サイコバーニングナイト☆
秋乃光
「センパイって、面白いですね」
畳の匂いがした。
目の前の、なんだか斜めになっている(ように見える)棚に手を掛ける。
「うぎっ!」
立ち上がろうとして、右足首に激痛が走った。転げ回りたくなる痛み。この痛みで、ついさきほど我が身に起きた出来事を思い出す。
俺は『サイコバニー先輩』と呼ばれている後輩の女の子の家にいる。特徴的な『サイコバニー先輩』というあだ名は『サイコバニー先輩』の同級生らが付けたものらしい。当の本人は気に入っているようだが、あだ名としては荒巻スカルチノフ
先輩と俺は、大学のサークルで知り合った。東京で年に二回開催される創作系のイベントで本を出すタイプの、わりとやる気のあるサークルである。毎回、メンバーは短編を書いて持ち寄り、リーダーが校正と編集をして、短編集を刊行している。
高校時代に小説投稿サイトの学生限定コンテストで“佳作”に選ばれた実力者として、鳴り物入りで加入した先輩。固定ファンが付いている。先輩はインスタやティックトック、フェースブックのアカウントを持っていない。唯一、Xのアカウントだけは持っているが、頑なにTwitterと呼び続けている。
先輩の書き下ろし短編が収録されるとあって、前回のイベントでは先輩目当てのファンが列を成した。おかげで当サークルは、初めて『完売』している。快挙だ。もしくは、見込みが甘かったというべきか。
「プロとアマチュアの差を見せつけられちゃった、って感じ」
喫煙所で紫煙をくゆらせながら、リーダーは自嘲気味に笑う。このまま筆を折ってしまいそうな勢いだったので、俺はコンビニに駆け込んで、ピアニッシモアリアを買ってきた。
同じ文字の羅列なのに、どうしてこうも違いが出てしまうのか、俺にはわからない。
俺はリーダーの書くファンタジーが好きだった。架空の世界を旅しているような気分になれる。先輩の文章は、小難しい表現が頻出して、どうも斜に構えている印象が拭えない。気取っていて、苦手だ。
面白くない。
「あっ。起きちゃったんですね、センパイ」
先輩は俺を『センパイ』と呼ぶ。告白してきたのは先輩からだ。ありとあらゆる恋人同士のイベントをオールスキップして、先輩は俺を家に呼んだ。手をつなぐとか、キスするだとか、そういうのはいっさいない。先輩がこの俺に「付き合ってください」と言ってきたのか。理由もわからぬまま、俺はこの家にほいほいと着いてきた。
俺から見た先輩は、学年としては後輩で、年齢も一つ下。好きか嫌いかでいえば、どちらかというと嫌い寄りだ。俺はずっと創作をしてきて、何度かコンテストや新人賞に応募しているが、どれも一次で落ちていた。一次でってことは、下読みの段階で『面白くない』の烙印を押されているってことだ。
俺は先輩の才能に嫉妬している。ナントカ甲子園で“佳作”を獲ったのは、この才能が世に認められている何よりの証拠だ。そうでなければ、先輩の新作が収録されている本が売り切れることもない。
だから、好きよりは嫌い寄りだ。
なのに、彼女の告白を受けて、この部屋に上がり込んだのは、先輩が可愛い女の子だから。
先輩の『サイコバニー』の部分の由来に、先輩の『ビジュアルの良さ』は絶対にある。年中ウサミミのカチューシャを付けて、涙ぼくろの位置にハートマークのタトゥーを入れている女の顔が良くないわけがない。こんなの、ブサイクには許されない。
「俺は、」
先輩はこの和室とキッチンだけのアパートで、一人暮らしをしているらしい。テーブルの上には、鈍色のハンマーがあった。
「可愛い後輩に誘われたセンパイは、浮かれてコンドームなんて買っちゃって、ものの見事に返り打ちにあったのですね」
「あっ、こら!」
他人のカバンを勝手に漁るなよな。……先輩のおっしゃる通り、俺は三大欲求のうちの一つに呑まれ、先輩を襲おうとして、ハンマーでくるぶしを思いっきり叩かれた。あまりの痛さに気が遠くなって、今に至る。
見れば、赤く腫れていた。これ、傷害罪で訴えたら勝てるんじゃなかろうか。
「正当防衛です」
「ハイ……」
「あたしが何のためにセンパイを呼び出したと思っているんですか」
「彼氏彼女として、あ、いや、ワカリマセン……」
セッ、まで言いかけてハンマーを振り上げられた。ヤバいやつに違いないと、心のどこかでは警戒していたが、ここまでとは驚きだ。
というか、なんで一般女子の家にハンマーがあるんだ。昨今のDIYブームのせいか? ……歪んだ棚ってお手製!?
「センパイ、リーダーを寝取りましょう」
やっぱりヤバいやつやんけ!
「なんで?」
「だってセンパイ、リーダーのこと大好きでしょう?」
「でもリーダーには将来を約束している彼氏さんがいて」
「知ってます。知っているから、寝取りなんですよ」
サイコバーニングナイト☆ 秋乃光 @EM_Akino
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