お化け屋敷のバイトくん

風見海奈

プロローグ

「人間というのは、どこまでいっても自分以外にはなれないものだ。」――村上春樹「バースデイ・ガール」より












「――あのねえ、そういうスキルは確かに重要だと思うけど、うちの会社ではいらないの。それに志望動機もなんかテンプレみたいだし、これで本気で受かると思ってるの?」

「あ、いえ、その」

「そもそも、そんな風に受け答えすらままならないんだったら落ちるの確定してるし、というかもっとハキハキ喋ってくれない?声が聞き取りにくいの声が」

「は、はい、すみません……」

「君に時間使ってる暇あったら他の人の面接するわ、だから早く帰って、面接はもう終わり」

「え、あ……はい。ありがとう、ございました……」





 落ちた、絶対落ちた。終わった。

 僕は新島梅兎にいじまばいと、今年で就活をはじめてから早二年。一向に職場が見つからないでいた。

 大学生になるときに親が「大人になったら稼げるからお金は送らないからね」と言いながら銀行に入れてくれたお金はもうじき底をついてしまう。それに、両親ともども放任的な性格をしているせいか、頼み事をしても「自分でなんとかしてね」と言ってくることが多い……というかそれしかない。バイトだって、昨日理不尽に辞めさせられたばっかりだ。

「これから、どうすれば……」

 途方にくれている最中、近くから「助けてくれえ」と呼んでいる声が聞こえてくる。僕はその声が聞こえた方向へと視線を向けるが、特にこれと言って何も見えない。気の所為だろうと歩を進めると、

「そこの落ち込んどるおめえさんでよ。少々面倒なのは承知だが助けてはくれぬか?」

 と、はっきりとその耳に聞こえる。

「お?今反応したな、やはり余の声が聞こえているのだろう?……ああ、どこにいるのかわからぬのか。隣に街路樹があるじゃろうよ、その上だ」

 その言葉通り、隣の街路樹の上を見ると、街路樹の枝と枝の間に人の生首が挟まっていた。

 僕はそのことに驚愕も警戒もしない。だってこの人は、十中八九人じゃない、妖の類なのだから。

「……なんで、生首だけなんですか?」

「……驚いた、余を見ても驚かんのだな」

「今まで似た類のヒトたちは見て来ましたから」

 僕は霊感が強い。それこそ、今のように幽霊……もしくは妖怪を当たり前に視認し、当たり前に会話ができるほど。実際に言葉を交わしたのは今回が初めてなのだが。

「それで、あなたは一体?」

「余は首が外れる部類のろくろ首でえな。飛頭蛮とでも言うのかね、そんで首だけ烏に持ってかれちまって、そのまま烏が落としたせいで運悪くここに挟まっちまった。ここからだと木の葉が邪魔で周りがまあよう見えんのだ。じゃけえ身体の方を探してきてくれ。無論褒美はやるけえの」

「いや、褒美は別にいりませんけど……探せばいいんですよね、なにか特徴とかってありますか?」

「そりゃおめえ、道端に頭のない身体が突っ伏してたらそれが余の身体よ。それについて人間が興味を示さんかったらより可能性がたけえ。それでもわからんゆうたら余をここから降ろして抱えとけ、余が勘で案内するけえの」

「……その勘って、頼りになりますかね」

「心配いらんわ。余の頭と身体は場所さえ近うなれば糸電話よろしく感覚が戻るでな。だから余の頭部を持ってけ。なに、戻ったところで感謝しかありゃあせんし悪事をしようとも思わん。なんならおめえさんの悩み事でもなんでも解決しちゃろか」

「ですから、そういうのは大丈夫ですって。とりあえず降ろしますね」

 僕はそう言いながら、その飛頭蛮のヒトを木から降ろす。都合がいいことに、周りに人はあまりいなかったので白い目で見られることはなかった。

「すまんなおめえさん。もう少しの辛抱でぇ、それと、悩み事は解決できんでも話しとった方が少しは楽になるけえ」

「そう、ですかね」

 会話をしつつ、飛頭蛮のヒトの頭を抱えながら歩く。

「そんで、おめえさんはどないして悩んどった?」

「……実は、就活が上手くいってなくて」

「シュウカツ?なんじゃそりゃ」

「仕事に就くために活動する……ってことです。新人募集の会社に行っても、僕はどうしても緊張しちゃって、うまく喋れなくて」

 僕のその発言に、飛頭蛮のヒトはふうむと唸る。

「人間社会は随分とまあ複雑になったものじゃのう。ついこの前までは就く職なんざ家系で決まっとったっちゅうに。そんでおめえさんは、そのシュウカツとやらに失敗し続けとるっちゅうわけか」

「ええ、まあ……」

「どれ、余に何か手伝えることがあるとは思わんが。なんじゃったかな、キュウジンボシュウ?とやらの貼り紙のようなものは烏に運ばれている時に見かけたでな」

「ほ、本当ですか⁉︎」

 飛頭蛮のヒトの言葉に、僕は前のめりになるくらい食い気味に喰らいつく。まあ、飛頭蛮のヒトは胸に抱えているから、実際に前のめりになることはないのだけれど。

 対して飛頭蛮のヒトは、耳元で大声を出してしまったからかぐわんぐわんと頭を抱えたそうにしている。

「耳元ででけえ声出すんでない、頭が痛くなっちまうじゃろが」

「す、すみません……ちょっと、嬉しくて」

「……まあ、ええか」

 飛頭蛮のヒトは、はあ、とため息を吐きながら言う。

「ところで、余が見つけた募集をしている場所が、おめえさんが既に行っている場所だったらどないするんけ?」

「……あっ」

 その後も、僕は飛頭蛮のヒトの覚えている限りの案内をもとに、飛頭蛮のヒトの身体を探す。そうしているうちに数十分。飛頭蛮のヒトが急に声を発する。

「身体の感覚が戻ったでな、もう抱えんでも大丈夫よ。今こっちに向かわせとっから、ちょい待ちな」

 飛頭蛮のヒトの言葉に、僕はコクリと軽く頷く。そして待つこと数分、ダッダッダッと走る音が段々と近づいてきたかと思えば、僕は背中からドンッと強い衝撃で押し倒され、そのまま顔面から地面に激突する。

「いっ、た……」

「……すまぬ、身体の方は頭がねえせいで操作がようできねえみたいじゃ」

「さきにいってくれませんかねそれ」

 僕が少しかすれた声で言っているのと同時に飛頭蛮のヒトの方を見ると、彼女は身体がぶつかった衝撃で道路に転がった自身の頭部を身体に接着している最中だった。

「ふう、助かったでなおめえさん、あんがとさんよ。で、キュウジンボシュウの貼り紙だったな。ほれ、いてかったら余の背中に身体を預けとけ、連れてっちゃる」

「だれのおかげでいたいんでしょうねまったく」

「その節は申し訳ねえな」

 そんな風に言葉を交わしつつ、僕は飛頭蛮のヒトの背中に身体を預け、飛頭蛮の日ヒトが歩き始めて数分経ってから尋ねる。

「これ、周りからしたら僕が浮いてるように見えません?」

「ん?ああ、そりゃ心配せんででえじょうぶよ。余はこう見えて長い時を生きちょるからな。さっき身体をくっつけてからずっと実体化しとる」

 飛頭蛮のヒトが平然と、さも当たり前かのように放った言葉に僕は驚愕していた。なにせ、僕は今の今まで「実体化する霊」というものを見たことも聞いたこともなかったから。

 というかそもそも、飛頭蛮……ろくろ首だというのなら、知名度はカラカサお化けや一つ目小僧などといったメジャーな妖怪と同程度、その位はかなり高いはずだ。だからこそ、人々から向けられる畏怖の念が強く、その影響で実体化が可能となったのだろうか。平安時代には特に妖怪に関する絵巻が多く、それは、妖怪という存在が平安時代に特に恐れられ、無意識化で実体化していたからなのではないか……そう考察している僕とは裏腹に、のほほんと鼻歌を歌いながら歩いている飛頭蛮のヒト。

 こうして見ると、昔近所の神社の神主さんに言われたことは本当に合っていたのか不思議に思えてくる。

【霊というものは、人を守ることもあれば、人を脅かすこともある。霊が見えたとしても、善悪の区別が付かないうちは関わらないことを強く勧めよう。それが、自分の身を霊から守る唯一の方法と言ってもいい】

 今回は飛頭蛮のヒトが助けを求めていたから関わっているけれど、きっと助けを求めておらず、そのまま僕の目の前に現れていたら、僕はきっとこのヒトのことを無視していたと思う。そう考えると、やはり出会いというものは偶然の産物なんだなとしみじみ感じさせられる。

「おお、おめえさんよ、見っけたぞ」

 飛頭蛮のヒトの言葉に、僕は顔を上げ、彼女が指をさす方向を見る。そこでは、ブロック塀に「スタッフ募集中!」という言葉とともに、幽霊やフランケンシュタインの怪物、ゾンビといったメジャーなものと、その裏にサーカステントのようなものの画像が掲載されているチラシが貼られていた。

「……お化け屋敷、ですね」

「おばけやしきとな?霊が住み着いとるんけ?」

「違いますよ。なんていうか、幽霊とかの仮装をして、暗い部屋の中で人を驚かせる遊び場の一種……と言いますか」

「実際に霊がいるわけちゃうっつうんか。本物がおらんならお化け屋敷とはいえんじゃろ。ほじゃ、おめえさんここには行ったことあるんか?」

「まだ行ったことはないです。……けど」

「けど?じゃけえどないしたん」

 飛頭蛮のヒトの問いに、僕は

「何というか、『アットホームな職場』とか『未経験者大歓迎』とか『やりがいのある仕事です』とか……いかにもブラック企業な匂いがすごくて……」

「上が腹黒そうじゃけん行きとうないっちゅうことか?んなこた行かんきゃわからんじゃろがい」

「……そうですね、先入観で決めつけるのは駄目ですよね」

 僕は塀に貼られているチラシを写真に撮り、振り返って飛頭蛮のヒトにお礼を言う。

「ありがとうございます、教えてくださって。今度こそ受かることができるように、頑張ってみます。……じゃあ、僕はこれで」

「待てい」

 その場を去り、求人募集をしているお化け屋敷へ向かおうとすると、飛頭蛮のヒトに呼び止められ、彼女はそのままずいっと顔を近づけ、親指を自身の顔に向けて言う。

「余もつれてけ」

「……はい?」

「そのお化け屋敷つうもん、おもろそうじゃしおめえさんの行く末が気になった。じゃけえ余もつれてけ。余は行き方がわからん」

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お化け屋敷のバイトくん 風見海奈 @kazami_kaina

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