夕空とレモンティー

川北 詩歩

告白

 夕暮れ時の公園は、まるで世界がオレンジ色に染まったような静けさに包まれていた。楓の葉が風に揺れ、地面に落ちる音だけが時折響く。


 高校二年生の穂乃花ほのかは、ベンチに座り、隣にいる颯真そうまの横顔を見つめていた。颯真はいつものように少し照れくさそうに、持ってきた缶入りのレモンティーを差し出した。


「ほら、冷める前に飲めよ」


 優しい笑顔で彼は言った。穂乃花は小さく笑って受け取り、缶の温かさが手に伝わるのを感じた。細い指先で缶を開け、ほんの一口だけレモンティーを飲みながら、その視線は空と颯真の間を行き来させている。


 二人は同じクラスの友達だったが、最近、妙に意識し合う瞬間が増えていた。教室で目が合うたび、胸がざわつく。穂乃花はそれを「好き」と呼んでいいのか、まだ確信が持てなかった。


「なあ、あのさ」


 颯真が突然口を開いた。


「今日、なんか変な感じしない?」


「え、なにが?」


 穂乃花はドキッとして聞き返す。心臓が少し速く打ち始めた。


「いや、なんか…こう、いつもと違うっていうか」


 颯真は言葉を探すように空を見上げた。夕焼けが彼の顔を柔らかく照らし、いつもより大人びて見えた。


 穂乃花は黙って缶を握りしめた。言うべきか、言わないべきか。頭の中でぐるぐる考えが巡る。


「私、颯真のこと…」


 言葉が喉で詰まった。こんな大事なことを、こんな簡単に言っていいのか分からない。


 翔太がふっと笑う。


「穂乃花、顔赤いぞ」


「え、うそ!?」


 穂乃花は慌てて頬に手をやる。確かに熱い。恥ずかしさでさらに顔が熱くなった。


「かわいいな、それ」


 颯真の声は少し低く、いつもと違う響きがあった。彼がゆっくりと身を寄せてくる。穂乃花の心臓はもう爆発しそうだった。距離が近づくにつれ、颯真の目が真剣な光を帯びているのに気づいた。


「穂乃花、しても…いい?」


 彼の声はほとんど消えそうな囁きだった。穂乃花は小さく頷くのが精一杯だった。


 次の瞬間、颯真の唇がそっと颯真の唇に触れた。ほんの一瞬、柔らかくて温かい感触。レモンティーの香りと薄っすらと上る湯気が、鼻腔をくすぐる。時間が止まったように感じられた。離れると二人は同時に目を逸らし、気まずい沈黙が流れた。


「…やば、めっちゃ緊張した」


 颯真が頭をかきながら笑った。穂乃花もくすっと笑い、胸の鼓動が少し落ち着くのを感じた。


「私も」


 彼女は小さく答えた。オレンジ色をさっきよりも濃く広げた夕焼けが二人を包み、初めてのキスの甘酸っぱさが心に刻まれた。その瞬間、確かに「好き」がそこにあった。



(終)

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