メガネ

ササキタツオ

第1話 メガネ

 どうも合ってないんだ、このメガネ。そのことに君が気づかせてくれた。


 真夏の教室。放課後の補修の時間。理科室で私たち二人きりだった。

「顔近い……!」

 君に言われて、はじめて自分が人との距離感を間違っていることに気づいて、私は赤面した。君との距離はゼロに近かった。

「ご、ごめんなさい……」

「別に謝る事じゃないけど」

 君はそう言って、補修のプリントを見返して難しそうな顔をした。

 実際、私たちには難しい問題だった。君が私の解答を見たいというので、見せたら、あまりにじっと見るので、つい私も君のことをじっと見てしまった。これは反省である。

「小坂さんって、いつも物理補習だけど、頭悪くないよね? 回答、正解っぽいし」

 君は私に解答用紙を戻した。

「それ、褒められているのか、バカにされているのか、わかりかねます」

「そういうとこ、生真面目っていうか。でも、普通は真面目キャラって俺みたいなのと違って、勉強できるんだけどなあ」

 それは漫画の世界の話であろう、と私は思った。そもそも物理は私の唯一の苦手教科なのであった。だから仕方ない。

「木村君だって、不真面目キャラにはみえないですけど?」

 私は反撃した。

「うーん。どうなんだろ」

 君は私の言葉を真に受けたようで、真剣に考え込んでいる様子だ。そういうところ、君はおかしい。

「また、顔近い……」

 気づいたら、私はまた君に近づいていた。いかんいかん。つい人をじっと見てしまうのは私の悪い癖である。

「この、メガネがね、合ってないんだよね」

 私は眼鏡を外した。

言い訳ではない。実際、メガネを新しくしてから、この《顔近い》現象が頻繁に起こるようになった気がするのだ。だから、早めにメガネ屋さんに行って見てもらおう。そんなことを思っていると、君が私からメガネをさっと取り上げて、かけた。

「確かに、結構キツイな……このメガネ」

 そんな君のぼやけた視界の中で、私はまた赤面した。

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メガネ ササキタツオ @sasatatsu

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