荒野の殺人遊戯

 岸辺が逃げるように帰った後、しばらくしてヒロトは怒りが沸々と湧いてくる。

「ふ、ふざけるな!」

 彼は癇癪を起こしたように叫んだ。

 こんな時代遅れのふざけたカウボーイ1人に、自分の完成されたデスゲームをめちゃくちゃにされてたまるか。


 しかし、現実にレンは第3のゲームもクリアしてしまった。壁や天井に埋まった青銅獅子がピクリとも動かない。破損が大きく、自己修復中としても相当な時間がかかるのだろう。

「こんなコスプレ野郎に……!」


 ただ、そうして悪態をついている間にも、レンは梯子を登って次の部屋へ進む。そこは最後の試練の部屋だった。広い空間の中に、5つの柱が立っている。

 レンは部屋に入ると一度立ち止まり、全体をじっくりと見渡した。トラップなどがないか、部屋全体を観察しながら、ゆっくりと歩いて柱の方へ向かう。


「…………」

 ヒロトは感じる。

 この部屋の真下にレンがいるのだ。

「なんなんだよこいつ……本当になんなんだよおおおお……」

 ヒロトは泣きたくなった。


 ただ、ここで彼は最後の希望が残っていることに気づく。

 そうだ。これから始まるのは最後の試練。

 最後の試練で間違った選択をさせればいいのだ。

 間違った瞬間に、ポッドの床が開いて奴は落下死する。

 ポッドの中に入ってしまえば自慢の投げ縄も狭くて投げられないし、引っ掛けるところもないだろう。


 レンが部屋に入ってすぐ、スピーカーからルール説明の音声が流れた。

「さて諸君、ここまで本当によく頑張ったな。感心するよ。

 詳しいルールは各ポッドの中で説明する。好きなところを選んで入るといい。ただし、全員別々のポッドに入るんだ」

 それを聞いて、レンはポッドに向かって歩き出す。

 なんの迷いもなく真ん中のポッドに彼は向かった。


「…………いや待てよ」

 と、そんなレンの様子を見ていたヒロト。

 ここで彼はあることに気づく。

「こいつ……今一人だ…」

 そう。レンは一人でこのゲームをしているのだ。一人の場合、この最終試練はなんの意味もない。

 なぜならこれは裏切りのゲーム。

 一人で全員なんだから、全員が同じボタンを押すことが保証されているのだ。

 それなら答えは一択。誰でもわかる。協力ボタンでしかない。


「やばい!」

 彼は慌てて最後の試練の設定を変更しようとする。どっちのボタンを押しても死ぬようにしようと思ったのだ。デスゲームとしては破綻するが、そんなゲームに対する美学などハナから彼にはない。

 コンピューターを立ち上げる。電源を切っていたのでまずはそこからだった。「こ、こんな時に…早くしろコラ!」キーボードを八つ当たりで叩くヒロト。


 そんなことをしている内に、レンはポッド内に入って来て各ボタンの説明を聞いていた。

 ヒロトは起動を済ませて、急いでアプリを立ち上げる。だがルールの説明も終わり、もう時間がない!

 ヒロトは時間稼ぎのためにスピーカーをオンにしてレンに話しかける。

「レン、本当に君はよくやったよ。

 君のお友達についてはとても残念だった。でもここで少し私の話を聞いてくれないだろうか?

 私は昔からいじめを受けていたんだ。クラスの陽キャに馬鹿にされて悔しい思いをした。だから――――」

 そうやって必死に語りかけるヒロト。

 しかし、次の瞬間だった。

 ガシャン!

 ヒロトの声はスピーカーと共に吹き飛んだ。壁に付いていたスピーカーは、レンの拳で粉砕されたのだ。


 クソ!と言ってマイクを投げ捨てるヒロト。

 だが、そうした時間稼ぎが功を制し、ヒロトはボタンの判定を修正し終えることができた。

 保存ボタンを押すと、設定の反映に進捗バーが表示される。

「設定変更中 10%...」

「設定変更中 20%...」


「頼む…間に合え……!」

 これはヒロトの最後の賭け。

 設定完了が先か、レンの決断が先か。

 普通に考えればレンだろう。

 今すぐ協力ボタンを押して終わり。1人なんだから、何も悩むことはない。

 けれど、ヒロトが賭けているのは人間の弱さ。人間はそんな簡単に決断を下せるほど強くはないのだ。

 協力ボタンを押せば生き残れる。ルールはそう言っている。けれど、それは本当か?どっちもトラップなんじゃないか。罠があるんじゃないかと普通は疑う。押す前に必ず心配になるはずだ。こんな危険なボタン、押すのに躊躇うはずだ。

 それがヒロトに残された最後の希望だった。

 あと数秒…。レンが押すのを躊躇えばこっちの勝ちだ。

「設定変更中 70%...」

「やめろよ……。押すなよ…。どっちのボタンを押すか…普通はもっと悩むんだよ…」

「設定変更中 80%...」

「設定変更中 90%...」


 しかし、全くレンは迷わなかった。

 なぜなら彼はカウボーイだからだ。

 彼はスッと手を伸ばすと、そのまま協力ボタンに手が伸びる。

 その動きに一切の躊躇なし!

 ヒロトはその様子を見て叫んだ。

「ああああやっぱりだめだーーーー!カウボーイは決断が早すぎるんだーーーー!」


 レンは協力ボタンを押した。

 その瞬間に部屋全体にファンファーレが鳴り響き、ゲームのクリアを祝福した。

 その後、レンの乗っているポッドはまっすぐ上に上昇し、チン、と上の階に到着する。


 そこはヒロトの部屋だった。

 部屋の中央に、目を腫らして項垂れているヒロトがいる。

「よう」

 レンはそんなヒロトに声をかけた。

「お前をやっつけに来たぜ」


「…………」

 ヒロトは黙ってレンを睨んだ。

 レンもこちらを見たまま目をそらさない。

「よくも…俺のゲームをコケにしてくれたな…!」

 ヒロトの怒りは限界だった。

 彼はアドレナリンが滾り、レンに対する恐怖などはない。とにかくこの目の前の男を殺してやりたいと思っていた。


 そして実際に彼はレンを殺すことができた。

 彼の右手にあるもの。それは床の落とし穴のリモコンだ。いつも生存した人間に対して、「人間失格」の烙印を押して殺すための仕掛け。

 ボタンを押すだけでレンは死ぬだろう。

 絶対に殺す。

 彼はリモコンを強く握りしめる。

 手汗が滲むのを感じる。


 レンとヒロトはただ黙って睨み合っていた。

 まるで早撃ちの決闘のように。

 一瞬の静寂。

 そこにはなんの音もない。

 まるで真っ白な無の空間に、2人だけいるような感覚。

 空気の存在を感じられるほどに、緊張が張り詰めている。

 ヒロトの額から一筋の汗が垂れ、それがポタン、と地面に落ちた。


「死ねえええええええええええええええええええええ」

 次の瞬間だった。

 ヒロトは親指を動かして落とし穴のスイッチを押す!

 そしてレンが無様に地下へと落下していく様を期待した。

「俺の勝ちだああああああああああああああああああ」


「…………」

 しかし、おかしなことに、床はいつまでも開かず、落とし穴は作動しなかった。

「え…なんで……」

 確かに自分はスイッチを押したはずだ。

 ヒロトはそう思って、右手を見てみる。


 すると、そもそも彼はリモコンを持っていなかった。

「な、バカな!」

 ハッとしてレンの方を見る。

 彼の押そうとしていたリモコンはレンの投げ縄によって取り上げられていた。

 ヒロトが押したのはリモコンの残像だったのだ。


「も、もう…いいや…」

 ヒロトは苦しくなった。

 何をしてもこいつには無駄。

 全てのゲームを突破され、どんな策を講じても意味がない。

 万策尽きたヒロト。

 彼の隠し弾はもう何も残っていない。

 よって、彼にできることはただ一つ。

「…………逃げるしかねええええええええ!!!!」


 彼はレンに背を向けて走り出した。彼が向かうのはもちろん玄関出口。外には彼が乗ってきたランボルギーニがあった。そこまで辿り着ければひとまず逃げて、後から体勢を整えて殺すことができる。

 彼は夢中になって走った。

 普通、こういう非常事態に備えて脱出ポッドか何かを用意するのだろうが、彼はこんな目に遭うとは思っていなかった。だから彼は走るしかない。

 最後に頼れるのは自分自身!

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 彼は全ての力を振り絞って走った。

 これでも彼は中学高校で陸上部だった。走るのは久しぶりだが、彼はその持ち前の瞬発力を生かして一瞬にして出口まで到達する。




 ――――――しかし、レンが彼を逃がすわけがないだろう?




 ヒュパ!

 気づくとヒロトは上着を取り上げられていた。

 ヒュパ!

 気づくとヒロトは靴を取り上げられていた。

 ヒュパ!

 気づくとヒロトはズボンを取り上げられていた。

 ヒュパ!

 気づくとヒロトは下着を取り上げられていた。

 気づくとヒロトは全てを奪われ全裸になっていた。


 その状態で、レンはついにヒロト本体を投げ縄で捉えると、ゲロを撒き散らすまでハンマー投げのように空中で振り回す。そしてスピードが最高潮に達した瞬間に、ヒロトを壁一面のモニタに叩きつけた!

 ゴシャバキグシャ!!!

 大の字になって壁にめり込んだヒロトは、全身から人間の出す全ての液体を漏らして意識を失った。

 レンは部屋にあった電話で警察に通報すると、壁に埋まったヒロトに向かってこう言った。

「荒野じゃ、舐めた奴ほど逃げ道を忘れる」



    *       *       *



 レンが外に出ると、時刻はすっかり夕暮れだった。

 建物の屋上から伸びる影が、赤く染まった地面に長く落ちている。


 彼は一歩、また一歩と歩き出す。

 彼は一度も振り返らずに、その場を後にした。

 斜陽は彼の背中を包み、影はどこまでも長く伸びていく。


 やがてその姿は、赤く燃える地平線の向こうへと消えていった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

荒野の殺人遊戯 〜悪いな。このデスゲーム5人用なんだ〜 PULP CITY @DB_Curry

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ