第6話【役者】

「話したいことが、ある。」


部長がそう言って、

俺の袖を摘まんだまま離さない。


背の高い彼の手が俺の腕を中途半端に持ち上げて、曲げられた肘の間接が、妙に疲労している。


部員達が三々五々に出ていき、部室には沈黙だけが残った。


「...何?」


「内田のこと...なんだけど。」


彼の名前が、ソイツの口を継いで出たとたん、俺の胸骨がピリリと痛む。


「優斗くんがなに...。」


「いや、内田の事というか...役の事。」


優斗くんと役に何の関係が...。


「役の質問?いいよ、でももう閉門時間だから帰らないと。...一緒に帰る?」


今までは互いに有無もなく、部活が終わり次第隣を歩いていたはずだった。


一度断絶された平穏な関係が、断りの必要を生んでしまったのに気づいた。


「...あぁ。」


彼はそう漏らすと、徐に荷物を肩にかけて先に部室を出る。


俺は、そっぽを向いてドアを開けたまま支えている彼の横顔をめがけて、悴む足を動かした。




「ねぇ部長、まだ怒ってるの?」


「別に怒ってない。」


「なんか、冷たいから。」


「お前だって気まずそうにしてる。」


「...。」



それは事実だった。

どんなに前の関係を思い出そうとしても、彼の顔が少しでも曇る度、自身の過ちを思い出してしまうから。


それきり互いに黙り込んだ。



校門を出ると、俺はたまらず口を開いた。



「優斗くんがなに。」


その声が俺の頭蓋骨の裏を振動させた後、脳みそが首をかしげた。


"俺が聞かれてるのは役の事だぞ?優斗くんの名前を出すのは的外れだ。"


おれは一瞬、自身の思考の中でとある問題について自問自答しかけたのだが、部長の声がそれを遮った。



「...内田のほうが、相応しい。」



隣を歩く彼が、俯いたまま鞄の持ち手をギュッと握りしめている。


「...なにが。」


"なにが?"と、解らないふりをしてやった。


「...主人公。」


「......なんで、そう思ったの?」


かつての親友が目を潤ませて声を振り絞っているというのに。


俺が見初めた才能を、

彼という秀才が認めているのだ。


俺の心は不意に口角を上げた。



「なんでって...、アイツに合ってると思ったんだ。」


自分の声がリフレインする。


そう。"あの子に合ってる"


「俺は、この主人公にはなれない。演じているとき、どこか俯瞰的にこの役を見て、どう思われるか、どうしたら上手く見えるかばかり考えて、彼という人間になれていない...。」


俺は彼のその言葉を聞いて、目を見開いた。


俺は彼の芝居をいつも、勢い任せだと断定してしまっていた。


でかい声で、それっぽく、中身がない。


強豪校でもないこの演劇部では、

それが"上手い"というものになることを、

俺は無意識に受け入れてしまって、

...いや、諦めていた。



しかし彼は、がむしゃらに、その役の代わりに生きようとしている。



"役者"だった。



「...俺、見る目なかったな。」


「え...?」


「主人公はお前だ。」


「.....な、」


彼は後退りして再び項垂れた。

顔を上げたかと思えば、喉仏を小さく上下させながら、弱々しい眼差しで、俺の眼をみつめる。




「...嫌なの?」



「......。」



「"優斗くんに逃げ癖がある"だなんて言っておいて。"主人公は俺だ!"なんて言っておいて...逃げるの?」



俺は、一歩も二歩も後ろに遠ざかってしまった彼を、振り向き様に睨んだ。



「...俺は!優斗とは違う。俺の演技に怖じ気づいて、やめてく同級生のことなんて気に止めてなんかない!!俺が一番なんだ!!やめるなら勝手にしろ!!...そう、思ってた。」



「思ってた...?」


その強く紡がれた唇が震えて、

今にもその綺麗な仮面から、

溢れ落ちてしまいそうだった。



「けど、優斗が来てから、俺の役がどんどん奪われて、アイツは辞める時だって、他人のことばっか考えて......。」



彼は息を飲み、ゆっくりと瞬きをした末、

そう静かに息を吐いた。



そして俺は、

彼が、優斗くんの優しさを肯定したことに、

勝利を掴んだかのような高揚感さえ沸いた。



「そうだね。君と違って、優しいよね。」



俺は何故だか、眼を柔らかく細めて笑っている。


あの優しさの深くをしれないまま途切れてしまった糸が、この心臓に緩く絡まっている。



「...悔しい?」


「...え?」


「優斗に負けて悔しい?」



彼がその言葉をハッキリと口にしなければ、

俺は優斗くんの糸を、

必死に手繰り寄せて、

この肌寒い季節の間だけ、

俺の首に巻き付けなければならない。



「悔しいに決まってるだろ!!!」



それが彼の答えであった。


彼の端正な仮面は、既に崩れ落ちている。

俺はその頬に張り付いた破片を払いのけて、息を吹き掛ける。


「悔しいなら、もっと貪欲になれ。満足するな。お前は、こんなもんじゃない。マサルにやってほしい。」


すると彼は俺の手を力なく払いのけて、いつものツンとした表情でこう言ったのだ。




「ありがと。」




改まった礼の言葉が照れ臭いのは、

彼が"友人"だからだろう。




「なに勘違いしてんの~?俺は優斗くんの芝居の方が好きだから。」




一度断絶した関係がこのようにまた修復されるのであれば___



優斗君と繋がれた細い糸こそ、結び直して、さらに編み上げることだってできるはずだ。



この日、暗くなった帰り道の肌寒さに、2人震えながらバスを待つ時間は、どの晴れの日よりも暖かかった。

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【能ある才はなんとやら。】 常芽久 @tokimeku

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