小説 思い出したあの栞

紅野レプリカ

思い出したあの栞(1000文字小説)

 今は大学一年生。いつもは実家を離れ隣の県で一人暮らしをしているが今日は大学が夏休みに入ったということで春休みぶりに実家に帰省している。実家に帰った時はほとんんどの確率で大掃除を手伝わされる。せっかく帰って来たというのだからゆっくりしたいものだ。

「お母さん。掃除ってどこをすれいいの?」

「あんたの部屋の押し入れよー。あんたが大学生になってからお母さん掃除してないから散らかったまんまよ」

「わかったわ」

 そう返して。俺は元自分の部屋へと向かった。部屋の前に立った。十八年間人生を共にした部屋はこれまでの人生での思い出が空気に滲んでぎゅっとされた宝箱のように感じた。

 六畳程度の部屋には机と椅子が寂しそうに佇んでいた。

 一人暮らしを始める前に机の上だけは綺麗に掃除していた。そのため今日、掃除する場所は押し入れの中だ。押し入れという言葉は物を“押し入れる“という感じがしていたが、今思うと物を“押し入れる“ではなく思い出を“押し入れる“から押し入れなのではないかと思うことがある。まあ、実際のところは違うと思うが。

「うわっ、懐かしい…」

 そこにはこれまでの学生時代ともにした小説が山のように積まれていた。どの小説も表紙を見るだけで内容と読んでいた時の情景を思い出させるようだった。

 そううやって眺めていると目先の栞が挟まったままの小説が目に入った。付箋派の自分からすると違和感があった。

「こんな小説持ってたっけ…?」

 表紙を見て内容が切ない別れ話であったことを思い出した。自分は普段からホラーかミステリー小説しか読まないためより疑問に思った。

 栞の挟んであったページを開くと記憶が頭に蘇ってきた。見覚えがあると思ったこの栞は自分の席の横でよく静かに本を読んでいた子の物だった。席替え当初はあまり話すような仲ではなかったがお互い小説好きということで意気投合してそこからよく話すようになった。読んでいる小説のジャンルがお互いに違うことからお互いの小説を交換して読んで感想を言い合う約束をした。しかし自分が読み終わる前に転校してしまった。

 まるでそのページがその時の時間を閉じ込めていたかのようだった。栞が鍵代わりとなりそのページを開けてくれた。

 あの子は今何をしているだろうか?そんなことを想ってそっとページを閉じた。

 栞の隣には“ごめんね“の文字が並んでいた。

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