悪魔のギャル(作者注:男の娘です)と異世界転移した俺(作者注:本人なので描写がないがイケメンです)、さらに転移してきさらぎ駅で何事もなくデートしてギャル()の好感度が上がる

紫魚

第1話 拉致られてから一旦異世界で気が付きさらにきさらぎ駅行って戻ってくるまで

『バチカン史上最悪の事態』波首相異例の声明


バチカンのグラツィアーニ首相は7日、今月1日に首都ローマで発生した大規模テロについて声明を発表した。「(三次体制以後)バチカンにとって史上最悪の事態であり、教皇庁が主導してきた宗教世界の平穏を抜本から脅かすもの」と述べ、バチカン異端審問会が各国と連携し捜査を開始することを明らかにした。犯行にはベスパシアで発足した宗教団体「九つの顔の天使」が関わっているとみられ世界的に緊張が高まっている。


***


百均で皿を買った。どうせ自炊なんか続かないんだから最初から皿なんか買わなくていいべ、紙皿使えばいいやん、と友人たちの受け売りで母が買おうとしていたニトリの面白みのない皿を辞退したものだが、次に母が家に来た時に何と言うか。『あんたほら結局要るじゃないの!馬鹿ねえ!』馬鹿だった、紙皿での生活は不可能ではなかったが、冷凍ピラフを食べたい量だけチンするのにコンビニに売っている紙皿は心もとなく、シナシナで床に米粒を散らばすことも度々あった。俺は全てを紙皿生活に最適化して暮らせる人間ではないのだと思い知った。


帰りの電車の中で、皿が割れないように自分で包んだ新聞紙を特に意味もなく読んでみたのだが、なんだか猛烈に変なことが書いてある気がした。冷静になるとやはり変だ。まるでイタリアがバチカンという名前になったような書きぶりだし、テロ事件に警察とかですらなく異端審問会とか、そもそもそんなテロが起きていたなんて俺は知らない。


(そういうゲームとかの小道具かも、リアル脱出ゲームとか。オタクが冗談で作った二次創作とか)


そんな感じかも。マンガとか映画の広告かも。


(でもそれがセリアのご自由にお使いください新聞紙コーナーに混ざっているか?)


どうでもいいのに今日の自問自答は細かいことに気が付いてしまう。色んな雑紙が混ざっていたならともかく、あそこのは過去の朝刊がそのまま突っ込まれているような、新聞の束しか見えなかった……


(検索したら?)


脱出ゲーム・二次創作・広告etcならきっと出てくるだろう。そりゃそうじゃということで、俺は早速手元の文明の利器で怪しい新聞記事のワードを検索してみるが、なかなか捗らない。例えばバチカンのグラツィアーニ首相は架空だろうが、バチカンもグラツィアーニさんもオリジナルな名称じゃないから関係なさそうなページばかりが大量に出てくる。異端審問会とか変な検索履歴が残っちゃうの、嫌だな。最後に一番エゴサ性能が高そうな「九つの顔の天使」で検索したが、「聖書に書いてある天使の見た目って実はちょっとキモイんです」みたいな内容ばかりで、これも違いそう。


(モヤモヤしてきた……)


帰ってから調べてみようか、いやこの新聞の写真を旧ツイッター(X)に載せて聞いてみるのはありかも。自分のアカウントにそんな拡散力無いと思うけど、こういうのはツイッターの人が好きそうだし。


そろそろ電車も目的地に着くし、と一度顔をあげてぎょっとする。座っている俺の目の前に立っている女の子は、明らかに俺のスマホの画面を凝視している。いや、明らかにとか言ってしまったが気のせいでは、いや、気づいた途端に彼女は慌てたように視線を外した。


女の子は高校生くらいだろうか、長い髪は白っぽい金髪ですごく痛みそうなのにツヤツヤしている、肩を出して信じられない短い丈のミニスカートで、ギャルだ。ギャルのくせに自分のスマホをいじるでもなく目の前のしょぼい男子大学生のスマホを無遠慮に見ているとは、ちょっと怖い。


不気味だったがもう降りないといけないので、それ以上構う必要もなかった。『異端審問とか検索してんじゃん、キモ~』とか思われてたんかなあと理由をつけて、食器洗い洗剤とスポンジを買わないといけないことを急に思い出して目に入ったマツキヨに入る。忘れるところだった。


食器洗いは実家で使っていたジョイにして、スポンジはどこに売ってるんだときょろついてもう一度ぎょっとする。先ほどの金髪ギャルがいる。いやいや、たまたまだ。ギャルもマツキヨで買いたいものとか山ほどあるだろう。


で、その後、10分くらい歩いてみた結果、やっぱりつけられてるんじゃないかなと思っている。でもこの辺って俺のような学生の一人暮らしが多いだろうし、ギャルのこと高校生だと思ったけど普通に同じ大学の学生かもしれない。でもやっぱつけられているんじゃないかな、金髪のギャルは数歩後ろをぴたりと張り付いて全然距離感が変わらないし。ぶっちゃけ怖い。


交差点で立ち止まると彼女も立ち止まる。スマホで何かチェックするふりをする間も彼女は動かない。ほぼ確定だ……


しかし今のところつけられている以外は何もされていなくて、自分が男で相手がギャルというのが困ったところだ。トイレにでも入ってやり過ごそうか、自宅であるアパートはもうこの信号を渡って道を一本入ればたどり着いてしまうのだが、なんだか今はまずい気がする。人通りがあるうちに思い切るか。


「すみませーん、ちょっとすいません、英旺大のキャンパスってどっちかわかりますか?」


「えっ、あ……」


ギャルはちょっとまごついて、「私ちょっとわかんないです」受け答えは普通の感じだったが、ということはたまたま同じルートだったご近所さんではなさそうだ。


「あーすいませんありがとうございます、駅戻ってみますから、ありがとうございます」


俺は方向転換して来た道を戻る。軽く振り返ってギャルがまごまごと立ち往生しているのも確認した。そりゃそうだ、ここで彼女は引き返したら不審でしかない。


と思ったらギャルは戻ってきた。


そりゃそうだ、他人をつけてくるような女が不審だと思われるからとかそんな理由で諦めるわけがない。駅でどう撒くか、駅前の交番とかに行った方がいいのかと冷や汗をかいていると、今度の彼女は追いついてきた。それでこう聞いてきた。


「あの、なんで、『九つの顔の天使』なんて検索してたんですかっ」


返事すべきか悩んだ。いきなりつけてきたのはヤバいが、聞いてくる様子は普通の女の子だったし、撒くとか警察とか考えていたのと比べてそれで満足するならいいんじゃないかという気がしてきた。


「そういうのが書いてあって、気になったからですけど……」


「どこに、それどこに書いてあったんですか」


「これ」


俺はセリアで買った皿を包んだ新聞紙を見せた。


「これ、どこで」


「セリア」


「どこの」


「梅田のセリア」


正直に答えていくと、ギャルは思ったよりも丁寧にお願いしてきて、


「この新聞紙、いただけませんか」


「別にいいですよ」


しわしわの新聞紙を皿からはぎ取り彼女に渡す。ふと気になって、というか当然の質問だと思うが、俺も尋ね返してみる。


「これって何なんですか」


ギャルは「えっと……」と声を詰まらせた。


まあ不審なことはされているが、脱出ゲーム・二次創作・広告のどれかでそれの熱狂的大ファンのギャルとかで、どこから説明したらいいものやらという感じだろうか。俺も他人のことをつけまわしたりしたらダメですよくらい言うべきだろうか、と思っていたところ、ギャルの様子がおかしくなってきた。怯えるように周りを気にしだすので俺も周囲を見渡すと、


「なんか、暗い?」


時刻は14時過ぎ、晴れ、まだ日が落ちるような時刻ではないのに、例えば夢中でゲームをしていたら部屋が真っ暗になっていた時のような……


ギャルが何かに気づいたように飛び跳ね、急に俺の手を掴んできた。


「一緒に、ついてきてください」


ハイとかイイエとか返事する前に駆け出したので、流れで走るしかなかった。聞きたいことは色々あるが、体力的な問題で走りながらそのような質問ができる状態じゃなかった。逆に言えばギャルの方は元気いっぱい全速力で俺の手首を掴んでどこかへ走り続ける。


「パパが迎えにくるんで、新大阪に、新大阪まで行きますっ」


「電車で?」


「このまま」


「このままぁ!?」


嫌な予感がして絞り出してみたら案の定であった。このまま、走るってことか?江坂から新大阪まで駅を目の前にして走るって?なんか一回歩いたことはあるが40分くらいかかったぞ。なんで走らないといけないんだ?


「ちょっと、キツすぎ」


たまらず立ち止まる。そんな距離を全速力で走る準備はできていない。さすがに普通の成人男性並みの体格である俺を引きずり回せるほどの力はギャルにはなく、一緒に立ち止まることになる。


「だめ、ダメです、せめて動き続けて……」


「何なんだよあんたは」


我ながら今更なことを尋ねるが、それと同時に全速力で先導していたギャルが全く呼吸を乱していないのに気付いて、今更猛烈に嫌な予感がした。今は8月なのだ、汗のひとつもなく前髪がさらさらとして、よく見ると日本人離れした彫りの深い顔立ちは芸能人みたいに整っていて、白い指先はずっとひんやりしている。


「離せよ……」


「ダメです、動けないならせめて、私一緒に居ますから、居ないと多分死んじゃいますよ」


ギャルが言っている間に、周囲は真っ暗になっていた。どういうことなのか聞き返す前に轟音が響いて、何も聞こえなくなった。暴風の中に放り込まれたような『ゴオオ』という音が響いている。彼女の指は相変わらずひんやりと俺の手首をしっかり握っていて、宣言通り一緒に居るらしかったが得体の知れない女が一緒に居て安心するものでもない。風が吹いているというわけではなく、むしろ全くの無風だった。8月なのに暑くない。何もなかった。何もかもが無い空間に、俺とギャルだけがいるらしい。轟音の向こう側からギャルの声がはっきり響いてきた。


「ちょっと耐えられないと思うので、気を失ってもらいます」


そういうわけで、俺は気を失ったのだと思われる。


***


目が覚めるとどこかの公園だった。どこかの公園のちょうどいい石の段差に転がされていて、例のギャルも一緒に腰かけていた。まだ頭はぼんやりしている。空は明るく晴れていて暑く、8月の14時過ぎか15時過ぎに思えた。


「ここは?」


「夢洲です。このくらいのズレはあるそうなので」


「夢洲?え、万博?」


ギャルは首を横に振ると、ちょっとダウナーな感じで妙に落ち着いて説明する。


「すみません。名前は同じ夢洲なんですけど、日本とちがくて。豊葦です。トヨアシ、大阪の夢洲。それで、もっと埋め立て地自体がでかくて、正確には夢洲新開区ベイサイドタウンです」


「何言ってんの」


そうですよね、とだけ彼女は言って、考えてるんだか考えてないんだか返事が滞る。


「ちょっとよくわからんけど、帰りますよ俺。よくわからんけど。あんま人をつけたりしない方がいいよ」


身体を起こして帰ろうとすると、ギャルは肩を押さえつけて強制的に座らせてくる。


「残念だけど帰れません」


「なんで」


「ここって日本じゃなくて豊葦なんです。異世界なんですよ」


ヤバい女につかまってしまった。


「へえそうなんだ、とりあえずなんか屋内行きませんか?暑いし」


「信じてないですよね。でもまあいいと思います、暑いし」


涼しい顔で彼女は同意した。


***


「私、ルルベラって言います。フルネーム白峰ルルベラ。シラミネは白に、山が横にあるやつね。こうなったからには、しばらく私があなたの面倒をみることになるので。あなたは、なんていうんですか」


ギャルはコメダの豆菓子を口にぽいぽいと運びながら珍妙な名前を名乗った。公園から少し歩いてすぐ見つかったコメダに入って、コーヒーとシロノワールを待っているところだ。本当はこんなヤバい女の相手をいちいちする必要はないかもしれないが、実際に変な体験はしているし、彼女がそんなにおかしいようにも正直思えないので、まあ暇だし半信半疑流されることにしてみたのだった。


「俺は、カラスヤマアキラ。烏の山に結晶の晶でアキラ」


「え~鳥山明のパチモンみたい」


「失礼な」


だったら白峰ルルベラって何だよ、何系なんだか知らないが言いづらいぞ。


「えっと、烏山さん。それで、さっきから言ってるんですが、ここって異世界なんですよね」


「それなんだけど、異世界のわりに異世界っぽくないっていうか。コメダがある異世界ってあんまり、大丈夫じゃないですか?」


「大丈夫って意味では大丈夫なんですけど。あとここコメダじゃないですよ。ヨネダです」


「ヨネダ」


慌ててメニュー表を確認する。本当だ、ひげのおじさんの下にヨネダ珈琲って書いてある。


「……ここがスレスレのパロディやってるヨネダ珈琲だったとしても、異世界って言うには弱いんじゃないですか」


「たしかに」


白峰さんは運ばれてきたシロノワールに着手し始める。シロノワールを出しているヨネダ珈琲はコメダ珈琲に訴えられそうな気がするのだが、世の中にはスナバ珈琲とかもあるし。


「でも逆にパニクらずに済んでよかったのかもしれませんね。さすがに繁華街に出たら分かると思いますから。私も正直ここに詳しいとかじゃないんで……」


シロノワールをパクつきながら余裕綽々に語ってくる。注文したアイスコーヒーは何の変哲もなく、一般人男性である俺が味でヨネダとコメダの違いがわかるとも思えなかった。


何気なくスマホを点ければ圏外表示になる。これも特別におかしな現象ではないだろう。案の定ヨネダのフリーWi-Fiが提供されているので接続すれば、無事にインターネットも閲覧できる。いやできていない。


(ツイッターがエラーになる。LINEも……)


「阿部寛のホームページは見れると思いますよ」


「逆になんでだよ」


「お気に入りに登録してないですか?」


「しねーよそんなもん」


半信半疑でブラウザを開くと繋がっていそうで、妙に速度が遅くイライラしながら『阿部寛 ホームページ』とか初めてすぎるキーワードで検索して出てきた一番上を開くと、すぐに繋がった。


「阿部寛のホームページ見てどうするんですか?」


「こっちのセリフですよ白峰さん」


白峰さんが手を伸ばしてスマホを貸せというので、本当に大丈夫かわからないが何とでもなれの気持ちで貸してやった。勝手にネイルの長い爪をコツコツ画面にあてながら何かを操作する。


「連絡用の入れました。このPLANEってやつね。私のアカウント入ってるからなんかあったら連絡してください。Wi-Fiないとこだと圏外になっちゃうと思うけど」


戻されたスマホの画面にはLINEみたいなLINEじゃないアプリが表示されていて、一人だけ友だちが追加されている。『+*RuRu*+』と書いてあって、犬みたいなキャラのアイコンだ。


PLANEの画面はLINEと同じような感じで一生使わないタブがいくつかあり、LINEでも全く見向きもしなかった「NEWS」を見てみる。一番上に「バチカンテロに急展開:米オカルトインフルエンサー身柄引き渡し」


(まるで新聞の続きみたいだ)


「ぶっちゃけそのバチカンローマのテロの犯人のせいなんですよ、私たちがここにいるの」


白峰さんはホットコーヒーをブラックで煽りながら、心を読んだように続ける。


「彼らの目的はうちのパパを呼ぶ召喚儀式だったんだけど、まあ当然っていうか抵抗して空間不安定になっただけの結果になっちゃって。でもそこを伝ってオカルト馬鹿人間たちが他の世界を探り出したみたいで、それで今パパ怒られててオカルト馬鹿野郎たちの尻ぬぐいしてんのです」


「何の話?白峰さんのパパが何?」


急にファンタジーの話をされていることはわかるが、召喚儀式で呼ばれるパパってどんな設定なんだ。全然頭に話が入ってこない。


「『九つの顔の天使』ってカルトはね、その通り九つの顔の天使って呼んでいるのを信奉してるんですけどね、パパがそれなんです」


「パパが天使?」


「いや、って呼んでるってだけで……」


手の込んだ仕掛けとパパがどうのというスケールの小ささに、彼女がおかしいのか俺がおかしいのか不明なまま話は進んでしまう。


「パパは悪魔。わたしも」


一瞬、白峰さんはその肩丸出しの服の隙間からバサっと羽を伸ばした。蝙蝠みたいな悪魔っぽい羽だ。一瞬でまたバサッと納めて、俺は夢を見ていたんじゃないかと思う。ああ。


それで全て納得したわけではないが、瞬時に何かのスイッチが入ったのだ。


(あっ、夢だ、これ)


だって現実的な要素がまるで何も全然ない。悪魔のギャルと一緒に異世界にいて、異世界のコメダ(ヨネダ)でコーヒー飲んでる。ちょっとこれって『悪魔のギャルと異世界転移した俺、やれやれ系主人公になる』みたいなラノベでしょうか?ただ読者には申し訳ないことに異世界ものはファンタジーばっかりしか見ないから、ほぼ現実世界と変わらないダジャレ的なネーミングセンスの固有名詞すり替え世界で何するのかって知見がない。


白峰さんは解釈を深める俺を見て「まあそれでもいいけど……」と呟き、シロノワールの攻略を再開した。そうして見ると白峰さんはまず女の子の中でも断然かわいいと思うし(メイクが上手だなと思っていた)、大胆な服装も似合うスタイルの良さだし、まあラノベにしては普通過ぎるかもしれないが実際に夢を見ているのはこの俺、あんまり極端な美少女すぎても素直にお喋りできないかもだし……


「えっと、もうちょっと説明していいですか?」


「あ、はいどうぞ。テンポ大事ですからね」


彼女はため息をつきながらシロノワールを口に入れながら、もぐもぐ話を続ける。


「カルトの馬鹿たちが繋げた不安定な穴、みたいなもので私たちこの異世界に来ちゃったんですよね。それで、私はいいんですけど烏山さんは帰んないといけないじゃないですか」


「白峰さんは悪魔だからそういう魔法とかで何とかできるって?」


「ウチらは方法を知ってるってだけで、そこまで自由じゃないんですよぉ」


訳知り顔で再びため息をつかれる。


「私パパたちの出張についてきただけだからあんま勝手に魔法とかできなくて、それで今パパにお迎えお願いしてるんですけど、なんかすぐ来れないって」


なんだか話だけだと県外からユニバに来るために出張についてきたギャルみたいなトーンで進んでいるので、咀嚼するのが大変だ。


「パパってその九つの顔の天使のパパが迎えに来てくれるって?」


「あ、大丈夫だよ、普段は顔ひとつだから」


その心配じゃないし。普段じゃなかったら顔九つあるんかい。


「私を連れ帰らないといけないからさ、烏山さんも一緒に送ってくれるよ」


そもそも、そのパパを信奉しているカルトが変なことして俺が異世界転移してるんだから戻してもらうのも当たり前という気がする。


「でもちょっといつになるかわかんないんで……烏山さんこの世界に居場所とかないからさ、困るでしょ。寝るとことか」


「ああ、結構長編なのかな」


「ウチらみたいなのが使うためのセーフハウスが新大阪にあるから、まずそこ案内するね」


なんか都合がよろしいことで……


「東京、江戸と大阪は大体あるんだよね。名古屋があったりなかったり、大宰府があったりなかったり」


東北が弱そうな悪魔ネットワーク。


白峰さんはシロノワールの最後のひとかけをポンと口いっぱいに入れると、「これ食べたら出るからね」ともぐもぐ宣言した。悪魔だからしょうがないかもしれないが、ちょっとマナーを身に着けさせた方がいいんじゃないですかねパパさん。


***


知らないJRベイサイドタウン駅が見えてきて、西九条まで行って乗り換えて、とユニバの時のルートを白峰さんから教えられる。


「白峰さん、これSuica使えるんですかね」


スマホも普通には繋がらないのではちょっと不安だ。


「えっと、Suica?大丈夫です」


大丈夫なんだ。白峰さんはウチもウチもとポケットから自分のICカードを取り出して見せる。あまり見たことのないカードで、水色に明朝体で『はやかけん』と書いてある。


「それも異世界的な?」


「いえ、これは烏山さんの世界のやつです。っていうか知らないんですか?烏山さんって長崎でしょ?」


その通りでちょっと驚くが、相手が悪魔だったらもうなんでもありなので知られていても無理はない。しかも夢だし。


「長崎ですけど、知りませんよそんな個性的なカード。長崎にあるのはスマートカードからのエヌタスカードだけです。しかもバスでしか使えないから共通規格の交通系ICと二枚持ちしてバスと路面電車を乗り換えるんですよ」


「はやかけんは福岡市営地下鉄の共通規格のICですよっ!ほら、ちかまるくん!」


「知らん!福岡のローカルなんて知らん!」


長崎県民が交通系ICを持っているならなんとなく全国っぽいSuicaかJR九州のSUGOCAと相場が決まっているのだ。そんな知らないカード、いやこれって夢だから俺の深層意識なのか?ちかまるくんが。


喋りに意識が向いていたので、電車は気が付くと都市部へ突入していた。先ほどいたのは知らない埋め立て地だが、さすがに西九条からの道のりは異世界転移前と全く同じのはずだ。そう思って見ていると明らかに違和感が生じ始めている。


「白峰さん、あの、これ今日ってなんかイベントとか」


「いや、違いますね」


白峰さんはふっと鼻で笑ってくる。


まず目についたのは走っている車で、大正時代の写真みたいなので見た気がする感じのレトロな車が何台も走っている。何なら、馬車が混じっていた。やっぱり異世界転移といえば馬車ですよね。それから人の方も見てみると令和にしては和装の人が多いのは気になるが、もう明らかに2メートル以上の体格の巨人みたいな人とか明らかに背中から羽根が生えてて飛んでる人とか、明らかに夢みたいな人が飛んでいる。やっぱ異世界転移といえば亜人ですよね。


「ね、わかったでしょ」


慌てて周囲に目を配ると、外を歩いているような規格外の人間がちらほらとつり革に掴まっている。和装の人も自然に普段着らしく着こなしているし、電車の内装もちょっとレトロで天井にくるくる回るファンみたいなものが空気をかき回している。冷房は利いている。


「これ、今って令和ですよね」


「えっと、あえて言うなら確かですね、皇紀2685年」


でもみんなグレゴリオ暦使ってるので気にしなくて大丈夫ですよ、と何が大丈夫なのかわからない。


西九条に到着し、乗り換えのためにホームを歩きながら続きをササっと解説される。


「暦なんかはちょっとした歴史のアヤなんですけど。科学がまだ観測、説明できないものが多いんです、ここは。説明できないけど使いたいものが多いから、古いものをそのまま動くように動かすってことを色んなところでやってるんです」


あまり変な発言はできないからか、そうして曖昧な言い回しの継ぎはぎを読み解きつつ電車に揺られ。


「ちょっと理解はしてきたと思うんですけど、まだ納得いってないっていうか」


「そうでしょう」


扉の前に固まってぼそぼそ喋る。スマホは役に立たないし、あまり周囲をジロジロ見てしまうのもよくないので予防的に白峰さんと話しているのだ。


「白峰さんはどうして助けてくれたんですか?」


「私?だってそれは、普通に人間が転移したら烏山さん困っちゃうじゃないですか」


呆れたように返ってくるので、


「だって、悪魔なんでしょう」


「ああ……」


白峰さんはなぜか少し顔を赤くして、


「悪魔だって損得で人助けもしますし……いえ、あの、あなたがパパのこと調べてたからカルトのやつだと思ってて、尾行しちゃったんですけど」


尾行か……あのバレバレのやつが……


「話してるうちに違いそうだな~って、思ってたら変な感じがしてきたから、逃げなきゃだ~って、そんだけです」


本人の説明がゆるゆるではあるが、まあ何かが迫ってる緊急時なんてそんなもんか、と一応その件は納得する。


「私も余裕あるんなら契約とっちゃったり魂とっちゃったりするんですよ?でも観光ビザで来ちゃったから何にもできなくて、道案内くらいですけど」


悪魔ってビザの種類とか気にして守るんだ……どこから出てる観光ビザなんだ……


「闇龗比良原から」「え?」「すいません気にしなくていいです」


ちょっと夢にしては知らない固有名詞が多めだな。


それはそれとして、そろそろ乗り換えだろうと周りの様子を気にしてみると、普通に変だった。どんだけ異世界でもどんだけ乗り過ごしたとしてもまだ日も高い大阪で、乗客がひとりもいなくなるってことはないだろう。


「白峰さん、これは?」


「これは……」


彼女も今気づいたという顔で、もともと白い顔がみるみる青くなっていく。


「烏山さん、この世界って、説明できないけど起こることが多いんです。だから、ちょっとよくわかんないです」


ちょっとよくわかんないですって、案内人がそれじゃあちょっとダメだろ。どうしよ、などと聞こえてきて俺まで不安になってくる。


改めて電車を見渡すが本当に人がいない。外の様子は暗くわからない。他には、と上を見上げるとドアのところの停車駅の表示が目についた。ハングルや中国語で意味が取れるようで取れない内容が流れる、その後に


『次は きさらぎ』


「きさらぎ駅だ!?」


思わず素っ頓狂な声を上げた自覚がある。白峰さんはびくっと驚いて一緒に表示を見て、「わ~」とふにゃふにゃした声をあげる。


「本物のきさらぎ駅できるなんてレアですよ」


「そういう反応でいいのか!?」


先ほどとは打って変わって観光モードになる白峰さんに突っ込み入れつつ、俺も知っている名前が出てきたからなのか少し安堵している。きさらぎ駅本人(?)には不本意なことかもしれないが……


「きさらぎ駅だったら、で、どうなるんだろう……」


「そうですねえ、ベーシックなきさらぎ駅は『帰れるかどうか不明』ですけど」


一転、不安要素をぶちこんでくる白峰さん。


彼女も改めてきょろきょろと辺りを見渡して、頬に手を当て考え始める。


「ベーシックな話だと乗客って存在してるけど全員寝てるんですよね。そもそも静岡の話とかじゃないっけ」


「それで?」


「知っている通りの展開とは限らないからこそ、『帰れる』つもりで動きましょう」


前向きな宣言をいただいた。


「それじゃ、まあ都市伝説通りにきさらぎ駅で降りる…んですね」


固唾を飲んで外を見ていると、暗い風景にうっすら目が慣れてか、トンネルのようなものが見えてきた。もちろん伊佐貫トンネルだ。


本来恐ろしいシチュエーションなのだろうが、異世界転移中の異世界転移なんてやりすぎだし、それがきさらぎ駅ときた日には「あ!伊佐貫トンネルだ!」「マジだ~」とか言って修学旅行で初めて奈良の大仏を見たくらいなもんである。穢れた聖地巡礼ってこれかも。


しばらくすると大阪のど真ん中には似つかわしくない、ホームに屋根がちょっと乗っているだけの無人駅が現れた。きさらぎ駅である。何事もなくドアが開いたので、軽やかに降りる白峰さんに続いて電車を降りてしまう。


「おお~、『やみ』と『かたす』だ。烏山さん写真撮りましょーよ」


きさらぎ駅案内板を見つけてテンションを上げる悪魔ギャル。


インカメだとか変な犬みたいになるフィルターとかなぜか俺のピンとか色々なバリエーションで写真を撮られた後、その写真が実際撮れているのかチェック。


「やっぱ赤くなってますね」


「きさらぎ感ある」


なんだその感は。


白峰さんはいい感じで盛れていたのか満足気な笑みを浮かべ、そのままホームを探索し始める。といっても大して広くもない無人駅のホームで見るべきものはそうもない。赤い自動販売機がひときわ明るく輝いてる。


「コカ・コーラ系の自販機かな。何飲みますか」


「飲まない方がいいんじゃないですっけ」


よく見るとすべての飲料が絶妙に読めない文字で書いてある。いろはすかと思った水も妙に崩れた字で、強いて読むなら『もょもと』だろうか。


「せっかくだからもょもと買っちゃう」


「うげげ。ぬる~い」


勇者ちゃんは適当に小銭を投じてボタンを押すと、それらしき飲料が落ちてきた。ミネラルウォーターかと思いきや若干黄色く濁っているのが特徴だ。


「飲みたくないねぇ」


嫌そうな顔で飲まずに小さなリュックにペットボトルを突き刺す。


「烏山さんは?お茶もありますよ」


彼女が指さしたのは『邯セ鮃ケ』と書いてある緑色のペットボトルだ。緑で漢字だからお茶だと思っているに過ぎない。


買ったとして絶対に飲みたくないのは前提として、やはり彼女と同じように買ってみたいので買ってみた。だってせっかくきさらぎ駅に来たのだし。おそらく120円で買えた『邯セ鮃ケ』は緑の粉っぽいような苔っぽいような何かが沈殿する液体で、ぬるい。


「うげげだな」


「ホームはこんなもんですか」


結局改札を出ることにする。一応Suicaが反応したが、エラー表示か何かで残高、運賃は不明。


きさらぎ駅前は不思議な明るさというか暗さで、夕暮れの日が落ちきる寸前のような仄かに明るく赤い世界だ。駅自体は無人だが家が立ち並んで、地面はアスファルト舗装されている。どの家にも明かりはないのが奇妙で、気配らしいものがない。街灯も見えてはいるが明かりはない。


きさらぎ駅と言えば祭囃子のような音もあったと思うが、今のところそれはない。時期ではなかったのかもしれない。静かなのは静かなので、もちろん怖い。


さらに遠くの方を見ようとすると、細長い影のようなものが揺らめいている。本能的に見てはいけないもの、という気がして、すぐに視線を逸らして地面の方を見る。多分一時停止線の『止まれ』なのだが、『弔まれ』にしか見えない掠れ方をしていたのでまた顔をあげて、ということをしばらくやってしまった。


さすがにこんな風景をひとりであれば心細かったが、悪魔っ娘が犬の散歩くらいの足取りで歩くので何とか耐えられる。


「悪魔ってこういうの平気ですか」


「この風景はちょっと寂しいかも」


寂しいとかなのか。


「うちの近所にはですね、AB型の血が流れている川があって、よく低級の吸血モンスターがうろついてるんです。マナーが悪くてその辺血まみれにするし、時々B型の血を混ぜていくんですよ。だから地元の子だったら絶対川で遊んだりしないの」


なんだろう、色々突っ込みどころがあるが、想像したら確かにここよりは賑やかそうだ。「臭そうだね」と感想を述べると、「そんなこと言ってたら地獄住めませんよ!」と大げさに肩を竦めてテレビドラマのアメリカ人がやってる『あ~あ』のポーズをくれた。


セオリー通り線路に沿って歩くと、道の遠くに人影が見えた。先ほどの影のような邪悪さはないが、この状況の生き物という時点で不穏である。


「あれ、片足のじいちゃんじゃない?」


「目がいいんだね」


有名人だ。きさらぎ駅のミッキーマウス。白峰さんの後を追うようにして彼にどんどん近づいていく。青いキャップを被っている。ライオンズファンか。


「こんにーちは」


白峰さんの方から明るく挨拶すると、片足のないおじいさんはぽかんとした顔で口をはくはくと動かし何か言おうとして、いる。


「く、くるな……」


怯えた顔でよたよたと道を逸れ、家の隙間に消えてしまったではないか。白峰さんは頬を膨らませて「失礼な」とひとこと。何となくの推測だが、おじいさんから見て白峰さんが邪悪だったのかもしれない。


「烏山さーん、私ってそんな邪悪オーラだだもれでしたぁ?」


「いや、ずっと別に何とも……」


機嫌を損ねたのかずんずんと先に進んでいく白峰さん。振り向きもせず、


「烏山さん、私ってカワイイですか~?」


「えっ、あ、カワイイ……カワイイと思います」


不意打ちでドキッとしたが、誰に聞かれてもそういう質問でカワイイ以外が答えになるわけがないじゃないか。


「こ、れ、で、も~?」


ばっと急に振り向いた顔には眼球がなく、口は裂けたように広がり、血まみれだ。俺は「ぎゃっ」とかなんか叫ぼうとしたが大した音量は出ず、走ろうとして滑って尻もちをつき、慌てて立ち上がろうとするが慌てすぎてうまくいかない。


彼女は「ギャギャギャ」みたいな声で天を仰いで笑い、手で顔を覆って撫でるようにすると元の白峰さんの彫りの深い顔に戻った。


「ウケる~」


最悪だ。マジで悪魔だった。グロ系はまた違うだろ。


「だってこんな古典に良い反応してくれて、あ~オモロ。人間って面白いね」


リュークみたいな感想を述べて、もたもたしている俺に手を貸して立たせる。


「私まだ未成年だからひとりで人界行ったことなくって、怖がらせるのも初めてだったから、ドキドキしちゃいました」


「ドキドキはこっちなんですけど……」


しかもきさらぎ駅に迷い込んでるときにドキドキさせなくていいだろ。


一瞬きさらぎ駅に迷い込んだこと自体が彼女の策略か何かかとも疑ったが、今更だし彼女についていくしかない。しかないってこともないと思うが、今って二重異世界転移の夢の最中なんだし何にもアテがないならヒロインを信じた方がいい。


その後も歩いていると、タクシーが一台通りかかる。何でもないことのように突然タクシーが現れたのに内心驚きながら、「GO」が横に書いてあるタクシーに手を挙げて止める。アプリで呼んでないけどいいのかな。


「はいっ、こんばんわ~」


関西なまりのおじさんが軽快に応じてくれた。


「えっと、新大阪までなんですけど、ここってどの辺ですか」


白峰さんが乗り込みながら尋ねると運転手は「ん~」と唸って、


「実はちょっとね、ナビの調子がおかしくてちょっと申し訳ないんですけど、んまぁ私ね枚方から戻るとこやったんで、方向は合ってると思いますよ!」


こらこらこら。


「ちょっと道出るまでメーター止めちゃいましょうか……」などとギリギリの発言を連発しながら、俺の方では枚方なわけないだろとか、言いたいことは山ほどありつつの発進。まだ油断はできないのだが、タクシー運転手が意味不明なことを言うでもなしでなんかいけそうな気がしている。道には迷っているかもしれないが……


しばらくは運転手に任せよう、と横の白峰さんを見れば少しばかり険しい顔をしていた。


何か異常があるのか、と緊張を覚えながら「白峰さん」と声をかけてみる。


「烏山さん、お金持ってますか」


問われていくら持っていたか少し不安になる。まだクレカは持っていなく今どき現金主義(面倒なだけ)の自分はまだ下ろしたばかりの生活費、数万円分持ってはいるはずだ。異世界で使えるものかはわからないが。


「枚方から新大阪って……」


「あ、タクシー代のこと。別にいいですよ、お世話になってるし」


「ありがとうございます」


悪魔は小さい声で謝意を述べた。それから続けて、


「あの、しばらくちょっと貸してもらったりってぇ……あのあの、パパが迎えに来たらすぐ返すので」


さきほどいろはす、じゃないもょもとを買ってたのにどうしたのだろうか。


「お金ないんですか?」


「あと80円しかない……」


「……『ジュース飲んでんじゃネーヨはげ!!』」


今日はもう、そういう(2ちゃんねるがすぎる)日なのかも。


✽✽✽


異世界から異世界に戻るのだから、もっと劇的に何かが起こるような予想をしていた。実際は行きと同じくで、気づいたら人の賑わいを感じて、ビルが並ぶ街並みに明かりが灯っているだけでほっとしている。これも知らん異世界だけど。


タクシー代を払う時に、白峰さんが一瞬『あっ』という顔をした、が、何もなく精算されて新大阪駅の前に降り立ったのである。


「きさらぎ駅って悪魔と一緒に行くと怖くないんだね」


「もうちょっと粘ればよかったかなぁ?」


そういう意味で言ったわけじゃない。


「この後ってなんか、どっか行くんだっけ」


「そう、時空の迷子用のセーフハウス」


そんなに都合よく便利なものがあるものなのだなあ。残金80円しかない悪魔に先導されて当然徒歩でセーフハウスとやらに向かう。新大阪駅自体はなんとなく記憶の中の新大阪駅だと思っていたが、周りの道は知っているものとやや違い、ウェルシア薬局だった気がするところがスギ薬局だったり、スギ薬局だと思ったらマツ薬局だったりした。ちょっとわかりそうなだけに余計に混乱する。道を覚えるのは諦めて、白峰さんに黙々ついていく。


「ここでいい、はず」


少し自信なさげな語尾とともに立ち止まった。セーフハウスの外観はちょっと、大分、結構個性的で、ベースはタイル張りがちょっとおしゃれな昭和っぽい5階建てビル。問題はそのタイル張りがツタに覆われきって入り口でかろうじて見える程度、ささやかな花壇がつくられているが、これも雑草に覆われている。緑があるのは良いとしても窓という窓は板が打ち付けられて台風への備えは万全。エントランス部分の蛍光灯はチカチカと点滅中だ。


「ここでいいはず」


廃墟のような見た目でやはり不安なのか、もう一度言った。


「とりあえず誰か探さないと……管理人とか、いると思う」


エントランスには窓口のようなものがあったが人の気配はなく、何かないか見回っているとエレベーターが降りてきた。誰か来る。ちょっと気まずいが待ってみよう、とエントランスの端に寄って扉が開くのを待つ。


降りてきたのは白峰さんくらいの女の子で、白峰さんくらい色白で雰囲気は似ているがジャンル違いの美少女という感じだった。シンプルなワンピース姿で、ウェーブがかかっている長い黒髪に赤いカチューシャを挿してちょっとレトロなガール。女の子だから白峰さんから声を掛けるかなと思っていたら、降りてきた彼女の方がこちらを探していたように振り向いた。


「誰かと思えば。るーちゃんでしたのね」


「ポムちゃんだ、どうして?」


知り合いだったようだ。ちょうど良いじゃないか。


「短期バイトで管理人してますの、夏だから」


「へ〜バイトしていいんだポムちゃんとこ。えっとね、2人で使わせてほしいんだけど、ちょっとわかんないけど3日くらいとか」


3日もかかるのか、とこの時ようやく知る。パパさん早くしてください。ポムちゃんは持っていたバインダーを開き何やら書き込み始める。


「2人。大丈夫ですわ。お名前とご住所書いてくださいまし。注意事項読んで全部チェックつけますの」


バインダーを受け取って言われた通りにお名前とご住所とチェックを書く。いまだに自宅の住所があやふやだ。『みだりに時空移動について喧伝しないこと』とか書いてあるが、喧伝したって頭おかしいと思われるだけなので自信をもって守ると誓わせてもらう。白峰さんに回して、魔界の住所ってどんなもんかちょっと気になった。


「じゃあ3階のお部屋、302と303をお使いあそばせ。わたくしのほかに男の管理人バイトさんがいるから、あとで挨拶にくると思いますわ。あとは……4階は女性専用フロアですから絶対に入らないでくださいまし。今はわたくししか居ないけど」


何か違和感。白峰さんがからかうように言う。


「私は〜?ポムちゃんとこ遊びに行っちゃダメ〜?」


「ダメ。あなた男の子でしょ」


は?


思わず白峰さんの顔を見る。彫りの深い端正な顔、細くて長い手足、つやつやサラサラの長い髪、驚くほど短いスカート。


「男の子、?」


「言ってないけど、言わなくない?男ですとか……」


やれやれ、という感じで手を広げてみせる。声は落ち着いていて高くはないが、男性っぽいとも思わず。一旦ポムちゃんの方を見る。


「ブラッディ・マリー・ポムグラニットです。18歳。女です。るーちゃんは、お父様どうしが知り合いでお友だちですの」


ゴージャスな自己紹介にあずかった。


「白峰さん、悪魔なんですよね」


「るーちゃんは悪魔ですけど、わたくしは人間ですの。聞きたいのそういうことでしょう?オバケや天使悪魔ばかりじゃないですわ」


まあ若干話し方の癖が強いが、悪魔の友達なら癖が強いくらいじゃないと務まらないのだろう。そんなことより、白峰ルルベラ、男の子。


「男だったら何かあります?」


相変わらず男とは思えない可愛い顔で睨んでくる。確かに別に最初から今まで騙そうとしていたわけでも、女の子だから何かしてやったとかでもないのだが、気持ちの整理というか。


いっそ聞いておく。


「扱い的に女の子がいいとかあります?聞かなかったことにして」


「それって何か扱い変わるんですか?烏山さん的に」


言ってみたがよく考えると変わらなさそうな気がする。もともと白峰さんの方が生物として俺より強そうだったからレディファースト的なことが全くなかった。振り返ると逆に何か年下の女の子に対しての振る舞いが全然ダメだったことのダメージが入ってしまった。


「すいません、変わんねっすわ……」


「じゃあいいでしょ、カワイイって扱いでよろ」


性別:カワイイか、いいでしょう。


そもそも異世界に転移してきさらぎ駅に寄り道して今から知らない部屋に泊まるところで、もう脳のキャパシティに余裕がない。受け入れるものは受け入れて落ち着かないと。俺と白峰さんはどっちがどっちの部屋にするかじゃんけんで決めて、もうさっさと寝ることにしたのである。俺がパーで白峰さんがチョキ。


「あはは、烏山さん話が早くて助かりますね」


303の鍵を手にして白峰さん、機嫌がよくなったようで


「明日はデート、京都にしませんか?」


所持金80円のくせになんか調子に乗った提案してきたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔のギャル(作者注:男の娘です)と異世界転移した俺(作者注:本人なので描写がないがイケメンです)、さらに転移してきさらぎ駅で何事もなくデートしてギャル()の好感度が上がる 紫魚 @murasakisakanatsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ