第38話 マアナ、お前は待っているといい。これは本来、我々の仕事ではない
我は緊張した面持ちでマントの裾を握るマアナの手を握り、ヴィエタに目線を送る。
こういう時は大体テンガロンの方が頼りになりそうだが、今回はなんとなくヴィエタの方に目が行ったのだ。その視線に、ヴィエタは困った顔をした。
我は、腰を落としてマアナの視線を同じ高さにし、マアナに向かって口を開いた。
「マアナ、お前は待っているといい。これは本来、我々の仕事ではない」
「やだ、町のひとたちじゃここの魔物はたおせない」
その通りだ。全くその通りではある。しかし、だからと言って未知の場所に将来あるマアナが飛び込む理由にはならない。
「マアナよ。お前の気持ちはわかっている。だから、我が行こう」
そうだ。先のあるマアナではなく、最早いつ最後を迎えるかわからない我の役割だ。
マアナも勇者一行の実力を信じていない訳ではないだろうが、それでも自分の出来る事をしたいという事なのだろう。
その気持ちを抑えさせる事は簡単ではない。ただ否定するのではなく、折衷案が必要だ。すなわち、我が行くのだから安心しろという、論点のすり替えに近い折衷案だ。
だが、マアナは我の目を真っ向から受け止め、強い眼差しのまま口を一文字に結んで何も言わない。
その目は美しかった。マアナの黒い目は、全てを引き込む漆黒でありながら、全てを反射するキラキラとした光をも内包しているのだ。
この世のどんな宝石よりも綺麗だと言わざるを得ないその目は、きっと彼女の心の美しさを現しているのだろう。
だまり込んだ我とマアナの間に、ヴィエタが助け舟を寄越すように声をかけてきた。
「マアナは、町の人を守りたいんですわよね?」
「うん」
言って、キラキラと輝く目をヴィエタに向けるマアナ。少し残念な気持ちになってしまい、我は首を振る。
ヴィエタは続ける。
「では、魔王を倒すのはこの目つきの悪い男に任せて、マアナと私達は町を守るために動きましょう」
「……」
マアナは一度考える仕草をし、きっぱりと口を開く。
「じゃあ、ここで待ってる」
「いや、それでは危険だろう」
思わず異を唱える我に、ヴィエタは溜息と共に諭すように言う。
「悪くないですわね。マアナの出した折衷案でいきましょう」
「いや、しかしだな──」
尚渋る我に、ヴィエタは一歩前に出て胸を反らす。
「心配なのはわかりますわ。けれど、マアナは私より強い存在ですわ。それに、本当に不味い状況になれば、私が、いえ、私の護衛が命に代えても守りますから、安心してくださいな」
「唐突に俺の命を差し出されてもな……」
腕を組んで聞いていたテイルが、呆れたように言った。
哀れなテイルの事はさておき、少なくともダンジョンの外に居た魔物程度であればマアナは対処可能だろう。
我は溜息を吐いて、「わかった」とだけ言ってダンジョンに向かう。
しかし、それを引き留める者がいた。
「ちょっと待つのじゃ」
勇者一行の一人、マリだった。
彼女はゆったりとしたローブにとんがり帽という、魔女然とした恰好をし、そのとんがり帽のツバを掴みながら口を開く。
「若いダンジョンは不安定じゃ。多人数で入ると世界が壊れて扉がなくなってしまうかもしれぬ。少人数ではいらねばならぬのじゃ」
その忠告に、我は「ふむ」と頷き、答えを返す。
「わかった。では貴様らは待っているがいい」
「いや、おぬしが強いのはわかるが危険じゃ!」
尚引き留めようと声を大きくしたマリだが、我の足を止めたのは別の人間だった。
「勝手な事をしないで欲しい」
勇者クロウだ。彼は我の前に立ちふさがり、今まで見た中で一番鋭い目をして我を睨んでいる。
しかし、そこには暴力に慣れ親しんだ者が恫喝する鋭さは無かった。精々がむくれて怒った子供が拗ねている時の目といったところか。
確かに勇者の力は我が身をもって知っているが、未知の場所を探索するとなると力だけでは足りない。
しかしながら、我の圧倒的な知性をもってすれば、全く問題はないのだ。
ここは適材適所、勇者ではなく我がダンジョンに入るべきだろう。
その考えを直接口にする事にした。
「どけ、勇者クロウ。貴様より我の方が適任だ」
「どうしてですか? 僕はあなたより強いと思いますよ?」
まるで口を尖らせたように鬱陶しい物言いの勇者クロウ。我は少々むっとして、何か言い返そうと口を開いたが、マリの方が早かった。
「待つのじゃ! 仲間割れしている場合ではなかろう。ここは町に近すぎるのじゃから、確かにダンジョンはなんとかした方がいいかもしれぬ。けれど、中に入るのはせいぜい4~5人にした方がよい」
言って、我と勇者が聞く姿勢になっている事に安心したのか、一息をつき、彼女は言葉を続けた。
「元々勇者殿に来ていた依頼じゃ。しかしこうなっては扉から出てくる魔物にも対応する必要がある。そこで、潜入に勇者殿と補佐に数名、そうじゃな、ワシともう一人くらいか。それとお主の4人で潜入する、これでどうじゃ?」
意外と気を遣うタイプの人間なのか、マリは我と勇者の顔色をチラチラと伺っている。
まあ、我も別に一人で入りたいという訳でもない。その案でも構わぬが。
納得いかなそうな勇者の顔を見るに、まだ揉めそうな気はする。
「俺からも、お願いします」
そこに、一押しを試みたのはテンガロンだった。
彼は何かを決心した顔をして、勇者に向かって真摯な目を向けた。
「勇者クロウ殿。私、リウォター・モンタギューの名に免じて彼の同行をお許しねがえませんでしょうか」
「リウォター……モンタギュー伯爵家の次男でしたか」
解説の様に言ったのは、大楯を持つ女戦士ソフィーだ。
「ええ、ソフィー嬢。貴方の父君には大変よくしていただきました」
テンガロン、もといリウォターが言うと、ソフィーは瞑目して押し黙った。
何か事情があるのかもしれないが、今はそれを話す時ではない。
勇者は難しい顔をしたあと、俯き、「わかりました」と小さく答えた。
伯爵とは、勇者程の力を持っていても逆らえない存在なのだろうか。人間の社会とは難しい。まあ、今回はそれが役に立ったのだからよしとしよう。
我は一つ問題が片付いた事で少々気が楽になり、勇者に笑顔で声をかける。
「それで? そっちのメンバーはどうするのだ?」
我がそう言うと、勇者一行は話し合いを始めた。といって時間は然程かかっていない。
最終的には勇者クロウと、ダンジョンに詳しいマリ、そして教会の知識を有したフローレンス。その3人が勇者一行の選抜だった。
我々からは勿論我一人。
勇者一行の3人と合流し、奇妙な扉に向かう我の背に、マアナの声がかかる。
「まってるね!」
「……ああ、すぐに戻る」
それだけの言葉。だけれども、それは何にも代えがたい約束だった。
そんな我らのやりとりに、勇者が忌々し気な顔を一瞬覗かせたように見えたのは、果たして気のせいだったろうか。
ともあれ、我々は、ダンジョンへの入り口。扉へと向かった。
引きこもっていたとはいえ元最強種の生き残りが、異世界人より弱いはずがない KA𝐄RU @_kaeru_
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