地球から、月へ
第4話
西暦二一二四年、八月下旬。
「お届け物です」
地球、自然共生区の避暑地にあるカントリー・ハウスの玄関で、バザード・クーリーが宅配員から受け取ったレター・パックは、大きさのわりに妙な軽さをしていた。
宛名はレイフ・ファーミントン博士となっていたが、その場でおもむろに開封すると、中には古風な封蝋の施された手紙が入っていた。
送り主は、月探査財団・先進研究計画局・局長シシリー・リーヴァ。
リーヴァ局長は月探査財団の理事でもある。
クーリーが助手をしているレイフ教授の所属する組織で、月、火星、そして木星にプラットフォーム・ゲートウェイ――いわゆる宇宙ステーション・コロニーを保有し、そこを活動拠点としている特殊国際財団だ。
量子通信によって時差なく月・地球間で通信が行える二十二世紀に、最先端の科学の砦から送られてきたのが、なぜかシーリングスタンプの捺された手紙。
「封蝋の印は、至急……?」
月探査財団のシーリングスタンプはいくつか種類があるが、それは秘匿されていて、一部の財団関係者だけが印影の意味を知っている。
クーリーは自分の書斎に戻り、ペーパーナイフを探し出して丁寧に封蝋を剥がすと、中から出てきたのはシンプルな便箋が一枚。
「月探査財団から、レイフ教授宛て『月にクジラの化石を見に来られたし』か……うーん、今回は特に意味が分からないな……」
手の込んだことをするのは、量子通信の時代になり、高分子コンピュータとそのオペレーティング・システムDLESSの登場によって、人為の介入する防諜が難しくなっているためだが、それにしても手紙の文面には別段、暗号の要素はないので、そのままの意味だと考えるほかはなかった。
とはいえ、この短い内容を送るために、遥か月から郵送での手間と時間にして三、四日をかけているのだから気難しい差出人リーヴァ局長の性格から考えても、無為なジョークの類というわけではないはずなのである。
この文面に理由があると仮定すると、とにかく、レイフ教授を月へ招集すること自体が目的のものと考えるのが自然だろう。
事実、今の時期、月探査財団の研究者・開発者・外交官・代議士は天体物理学、量子力学、宇宙生物学、惑星科学、材料工学の宇宙にまつわる各種学会に加え、月探査財団と各国との外交調整やらを一堂に会した宇宙国際フォーラムの開催で、大挙して地球へと降りてきている。
日程を考えると、それらお歴々は、まだ一週間以上スケジュールが開かない。
月探査財団の国際組織としての性質上、年に一度とはいえ、地球に降りての発表が必要なことに関しては、日程的にも相当な負担ではある。
月、火星、木星のゲートウェイに住まう関係者のうち、クーリーの所属するファーミントン研究室のレイフ教授のようなモノグサなインドア学者からは、量子ネットのビデオ通話でいいじゃないか、という怨嗟にも似た声が聞こえ、その量子通信のソーシャル・ネットワーク・サロンからは、宇宙大名行列などと揶揄される始末だ。
一方で、それはそれとして経済、流通、外交の視察等々の外交官や代議士、加えてフィールドワークを行う学者などからは年二回ぐらい開催でも良い、という意見もあり、量子通信の時代になっても、インドア派とアウトドア派による仁義なき抗争のとどまる気配はなかった。
「予定が空いていそうなのがレイフ教授しか居なかった、とか、だったりして……」
そう呟くと、クーリーは月からの招集状のような手紙を持って、昨日、日程初日の午前中にすべての論文発表をねじ込み、午後には関係各所への挨拶周りを済ませた、夏休みの中学生のような計画性を持つ道楽者レイフ・ファーミントン教授の部屋へと向かった。
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