異世界腹ペコ攻防戦

新井狛

食べるべきか、食べざるべきか。

 ぐぎゅる、と腹の虫が抗議の声を上げた。

 わかってる、わかってるよ相棒。カロリーのありそうなものを最後に食べたのは三日前だ。いや、正確には二日前なんだけど、あの時食べた果実は何かが人体に致命的だったらしくて、全部吐いたからやっぱりアレはノーカンだと思う。なんなら三日前の分も出た。つまり僕はもう四日も何も食べていない。


 うん、そうだ。僕は腹が減っている。それはもうどうしようもないくらいに。


 目の前には巨大な獣が転がっている。なんでかな、頭が二つ付いてるんだ。山羊の頭と、獅子の頭。どっちも今は地面に転がってる。あとはうん、おまけの翼と……もひとつおまけにケツから蛇が生えている。それも尻尾じゃなくて頭。


 イエス、怪物モンスター! そうだよ認めよう、"なんで"じゃない。きっとこれは最近流行りの異世界転移ってやつだろ。


 家に帰ってきて部屋のドアを開けて入ったら、落ちたんだ。よくわかんない森の中に。

 僕に続いて頭の上から一振りの剣が降ってきた。

 誰よりも早くこの頭にタンコブを作ってくれたその相棒と一緒に、僕は五日間森の中を彷徨った。ギフトだかスキルだかステータスなんてのも、たぶんもらった。そうじゃなかったら竹刀も握ったことのない僕がこんな怪物の頭を切り落とせるわけがないんだから。


 いいんだ。全部どうでもいい。僕はすごくすごく、腹が減ってる。何かを食べたくて仕方がない。そして目の前には命を失った肉の塊がある。

 と、なればやる事なんてひとつだよな?


 ――いや。食べるの? コレを??


 僕、襲われたんだよねコイツに。僕も腹が減ってたからわかる。コイツも腹が減った目をしてたんだよ。つまり。つまりさ、つまりだよ?


 ——こいつ、人、喰った事。あるよね??


「イヤだーーーーーっ!!」


 僕は絶叫して、誰も居ないのをいいことに頭を抱えて転げ回った。すぐにやめる。あ、もう無理。お腹減りすぎて目が回っちゃう。

 とろりと濁った山羊の目が僕を見ている。そうだ、と僕は跳ね起きて膝を打った。コイツ獅子の頭と山羊の頭がついてるじゃん? 僕を襲ったのはたまたますごくすごくお腹が減ってただけで、何か食べるのは山羊の頭だけ、つまりベジタリアンかもしれないよな!

 ……そうだよ、認めよう。空腹は人をイカれさせるのさ。


「……よし」


 僕は剣を手に取った。幸い獣は横倒しになっていて、身体の中心線が見えている。

 ええと。こういう場合……まずは、内臓を出すんだっけ。

 さくりと、異常な切れ味の刃を立てる。スッと切り開くと、重力に押されるように内臓があふれ出た。巨大なあれは……胃袋か、な?

 やめとけ、と心のどこかが警鐘を鳴らす。でも僕は構わず赤褐色のそれに刃を突き立てて横に引いた。とろりと、消化中の内容物が空の下に晒される。


 ——あ。人の腕、入ってるじゃん。


 僕は剣を投げ捨てて、空を仰ぐと、一言叫んだ。


「無理ぃ!!!!!!!」




 

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