第4話 アリスとゴブリンデーモン

 アリスはゴブリンロードに細心の注意を払いながらゴブリンを刈り取り、ウィザードゴブリンの放つ魔法を躱しながら突き進む。ウィザードゴブリンのいるところまで突き進む。


 魔法とは感覚である。故に魔法を意識し始めたものでも練習なしに操ることができる。

 魔法は感覚といったが、感覚というよりも才能だ。ある日突然、頭の中に文字が浮かぶ。その文字を口に出して詠うことで魔法を習得し、行使できる。

 だがそれは皆、水晶に触れて己の適性を知ってからというものが殆どであった。


 そう、アリスもその殆どであった。そして今、頭の中に文字が巡る。

 頭の中にふと出てきた文字を詠む。それはまるで詠み慣れているかのように詠めた。


「〈雷竜らいりゅう〉」


 レイピアを前へと突き出し、その先端に魔力が集まるのを感じた。

 するとレイピアが黄金の光を放ったかと思うと、その先端から雷の龍が出て雷のような速さで一直線に進んで消えていった。

 その雷の龍が通った場所にいたゴブリンどもは一匹残らず黒焦げになって倒れ伏していた。


「これは...」


 これが魔法だ。人知を超えた圧倒的な力。神が与えた魔に対抗する方法、魔法。

 これを見た時、アリスは感動のような興奮のような感情に迫られた。その面に反して、この威力を一瞬にして出せる力に恐怖した。だが、それと同時に可能性を感じた。この力ならばあのゴブリンロードも倒せるのではないかと。


 アリスは再び走り始めた。

 ゴブリンの頭に飛び乗り、急所をレイピアで一突きしながら駆けていった。アリスの通った道にはゴロゴロとゴブリンの死体が転がっている。

 ゴブリンの死体の道を長く作り、ウィザードゴブリンの目の前へと到達した。

 これまでの間、ゴブリンロードは特に何もすることはなかった。だが、それはアリスにとって良いことであった。

 足に魔力を込める。そして、魔力を爆発させるように前方へ勢いよく跳ぶ。

 まるで己が風になったかのように、空間を切り裂いて前方へと跳ぶ。

 これは魔力による身体強化だ。

 パワーレスに体の使い方を教わるとともに、魔力の使い方も教わった。

 パワーレスは魔法を使えなかったが、その分だけ魔力の使い方がうまかった。教わったのは魔力を使った身体能力の強化、それと、武器や拳に魔力を乗せることで高威力の技が出せるという二つのことだ。

 レイピアをウィザードゴブリンに向け、一直線に宙を駆ける。それと並行して魔力をレイピアへと集める。

 そして、ウィザードゴブリンの手前でその魔力を解放した。


「〈雷竜〉」


 その雷の龍はレイピアに魔法を乗せられていた。

 アリスが魔力の扱い方をよく知っているが故に、初めてでもここまでの応用が可能となった。

 だが、ウィザードゴブリンはそれを黙って受けるはずがなかった。


「reirrab retaw」


 ウィザードゴブリンは水のバリアを目の前に張る。

 そのバリアはアリスの進むスピードを和らげ、魔法を拡散させていった。 


(私はここまでなのか?結局、魔法があってもただの普通の少女か?答えは否だ。私は、こんなものを超えて、世界を見るんだ!!)


 何か策はないかと必死に解決策を考え、アリスは覚悟を決める。

 レイピアから手を放し、足を上へと回しレイピアを蹴ってバリアの上へと飛び跳ねる。

 そのままウィザードゴブリンの頭上から〈雷竜〉を放つ。


「aaaaaaaaa」


 その予想外の動きに反応できず、ウィザードゴブリンは雷の龍に焼かれた。

 残すはあとゴブリンロードというところで異変が起きた。ウィザードゴブリンの中から青色の魔力の玉が浮かび上がってくる。

 その玉はゴブリンロードへと飛んでいく。 

 神威のいた方向からも赤い玉が飛ぶ。

 そこには神威もいた。

 なぜかこの現象がとてもまずく感じた。

 これはゴブリンロードが更に上のゴブリンデーモンへと変化する儀式に感じた。


 過去の記述にはゴブリンロードが、ウォリアーゴブリンとウィザードゴブリンの魂を吸収したことで、黒きゴブリンへと変化したという伝説があった。

 これはその伝説の再現のように感じた。


「神威、その玉を壊して」

「承知した」


 アリスも神威も魔法を使い壊そうとするも時すでに遅し、二つの玉どちらともゴブリンロードへと吸われていった。


「...終わった」


 アリスはいつの間にかそのような言葉を漏らしていた。

 神威はそんな私に近づき、声をかける。


「拙者らはまで死んでおらぬ、ここであきらめるのは少し早かろう。拙者は最後までこの生をあきらめる気はないでござる」


 アリスは泣いていた。絶望か悲しみか分らぬが涙を流していた。


「あれはゴブリンロードよりも強くなる。多分だけどプラチナ級以上の実力が必要な相手だよ‼銅級の私たちに何ができるって言うの⁉」

「最後まで戦い奴の力を少しでもそぎ次の者共に生かす。この世に生きた証を奴に刻む。逃げれそうになる時まで戦い、逃げるでござる」


 神威の戦う心は折れていなかった。


(なんで戦えるの?ねぇ、なんで...。こんなの勝てない...あの、ゴブリンロードですらぎりぎりだったんだ。でも...)


 状況は考えたと通り、二つの玉を吸収したゴブリンロードはうめき声をあげ、形を変える。刺々しい羽が生え、筋肉は増加し、肌の色を黒く変化させる。

 そんな絶望的な化け物に神威は立ち向かう。


「手合わせ願おう‼化け物よ」


 神威はゴブリンデーモン向けて走る。


「〈紅桜流刀術 炎龍〉」


 神威は刀を振り落とす。だが、ゴブリンロードの皮膚は神威の熱量では焼けず、刀も皮膚に傷をつけれない。


「なんと‼」


 神威はぽかんと口を開け驚く。そんな神威の頭上めがけてゴブリンデーモンは魔法を振り落とそうとする。


「逃げて神威、お願いだから逃げて」


 神威はアリスの声に我を取り戻すが逃げれない。圧倒的な威圧感。恐怖。それらの物が神威を襲う。


「ねぇ、逃げてよ。ねぇってば‼」


 声を荒げるが神威は逃げれない。


「このくそゴブリン止まってよ、ねぇ‼」


(なんでもいい。神でも、悪魔でもなんでもいい。なんでもするから、彼を、神威を助けて!!)


 アリスが叫んだ刹那、右目が黄金に輝いた。目は両方ともまるで湖のように美しい水色だった。だが、たった今、右目がアリスの髪の色と同じ美しい黄金となった。

 その右目には時計のような紋章が書き加えられていた。まるで魔法陣のようにも思えた。

 だが、不思議なのはそれだけではなかった。

 ゴブリンが動きを止めていた。

 神威は驚いた。今までの威圧や恐怖をなくさせるほどに。放ったであろうアリスでさえも驚いた。何が起きたのか全く分からなかったのだ。

 だが、その驚きによる沈黙もすぐに終わった。

 ゴブリンデーモンが動いたのである。第三者の介入によって...

 

「上出来じゃ、アリス」


 現れたのは爺さん。

 爺さんはそのまま走りゴブリンデーモンの腹あたりに飛ぶとそのまま拳を振るう。


「アリスの冒険譚に貴様のような奴がでしゃばるには早すぎじゃ、さっさと退場しやがれ」


 爺さんはゴブリンデーモンの上半身を殴り飛ばした。

 この爺さんは、アリス達が歯も立たなかったゴブリンデーモンを一撃で...!!

 それに、このオーラ。近くにいるだけで、胸を締め付ける、握りつぶすような感覚だ。

 新たに現れた者が埒外の化け物であると、そう神威の直感が言ってくる。それを聞き、相手が助けに来てくれたのだろうと思えども恐怖を感じる。


 神威は己よりも強き者と戦うことに生きがいを感じている。だが、それは自殺願望ではない。己の鍛えた技を強敵相手に試したいんだ。神威が戦いたいのは強敵であって、化け物ではない。故に、このような化け物に襲い掛かろうとも思いはしなかった。否、恐怖故に体が言うことを聞かない。


 近づくだけでも殺されそうな気配。

 絶対に戦ってはいけない。そのような雰囲気を醸し出していた。




 これは余談だが、この世界は銀級からランクが上がるたびに人から二つ名をもらい、伝説級を超えた者は神から二つ名がもらえるのだが、このおきなの二つ名は【フィスト銃弾バレット】。由来は戦い方にあった。銃と己の肉体で戦うのだが、銃弾を避けても拳に殴られて殺られてしまうからだ。そして、そんな翁の等級は英雄級である。

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