第15章 ― 光の裏側の亀裂
先ほどまで森を満たしていた黒い霧は、跡形もなく消えていた。
地面はまだ熱を帯び、空気は揺らぎ、オゾンと灰の匂いが戦場を覆っている。
エリアナはモップを支えにしながら、倒れないよう必死に立っていた。
心臓はまるで 3 キロ全力疾走した後のように暴れている。
リラは彼女を支えながら、静かに言った。
「無理に立たないで。
“光核(こうかく)”の発動は、肉体も精神も大きく削るの。」
エリアナは虚ろな目で眉を上げた。
「そりゃそうだよ……感じてるもん。
全国試験終わった後に、飯なしで登山した気分。」
「同じようなものよ。どちらも拷問だから。」
リラはあっさり言い放つ。
彼女たちは城へ戻ることにした。
東の空がうっすら明るくなり始めていたが、その光は温かさとは程遠い。
世界がまだ起きる準備もできていないのに、無理やり照らそうとする“迷った光”のようだった。
城門を通る時、エリアナは中庭の隅で何かが動いたのに気づいた。
金色の羽をした小さな鳥が降り立つ。
だがその羽は、霧の毒に焼かれたように傷んでいた。
エリアナはしゃがみ込む。
「可哀想に……」
鳥は彼女を見上げ、次の瞬間、そっと崩れ落ちた。
そして光の粒となって風に散る。
エリアナの表情が固まった。
「リラ……」
リラは静かに頷く。
「霧は、生き物を少しずつ蝕むの。
直接攻撃されなくてもね。」
「つまり……この世界、時間ごとに壊れていってるってこと?」
「止めなければ、そうなるわ。」
しばらく二人は沈黙した。
ただ、ひび割れた石床に響く足音だけが続く。
城の中に入ると、エリアナは大広間近くの長椅子にそのまま倒れ込んだ。
モップは壁に立てかけられ、光も疲れたように弱く脈打っている。
「はぁ……完全に 200 ワットで無理やり点灯させられた電球だよ……」
エリアナは目を閉じてうめいた。
リラは隣に座る。
「それはね、“光核”があなたに許容量以上を求めたから。
あなたの身体……“本来の媒体”じゃないの。
あなたは確かに高い光属性を持ってる。
でも今の身体は“強化された人間”。
光そのものから生まれた種族じゃない。」
そして淡々と続ける。
「つまりね、
光核を発動する度に、内部のマナが漏れて
エネルギー圧を必死に均衡させようとしてるの。
あなたが成功できたのは……エルタラの残滓の後押しがあったから。
無かったら、たぶん……」
そこまで言って、リラは口を閉じた。
エリアナは片目を開ける。
「死んでた? 爆発? 宇宙の塵?」
「……だいたいそんな感じ。」
「次からは先に言ってよそれ。」
リラは少し黙り、それからぽつりと言う。
「でも……結果は驚異的よ。
初回で“光核”を覚醒させた守護者なんて、歴史上いないわ。」
エリアナは天井を見つめる。
「すごいけど、その代償エグいんだよね……住宅ローンかってくらい。」
リラは小さく吹き出す。
「まだ冗談を言えるほど元気なら安心ね。」
二人の間に再び静かな空気が流れた。
嵐のあとの、落ち着いた沈黙。
そのとき、壁のモップが小さく震えた。
エリアナは跳ね起きる。
「ちょ、やめて。第二波とかいらないから。」
「違うわ。」
リラが立ち上がり、モップに触れる。
「これは……“光からの呼び声”。
どうやら、モップが何かを求めてる。」
エリアナは目を細めた。
モップは柔らかな光で明滅していた。脅しではなく、呼びかけるように。
「え、モップって意思あるの?」
リラは頷く。
「あれは普通の武器じゃない。光の“器”よ。」
「人格あったらどうしよう……反抗期とか来ないでね?」
モップは再び明滅し、まるで返事をするようだった。
リラはエリアナを見る。
「どうやら、あなたをどこかへ導こうとしてる。」
「どこよ?」
「分からない。でもひとつだけ確か。」
リラの声が低くなる。
「これは“警告”じゃない。“招待”よ。」
エリアナは身震いした。
「なんで私……リラじゃだめなの?」
「あなたはもう“光の守護者”だから。」
エリアナは頭を抱えた。
「いやいや、私そんな仕事申し込んでないんですけど!」
それでも、行くのは回復してからだとリラは言い、エリアナを強制的に寝かせた。
──数時間後。
エリアナが目を覚ますと、窓の外の空は変わっていた。
薄い雲が渦のように回っている。
リラは外を見つめながら言った。
「また呼んでるわ。」
エリアナは体を伸ばしながら立ち上がる。
まだふらつくが、歩ける程度には回復していた。
「よし。」
モップを取り、彼女は深呼吸した。
「光が話したいってんなら、聞きに行こう。」
「それだけじゃない。」
リラは雲を指差す。
「今回は……“世界の内側”からの呼び声よ。
エルタラですら踏み入れたことのない場所。」
「ちょ、なにそれ怖い。どこなの?」
リラは真剣な表情で答えた。
「“光源の祭壇(こうげんのさいだん)”。」
エリアナは瞬きした。
「名前からしてもうラスボスの部屋じゃん……」
「そこはすべての光が生まれた場所。
そして──最初の影が産まれた場所でもある。」
エリアナは喉を鳴らす。
「はい、怖い。すごく怖い。」
リラが肩に手を置く。
「大丈夫。今回すぐに大きな霧と戦うわけじゃない。
しばらくは比較的“平和な旅”になるわ。まずあなたを強化しないと。」
モップは柔らかい光で応えるように明滅した。
エリアナはため息をつく。
「……分かったよ。
でも終わったら絶対うまいもの食べに行くからね。マジで。」
「もちろん。」
リラは微笑む。
「約束するわ。」
そして二人は城を出た。
何百年も光の届かなかった場所へと続く、光の道に導かれて。
次の大戦はまだ遠い。
だが、束の間の安息が──今、始まろうとしていた。
世界の狭間のささやき:ただのクリーニングサービスだった俺が、なぜ呪われた世界に転生?! 347EL_ @7EL
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