暑華
れん
暑華
夏は暑い。
当たり前のことだ。世界が変われば変わることもあるだろうけれど、少なくとも今、僕が暮らしているここでは、夏は暑いとずっと前から決まっている。
けど、それにしても暑すぎる。そう思っているのは多分僕だけじゃなくて、みんな、もう夏なんていらないとか、この国に四季はなくなったとか、まるで憧れていたはずの推しに失望したみたいに夏を貶している。
「暑いな、嫌になってくる」
「うん」
テレビから視線を動かさないまま、彼もそう言った。他の誰のでもない、僕たちの家なのに、エアコンの設定温度は電車の弱冷房車両と同じくらいだ。
「そう思うならエアコンもっと強くしましょうよ」
「いや、それはだめだ。冷えすぎるのはよくない」
彼の考え方が古いわけじゃない。昔のおじいさんみたいな理由を口にはするけれど、そのまた理由は別にある。
「きみの体なんだ、悪くはしたくない」
でも僕はべつに虚弱でもなんでもない。ただ彼がそういう人だっていうだけだ。シャンプーや柔軟剤だって、俺だけじゃなくきみも使うものだからと言って必ず彼は僕の意見を聞きたがる。僕は彼が選ぶなら何でもいいのに、彼の方がそれで納得してくれることはほとんどない。
「見ろよ、真っ赤だ」
「紫とか黒の方がやばいらしいですよ」
「へぇ、パチンコの演出みたいだな」
テレビには、今日の最高気温を色分けした地図が映っている。
「毎年終わってから今年は異常気象でしたって言うじゃないか。異常異常って、あれは何なんだ?先にわかるために予想してるんじゃないのか」
「わかんないから予想してるんじゃないんですか」
「後からなら何とでも言えるだろ」
「そういうことでしょ、でした、なんだから」
「……」
僕が殊更に『でした』の部分を強調すると、彼は目玉を半分瞼のうしろにしまいながら、鼻をすんと鳴らしてテレビの画面に顎先を向けた。
「……暑いな」
「だから、だったらエアコン――」
「わかった、もういい」
人をだめにすると評判のクッションに命中した語尾が軋んでいた。彼はソファの肘掛けに掌を乗せて、膝を立てた。デッサン人形みたいな、細いのに節ばって頑丈そうな体が、湯気が沸き立ったみたいにゆらりと持ち上がる。
「出かけるぞ」
「パチンコ屋?」
「なんでだ」
「涼しいから」
「きみは興味ないだろ」
「ないけど、涼しいから。見てるの面白いし」
言われてうしろめたいならやめればいいのに、おかしな人だ。でも僕は気にしていない。そんなにお金を使っているわけでもなさそうだし、ちょっと大きくて派手なゲーム機だと考えればあれはあれですごい娯楽だと僕も思うからだ。
それに、彼と一緒にあそこに行くと、たまにいいことが起こる。
「本当は角の喫茶店に行こうと思ったんだ。あそこのかき氷、好きだろ?」
「うん」
「でも……そうだな、じゃあかき氷を食べてから、ひと勝負いくか。期待されてるなら仕方ないな」
夕飯が立派な焼肉になることがある。
気まぐれなプチ贅沢はなんだか嬉しい。一緒に暮らす毎日を、ただ過ごすだけじゃ嫌だって彼がいつまでも考えてくれていることが、僕はすごく嬉しい。
「じゃあ着替えます」
「ちゃんと長いの履けよ」
「えぇ?暑いから嫌です、なんで近所を歩くのに短パンじゃだめ――」
「いいから」
「……」
僕の腰から下をじっと見つめてそれきり黙った彼には返事をしないことにして、僕はソファに掛けてあったジーンズを手に取った。
暑華 れん @x24s_sss
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