第5話 ツイてない人の特訓法


「おはようございます。さっさく始めましょうか」



 クランハウスにつくとドアの前にレインが立っていた。



「おはようございます。今日からよろしくお願いします」



「あまりよろしくするつもりはありません。血反吐を吐いてでも強くなってもらいます。とりあえず、こちらに」



 レインは基本敬語で話しかけてくるがところどころの言葉が不穏だ。



「わかりました」



 「サイコロ」のクランハウスはほかのクランハウスと違って帝都の城壁の外に建っている。詳しい理由は知らないのだが、噂によると「サイコロ」のメンバーの特訓を帝都内で行うと余波で死人が出てしまうんだとか。何を大げさな、と昔の私は思っていたのだが.....



「これは......?」



「それはうちの脳筋剣士が打ち込みに使ってる木偶です。だいぶ削れてしまっていますね、そろそろ交換時でしょうか」



 そう解説するレインだが.....これが、木偶?どう見ても.....アイアンゴーレムなのだが??しかもだいぶ原型がなくなってきてしまっている。それどころか頭部は槍のようにとがってしまっている。何を使って、どんなふうに、どれだけ打ち込めばこんなにアイアンゴーレムがボロボロになるのか、見当もつかない。



「まぁそれはいいのです。取り合えず、あなたのランクと経歴と....あとは特技なんかあればお願いします」



「はい。ランクはAです。経歴は....昨年の『襲撃』で2等勲章をいただいています。特技は....ご存じかわかりませんが、「居合術」です」



「居合ですか、存じ上げています。今一度見せてください。私に打ち込んで構いません」



 そう言われて試験の時の記憶がよみがえる。



「え......と、大丈夫なのですか?」



 そう聞くと、チッという鋭く小さい音が聞こえた気がした。気がしたというか絶対した。え?今舌打ちした?



「........こう見えて、私は単純な戦闘能力なら恐らくクランの中で一番高いです。仮にまともに食らっても軽い切り傷で済みますので、気にせず打ち込んできてください」



「い、いちばん?メイさんじゃないんですか?」



「一昨日対峙して、そう思いましたか?」



 そう言われて改めて試験の時のメイの立ち振る舞いや、銃を構える姿を思い出す。



「いえ.....実力を隠すのが得意なのかと思いましたが」



「なら感じたとおりですよ。ちなみに昨日あなたが会ったリベは下から3番目、あなたは2番目です」



「え?じゃあ1番下は.......」



「お察しの通りメイ様です。まぁ単純な戦闘能力が、という話ですから。メイ様が本気になったら私なんて何秒保つかわかりません」



 正直想像できない、レインが秒殺されるという事態が。話がずれてしまったのをもとの路線に戻すために、パンッと軽く手をたたくレイン。



「そんなことはいいのです。わかったのならさっさと打ち込んできてください」



「はい!」



 スッと頭が冷え、体の調子を切り替わる。何千、何万回と繰り返してきた動きに体が半自動的に従う。足を軽く開いて上体を倒し、重心を流すように踏み込みながら刀を......振りぬく!!!!!



______パシッ




 そして刀はあっけなくレインの親指と人差し指でつままれてしまう。そのまま切ろうとしても、刀を引き抜こうとしてもピクリとも動かない。



「くっ..!!!」



「確かに剣筋は悪くないのですが、正直すぎますね。シズクさん、あなたはメイ様の弾をどうやってよけようとしましたか?」



「それは....視線と銃口の向きで射線を予測して.....」



「私がやったことはそれと何も変わりません。あなたの剣は早いですがそれだけです。反応できてしまうものには簡単に読まれて受けられてしまいます」



 どうやっても刀を動かすことはできないと悟り、刀を握る手から力を抜く。



「なら、どうすれば?」



「そうですね.....まずは武器を武器として扱うのをやめましょう。剣士は武器を体の一部のように扱えるようになってようやくスタートラインですよ。呼吸をするように刀を抜き、切る。まずはやはりこれですね」



 そう言って刀から手を放すレイン。私は困惑しながら解放された刀を鞘に納める。まずは?スタートライン?それは武の極地ではないだろうか?それができるようになるというのなら苦労なんてしないのだが。



「とりあえずこれからの生活では何をするにも、常に刀を持ち歩いてください。手が空いているときは常に柄に手をかけていてください。寝るときも柄を握って寝る。放してしまうようでしたら、手と柄をひもなんかで結ぶといいですよ。あとはそうですね..........あら?」



 途中で話すのをやめて上空を見上げるレイン。



 私もつられてなんとなく上を見上げると、突如として強い風が吹いた。



「何.....っ?」



 あまりの強風に腕を顔の前に回して目を細める。始めは何も見えなかったが、不意に小さな黒い点が現れたかと思うと、どんどんとその点が大きくなってきた。つまり、それは落下してきており、その形は____



「ドラゴン?!?!!」



 くっきりと見えるようになってきた影の輪郭には長い尾が伸びており、大きな翼が左右に広がっていた。



「あぁ、これは片付けが大変ですね」



 と、レインが呑気なことを言っているが…



「なんでそんなに落ち着いていられるんですか?!ドラゴンですよドラゴン!真っ直ぐこっちに落ちてきてるじゃないですか!」



 私は落ちつくことなんてできなかった。なぜならドラゴンと言えば、国一つを簡単に滅ぼすようなモンスターなのだ。いくら「サイコロ」のNO2とはいえ私と合わせて2人で倒せるような敵じゃ………ん?



「えぇ、落ちてきていますね。すでに飛行する体力はないということでしょう。まぁ心当たりは一つくらいしかありませんが」



 なんて言っている間にドラゴンとの距離はどんどんと縮まっていき、「ズドオォォォオン!!!」と大きな音を立てて落下した……………例のアイアンゴーレムの上に。当然、それの上に落ちるということは、打ち込みによって削られた頭部に直接ぶつかるということ。



___ドズンッッ  



 鈍い音を立てて貫かれるドラゴンの体。ちょうど心臓のあたりに刺さったらしく、勢いよく血が吹き出した。



「…………」



 あまりにも理外の光景に空いた口が塞がらなくなる。最後に一層強く風が吹いたかと思うと、クランハウスのベランダに干してあった毛布が飛びあがり、私の足元に落ちてきた。そして、



__ポスン



  と小さな音を立てて金色の何かがその上に落ちてきた。



「結構飛んだなー……ん?シズク?レイン?なにしてるの?こんなとこで」



「お帰りなさいませメイ様。ここはクランハウスの訓練場です」



「あーそうなんだー。じゃあ丁度いいし、これの片付けお願いできる?まだ余裕あるしもう一個依頼やってくるねー」



「承知いたしました」



 そう言ってあたりを見回してクランハウスを見つけると、トコトコと歩いて行ってしまった。



「………はい?」



 脳の処理が追いつかない。いや、もう理解しようとするのが間違ってるのかな?そういうことなのかもしれない。うん、きっとそうだ。



「シズクさん、せっかくですからこれの解体はあなたにお願いしようと思います。ドラゴンの皮膚は硬いですから剥ぎ取りをするだけでも特訓になるでしょう。剥ぎ取り箇所は私が指示しますので、それに則って作業をお願いします」



「……わかりました」



 理解をすることを諦めた私は生気の籠っていない目をしながら、残りの半日をドラゴンの血を浴びて過ごすことになるのだった。

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帝都最強はツイている!~ツイてるだけじゃダメですか?~ @finerain

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