第15話 エピローグ

 ダルネス社会の終焉から、季節は何度か巡った。


 ナオが創造した新しい世界は、かつてのような完璧な無活動の世界ではなかった。人々の腕に埋め込まれたチップは、未だに生活の利便性を最適化していたが、感情や個性を抑制する機能は消え去っていた。


 街には活気と、穏やかな喧騒が戻り始めていた。人々は互いに言葉を交わし、手作りの料理を楽しみ、時に苦労しながらも、自分らしい幸せを追求するようになった。


 旧ダルネス社会の人々は、戸惑いながらも、それぞれが持つ「個」の力を尊重し合い、新しい社会に適応していった。それは、誰の思想にも染まらない、新しいダルネスの風だった。


 ナオは、今もかつての配信チャンネルで、淡々と、しかし以前よりも活発に活動を続けていた。彼女は、新しい社会で起こる小さな「めんどくさい」問題や、人々の感情の波を冷静に分析し、最も労を要さない解決策を提示し続けていた。


 かつては配信で感情を排した情報だけを伝えていたが、今では、人々の抱える悩みや喜びにも耳を傾けるようになった。それは、彼女自身がかつて経験した「温かい違和感」が、人々の心の中にもあることを知ったからだ。彼女の配信は、今や新しい社会の羅針盤となっていた。


 一方、コウは、相変わらず手作りのおにぎりを人々に配り歩いていた。彼の配信は、今では多くのフォロワーを獲得し、多くの人々が彼に倣い、不器用ながらも手作りの温かさを楽しむようになった。


 コウは、それぞれの人間が持つ「温かさ」が、この社会の最大の財産だと信じていた。彼が作ったおにぎりは、もう特別なものではなく、人々が当たり前に享受する「幸せ」の一つになっていた。


 そして、カイは。彼はダルネス社会を終わらせた後も、破壊芸術家としての活動を続けていた。ただし、彼のハッキングは、もはや無差別な破壊ではなく、ナオが作った新しい社会の「不完全さ」を、より美しく、より面白くするための「ノイズ」として機能していた。


 彼の仕込むノイズは、人々が退屈に陥りかけたときに、新たな刺激と活気をもたらし、社会を停滞させないための触媒となっていた。彼は、ナオが創造したこの世界を、自身の最高傑作の舞台として、楽しんでいるようだった。


 三人は、それぞれが信じる思想を貫きながらも、互いを否定することなく、新しい社会をより良くするためにそれぞれの役割を果たしていた。それは、かつては対立していた三つの思想が、ナオの「平和」という名の哲学のもとで、見事に融合した結果だった。


 ナオは、窓の外に広がる穏やかな街の景色を眺めていた。人々が笑い、時に苦しみ、しかしそれでも前に進もうとしている。それを見つめる彼女の口元に、微かな笑みが浮かんだ。



「…まったく、かったるい世界だわ。」



 彼女のその言葉は、もはやかつてのような無関心から来るものではなかった。対話を通じて、自分とは異なる思想を持つ他者と向き合い、共感し、そして協力を得るという、骨の折れる作業を経験したナオ。


 そのプロセスが、いかに労力を要するものであったかを、彼女は誰よりも知っている。しかし、その先に、誰もが幸せを掴むチャンスのある、穏やかな世界が待っていることも、彼女は知っていた。


「かったるい」という一言は、ナオが手に入れた「教訓」と、それでもなお続く世界への、彼女なりの愛を込めた、静かなる呟きだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダルネスイズム 循環 @junkan-kokyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ