第5話 壊れかけのネックレス
あーしは最初、ミウは真面目な後輩の紫乃に付きまとうちょっとヤバめな女かと思っていた。
けれど、紫乃とミウは意外にも仲が良く、ミウは一方的な気持ちを言い出せない初なところがあった。
紫乃は紫乃で、壊滅的に鈍感で、傍から見ても明らかなミウの好意には全く気づいていなかった。
2人が仲良く、幸せであればいいと、お節介を焼くこともあった。
それから季節が巡って春、2人が付き合うことになった。
2人が付き合うことになったこと自体はあーしにとっては驚くような事じゃなかった。
あーしは何となくその2人の関係の経過を目撃していたのだから、むしろ2人が付き合うことになって、どこかほっとしていた。
気になることが減って、論文の方に身を入れることもできた。
それなのに2人の仲は拗れて破局した。
その後もあーしだけは2人のことを、なぜか両方ともが見えるところにいて、紫乃がいつまでも引きずっていることも、ミウが諦めきれないことも、どちらも放っておくことができなかった。
紫乃からネックレスのことをどうして知っていたのか聞いた時――
「それと同じものを、昔知り合いにプレゼントしたことがあるんです」
暗い顔で教えてくれた。
"昔"、"知り合いに"……その2つの単語と表情で、紫乃がミウとやり直せないことは明らかだった。
それでもミウは、毎日肌身離さずそれを身につけている。
それってきっと、どこかで紫乃とすれ違うことがあれば、そのネックレスを今でも大切にしているって、気づいてほしかったんじゃないのかな。
例えチェーンが脆くなってきて、外れかけていたとしても、ミウの心はまだ紫乃に向いているのだと。
若いから考えがすぐ変わるなんて、たんなる詭弁。
人の心はそんなに簡単に誰かを忘れることなんてできない。
好きな人ならなおさら……あーしもそういう恋がしてみたいよ。
でも、見ているだけならいつまで経っても二人の関係は変わらない。
あっちも……そして、こっちも……
――
5月下旬。
新社会人として就職して、初任給が入った。
カフェのアルバイトを辞める直前に、ミウとは連絡先を交換していた。
給料出たし奢る。あの写真を消すからと、ミウのことを飲みに誘った。
「ミウ、来てくれたんだ。よかった。久しぶりだから来ないかと思った」
「秋林さん、ご無沙汰してます。来ますよ、人質取られてますし」
「はは、やっぱあの時の画像、消さずにおいてよかったよ」
「来たんですから、さっさと消してください」
「それは後でもできるから、まずはお店に入ろうか。普段は予約も取れないとこらしいよ。楽しまないと。それから、今日はあーしのことはリオって呼んでくれない?」
「? リオ、さん? 別にいいですけど、わざわざ……ドレスコードありの店じゃなくても、その辺の居酒屋さんで良かったのに……」
「よく似合ってるよ。ミウの良さが際立ってて素敵だね。髪とネイルもセットしてきてくれたんだ。ありがとう」
「……そんなストレートに褒められても……困るんですけど……秋林さ、リオさんも……その……スーツ、似合ってます……大人っぽくて」
「ふふふ、照れた顔も好きだよ、ミウ」
「やめてください、鳥肌立ったら目立っちゃうんでっ、わっ」
「ふふ、大丈夫?」
ミウは店の入口すぐの階段で躓きかけるも、あーしが手を取って支えた。
「……はい。……ありがとう、ございます」
「そういうしおらしいミウも、なかなか……」
「なんですか? そんなにじっと見つめないでください……」
「今日は素敵なディナーが楽しめそうだと思ってね」
「……―〜……!」
――
ディナーコースの料理が運ばれてきて、楽しく話しながら食事が進む。
お腹も満たされ、雰囲気も良く、ミウもずいぶんこのお店を気に入ってくれたみたい。
デザートが来るまで少しの間があった。
あーしは用意していたケースを取り出した。
「ミウ、今日はありがとう。よかったらこれ、あげるよ」
「なんですか、これ? プレゼントまで用意して、一体何を企んでるんですか?」
「いいから開けてみて」
「はい? じゃあ、開けますね……?」
開けた瞬間、ミウの目からキラキラしたものが消えた。
一目見ただけで、それが何か理解したのだろう。
あーしはそれについて、ミウの瞳から目を覗き込みながら告げる。
「これ、いつもミウが身につけてるネックレスと同じものなんだけど、受け取ってくれないかな?」
「どうして……これ」
「チェーンのとこ、もうけっこうボロボロでしょ? そろそろ買い替え時かなって思って」
「受け取れません……これは……私にとってすごく大事なものなので……これでいいんです」
「知ってる」
「……ぇ?」
「知ってるよ。それ、紫乃が誕生日にミウに贈ったんでしょ? だからだよ。古いのはこっちに渡して? あーしが壊してあげるから」
「なんで、そんなこと言うんですか?」
「なんでって、ミウが報われないのがつらくなったからだよ」
「報われないとか決めつけないでください!」
ミウはグラスに注がれていたチェイサーをあーしに浴びせて叫んでいた。
「そんなこと言う人だとは思いませんでした……! 私、帰ります……!」
ミウが店から飛び出していくのを見ながら、あーしはウェイターを呼んだ。
――
水浸しにしてしまったことをお詫びして、その場で会計してもらい、少し多めに支払って店を出た。
この場所は駅まで少しある。
すでにかなり先にいるミウを見つけて、すぐに追いかけた。
後ろからミウの腕を掴まえる。
「そんなヒールで、追いつかれないと、思った? 甘いよ、ミウ」
「離して!」
引き寄せた瞬間、振り乱れる髪と共に涙が宙を舞う。
「無理。あいつはもう、ミウの彼女じゃない。だからあいつのことはもう忘れてほしい」
「あんたには関係ないでしょ!? ほっといてよ!」
「ほっときたくても、ほっとけなくなった」
「なに……それ?」
あーしの言葉に気を取られたのか、ミウは腕の中で足掻くのをやめた。
その瞬間、ミウの首元からぽとりとネックレスが落ちて、あーしの腕とミウの胸の間に受け止められた。
「あーしにもよくわかんないけど、初めて女の子を、ミウのことを好きになった」
「……リオさんが……私を? 嘘つかないでください……」
「なら、その目で確かめて……? この顔を見て、嘘ついてるように見える?」
ミウは、胸元のネックレスを落とさないように手に取って、ゆっくりと振り向いた。
「酷い顔…………バカみたいです……」
「ふふ、でしょ」
ん……
「涙の味のキスも、いいものだね。もっとミウのことを好きになった」
「私のファーストキス……リオさんなんかに捧げる予定じゃなかったのに」
「ファーストキス、まだだったんだ。やった、嬉しい。 不満ならこれからいくらでも聞くし、キスも飽きるほどしてあげる。ミウの声なら何でも聞ける」
「そうやって何人もの人を口説き落としてきたんですか? 私で何人目なんですか?」
「まあね。って、違うよ? 男相手の遊びでだったらそうだけど、ミウに対しては本心だし、遊び心はなし、最初で最後の彼女」
「ぅ……さ、最初は絶対遊びというか、興味本位でしたよね?」
「あちゃ〜。それは痛いところを突かれたね。でも、それでミウのことをいっぱい知れた」
「私何も答えてませんけど」
「そういうところが愛しいってことも知れた。変なことは言わないし、ちゃんと紫乃のことも考えれて偉かったし、何より一途だし、素直でいい子だからね、ミウは」
「うるさいです……そんなに褒めないでください……そんなんじゃないです私……」
「口では冷たくても、実は気にしいなところも可愛い」
「リオさんみたいなの、周りにはいなかったから……言い過ぎてたらどうしようって不安だったのに……ずっと話しかけてくるし……怒ってるのかなとか、普通不安になります」
「気にしてくれて店によく来てくれたんだよね?」
「違います。私はただ……コーヒーが……好きだから…………」
「それは知ってる。悔しいけど、紫乃のこと見てる時間が、ミウにとっての好きな時間で、そこにあったコーヒーもミウの好きなものになったんだよね?」
「……はい……なんでわかっちゃうんですか?」
「ずっと見てたからね。一昨年くらいから店によく来てたし。あーもう! ホンットに悔しいな! 悔しいからセカンドキスももらっていい? 場所変えたいならそうするけど、どうする?」
「ここでしてください。嫉妬してくれるの……ちょっと嬉しいです」
「この小悪魔ちゃんめ。悪いけど、さっきみたいに優しくはできないからね? 煽った分、覚悟しといてね?」
「……はい……お願いします。紫乃のこと、忘れさせてください」
Broken Chain ~ 忘れられない恋を上書きするから覚悟してね ~ 待月 みなも @SigmaBrachium
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