星食む夜

咲翔

 星を食べる夢を見た。


 夢の世界で僕は、暗い世界に立っていた。地面があるのかさえもおぼつかないような、真っ暗闇だ。

 だけれど浮遊感は感じなかったから、きっと地面はあったのだろう。

 そこは、いつも暮らしているビル街とは程遠い世界だった。

 人の気配も、ひいては物の気配すらない静かな場所であった。


 僕がしばらくそこにたたずんでいると、次第に黒い空の中に光が見え始めた。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。小さな、明るい点が輝き出す。

 最初に天に浮かび上がったのは、オリオン座だった。ほかに光がないおかげで、オリオンの腕の部分までしっかりと見えた。


 今は夏なのに、どうして冬の星座が見えるのだろう。

 そう思ったけれど、僕は気づいた。

 ここは夢の中だ。夢の中では、季節など関係ない。きっと星座という概念を知ってから初めて覚えた星座がオリオン座だったから、僕の夢の中の夜空に浮かんだのだろう。夢とはそれくらい、その持ち主に近しくて、曖昧で適当な世界なのだ。


 僕がオリオン座を飽きずにずっと眺めていると、やがて「こっちも見てよ」と言わんばかりにカシオペア座が輝き始めた。

 綺麗な「W」を描いて、その星々は光る。

 本当は線など引かれていない、ただの点々のはずなのに、どうして僕らの目には白い線が映るのだろう。

 きっとそれは幼い頃に見た図鑑の星座の絵が、頭に刷り込まれているからだ。


 星座に線が引かれている錯覚を見るように――僕らは現実の世界に、勝手に思い込みで線を引いていないだろうか。

 

 そんなことを思った、その瞬間だった。

 突如、夜空に濁流が生まれた。

 

 僕はその川の名前を知っていた。

 天の川だ。


 僕がそれを認識すると同時に、その流れは段々と強くなり、やがてその水量に耐え切れなくなったのか――こちらへ向かって星たちが一斉に流れてきた。


 だああ、だああ、だぁぁぁぁぁ。


 音を立てて、天の川――いや、天の滝が僕の目の前に落ちてくる。

 それはやがて、僕の体をまるまる吞み込んで地面を流れ始めた。


 星は体にあたると、軽くパッと弾けて、星屑となって後ろへ流れていく。

 流れの音はすごいのに、いざその中に入ると星の流れの優しさが伝わってきた。


 さらさら、パッ。さらさら、パッ。

 

 空から落ちる天の滝は、僕の立つ地面で星の川となって流れていく。

 その流れの中ではねた水しぶき――いや、星しぶきが僕の口の中に、ぽーんっと飛び込んだ。


 星の味は、どことなく甘じょっぱい、優しくて哀しい味だった。

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星食む夜 咲翔 @sakigake-m

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