第11話

「一ヶ月間、本当にお世話になりました」

「いいえ。すっかり回復して良かったわ。折角の美人さんなのに、跡が残ったら大変だものね」

「ありがとうございます。藤田(ふじた)さんくらいの美人に言われると、自信になります」

「またそんなこと言って。凛ちゃんのこと知らなかったら、嫌味だと思っちゃうわよ?」

「……嫌味ですよ?」

「何ですって!!」

 病室に、明るい笑い声が響く。今日という退院の日を祝って、たくさんの看護師が凛の見送りに訪れていた。同室の患者さんも、笑顔でその様子を見守っている。

「じゃあ私、そろそろ行きます。彼が待ちくたびれているかもしれないので」

「あ! そうよね。光琴君だっけ? あの子も幸せよね。こんな可愛い子と付き合えるなんて」

 これは、看護師長の言葉。凛は笑って答える。

「違いますよ。私が幸せなんです。彼と出逢えて、彼と知り合えて、私は幸せを思い出すことが出来たんですから」

 すると、先程凛に『藤田さん』と呼ばれた看護師が、わざとらしく顔を顰めた。

「は〜い、また始まった。凛ちゃんの惚気タイム。そんなの聞いてたら胸焼けして仕事にならなくなっちゃうから。ほら、早く行った行った」

 そう言って、藤田さんが追い立てるように凛の背中を押す。どっと笑いが広がって、その笑顔の中を、凛が病室の入り口に向かって歩いていき……

 その手前まで来たところで、みんなの方にクルリと向き直った。

「本当にありがとうございました。皆さんもお元気で」

 そう言って、頭を下げる。

 そんな凛に、誰かが拍手を送った。凛の前途に対する心からの祝福を、その拍手に込めて。

 最初は一つだけだったその拍手は、あっという間に病室中を満たし……割れんばかりの拍手が、廊下の外にまで響き渡る。そんな温かい拍手の大合唱に見送られ、凛は病室を後にした。


     ***


「……そろそろかな?」

 腕時計を見て、俺は時間を確かめる。退院の予定が十時ジャスト。その時間に病室を出たとすると、もうそろそろエレベーターから出て来ても良い頃だった。

 今俺がいる正面玄関に来るには、エレベーター以外にもエスカレーターか階段を使うという方法があるが、凛の病室があった七階からその方法で降りてくるとは考えにくい。十中八九、エレベーターから降りてくるだろう。

(と言っても、凛の場合その裏をかいて、エスカレーターから降りて俺の背後を取る可能性も、無くはないけど……)

 凛の性格を考えれば、無いとは言えなかった。負けず嫌いで強がり。おまけに人を揶揄うことが大好きな彼女なら、こんな場合でも趣向を凝らしてくることは十分考えられる。

(でも……)

 エスカレーターへは目を向けない。何故なら、彼女のそういった性格は以前と変わらずとも、しかし同時に変わった部分もあることを、良く理解していたから。

 だからこそ、確信を持ってエレベーターホールで待つ。

 二回……三回……

 エレベーターから次々と人が吐き出され、彼らを俺は黙って見送り……

 四回目にしてようやく、待ち人が現れた。

 エレベーターに乗っているのは、凛だけだった。彼女は少し所在なさげな様子でそこに立っていたが、エレベーターのドアが開き、俺の姿を確認した瞬間に、表情が変わる。

 あぁ……その表情を、俺は一生忘れることはないだろう。

 まるで花が咲いたかのように、幸福がそこで弾けたかのように……


 美しく……〝君の笑顔は輝いて〟。


 そして、俺めがけて駆けてくる。

 駆け寄る彼女を、俺は両手でしっかりと抱き締めて、その全身を受け止めた。

「ただいま」

 彼女が言う。満天の星空のような煌めきを、その顔に浮かべて。その笑顔を、ゆっくりと近づけて――

 俺たちはそっと、キスを交わした。

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君の笑顔は輝いて @Yukari_Kamisiro

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