第2話 おすすめの列
夜の部屋は、画面の光だけで形を保っている。Stream+を開くと、トップの帯がゆっくり横に流れ、いつものジャンルが並ぶはずだった。
違和感は、一枚目で分かった。
「あなたへのおすすめ」の一列に、灰色の顔が三つ、等間隔に差し込まれている。見間違いかと思ってスクロールする。下の列にも、一つ。さらに下にも、一つ。灰色の面に薄い凹凸、目鼻の輪郭は霧で描いたみたいに曖昧だ。
カーソル(指)を近づけると、タイルがほんのわずか拡大する。そこまでの挙動はいつも通りなのに、拡大の中心が目に寄って見えた。目、と呼んでいいぼやけ。
指を離すと元に戻る。
別の作品をタップしようとしても、灰色のタイルの周囲だけ、ぎゅっと余白が狭まる。押さないように避ける動きが、画面に読まれている気がする。
検索欄に昨夜の途中の映画のタイトルを打ち込む。候補がいくつか出て、その末尾に、やはり灰色の面が一つ、示される。タイトルは——空白。
戻る。トップに戻ると、上段のおすすめの顔は四つに増えていた。見ている間にも増えるのか。俺の視線が何かの条件になっているみたいに。
視聴履歴に切り替える。新規は増えていない。灰色の「日付+時刻」の列は、最後が今朝見た「2025/09/15 02:19」で止まったままだ。
おすすめの列に戻る。今度は試しに、顔タイルの右上に小さく出る「興味なし」のチェックをタップする。表示が一瞬だけ消え、空白のマスが詰められる。安堵するより早く、下の段に別の灰色が補充された。
無意味な作業を何度も繰り返す。消える、埋まる、消える、埋まる。指先が熱を帯び、画面に汗の跡が薄く残る。
ふと、顔の一つが、口をわずかに開いたように見えた。拡大はしていない。俺が拡大したのだ、眼球で。視線の圧で像が歪む。
電源ボタンを押して画面を落とす。黒い鏡のなかに、暗い部屋と俺の顔。頬がこわばっている。鼻からの呼吸が狭い穴を通り、曇りがじんわり広がる。
もう一度つける。トップは、さっきと違う配列になっている。アルゴリズムの癖だ。けれどその真ん中に、きっちりと灰色が座っている。椅子取りゲームに勝ち続けるプレイヤーみたいに、同じ位置を取り戻す。
音を絞ったまま、俺は画面を閉じずに机に置いた。背後で冷蔵庫のモーターがひときわ深く唸る。観葉植物の葉先が、また、微かに触れ合う。
そこまでが偶然の仕業だと、まだ言えるだろうか。
俺はスマホに手を伸ばし、灰色のタイルに触れる手前で止めた。押した瞬間、何かがこちら側に滑ってくるのが分かってしまったからだ。
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