少女と流星

彼方みるく

少女と流星

 それはどこまでも続く漆黒の空だった。

 少女は見た。その底抜けの闇にひとすじ、輝きを放つ流星を。

「……!」

 感動のあまりに、腕に抱いていたぬいぐるみをぎゅっと強く締め付ける。街の真ん中で立ち尽くす少女の瞳にまたひとつ、またふたつ、光の尾を引く星が煌めいた。

 絶景だった。焼き付くほどに眩しい光が、はるか上空から流れてくる。風の音を纏い、スッと流れて落ちていく。

 綺麗だと、心から思った。

 他に一粒も星の見えない夜だった。ただ、朱くまばゆい流星だけが、真っ黒な空を切り裂いている。無数の光は時折強く輝いて空を白く染め、地上へと落ちていく。

 流星が終わってしまう前に願おうと、少女は傷だらけの両手を組み合わせる。

 お星さま、どうか。

 どうかお父さんを。

 そのとき、背後から母親がやってきて、少女の腕を強く引いた。

「……!? ……!」

 少女は母の乱暴を非難する。そして天を指し、星のごとく輝いた笑顔を見せる。

 母親は暗闇の中、悲痛な表情で少女を抱き上げた。嫌がる娘をしっかり抱え、星の流れる空とは反対方向に走っていく。

 少女は抵抗した。嫌だ。まだ流れ星にお願いごとができていない。

 暴れたせいでぬいぐるみが落ちる。少女が泣き叫ぶと、母親がさっと屈んで拾い上げた。片腕がもげたボロボロのうさぎでも、少女からすれば命の次に大切な宝物なのだ。

 少女は悲しかった。せっかく流星群に出会えたというのに。

 身をよじる。息を切らした母の肩越しに、まだ少しだけ星が見えた。気づいた少女は母のうなじでなんとか手を組み、目を閉じる。

 真っ暗な街。荒廃した街。

 それを照らす希望のような流星に、少女はありったけの思いを込めて願った。



 それは海や陸をいくつも超えた遠い国。



 少女はふてくされていた。

 自動車の後部座席。横にいる母は寝てしまっていた。運転席の父がカーナビをいじると、画面が地図からテレビ放送に変わる。

 それを見て少女はより一層むっとした。音は小さくてよく聞こえないが、どうやら外国の夜空を彩る流星群が報道されているようだ。

 いいなぁ、と少女は嫉妬した。少女は流れ星を楽しみに遠くの山まで行く予定だったというのに、星どころか、途中で道が通行止めになってしまったのだ。今は折り返して帰っているところである。

 ニュースは繰り返し何度も何度も真剣な顔で、その流星を見せつけてくる。少女は嫌になって窓の外へ目を向けた。

 ハッとする。

 そこにあったのは、視界いっぱいに広がる満天の星空だった。

「わあ!」

 そして少女は見た。そのまばゆさの中を泳ぎ去る流星を。

 興奮して膝上のぬいぐるみを抱きしめる。自分の丸い顔とうさぎの鮮やかなピンクが反射する窓の向こうでは、やはり無数の星が流れていた。

 四角く切り取られた夜空の上、星々は光を受けてシャンパン色に輝く。そして、世界をスッと横切り流れて消えていく。煌めいては流れ、流れては消えていく。切望した光の一団が、今、少女の目の前にあった。

 過ぎ去っていく路灯は明々として、その動きと共に星は艷やかに輝く。長い尾を引いて流れ、その残滓さえも美しい。

 少女とうさぎはじっと見ていた。ひんやりとした車窓の表面、星が規則正しく同じ方向に、ただ静かに流れていく様子を。

 綺麗だと、心から思った。

 いつのまにか、隣の母が目を覚ましている。何を見てるの? と、少女に向かって優しく訊いた。

 少女は車窓を指し、星のごとく輝いた笑顔を見せる。

「ママ! あのね」

 続く言葉に母親は目を丸くした。が、すぐに破顔すると娘の頭をそっと撫でる。

 その手のあたたかさ。窓からの淡い光。

 心が希望でいっぱいに満たされている少女には、流星に送る願いもなかった。

「きれいだねえ」

 後部座席から聞こえてきた愛らしい会話に、父親はそっと微笑む。

 ――ミサイル攻撃の報道に心を痛めながら。

 ――ゲリラ豪雨での運転に注意を払いながら。

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少女と流星 彼方みるく @kanata_milk

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