知らぬ女性と子どもと手をつないでケーキを抱えていた。

 箱の白さは、スマホの画面の明るさに少し似ていた。


「ちょっとだけ――しているかも」

「ふーん、そうなんだ」


 私が嫉妬の炎を宿す横で、愛奈は不思議に笑みを浮かべていた。

 音のない公園で、風だけが私たちの髪を撫でていった。

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冬に咲く 犬山テツヤ @inuyama0109

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