外伝 神野高校―1

 神野駅から歩いて十分。

 江闘陽子(えとう ようこ)は、通りに並ぶ監視カメラを気にも留めず、建ち並ぶビルの一つに入って行く。

 十五階建てで眺めが良い、開放感のある環境をうたい文句にしている高校だった。

 その実態は、警備員が生徒達の出入りを監視し、中には二重のセキュリティゲートで構えた監獄のような環境だった。

 江闘はその物騒な有様に当初は窮屈に感じていたが、今では「こんな高校他にはない」と笑っている。


「おっはよー! 皆のしゅう~」

 教室に入り、挨拶をする、

「うるせーぞ、江闘!」「あ……陽子ちゃんおはよう……」「おは~」と、罵倒が混ざった返事が返ってきた。

 江闘はそれを受け止めるように手を広げ、

「みんな~! 今日もアタシ! がんばるからねー!!」

 元気よく両手を振って飛び跳ねる。すると更に生徒達の視線が集まってきた。

「江闘……なんか今日、テンション高くね?」

 男子生徒が揶揄うように笑った。

「そうなんよ~」陽子は大股でずんずんその生徒に近付いて行き、鞄から出したチラシを押し付ける。

「今日! 陽子さんのライブがあるから、よろしくー!」

 言い終わると、傍にいた生徒達に次々とチラシを押し付けていった。

 江闘が宣伝をしていると、チラシに目を落としていた女生徒が呟いた。

「江闘さん、今日の放課後……補習じゃなかった……?」

 その言葉に、江闘の手がピタリと止まる。

「あっ……」

 顔を青ざめさせる。

 途端に体を翻し、教室の入口に駆けていった。

「んじゃ! みんな、今日のライブ! 来てねー!!」

 手短に別れを済ませ、勢いよく扉を開く。

 教室を飛び出した、その瞬間――

「ぶはっ!!!」

 江闘は鋼鉄の塊のような存在に勢いよく突っ込み、盛大に跳ね返るように教室へ戻される。

「いたぁーー!!!」

 倒れ込む江闘に飾が駆け寄った。

「陽子ちゃんっ……大丈夫……?」

「ちょっと! なんか銅像にぶつかったんだけど――」

 鼻を押さえるながら、勢いよく上体を起こす。

 スカートが翻る中、片膝を立てていた。

「……って、あれ?」

 江闘は入り口に佇むその姿を見て、目をぱちくりさせる。 

「お前かよ……」

 江闘が呟いたその正面。

 扉の外に佇むのは、校則を無視した白のジャケットに黒のズボン、三鬼(みき)だった。

 彼の姿を見止めたクラスメイト達は、次々と視線を落とていった。そして静かに自分たちの座席へと収まって行く。

 三鬼は何を考えているのか、前髪でほとんど隠れた目で床に座り込む江闘を見下ろす。

 そして、ゴッ……、と重い一歩を踏み出した。

 ゴッ……、ゴッ……と、三鬼が歩く度に床が鈍い音を立てる、まるで鋼鉄の塊が歩いているような足音だった。

 江闘は間近で立ち止まった赤い目に向かって、へらりと笑いかけた。

「おはミッキー……って」、三鬼は江闘の襟首を無造作に掴むと、「……お? ぉお!?」、そのまま持ち上げた。

「ちょっすごっ! 力つよっ! 片手芸! みんな! 見て見てー!」

 ピースピースと言い始めた途端に、床へ下ろされる。

 そのまま三鬼は重い足音を立てて教室の隅へ歩き、机にドッと足を乗せた。

 ジャケットの襟に顔を埋め、早々に寝る姿勢のようだった。

 江闘はそんな三鬼のすぐ隣りまで椅子を引きずり、背もたれを抱き込むように座る。

「あーあー、お前のせいで皆こっち見てくれないじゃーん」

 こちらを見ようとしないクラスメイトを眺めながら、椅子を揺らし三鬼の肩に頭突きをかます。

 反応の無い三鬼に何度か頭で突いたところで、

「ねぇ。 今日さ……」

 言いかけて、言葉を切った。

 チャイムが鳴り響いていた。

「……ま、いっか」

 江闘はそう言うと椅子を元の位置に戻していく。そして、

「お前、どうせバイトだろ? もし来る気があったら、秋葉原でライブがあるから」

 目を閉じている三鬼に呟くと、鞄から教科書を取り出し授業の準備を整えていく。


 大人しく授業を受ける江闘は、ふと気づく。

 セキュリティーゲートはもう閉まっている。

 学校から抜け出すことが不可能になっていた――。

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OJAS 藤宮 @fuji864

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