辛苦伝播の墓

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

抑鬱とは、よく感染るものである

 真紅電波あかいひかり

 その少振動数ひんじゃくではあるが

 波長の長こんきづよ性質せいしつをもってして

 金輪際こんりんざい一杯いっぱい

 とどきますように———・・・・・・)))))))))


 ちなみに以降いかは、詐欺的さぎてき生物兵器せいぶつへいき猛威もういるったころ——それはロクナナねんほどまえだろうか、いや五年ごねんまえか——の概ね実話おはなし、すなわち味付あじつけのいたノンフィクションである。




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 タイオン セイジョウ


 わたし今日きょうも、週五連しゅうごれん通過つうかする支店してんのガラスとびらに、その無機質むきしつ中音域女声メッゾソプラノいた。従業員じゅうぎょういんとびら内側うちがわへとまれる度毎たびごとに、おな声色こわいろおな音程おんていおな速度そくど繰り返リフレインされる、機械きかい女声じょせい波動はどうおと縦波たてなみのみにとどまらない。おと発信源はっしんげんは、スピーカーであると同時どうじに、電光画面ディスプレイでもある。つまりは電磁波ひかり横波よこなみ存在そんざい看過むしできない。縦波たてなみ横波よこなみとであやをなすふたつの波動はどうが、らない一日いちにちはじまりをげるようで、不快ふかいだ。おとひかり発信源はっしんげん姿形すがたかたちつぎとおり。舞台中央ぶたいちゅうおう漫才師まんざいし二人コンビはさちにするセンターマイクとその輪郭りんかくおなじくしてひょろながっている縦長方たてちょうほう摂氏せっし三六度五分さんじゅうろくどごぶしめすアラビア数字すうじ表記ひょうき——36.5℃——の背景キャンバスは、虹色彩にじしきさい光学こうがくプリズム。それは、赤外せきがい非電離ひでんり放射線ほうしゃせん味方みかたにつけることで現像げんぞうされる、温度分布画像サーモグラフィであり、大学時代だいがくじだいのアメリカ留学りゅうがくちゅうにイエローストーン国立公園こくりつこうえん観光かんこうた、あいかくとしせいへきりょくおうだいだいかくへと波紋はもんする熱水面みなも——連続階調的巨大温泉グランド・プリズマティック・スプリング——をおもさせる。もちろん見慣みなれた場合ばあい、あの神泉しんせんのような感動かんどうはないが。


 わたしは、ひさしぶりの自席デスクいた。

 忌々いまいましい隣人りんじんは、もう、となりには、いない。


 弊社ここは、世間の評価げばひょうかぎれば、所謂いわゆるホワイト企業きぎょうらしい。しかし一度ひとたび欺瞞の鏡マジックミラー六面ろくめんかこわれたはこ開封かいふうすると、【でんとうてきほんぎょう】と水墨すいぼく達筆たっぴつされた書道しょどう半紙はんし飛羅降ヒラリいでてくる。この組織そしき実態じったいはもはや旧態依然かせき揶揄やゆするほかない。年功序列ねんこうじょれつ企業活動きぎょうかつどう賜物たまものたる古株ふるかぶ社員しゃいん——無能むのう——が、穀潰こくつぶしとして蔓延はびこり、その皺寄しわよせの津波つなみは、二十四時間にじゅうよじかん営業えいぎょうにより精気せいきうしなった中間ちゅうかん管理職かんりしょく、ストレスでしたぱら脂肪あぶらはじめた中堅ちゅうけん社員しゃいんや、下積したづ期間きかんもと鞭打むちうたれ宙吊ちゅうづ人参にんじんけるわか馬車馬ばしゃうまおそいかかる。

 周囲まわりがいくら齷齪あくせくと、東奔西走とうほんせいそう右往左往うおうさおうしていようとも、窓際族まどぎわぞくとしてとしていれば、五十歳ごじゅうそこそこ、四半世紀しはんせいきつとげたあかつきには、平社員ひらであっても八〇〇はっぴゃくマンから一〇〇〇いっせんマン年収ねんしゅうられる。

 無能むのう当然とうぜんのように有能ゆうのうのおかげでまれた会社かいしゃ売上うりあげから給与きゅうよるわけなので、無能むのう当然とうぜんのように有能ゆうのう感謝かんしゃせねばならない。

 しかしながら一方いっぽうで……



   有能ゆうのうもまた無能むのう感謝かんしゃせねばならない



 それはなぜか。

 ひとつ。

 はたらあり法則ほうそく、なるものをご存知ぞんじだろうか。

 あり社会集団コロニー内訳うちわけは、よくはたらあり(=リョウ)が二割にわり及第点きゅうだいてんはたらあり(=)が六割ろくわりのこりの二割にわり怠惰たいだなサボりあり(=不可フカ)、とわれる。この社会集団コロニーに、大胆だいたんくわえる。社会集団コロニーから、みっつの勢力せいりょく——リョウ不可フカ——のうち、いずれかひとつのみを排除はいじょする。するとおどろいたことに、さきげたのとおおむおな比率ひりつ——リョウ不可フカロク——へと、再帰さいき収束しゅうそくする。あるいは、その集団しゅうだんからよくはたらありのみを抽出ちゅうしゅつして、あらたな社会集団コロニー形成けいせいするとあら不思議ふしぎ、これまた、はたらもの二割にわり及第点きゅうだいてん六割ろくわりなまもの二割にわり綺麗きれいかれる。

 つまりは、社会しゃかいというのは、いつもまってそのように普遍的ふへんてき構造こうぞうるのものなのである。宇宙うちゅう普遍ふへん真理的しんりてき摂理せつりが、ながなが波長はちょうで、どこまでも宏漠こうばく放射ほうしゃし、森羅万象しんらばんしょう影響下えいきょうかく、それが社会しゃかいであり、世界せかいなのである。


 それにもうひとつ。

 無能むのう存在そんざいするがゆえ有能ゆうのうおのれ有能ゆうのうせいという自己同定特性アイデンティティりにできる、すなわち無能むのうありきの有能ゆうのうほかならない。いかに対極たいきょく立場たちばにいるもの同士どうしも、ちつたれつ、共依存きょういぞんなのである。ぜんあくしてはじめてぜんとなる。ひかりやみらしてはじめてひかりとなる。でこぼこがあるからでこなのであり、おすめすがいなければまれない。


 またひとつ。

 先程さきほどからわたくし無能むのう無能むのう連呼れんこしているが、あくまでここでいう「のう」とは、共産主義きょうさんしゅぎひとしくゆがんだ労働社会ろうどうしゃかいにおける「のう」にぎないのだから、その程度ていど範疇はんちゅうにしかない「のう」によって個人こじん総合的そうごうてき人間的にんげんてき価値かちはかりようもなければ、職場しょくばでは無能むのう役者やくしゃも、仕事しごと以外いがい場面ばめんではなんらかの「のう」を発揮はっきしているのかもしれないし、となると共産主義きょうさんしゅぎ労働社会ろうどうしゃかいてきのう」という部門ぶもんにおいては、その部門ぶもんけたものたいして、もっとべつ部門ぶもんけたものが、しゃらずにみちけてくれている、とさええるのかもしれない、という可能性かのうせいを、わすれてはならない。かくいうわたしもありとあらゆる分野ぶんや無能むのうなのであり、けっして何人なんぴと完璧かんぺきではなく、世界せかいおびただしいかず無能むのうたちがおのかずすくない勝負しょうぶ可能かのう部門ぶもんばし生存せいぞんのための武器ぶきとすることで懸命けんめい有能ゆうのうえんよそおいながらきている、そんな異種混合いしゅこんごう土俵どひょうなのである。そして、それでいい。じることはない。もっと重要じゅうようなのは、偶々たまたま自分じぶん帰属きぞくする共同体コミュニティ特性とくせいに、おの武器ぶきとする「のう」の特性とくせい合致がっちする、という天文学的てんもんがくてき数値すうち分母ぶんぼぶんいち豪運ごううんを、視野狭窄しやきょうさくけん弱視じゃくし眼鏡がんきょうはなけるがごと驕傲きょうごうしてはならぬということである。

 ところで……


 ここまでで愚痴愚痴ぐちぐち定義ていぎけた、無能むのう、の模範もはん解答かいとうともぶべき、無能むのう先輩せんぱい社員しゃいんが、わたし所属しょぞくする支店してんにもいた。




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 その無能むのう先輩せんぱい社員しゃいんというのは双極性障害そうきょくせいしょうがいわずらっていた。双極性障害そうきょくせいしょうがいというのは、ざつえば——精神分析せいしんぶんせきあきらかでない観測者かんそくしゃ視点してんの、ほんの低次元ていじげん現象げんしょうレベルでえば——気分障害きぶんしょうがいである。気分きぶん情緒じょうちょなみ乱高下らんこうげ尋常じんじょうでなくきわめてはげしくヒマラヤとマリアナみの標高ひょうこう海抜かいばつ落差らくさであり、時期じきによって、によって、あるいは時間帯じかんたいによって、まるで天気てんき転々てんてん変遷へんせんのようにまったべつ人格たましいふた以上いじょう同一どういつ肉体にくたい宿やどるかのようないをする。

 無能むのう先輩せんぱい社員しゃいんは、年齢ねんれいてき隔絶かくぜつした後輩こうはいであるわたしに、暴言ぼうげんなぐる、そのほかかんがるありとあらゆるパワハラをはたらいた。なおここでは、同情どうじょう誘引ゆういん目的もくてきではないため、パワハラの具体ぐたい描写びょうしゃはぶくこととする。



   わたしうつ再発さいはつした

   (白状はくじょうすると、この支店してんうつまえ一度いちど廃人はいじんらしを経験けいけんしている)



 精神科せいしんかによるうつ再発さいはつ診断しんだん直後ちょくご出社しゅっしゃ不可能ふかのうとしてひと自宅じたくこもり。それから世間せけんではきんピカがり、みずながれ、かぜき、四季しきのドーナツてき円環トーラス九〇度きゅうじゅうどばかりめぐった。

 わたし不在ふざいかん無能むのう先輩せんぱい社員しゃいん処分しょぶんについて、はなしすすんでいた。すすんでいたとはいつつも牛歩ぎゅうほで、被害者ひがいしゃ本人ほんにんであるわたし薄膜はくまく硝子ガラス精神せいしん刺激しげきしないためにも、わたしきでの調査ちょうさとどまり、何事なにごと不完全ふかんぜんなままであった。わたし外出がいしゅつ可能かのう程度ていどには回復かいふくしたところで、支店してんではなく本部ほんぶたる自社じしゃビルの一室いっしつにて、わたしのような人間にんげんしには破綻はたんする、笑顔えがお産業医さんぎょうい同伴どうはんうえで、支店長してんちょうとの面会めんかいがあった。

 支店長してんちょう躊躇ためらいなく、よどみなく、つぎのようにった。

加賀倉かがくらさん。きみはあのひとをどうしたいとおもう? この質問しつもんたいするこたえによっては、正式せいしき懲罰委員会ちょうばついいんかい設置せっちされる。その場合ばあい、パワハラの内容ないようからしてあのひとには…………かるくない処分しょぶんくだる、だろうね」

 わたしは、たのもしいな、とおもった。支店長してんちょうは、有象無象うぞうむぞうけっしてまごうことのない、有能ゆうのうそのものなひとだった。中国ちゅうごく上海シャンハイ支部しぶの、げのメンバーの一人ひとりだった。

支店長してんちょうには、わかるんですね」

 わたしはそういた。

「わかる。こういうことは、何度なんどてきたからね」

 その一言ひとことで、無能むのう先輩せんぱい社員しゃいんにどのような処分しょぶんくだるのか、わたしにはいと簡単かんたん想像そうぞうがついた。明確めいかく根拠こんきょもあった。パワハラの事実確認じじつかくにんは、当然とうぜんのようにれていた。支店してん同僚どうりょうからの証言しょうげん多数たすう報告ほうこくがっていたためである。なおここでは、同僚どうりょう無能むのう先輩せんぱい社員しゃいんからわたしへのパワハラを看過越みてみぬふりしたことには言及げんきゅうしない。



   さばき———ばつか、ゆるしか。


   すべて———わたしてのひらうえだった。



 わたしは、わたし把握はあくしていることについて、様々さまざまかんがえをめぐらせた。

 無能むのう先輩せんぱい社員しゃいん所帯しょたいち。男性だんせい二十二にじゅうにになるむすめは、破瓜はかがた統合失調症とうごうしっちょうしょう。それというのは、意欲いよく低下ていか感情かんじょう喪失そうしつ言動げんどう支離滅裂しりめつれつなどがみとめられ、思春期ししゅんきから青年期せいねんきでの発症はっしょうおおい。むすめのことで、つま重度じゅうどうつしていた。

 昼時ひるどき無能むのう先輩せんぱい社員しゃいん両手りょうてにはいつも、愛妻あいさい弁当べんとうが、くびすわらぬ赤子あかご同然どうぜんかかえられていた。世間せけん一般的いっぱんてき主婦しゅふ家事かじこなすのが困難こんなんつまが、唯一ゆいいつ日々ひび完遂かんすいしていたのは、おっとたせる弁当べんとうづくり、とそんなところだろう。無能むのう先輩せんぱい社員しゃいん毎日まいにち、その弁当べんとうを、どれだけ仕事タスクんだいそがしいであろうとも、かさずべていた。それも、けものえさらうとうよりは、むしろ、職場しょくばだれ比較ひかくしても、ずっと人間的にんげんてき理性的りせいてき情緒的じょうちょてきに、いた。ほとんど夕刻ゆうこくべる時間じかんに、海苔のり湿気しけっためしを、弁当べんとうしゅう権化ごんげとなった卵焼たまごやきを、もぐもぐと、くちゃくちゃと、めていたこともあった——自席じせきき、青地あおじくろ生命の勾玉ペイズリーがらはいった風呂敷ふろしきほどく、二段にだん弁当箱べんとうばこひらく、白米はくまい主菜しゅさい副菜ふくさい、デザートをまえひとみ合掌がっしょう米粒こめつぶひとのこさずたいらげる、合掌がっしょう、すると即座そくざ弁当箱べんとうばこたずさえて給湯室きゅうとうしつかい、丁寧ていねいにそれを、スポンジと中性ちゅうせい洗剤せんざいとを使つかってあらい、かみタオルでげる、自席じせきもどる、デスクじょう——いつも乱雑らんざつれていた——から、鉛筆えんぴつ一本いっぽんと、書類しょるい裏紙うらがみではない新品しんぴんのメモ用紙ようし一枚いちまいって(横書きで)「ਕ'ഗსתʅᘄƒ=よ、₹ょכֿⱠक॑ιյתʅ"೬כֿ、ᘔ"ㄘƺכֿㄜま.」と環形動物ミミズったような字体フォントき、綺麗からになった弁当箱べんとうばこへとれ、だんかさね、ふたをして、それをふたたび、風呂敷ふろしきにそおっとつつむ——…。




   無能むのう先輩せんぱい社員しゃいん懲罰委員会ちょうばついいんかいにかける



    ———よくて減給げんきゅう

 〇一一

    ——————きっと懲戒解雇ちょうかいかいこ




 そうした場合ばあいの、無能むのう先輩せんぱい社員しゃいん家庭かてい其の後みらい想像そうぞうした。

 わたしには、とても、わたしらしのための選択肢せんたくしろう、などとはおもえなかった。

 だからわたしは……



   こころのどこかでにくみながら、

   あたまのどこかでゆるした。

   ほろびの業火ごうかは、

   却行きゃっこうすべし、と。




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 つらさは……


 くるしみは……


 辛苦しんく連鎖れんさは……


 だれかがらねばならない。


 辛苦しんく大半たいはんは、すでぎたはなしだ。


 何者なにものも、おそかれはやかれいずれは、火葬場かそうば真紅しんく火焔かえんがれ、灰塵かいじんとなる。


 わたしは、食物連鎖しょくもつれんさ円環えんかんから、辛苦しんく道連みちづれに、解脱げだつした存在そんざいとなるのだ。


 生物濃縮せいぶつのうしゅくされた辛苦しんくどくは、超高熱ちょうこうねつで〈風雷水舞プラズマする。


 そして豊満ゆたかさをがれたからだ残滓ざんし——ほね——も、わたし墓場はかばまでってこう。


 罪人つみびとつみ行方ゆくえ——ばつ——についても、心配しんぱい無用むよう


 罪人つみびと肉体にくたいほろおりには、煉獄れんごく蒼炎そうえんが、そのつみ浄化じょうかしてしまうのだから、そもそもばつはない。


 そして当然とうぜん煉獄れんごくがあるからには、地獄じごくもない。


 天国パライソのような、心地ここちい、こころよい、くうがあるのみ。



    〈ひとりの人person〉というの〈小宇宙ミクロコスモス〉は

    〈ひとつの広がりuniverse〉というの〈大宇宙マクロコスモス



 最後さいごにこれは、ほんのささやかなるってけたような持論じろんではあるが、わたしは、適応障害てきおうしょうがい——うつ——双極性障害そうきょくせいしょうがい——統合失調症とうごうしっちょうしょう連続階調グラデーション変化へんかするものであり、そのおび都合つごう部分ぶぶんのみを利用りようしたもののてが、宇宙うちゅうとの接続せつぞくや、解脱げだつといった、可笑霊頭オカルト莫迦ばかにされがちな事象じしょうである、とつよす。


   〈了〉

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辛苦伝播の墓 加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】 @sousakukagakura

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