放課後ドリンクバー部

たまごろう

シナモンスキャンダル

 「はい!それでは、これより、第29回『放課後ドリンクバー部』の定例ミーティングをはじめます!」


ここは、学校から徒歩数分で行けるファミレスの四人掛けのボックス席。私を含む四人は、クラスメイトで、今から始まるこれは不定期に行われる――といいつつ、大体毎日やってる――部活動の定例会議。私は窓側の席だ。


「あの、気になったんですが、なんで定例会議じゃなくて”ミーティング”なんですか?」


私の真正面の席に座っている、集まってる四人の中で一番身長が小さい子が、正直、どうでもよさげなことを聞いてきた。

「え、そこ?いやまあふつーにさ。かっこいいじゃん、ヨコモジのほうが」

「…………そうですか、会議の邪魔してすみません。続けてください」

「会議じゃなくてミーティングね~」

「………はぁ」

心底どうでもよさそうにため息をついて、その子はぷいと窓のほうへ向いてしまった。

もう一人の小柄な少女は対照的に、元気で楽しそうだ。

「さて、そんなことより、本日の議題を発表します!!」

「ん、いえーい」

もう一人、私の隣の席に座っている黒髪ロングの高身長な少女が、スマホをいじりながら間の抜けた声で応じた。

「も~!リンってば、まじめに聞いてよー!なんたって、今日の話はリンにも関係ある話なんだよ?」

この部活のリーダーであるショートボブの小柄な少女は、黒髪の少女――リンが全然乗り気じゃないことが気に入らないらしい。

「んーそなんだ、よかったねー」

おそらく全く話を聞いてないらしく、かみ合わない返事が返ってきた。

「ふん!べつに聞かないならいーけどね!………気を取り直して、今回の議題は……なんと、うちのお兄ちゃんに彼女ができたんだって!!だから今回はそれが誰か――」


「え!?!?!?!?」


ゴトッとスマホが低い音をたててテーブルに落下した。


「ん~?ほらやっぱり気になる~?気になるよね~?気になるなら――」

「シュウさんにかか、か、彼女!?って、どこのどいつよッ!チカ!!さっさと教えなさい!」

リンは席から立ちあがり、目の前のショートボブの小柄な少女――チカにつかみかかる勢いで身を乗り出していた。

「えっと、チカ?ちょっとおちついて………」

とりあえず私が声をかけてみるが

「これが落ち着いてられるっての!?」

………だめそう。

「…………はぁ」

唯一話に入っていないもう一人の少女は、呆れきったため息をついた。


「えと、ほらちゃんと順を追ってせつめいするね?」

リンのものすごい剣幕に気圧されて、若干落ち着いたチカはゆっくりと説明を始めた。

「ほら、この前、あっちのほうで夏祭りがあったでしょ?ほら、リンも一緒に行ったじゃん」

「ああ、行ったねうん。で!?それで??」

………怖いよ、もう。でもたしかに、ちょうど一週間前に夏祭りがあった。

「ショコラは………ああ、ちょうどバイトで行けなかったんだっけ」

ショコラ、というのは私のあだ名みたいなものだ。チカもリンもちゃんと名前なのに、なんで私だけショコラなんだろうか。ちょっと恥ずかしいんだけど。

「そうそう、夏祭りの日は18時から20時までバイトあったからね」

私の発言に、チカはうんうんとうなずいて言った。

「ショコラ、バイトばっかりで最近はあんまり遊んでくれないよね~。まあ良く頑張ってると思うよ、うん。でも、それはそうとして、やっぱり遊べないのはさみしい!!今度いつ遊べる?」

「えーっと、時間は基本的にいつも同じで、月水金の18時から20時だから、それ以外ならいつでも」

「ほんと?やった!!」

チカはぴょんぴょんジャンプして、おおげさに喜んだ。

「そんなことはいいから!シュウさんの彼女って!?」

「そう!なんと証拠の写真もあるのです~!……ほらこれ――」

チカがポケットから出したスマホで、写真を表示させた瞬間、リンがそのスマホを奪い取った。

「なッ!?…………誰これ!!」

リンはスマホをテーブルの真ん中あたりにドンっと置いた。

「うちのスマホ………」

置かれたスマホには、写真があり、時刻は一週間前の20:05と表示があるい。お祭りの屋台を背景に、男女二人が手をつないでいる。腰より上しか映っていない。女の子は浴衣姿で後ろ姿だけで、顔は見えない。おそらく男性との身長差もかなりある。男性のほうは横顔がわかり、私たちの良く知っている、チカのお兄さんのシュウさんだった。

「チッ………誰なんだこの女ッ!」

リンは、写真を見ながら舌打ちして呟いた。どうやら写真の女性には心当たりがないようだ。………いや、私も別に心当たりないけども。

「これね、学校の新聞部の友達が撮ったやつなんだけどね、これどー見たってお兄ちゃんだよね?」

「絶対そう!!私が間違うわけない!!」

リンが食い気味に声をあげた。どうやら相当自信があるらしい。

「ま、まあ?でもこれだけじゃ彼女ってとこまではわかんないから?」

ひととおり騒いで一旦冷静になったのか、リンはちょっと落ち着いて言った。

「まあ、たぶん妹とかじゃない?ほらよくあるじゃんそういうやつ」

「いや妹ってうち以外いないしどう考えてもうちじゃないじゃん」

「でも!別にそれ以外でも、別にただの女友達かもしれないでしょ??ほら、恋愛感情なんて一切、一切ないさ!!」


「――それはなさそうだと思うけどなぁ」


 その声に、私たち三人は声のしたほうを向いた――私の向かいの席を。

注目された少女は、しまった、といった顔をして口元を手で押さえていた。

「あ、いや。その可能性は低いと思いますけど……」

なぜか言い直したが、さっきの指摘と内容は相違ないようだ。

「どうしてそう思うの?」

私はその少女に聞いてみた。

「写真の二人の手元を見てください。ここ、手をつないでいますね。つなぎ方が恋人つなぎです。まあ、百歩譲って恋人じゃないにせよ、好意を持った相手にしかしないでしょうね」

「ぐはッ………!!」

オーバーなリアクションで、リンがテーブルに突っ伏してしまった。

「あー、えっと、まあ別に、相手からってこともあるとは思いますけど」

少女はバツが悪そうに目をそらした。それを聞いて、リンはがばッと起き上がった。

「だよね!!うん!絶対そうだよ!!!」

「まあたしかに、お兄ちゃんがそんなこと気にしてるとは思えないからな~。相手から手つながれても気にしなそうだし、そもそもお兄ちゃんのほうからテキトーに手つないだかもだし」

「チカはほんとにお兄ちゃんと仲いいからね、チカが言うならそうかもしれないね」

私はとりあえず、リンがこれ以上ショックを受けないようにしておいた。

「ま、とりあえずね!前置き長くなったけど、今回のミーティングではこの女性が誰なのかを考えてみよう!ってね!」

チカはいつも通り楽しそうだ。こっちの気も知らないで…………

「あの、もう一つ良いですか?」

向かいの少女はまっすぐに前を見て言った。

「え、えっと何かな?」

さすがにまっすぐに見られると、ちょっとびっくりする。

「いや…………まあ、みなさん気づいてないようなので言っておくんですが、この女性の髪の色――」


「あっ!えっと!…………」


彼女の主張に私は焦ってつい言ってしまった。

「ショコラ、何か知ってるの?」

チカが怪訝そうな顔で聞いてきた。

「言って!!!!!!」

リンにいたってはもはや睨んできた。

…………しょうがない、覚悟をきめるか。



「えっと、それ実は”私”なの!」



「…………え~っと?」

そりゃあ困惑するよね、チカ。

「場合によっては、割る」

割るってなにを!?


「…とりあえず、説明をしたほうが良いと思いますよ。じゃないと割られます」

向かいの席の少女は、正直ちょっと呆れたように言ってきた。いやほんとに、割られるって?

「順番に説明するね。まず、お祭り当日はバイトが終わってからでも間に合ったから、チカたちにがいるかなって行ってみたの。そしたら偶然シュウさんに会ってね。ちょうどその時の写真だと思うな。ほら、髪色も一緒でしょ?」

一応、しっかりと考えていたことを説明して見せた。なるべく、いつも通りに。

「それは………罪の告白ってことでいいのかな???」

リン、目が笑ってないよ…………

「ちがくて!そういうのじゃないんだよ!?本当に!」

正直、もう怒られるのはわかってたんだけど、でも予想以上に怒られてるな…………

「じゃあなんで、恋人つなぎ、してるのかな???」

もはや表情が一ミリも変わってない。怖い。

「それは…………」

どうしようどうしようどうしよう、このままじゃ……!

「――それはさっきも言ってましたけど、別に意識して恋人つなぎしたわけではないのでは?」

冷静なフォローを、向かいの席の少女が言った。

「そう、そうだよ!!ね、チカ!シュウさんってあんまり気にしないんでしょ?そういうのさ!」

もうどうにかして乗っかるしかないっ!

「え、うん。たぶんね」

「だよね!!」

「ま、まあ…………チカが言うならね…」

なんとか、リンもおさまってくれた。よかった、割られなくて済む…………


「それで、そのあとショコラはどうしたの?」

チカが何となく、といった風に聞いてきた。

「そのあと?うん、普通にちょっと喋って別れたよ」

「ふーん」

チカは別に興味がないように、適当に答えた。


「あ、そういえば安曇さんと結束さん。担任が課題の提出についてで呼び出していましたよ」


「え」

「は」


安曇はチカ、結束はリンの苗字だ。急な指摘に、二人はびっくりして立ち上がった。

「それほんと??リン、もしかしてあれのことじゃない?」

「あ~、あれね。うん」

「別に内容までは聞いてませんけど。……すみません、すぐに言うべきだったんですけど、忘れてて」

どうやら二人には心当たりがあるようだ。

「課題ってなんの?」

私は気になったので二人に聞いてみた。

「この前のかんそーぶん。うちら二人合わせて5文字しか書いてないもん」

5文字…………????????

「だから行かないと!ごめん、おかねここ置いとく!」

ふたりはドリンクバー分とプラスで注文したフライドポテトの割り勘分の小銭を置いて、急いでファミレスを出て行った。



「それで、そろそろ話してもらえますか?二人もいなくなりましたし」

向かいの席の少女は、私のほうをじっと見ている。


「あの写真、あなたじゃないでしょう?」


「もしかして、二人を追い出すためにさっきのを……?」

少女は目を背けた。

「別に嘘じゃないです。呼ばれてたのはほんと。まあ、さっきまで忘れてたってのは嘘ですけど」

「どうして…………?」

私はつい、呟いてしまった。

「……それは、どうしてわかったのか、ですか?それともどうして二人を追い出したのか、ですか?」

「………どっちも。なんで私が嘘をついてるってわかったの?」

「お祭りは今日からピッタリ一週間前。今日はあなたはバイトがあるって言った。時間も18時から20時と。写真の時刻は20:05です」

「でも、それならバイトは終わってるから、ちょっと急げば――」

「――写真の女の子は浴衣姿です。あなたのバイトは知らないけど、終わってから5分以内に浴衣を着てお祭り会場に行けるんですか?」

「…………」

なるほど、確かにそうだ。やっぱり、急ごしらえの嘘はばれてしまうものなのか。

「じゃあ、この子は誰?」

さすがにそこまではばれてないんじゃないだろうか?

「おそらく、ですが、あなたの家族、親族、たぶん妹とかじゃないですか?」

「なるほどね…………」

そう、あの写真は妹だ。

「あなたは写真の子と髪色は一緒だけど、身長が違う。あなたはこんなに小さくはないから」

「………それは、映ってない足元で、段差があったとかは?」

一応、言ってみた。

「あたしはお祭りの日、この辺りをみましたが、別にそんな段差はありませんでした」

「え。お祭り行ってたの?」

「はい」

「ひとりで?」

「……そこは今は関係ないですっ」

ちょっと顔を赤くして、ぷいと窓のほうを向いてしまった。

「あなたが、この子のことを隠したかった理由はたぶん『結束さんと同じ人を好きになった妹を知られたくなかった』んじゃないですか?」

「………あたり。完敗だね、こりゃあ」

私は、降参って感じで手のひらを上げた。ばれてしまったならもう隠す意味もない。

「私は、妹を守ってあげたかったのかな。リンはいい子だけど、恋になると盲目だからね」

二人が争うなんて、見たくないから。


「あなたは、結束さんを信じてあげなかったんですか?」


「え?」

信じるって?

「あたしは結束さんのことはほとんど知らないけど、きっとそんな人じゃないと思います」

「それは…………」


言葉が出なかった。私は自分が見たくないって理由だけで、リンたちが望んでもいないのに、隠そうと嘘をついた。


「……今日のことは誰にも言いません。でも、しっかりと考えて、向き合ったほうが良いとは思います。きっと、これからずっと嘘をつき続けるのは苦しいですよ」

そう言うと、少女は微笑んだ。

「それは、信じてあげてってこと?」

私がそう聞くと、少女は目を伏せて呟いた。

「まあ、あたしが言えた義理じゃないかもですけど」

?どういうことだろう。

「……そっか、わかった。ごめんね、付き合わせちゃって」

「いえいえ。今日のミーティング、割と楽しかった、ですよ」

「リンたちにちゃんとあやまらないとね。嘘ついたこと。ありがとね!君がいてくれてよかったよ解錠つむぎさん!っていうか、えーっと、『つーたん』!」


「え?は、はぁ……」


ファミレスには、グラスの氷と、少女の間の抜けた返事だけが残っていた。



 翌日のファミレス。

四人掛けのボックス席には、私とリン、チカ、そして私の妹がいた。また、四人掛けのボックス席の近くの、一人用の席で、少女はひとりメロンソーダを飲んでいた。

「『つーたん』もこっちくればいいのに~」

「あたしは別にここでいいですよ、安曇さん」

「チカって呼んで!」

「…………チカさん」

「そそ。へぇー、ショコラって妹居たんだね!」

全然興味なさそう。どんまい、『つーたん』…………ってか

「ちょっとチカ!その呼び方は奈萌の前ではやめて…………!」

「お姉ちゃん、しょこらってあだ名なんですか?かわいい!」

「でしょー?」

もう、姉の威厳を粉砕されている…………

「なもちゃんっていうのか~じゃあ、あだなは『シナモン』だね」

「やったぁ!かわいい!嬉しいです!」


結局、私は妹のことをチカとリンに話した。嘘をついていたことも全部。私の妹の奈萌とリン、二人は良き恋のライバルってことになった、みたい?それより、なぜか奈萌がチカに懐いた。


「ふふ………」

なぜか、リンはドヤ顔でこっち向いてくる。と、そこでスマホの通知。

『姉の威厳、割ってやったぜ☆』

ああ、そういうね…………

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放課後ドリンクバー部 たまごろう @tamagorou1221

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