教室の片隅で、君と同じ空気を吸う。

七瀬瑠華

この一瞬の時間は、夢なのか?

 つい先日の話。近所に住む、年齢が一つ下の後輩、前山沙織まえやまさおりが家にやって来た。玄関までは入れた。それ以上はあまりに俺の家が片付いてなさ過ぎるので、入れることはできなかった。


 「明日、先輩の教室に行くので。授業が終わっても帰らないでくださいね?」


 「お、おう……」


 そのときの前山は、やけに圧をかけてきていた気がする。高校に入学して、部活がたまたま同じになり、早二ヶ月。 長い期間は過ごしていないが、なんとなく、いつもと違う雰囲気は感じ取れた。



 七限目。本日最後の授業。昨日、前山が家に来てまで言い残していった言葉がずっと頭から離れなかった。普段は一生睡魔と格闘している授業も、今日に限っては全然眠たくなかった。


 「キーンコーンカーンコーン」


 授業の終了を告げるチャイムが鳴る。教師が板書のスピードを上げ、皆がそれに付いて行く。俺はと言うと……


 (めんどくさいし、後で友達に送ってもらうか)


 他人任せの思考が、頭を巡っていた。



 友人にノートを見せて貰えないか頼み込んだら、掃除当番を変わるなら、と言われた。俺から頼んだことなので、大人しく従うことにした。それが、ついでに暇潰しになるから正直助かっていた。


 「さて、と……あとは机運んで適当に待機かな」


 まだ、前山は来ない。待っておけ、なんて言っていたのに。


 まだ運ばずに、教室後方に残っている机たちを運び始める。中には、どれだけ荷物が入ってんだってくらいに重い机もあった。黒板も掃除し、これで完全に掃除が終了した。


 (疲れたな―、あいつが来るまで待つか)


 俺の席、一番後ろの一番隅で廊下からも遠い、主人公席。そこに座ろうとしたその時。


 「お疲れ様です、先輩」


 「あ、ああ……。やっと来たか」


 「ごめんなさい、職員室に用事がありました」


 「全然気にしてないぞ」


 前山が、優雅に教室に入って来た。俺の席に一直線に歩いてきて、ペコリとお辞儀をする。


 「ところで、待っとけと言うくらいの用事が俺にあるのか?」


 「あー……それなんですけど」


 前山は、その辺の床にカバンを放り投げ、俺の肩に両手を突く。


 「……!?」


 声にならないくらいびっくりして、思わず壁にもたれ掛かる。前山は、さっきの優雅に教室に来た時とは違い、呼吸が荒い。そして——。


 『……ん』


 ――放課後、空が夕焼けと紫に染まりかけた頃。俺たちは教室の隅で、キスをした。


 「……先輩の事が大好きなので、初キスを先輩に捧げたかったんです」


 「……」


 声に、ならない。俺の事が、好き……?そんな人間が、この世にいる訳が。


 「……先輩も、きっと初キスでしょう?明日の放課後も、ここで待っていてください」


 それだけ言い残し、前山は教室から去っていった。


 俺の唇には、確かに愛情が注ぎ込まれたのであろう。人間の温かみを感じた。


 ……あの後輩は、どうしても好きになってはいけない。

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教室の片隅で、君と同じ空気を吸う。 七瀬瑠華 @NanaseRuka

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