貴方の目に映るのは僕のがくだけ

瑠璃唐草

貴方の目に映るのは僕のがくだけ


「そういうの、気持ち悪いよ……水瀬みなせ

「そう、だよね、ごめんね琴葉ことはちゃん」

「馴れ馴れしく呼ばないで、嘘つきさん」

「ご、ごめんね……こと、木村きむらさん」


 ――――――




「変な夢を見た」

 やけにうるさく感じるスマホのアラームで僕は起きる。どうしてだろうか、今日の始まりは億劫だ。あの夢のせいだろうか? ︎︎でも、すでに何の夢を見たか覚えちゃいない。ただ変だったという事しか残っていない。

 こんなどうでもいい事を考えてる暇があったら準備しなきゃ。

 

 着ることに嫌厭してしまう制服に身を包む。いつも着ているが、一向に慣れない。この制服が嫌いな訳では無い……いや、嫌いなのかもしれない。

 好きな服を着たい。違うな、好きでなくてもいい、ただ僕にとっての普通がいい、それだけ。でも、それが一番難しくて、叶わない事なのは分かっている。だから今は受け入れるしかない。少し苦しいけど、少しだけ、そう少しだけだ。そういったのは誰だって持っているよね。

 そうこうしている間に時間だ、学校に行かなきゃ。

 


「水瀬おはよー」

「おはよう」

 

 教室に入ると、友達数人が話しかけてくる。あの番組見た? ︎︎とか駅前に出来たお店行きたいね〜だとか他愛のない話をしていた。そんな中、一人が「水瀬はさ好きな人とかいる?」と僕には答えにくい質問をしてきた。

 

「いるけど」

「え、どんな人」

 

 みんながシンクロして聞いてくる。

 

「どんな人か……明るくて、元気な人かな」

 

 かなり誤魔化したし、バレないだろう。まぁ、誰かなんて分かりっこないんだろうけど。





「水瀬ー」

「先輩は今日も元気ですね」


 午前の授業も終わり、今はお昼の時間。最近は好きな先輩とお昼ご飯を共に出来るようになった。 

 この時間が僕は好きだ。でも、この時間は来ないで欲しいとも思う。普段から、そんな考え事をしながら先輩と喋っている。


「水瀬のお弁当美味しそうだよね」

「ありがとうございます、これお母さんの手作りなんです」

 

 そう言うと先輩は「へー良いお母さんだね」と言ってくれた。


「ありがとうございます、先輩のも美味しそうですね」

「ありがとう、これねー私が作ってるんだよね!!」


 先輩は待ってましたと言わんばかりに、ドヤ顔でお弁当箱を見せてきた。こういうお茶目な所も僕は好き。


「そうなんですか!? ︎︎毎日お弁当作るの大変じゃないですか?」

 

 そう言うと、先輩は「そうだけど」と少し貯め、はにかむように笑いながら続ける。

 

「私ね、妹とお母さんの分も作ってるの、だからこれはそのオマケ。妹とお母さんが美味しいって言ってくれる、それだけで苦じゃなくなるんだよね」

 

 先輩のサラッと言ってのけた言葉に、家族への愛の重みを感じられた。


「良い家族ですね」

「ん、水瀬ありがと。そんな水瀬に私の手作りの卵焼きあげる」

 

 ……最悪だ。先輩は卵焼きを挟んでいる自分の箸を僕の前に突き出してきた。そう「あーん」というやつだ。


「ほら、ほら、かぶりついて」

「普通に食べるんじゃダメですか?」

「いいじゃん減るもんじゃないんだし」

 

 これは譲らなそうだな。僕は諦め、なるようになってしまえと、自暴気味に箸にかぶりつく。


「モグモグ……ん、これ美味しいです」

 

 どんな味だとしても、僕はお世辞を吐くだろうが、先輩の卵焼きは本当に美味しかった。ふわふわした食感が口に広がり、その後に甘く優しい味が口いっぱいに広がる。そんな卵焼き。

  

「ありがとう」

 

 先輩の笑顔に罪悪感を感じる。最近はこればっか、最初こそ、こんな状況を浅ましくも喜んでいた。だが今は喜べない、と言うと嘘になるが、ネガティブにばっかり考えてしまう。

 ︎︎本当に僕はここに居ていいのだろうか?先輩は許してくれるんだろうけど、僕自身が許せない。僕のエゴがそうさせている。


「先輩、お返しにこれあげますね」

 

 お母さんが作った唐揚げを先輩のお弁当箱にのせる。そうすると先輩はわざとらしく、悲しそうにし出した。

 

「水瀬はしてくれないの?」

 

 先輩が変なことを言い出してしまった。なんの事だろうと少しの間思案する。

 ……なんのことか分かった、多分あれだろう。


「なんの事ですか?」

 

 理解はしたけど、シラを切る事にした。意味は無いんだろうけど、僕からは言い出せない。


「ほら、私がしてあげたあれだよ」

 

 そう言って先輩は自分の口に箸を当ててあーんをしろとジェスチャーで伝えてくる。先輩、あなたが相手にしている後輩は、あなたが思っているほど優しく、可愛い生き物なんかじゃないんですよ。今すぐそう伝えたい。

 

「……わかりました」

 

 僕は諦めて先輩の口に箸を持っていく。そこに先輩は嬉々としてかぶりついた。何にそんな喜ぶ要素があるんだろう? ︎︎そんな事を考えながら先輩が食べ終わるのを待つ。

 

「うっわ、この唐揚げ美味しい、水瀬は毎日こんなに美味しいもの食べれるの?ズルい!!」

「そんなに美味しいですか?お母さんに言っときますね、多分凄く喜んでくれると思いますよ」

「お願い!!」

 

 なんだか今日はいつもに増して自分に嫌悪感が湧いてくる。これ以上僕自身を利用するのはやめた方がいいのかな……。はあ、こんな考え方もエゴイストで嫌になっちゃう。やっぱり早い内にこんな恋、諦めてしまおう。これ以上深く深く入ればエゴに飲まれちゃう。


「じゃあ水瀬また明日ねー」

「はい、先輩」

 

 先輩が手を振りながら去っていく。僕は手を振るのをやめ、前を向いた先輩が視界から居なくなるまで見つめていた。傍から見れば怖いやつ、そんなのは自覚している。

 はぁ……「また」に反応してしまった、諦めるって決めたのに……今日のつもりだったけど、明日にしよう、終わらせるのは。そうすればこれ以上嘘を重ねないで済むよね。


 午後の授業も終わり一緒に帰る友達を待っている。

 

「水瀬、ごめんな今日は寝坊して、しまいには待ち合わせにも遅れちゃって」

「全然大丈夫だよ」

 

 遅れてきた友達、優真ゆうまくんは来るなり申し訳なさそうに謝ってきた。人間だれしも間違ったり、ミスをしたり、トラブルを起こしてしまうものだから。それが16年生きてきて僕が1番理解していること。


「ありがとな、水瀬」

 

 そうして合流した僕らに1人のクラスメイトがちょっかいをかけに来た。


「お、水瀬と戸崎とざきじゃん。今日も一緒?」

「うん、そうだけど」

 

 声をかけてきたのは神崎志保かんざきしほさん。


「2人は仲良いよねーやっぱさ、噂は本当なんじゃないの〜?」

 

 こうして志保さんはいっつもちょっかいを掛けてくる。面倒くさいな、前も同じような事を聞いてきたから否定したのに。


「前も言ったじゃないですか、ただの幼馴染ですよ」

 

 僕が否定するが志保さんは信じていないような顔をしている。


「……」

「志保さん信じてください」 

「まあ、今日の所はこのくらいにしときましょう」

「最後に聞きたいんですけどなんでそんなに付きまとってくるんですか」


 僕は志保さんに聞きたかったことを質問する。


「うーん、有り体に言えば噂が好きっていうのと、2人は他に無い関係のように見えるから」

「そうですか」


 それだけ聞いて僕らは今度こそ帰路に着く。

 はぁ、どうせまた同じようなことが起こるんだろうな。

 

 志保さん、普段は優しいんだけどな。まあ噂が絡むと面倒くさいから、普段の優しさとか関係無いんだけどね。


「ごめんね優真くん」

「何が?」

「いや、僕がこんなだからさ……」

 

 優真くんにはいっつも迷惑しかかけていないから、辟易しているんじゃないかって。あの時も、今も……

 

「そんな事ないから、謝るの辞めろ。俺は好きで一緒にいるんだから、謝ることなんて無いからな」

 

 またやってしまった。ネガティブ思考、辞めなきゃいけないのにな。やっぱり難しいや。

 

「うん、ありがとね」

 

 僕らは話しながら何も無い、いつもと変わらない帰路を歩く。

 いつからだろうな、こんな思考になっちゃったの。そんな自分が嫌になる、まあ元々が元々だから嫌の二乗だ。

 考えの最中、家にも飾ってある花にチラッと目がいく。


「あっくんどうしたの?」

「何も無いよ」

 

 別に僕が好きな花で優真くんには関係の無いものだ。




「ただいま」「お邪魔しまーす」

 

 優真くんと共に家に入り、僕の部屋を目指して階段を上り、二階にある部屋の扉を開ける。

 ︎︎僕の部屋は言うならば普通の高校生の部屋かな。

 ︎︎まあ、僕の思う普通だから本当に普通かは分からない。ゲームがあって、勉強机があって、棚があって、言ってたらキリが無いな。とりあえず取るに足らない、そんな部屋。

 優真くんはまだ部屋に入っていないけど閉める。そして、僕は制服から普段着に着替える。これが普段のルーティーンだ。


「優真くんもういいよ」

 

 そう言うと、音を立てながら部屋に優真くんが入ってくる。入るや否や「じゃあ昨日の続きするぞ!!」と興奮気味に顔を僕に近付ける。……前から思ってたけど、こんな整った顔してるのに彼女が今まで出来てないのが不思議でならない。肌は僕より綺麗だし、眉毛も綺麗に整えてるし、鼻も高い、それにいっつも笑顔。他にも色々要素等あるし、ほーんとなんでだろね?

 

「もちろん!! ︎︎続きしよっか」

 

 いざ始まると僕は、変な考えを捨ててしまうぐらいゲームに熱中し始めた。そんな中、現実に引き止めるセリフが聞こえてくる。


「あっくんさ、最近どう?」

「うん? ︎︎普通だよ、変わりない日々だね。それはそうとなんで?」

 

 長く一緒に過ごしてるけど、優真くんがこんな遠回しに聞いてくる事なんてほとんど無い。大抵は「今日の授業どうだった」とかもう少し直接的に聞いてくるのに。そうでなくとも、あんな言い方は初めてだ。


「いや、あっくん最近元気無さそうというか、楽しそうにはしてるけど、どことなく苦しそうにしてるから気になってな」

「そうかな、別にそんな事は無いよ、心配かけてごめんね」


 優真くんが僕の言葉を信じていないような顔付きで少しの時間考えているように見えた。 


「本当に何も無いのか?」

 

 僕の予想は的中みたい。優真くんは鋭いな。いや、僕が分かりやすいのかな?そんなに元気ないように見えているんだろうか。


「本当に、今は特に何も無いよ」

「そうか、ならいいんだ。勘違いならそれが1番いいからな」

 

 そう言う優真君はどことなく憂いを帯びているように見えた。

 ごめんね優真くん、ごめんねそれ勘違いじゃないみたい。



「また学校でな!!」

「うん、優真くんまた明日ねー」

 

 玄関で優真くんが視界から消えるまで見送って、部屋に戻った。

 それから程なくして、夜ご飯の時間になって。食べた後は部屋に戻った。

 何も無い時間だと、どうしても先輩を考えてしまう。ナヨナヨするな、覚悟を決めろ、エゴを押し通すって決めたんだろ。

 そんな考え事をしていると、ノックの音が耳に入る。

 

「入っていい?」

 

 ノックの主はお姉ちゃんみたい。まあ、特に入られるとまずい事情なんてないから二つ返事で通す。


「お姉ちゃんなんの用?」

 

 仲はいいけど、部屋に直接来ることはないから少し不思議だ。


「いやーね、少し元気が無さそうに見えたから何かあったのかって」

「何も無いけど?」

「ふーん、言いたくないならいいけどさ、前みたいな事になる前に何かあったら言ってよね」


 お姉ちゃんが少しばかり凄んで、とても耳が痛いことを言ってくる。

 ︎︎僕が何も言えなくなってしまっていると、まるで諭すように優しい声色で「少し強く言いすぎたね、ごめん」とお姉ちゃんが謝る。僕は「僕こそ心配かけてごめん」と、さっき言えなかった言葉を言おうとすると、お姉ちゃんが遮ってきた。


「でもね、これだけは覚えてて、私の心を君が読みきれないように、君の心も私には分からない。誰も誰かの心を完璧に分かることは出来ない。

 ︎︎でも、想像はできる。たとえそれが薄っぺいものでも、想像してしまうから不安になったり、心配したり、すれ違ったりもする。君には面倒に思えるかもしれないけど……私はそれでも心配するよ。心配の押し売りはやめてあげない。

 ︎︎だから何かあったら相談して。私じゃなくていい、家族でなくてもいい。この世界には君を突き放さない人も居るって、知ってて欲しいの」

「……それは知ってるよ」

 ︎︎

 だってお姉ちゃん、お母さん、お父さん、優真くんが僕を受け入れてくれたし。

 

「そっか、それならいいの。あーあ、少し語り過ぎて恥ずかしくなっちゃった。お姉ちゃんはこの辺で退散します。じゃあね」


 それだけ言ってお姉ちゃんは、僕の部屋から消えていった。

 嬉しい反面少し気恥しいな。ただの色恋の悩み。相談するような事じゃないのに、少し心配掛けすぎたのかな。それより僕そんな顔に出るほど落ち込んでるのか? ︎︎僕が思っているより、想いは強いのだろうか。


 誰も誰かの気持ちは分かりきれない。それは当たり前なんだろう、でも凄く心当たりがある。多分木村さんもそうだったんだろうし、僕もそうだったんだろうね。お姉ちゃん、長年の悩みの答えを出してくれたな。でも、あの人が想定していた形とは、少し違うんだろうけど。


 ︎︎お姉ちゃんの優しさが染みるのと同時に、あの人を不幸にさせようとした、いや不幸にした自分が少し嫌になる。これは自分を高く見積もりすぎなのかもしれない、でももう二度とあんな事は、不幸にさせるようなことはしない。

 もういい時間だな。今はベットに寝転がってるしこのまま寝ちゃお。




 1人の少年が、橋の欄干を前に不穏な空気を流している。ここは夢か?


「来世なんかあるのかは分からない。もしあるならば来世は僕に産まれたいな、そうすればこと……あの人も勘違いしなくて済んだのに」


 この世で一番の禁忌を犯そうとしている人間の前でも、僕は何も言えない。あの時と精神性の本質は何も変わっていないから。まあ、何を言おうと夢だから届きはしないんだけど。


「最後は否定こそされたけど、少しは僕になれて良かったのかもしれないな。……なんか死ぬの嫌だな、死ぬって決めたのに。まだ覚悟が決まってるうちに行こう」


 そう言って少年は欄干に手をかけて、足を欄干の上に持って行った、その刹那、大声が静かな夜の空間に響き渡る。


「ちょっと何やってるんですか!!」


 その声を聞き、少年は振り返る。そうすると大声の主はとても驚いていた。


「え?あいちゃ――」




 また変な夢。あんな夢を見るのは、先輩から否定されるのが怖いからなのだろうか。最後まで秘密は明かさないって決めてるのに、やっぱり人間は厄介な生き物だ。

 モヤモヤをいつも以上に抱えながら、準備して家を出る。

 家を出て通学路を少し歩くと、電柱に寄りかかってスマホを見ている人。そう、優真くんが見えてくる。


「おはよう」

「おはよう、あっくん」


 昨日は出来なかったけどいつもはこんな感じで優真くんと待ち合わせをしている。






「お、水瀬と戸崎じゃん。今日も一緒?」

「うん、そうだけど」

 

 学校の階段を上がろうとしてたところに声が聞こえてきた。どうやらその相手は志保さんみたい。


「昨日はさあれで納得したつもりだけどさやっぱ納得できないんだよね。噂は本当なんじゃない?」

 

 昨日の予想は的中してしまった。僕は預言者みたい。

 

「志保さん、だから僕らはそんなんじゃない。水瀬はただの幼馴染です」

 

 僕と志保さんに視線を向けて、優真くんが否定するが志保さんは信じていないような顔をしている。


「私の勘がこの2人だとやっぱり鈍る。今日は嘘つき、いや本当の事も言ってるっぽい、なんでだ?でもやっぱり戸崎の水瀬を見る視線には他の誰にも見せない光がある。やっぱりただの幼馴染じゃない……」


 志保さんがなんかブツブツ言っていて少し怖い。


「……納得は出来ないけど一旦いいわ」


 はぁ、また明日にでも同じことが起こるんだろうなと、考えていると「それは置いといて」と嫌なセリフが志保さんから出てくる。


「前々から思ってたんだけどさ、戸崎は仲良い人のこと下の名前で呼ぶのに、水瀬のことはなんで苗字よびなん?」


 この人はまた面倒くさいことを聞いてくることだ。

「それは……前からそう呼んでたからそれがデフォルトになっちゃったんだよね」

「なんでそんな適当な嘘で騙せると思ってるのよ!!」

 

 優真くん流石にそれは疑われるよ。もっとさ、なんか無かったの?

 

「い、いやぁ、嘘じゃーないけどな」

「優真くん流石に無理があるよ」


 優真くんが動揺していて、バレバレな嘘に、凄くバレバレなコーティングをしているから流石に黙っていれなかった。


「嘘だって認めるなら本当のこと教えてくれる?」


 本当に面倒臭い人。悪い人じゃないって思ってたけど、悪い人認定してもいいくらい面倒臭い。まるでオオカミみたいにどこまでも着いてきそう。

 

「教えますよ、自分の名前が嫌いだから、優真くんに苗字で呼んでもらってるんですよ」


 このくらい教えてもいいだろう。


「へぇー本当っぽいねそれ、まあ収穫あったし、授業も始まりそうだし、この辺で私はおいとまするよ。」


 そう言って志保さんは帰っていった。本当に自分勝手な人だ。最近は僕らに粘着するのにハマっているのだろうか。


「優真くん授業始まっちゃうから急ごう」

「あ、そうだな」


 僕らは奪われた時間を取り返そうと急いで教室に向かった。


 間に合いはしたけど、どっと疲れた。志保さんの件もだし遅れそうになったこともだ。それに机の中に「お昼休みに校舎裏に来てください」だなんて書いてある文が入ってるんだもの。どんな気持ちで授業を受けなければいいのかわかんないや。


「水瀬さん変な顔してるけど大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 隣のクラスメイトからも心配されてしまった。ここ最近は顔を指摘されてばっかだな……。ポーカーフェイスを意識しようかな。




 授業も終わりお昼休み。僕は文に書いてある通りに、校舎裏に向かったが、そこには誰もいなかった。はぁ、先輩を待たせてるんだから早く来て欲しい。


 5分ほど待っていたら、仲良くもなく、悪くもないクラスメイトがその場に姿を見せた。


神崎かんざきさんなんの用?」


 白々しく聞くと神崎さんは、少し狼狽えながらゆっくりと口を開く。

 

「水瀬さん、単刀直入に言います、付き合ってください!!」


 やっぱり告白というものだった。答えは決まっていたから、スラスラと口から出てくる。


「ごめんなさい神崎さんの想いには答えられません」


 そう告白をお断りすると、神崎さんは悲しそうにしながら帰っていった。告白は多いけど、やっぱり誰も僕を見ているようで、観てくれない。それのせいかな、告白が嫌いなのは。そんな事はどうでもいい、中庭に向かわないと。


 


「こんにちは先輩」

「水瀬遅いよー」


 先輩に怒られてしまった。

 

「すみません、少し呼び出しされてたんです」

「まあ、それならいいけど。早速食べよー」


 先輩からお許しを貰い、中庭のいつものベンチに腰掛けて、いつもどうり食事をする。いつもどうり。そう、いつもどうり、そんな物は今日でなくなってしまう。こんなに嫌に思うなら告白なんて辞めればいいのかもしれない。でも、そっちの方が僕を苦しめるのを僕は知っている。


「水瀬今日も私のお弁当食べる? ︎︎その代わり水瀬の唐揚げ1個ちょうだい!!」

「先輩はお弁当食べたいだけじゃないんですか?」

「あーあ、バレちゃった」


 そんな可愛い顔をしないで欲しい。僕の弁当を欲している顔は、餌を心待ちにしている犬のようで、それなのにすぐに叱られたようにしゅんとする。

 ︎︎そんな先輩の大袈裟な喜怒哀楽の出し方が好き。でも先輩の笑顔の先に僕はいない。先輩が見てるのは僕であって僕ではない。


 先輩に「良いですよ」と言うと喜び出した。まあ先輩は喜んでも僕には地獄が待っていたみたい。だって食べ方が昨日と一緒なんだもん。そんなあーん地獄を頑張って切り抜けた。

 切り抜けた先のご褒美は、昨日と比べて少し甘さが強い卵焼きだった。


「水瀬ってさ、好きな人とか居る?」

「居ませんよ」


 ︎︎修羅場を逃げた先にあったのは、心を読まれているかのような問いだった。狼狽えた僕は、咄嗟に嘘をついてしまった。


「ほんとうに〜?」 


 小悪魔のような笑みを浮かべて聞いてくる。多分嘘を見破られてしまった。認めるしか道は無いんだろう。


「居ますよ」

「え、やっぱり居た。だれだれ!!」


 興味津々の先輩。もうここで言っても良いな。でもそれは少し嫌だ。


「秘密です」

「そっか〜じゃあさ、どんな人かだけ教えてよ」


「貴方みたいな人です」もしそんなことを口走ったら、どんな反応するんだろう。それは気になるがまだ早い。


「どんな人か、そうですね。いっつも楽しそうで、笑顔でいて、どんな時も人を笑顔にさせる人。そんな人です」

「そっかとっても賑やか人なんだね。水瀬ならいけるよ!!頑張って!!」

「……ありがとうございます」


 やっぱり僕を観てくれないみたい。なんかこの言い方だと僕が被害者みたい。僕はどちらかというと加害者なのに。

 

 それからはいつもどうりお弁当を食べ終えた後も、他愛のない話をしながらお昼の時間を過ごしていた。そんな風に先輩との最後の時間を過ごしていると、始まりがあるところには終わりがあると、告げるようにお昼終了のチャイムがなってしまう。


「あ、じゃあね水瀬、また明日」

「……」


 そう言って手を振る先輩に僕は何も返せなかった。いや、何も返さなかった。

 



 僕は放課後に校舎裏で1人の生徒を待っている。そう先輩だ。終わりへの待ち時間。そんな時間を過ごしていると先輩がやってくる。


「み、水瀬?」

「先輩、まずはここに来てくれて、ありがとうございます」


 やっぱり先輩は驚いている。そりゃあそうか、告白かと思っていたんだろう。実際そうだけど、そこに居たのは可愛がってる後輩だもの、そんな反応にもなる。困惑している先輩を尻目に、終わりの言葉を告げる。


「私、先輩の事が好きなんです、付き合ってください」

「へ!?」


 困惑に次ぐ困惑で先輩がショートしている。少しばかり間を置くと先輩は落ち着いたみたい。


「一応確認なんだけど、水瀬の好きって」

「ライクじゃなくてラブです」


 本当に言ったら終わりの言葉。僕の告白を裏付けるその言葉に対しての先輩の回答は……


「ごめん水瀬、私女の子同士ってあんまり分からなくて……でもね」

「っ……ごめんなさい先輩」


 先輩がなにか言おうとしていたが、それを聞いては僕のエゴが無駄になる気がした。だから逃げ出した。まあ、元々逃げ出すつもりだったし、先輩が追おうとしていたが、こんな体でも鍛えている僕には勝てない。先輩を振り切り帰路を走る。


 思っていたより辛い、僕の心はまだまだ弱いみたい。だって胸に軋むような痛みが走るんだもの。……後悔って覚悟していても感じる物なんだな。

 ︎︎もしも僕が秘密を明かして、それまでも拒絶されていたら、僕はどうなっていたんだろう。前みたいな事は多分しない、多分。でも、何をしでかすのか、分からないや。


「優真くん!!」

「あっくん!? ︎︎どうしたの? ︎︎そんなに汗かいて」


 優真くんには事前に、先帰っといてって伝えておいた。


「フラれちゃった」

「例の先輩か?」

「そう、だから逃げ出してきた」


 優真くんは特に詮索はしてこなかった。帰路の会話はいつもどうり。傷心にはそれが丁度いい。

 家に到着して、僕の部屋に入り、ゲームをしていると、ふと優真くんが聞いてきた。


「なんであっくんってさあの花ずっと飾ってるんだ?」


 僕が飾っている鬼灯の押し花についての質問が来た。


「これはね好きだからなんだ、僕に似てて」

「うん?」


 優真くんはあまり分かってないみたい。そうだよね、優真くんは花には詳しくないからしょうがない。


「この花、鬼灯の花言葉はね、萼が発達して外見は大きく見えるのに、中がスカスカなことからとって偽り。存在が偽りの僕にちょうどいい花じゃない?」

「そんな事は……」


 優真くんが否定してくれる。それは嬉しい、けれども、どうしようもない事実は時に存在する。

 

「無いのかもしれない、でも、僕に嘘つきだって言葉を浴びせる人間がいる。誰かにとってそうなら、誰かにとって、僕は嘘つきなんだよ」


 その誰かの1人は僕自身。最後まで私を演じ、先輩との日常を享受した浅ましい僕。


「だからって何も、あっくんが、そんな風に自分自身を、自分を嘘つきだって、認めなくてもいいじゃないか!!」


 軋むような痛みがその言葉で和らいだ。ただ、なんか優真くんにその言葉を言わせているみたいで、少し罪悪感が湧く。僕は何がしたいんだろうか。

 

「ありがとう。でも、他にも花言葉はあってね自然美だなんて言葉もあるんだ。あっくんや、お母さん、お父さん、お姉ちゃん、皆からはそういった言葉をくれる。そこも似てない?」

「……」


 優真くんは何か、難しい顔をして考えているみたい。

 

「鬼灯なんか関係なく僕は、いや、人間は嘘つきであって、自然に生きてる生物なんだよ」


 それが僕の持論。それが正解なわけじゃないと思うし、嘘つきを正当化したい訳でもない。ただ、漠然とそう思っているだけだ。

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貴方の目に映るのは僕のがくだけ 瑠璃唐草 @rurikarakusa310

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