ろしあんパーリナイ
「陽真莉ちゃんは、なんで入部しようと思ったの?」
お菓子の入った籠を手に提げながら、弦谷先輩が尋ねた。転校初日に文芸部への入部を希望するのだから、きっと明確な理由があるのだろう。うちの文芸部は別に有名ではない。うちの学校で有名な部活動はテニス部くらいで、他の部活は軒並み平々凡々とした部活だ。陽真莉は入学前からこの文芸部の存在を知っていたと思うが、どこで知ったのだろうか。
「読書、好きなので」
陽真莉はあっさりとそう答えた。答えは期待していたものとは違い、かなりシンプルだった。
「あれ、それだけなの?」
弦谷先輩も私と同じことを思っていたのだろう、拍子抜けしたような顔をした。
「入学したら文芸部がいいなって、前々から思っていたんです」
なるほど、相当な読書好きということか。元々読書が大好きで、高校に入ったら文芸部に入ると決めていたのだろう。それなら納得がいく。弦谷先輩はふーん、そっかあと返事をしながら、籠をテーブルの真ん中において、それを指さした。
「好きなように食べていいよ」
「いいんですか。ありがとうございます」
礼を言いながら、陽真莉はグミの小袋を手に取って開き、中身を食べた。そしておいしいです、と嬉しそうに言う。まだ陽真莉と話して少ししか経っていないが、陽真莉は口数が少なめというか、話さないわけではないと思うが、受け答えは淡々としている。表情の変化も少なめで、なんだか冷たそうな印象がある。まだ第一印象の段階でしかないが。すると、葉上先輩が手を叩いて言った。
「あ、部活動の活動内容を言っておかないと」
そして陽真莉に向けて葉上先輩が文芸部の活動内容を話し始めた。部誌を書くとか、リレー小説をするとかそういう類の話だ。陽真莉は葉上先輩から目を逸らすことなく、真剣に話を聞いていた。そのとき、ガラリと部室の扉が開いた。
「ハロー、こんちには! 文芸部はここですかー?」
ブロンドの髪、日本人離れした白い肌。今度はもう一人の転校生、エレナ・トマシェフスキーがやってきた。弦谷先輩が彼女のもとに歩み寄って尋ねる。
「そう、ここが文芸部です。えーと、一年生かな?」
「ハイ、そうでーす! えと、わたし文芸部に入部したくて……」
「え、君も? 大歓迎だよ! 中に入って。あ、紅茶かコーヒーどっちがいい? うちの部活、紅茶とコーヒーは飲み放題なんだ」
嬉しそうな顔をした弦谷先輩とエレナが部室に入ってくる。エレナが部室の奥にあるティーセットを見ながら言う。
「わっ凄い。本格的ですね! 紅茶の缶まである。わたし、紅茶頂いていいですか?」
いいよーと言いながら、弦谷先輩が紅茶の支度を始める。葉上先輩がエレナの存在に気づいて首を回した。
「あら、また新入部員さん?」
「はじめまして、エレナです!」
エレナは元気よく挨拶をする。葉上先輩が声を弾ませて言った。
「新入部員が二人も来るなんて、嬉しいわねえ」
「……」
気づいたのは私だけかもしれないが、なぜか陽真莉は怪訝そうに眉をひそめた。きつく睨みつけるような雰囲気がある。エレナのことを警戒しているのか、それともエレナと過去に何かあったのだろうか。不穏な表情をした陽真莉とは対照的で、先輩たちは新入部員が二人も増えたことですっかり浮かれていた。もともと部室はそこまで広くないのだが、六人も人が居ると流石に少し窮屈になった感じがある。椅子も足りなくなった。すぐに買い足さないといけないな。するとエレナが梓に近寄って話しかけた。
「ちっちゃくて可愛いですね! わたし知ってます。こういう人を日本ではロリっ子って言うんですよね?」
「なっ、ロリじゃないよ! 年は皆と一緒だよっ!」
梓はむくれて唇を尖らせた。しかし外国人というのは、初対面の相手でも遠慮なしにコミュニケーションを取りに行くのだな。いきなりグイグイ行くので、私は舌を巻いてしまった。梓の返答に、エレナは不思議そうに首を傾げた。
「どうして怒るんですか? 幼いのも可愛くていいと思います。日本人の女の子はみんな、幼さがあって可愛く見えます」
「え、あ、そうかなあ……」
梓はちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめた。外国の女性は大人っぽいというか、かっこいい人が多いような気がする。外国人からすると、幼い日本人の女性は可愛らしく映るのかもしれない。するとエレナがぼそっと呟いた。
「普通の高校生の見た目だと思ってたけどなあ」
「え? 私のこと知ってるの?」
エレナの呟きは小さい声だったが、梓は聞き取れたのだろう。梓が尋ねると、エレナはうろたえて両手を振った。
「わっ、ニヴァージノ。気にしないで! けど幼いのも悪くないですよ! 可愛くて損することはありませんから」
梓は可愛いと褒められて嬉しいような、幼いと言われて嫌なような複雑そうな顔をしていた。けどニヴァージノとは、一体なんなのだろうか? 聞いたことがない。外国語だろうか。気になって、私はエレナに尋ねた。
「その、ニヴァージノってなんなんだ?」
「ああ、ごめんね。まだ日本に慣れきってなくて、ロシア語がたまに出てくるんだ。неважноは『気にしないで』っていう意味」
「へえ、エレナはロシア人だったのか。どおりで肌が白いと思った、日本人じゃありえない白さだから。きれいな肌で羨ましいよ」
「そんな、褒めないで。恥ずかしいじゃん」
私の言葉にエレナは気恥ずかしそうにはにかんだ。すると、エレナと陽真莉を交互に見ながら、葉上先輩が弦谷先輩に言った。
「こんなに賑やかになるなんて、なんだか嬉しいわね」
「ああ、部員が四人も増えるなんて、思ってなかったよ」
先輩二人は目を細めて、私達を見つめていた。文芸部は、私達が入るまでは部員が二人しか居なかった。二人だけの部活動というものは、きっと寂しいものだったと思う。けれど今は、一気に騒がしくなった。私達後輩組は、部活中殆ど駄弁っているだけで、まともに本も読まなかった。だって転校生たちとは話したいとずっと思っていたのだ。同じ部員になったのなら、そりゃあ日が暮れるまで雑談をするものだろう。
パルサーハート fuwafuwaGT @fuwafuwaGT
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