第4話 変わらない気持ち


 シティ店。駅前店と同じブロックの商業施設内にある店舗で、あーしはもともとそっちで働いていた。

 大学院に上がる時に何かと休むことが多くなるからと、人手の充実していた駅前店の方に所属店舗を移してもらっていた。

 シティ店の店長、伊織とは4年の付き合いで、伊織が副店長だった頃からよく飲みに行ったりもする仲だ。

 詳しい事情を明かさなくてもあーしの事だからと要求を受け入れてくれた。

 そして、駅前店の方での勤務も今月で終了、来月の頭からはまたシティ店に戻ることになっていた。



 ――


 10月に入り、シティ店に出勤すると、学校帰りに立ち寄ってくれたのか、笹原ちゃんが来ていた。

 あーしがこの店に行くようにと伝えてから、何を期待したのかは分からないけど、大学のある日はほとんど毎日通うようになったと伊織からは聞いた。

 今ではもう2週間近くも通っていて、毎回同じものを頼んでいるらしい。

 あーしがあの日、紫乃と笹原ちゃんに作ったものと同じものだ。


 あれから紫乃の方はなんとかバイトには復活して、9月いっぱいは一緒に客を捌いていた。

 復活したとはいえ、学校の方には行く勇気が出なくて、理由は笹原ちゃんに会うのが怖いから……ほんとうに笹原ちゃんにとってはもう絶望的な状況である。


 1度2人から状況を聞いて事情を知る身としては、どうにかできそうならしてあげたかったけれど、正直打つ手がない。

 紫乃の前であの子の生を出すのは、今はできそうにない……


 それならば、どうにかするのは笹原ちゃんの方を、とも考えている。

 その一環として、あーしは笹原ちゃんに声をかける。

 若いし、考え方なんていくらでもかわる。

 笹原ちゃんが間接的に紫乃を諦めてくれれば、それでも解決になるでしょう。


「ねえ、そこの元カノさん。聞いてもいい? ダメって言っても聞くけど、女同士で付き合うってどんななの?」


「秋林さん……なんですか、いきなり?」


「友達とかにもそういう感情持ったりするわけ?」


「特定の人以外を好きになるわけないじゃないですか」


「やっぱり同性でもエッチとかしたいと思うの?」


「し、知りませんそんなこと」


「紫乃のなにが良かったの?」


「あなたには……関係ありません」


「まだ紫乃には未練ある感じ?」


「うるさいです」


「ねえねえ。新しい彼女作らないの? それか彼氏」


「ほっといてください」


 あーしがウザ絡みをしていると途中から気づいた元カノさんは、あーしに対する態度を硬化させていった。

 まあ、こんな感じでいいでしょう。これで暫く様子を見ますか。


 笹原ちゃんの首元に、また先日と同じネックレスが揺れていることがふと目に止まった。



 ――


 あーしのシフトで笹原ちゃんを見掛けると、あーしはウザ絡みをすることを繰り返していた。

 毎回はこちらもダルすぎるので数回に一回だったけど、そんなことをしはじめて数ヶ月。


 その間、あーしの修士論文も何度か戻ってきて小規模な手直しはしたものの、概ね修了認定の水準は満たせているようす。

 就職先も決まっているし、バイトくらいしか今はすることがない。


 そして今日も笹原ちゃんがやって来て、いつもの席に着いた。


「ミウ、そのネックレスかわいいね」


「それはどうも……」


「毎日つけてるけど、お気に? それとも大切なもの?」


「秋林さんには関係ないっていつも言ってますよね?」


「あーしもそれ欲しいな~」


「勝手に買えばいいでしょ。お揃いとか絶対嫌ですけど」


「ね、写真撮らしてよ、いいっしょ?」


「やめてください。ネックレスなんて、探せばいくらでも!」


「ミウがつけてるからいいんじゃん」


「……は? 意味わかんないんですけど」


「この顔を見て、嘘ついてるように見える?」


 あーしは絡み方の方針を転換していた。

 なかなか紫乃のことを諦めてくれない笹原ちゃんに、別の好きな人が出来ればいいだろうと、口説いてみることにしたのだった。

 ちょうどあーしも暇だし、彼氏もしばらくいなかったので、こうして週3以上顔を合わせる笹原ちゃんは、話し相手としては都合が良い。

 女の子と付き合うことにあまり魅力は感じてはいないけど、興味は少しあった。


「わ、わかるわけないでしょ、そんなこと!」


 こうしておちょくるあーしに、真っ赤な顔をみせるのも面白くて、ついついからかいたくなる。

 案外、あーしも女子を口説く才能があるのかもしれない。


「んじゃ撮るよー、笑顔笑顔。っし、撮れた」


「ってちょっと勝手に撮らないでください!」


 顔半分を手で隠し、もう片方の手でカメラを遮ろうとするミウの顔がばっちりと写っていたが、本命はそちらではない。


「用が済んだらちゃんと消すから、ごめんねー」


「絶対にすぐ消してくださいね?」


 ひらひらと手を振り、画像を拡大しながらネックレスの詳細が写っているかを確かめる。

 うん、上手く特徴がわかる絵が撮れた。


 その画像のネックレスの部分だけをトリミングして画像検索をかけると、いくつか店の候補が絞り込めた。

 だけど、実際どれなのかはわからず、決定に欠けた。



 で、紫乃の出番ってわけ。

 仕事の終わりの時間は同じはずだから、あーしが少しだけ早く上がれば駅前店に向かったところで紫乃と会える。


「おー、紫乃ー! 元気してたか、あーしの可愛い後輩よ」


「リオ先輩、お久しぶりです。可愛いだなんてやめてください、男物着たこんなでかい女ですよウチ。今から帰りですか?」


「大きかろうが可愛いでしょ。懐いてる大型犬みたいで」


「ウチ犬じゃないです」


「懐いてるのは否定しないところが嬉しーよ、あーしは。で、話変わるけどこれ見てくれない?」


「どれです?」


「このネックレスなんだけど、もし見覚えあるなら、お店教えてほしーなーなんて。どーしてもこれが良くて、今探してるんだよねー」


「それ……」


 画像を見せたら、紫乃の顔色は曇っていった。

 ごめんね紫乃、これもあんたのためだから。

 いや、紫乃のためでもあるし、ミウのためでもある。

 そして、こういうことをしているのは、あーし自身の心の平穏のためでもある。

 悪く思わないでね。


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