第20話 3―6

 帰りの馬車は賑やかだった。


 ジェロームとドミニクは合格。

 僕のごり押しにより、マリウスもめでたく合格と相成った。

 その日の夜には店番希望の二体のゴーストが訪れた。

 この二体は生前、雑貨屋を営んでいた母親とその娘だった。

 計算も接客も出来る超優良物件だ。

 名前はエマとマリア。

 もちろん合格だ。


 今、馬車の中では合格した五体のアンデッドに加え、ジャックとルーシーも参加のアンデッド親睦会、その名も

《実録! 私はこうして殺された! 被害者本人による怪談大会》

 が行われている。


「燃えさかる炎の中、二階の窓からマリアを抱いて飛び降りようとしたんです。そのとき、私は見てしまったのです。野次馬の中、手を繋いで笑みを浮かべる夫と姉の姿を」


 死んだことがある、というのはアンデッド最大の共通点である。

 彼らにとって昔語りや自慢話の一種のようだが、僕はいささか気が滅入ってきたので御者台に座るリオの隣へと移動した。


「逃げてきたニャ?」


 イタズラっぽく笑うリオに、頷きで答える。


「自分で言い出しといて何だけど、短期間でよく従業員が集まったと思うよ」

「出会えたのは幸運だったニャ」

「死霊のBone踊りやってたのは正に幸運だったね。いっぺんに沢山のアンデッドに告知できたし」

「そうじゃなくて。アタイにとってノエルと出会えたのが幸運だったのニャ」

「そう、かな?」

「そうニャ」


 照れ臭くなって流れる景色に目を移す。


「あのままだと諦めてたニャ。もう一度挑戦できるのはノエルと出会ったからニャ」

「もしかしたら不運かもわからないよ? 次は借金抱えて潰れることになるかも」

「確かに。すべてはこれからニャ!」


 馬車は騒がしい店員たちを連れて、軽快に走っていった。



 ◇



 レイロアに戻ってまずギルドへと赴いた。

 マギーさんに黒猫堂を閉めないこと、僕が共同経営者になったこと、アンデッドを雇用することを報告するためだ。

 報告の後は黒猫堂で経営会議。

 参加者は僕とリオに加え、雑貨屋経営の経験があるエマ。


「人件費の削減はできた。他に改善案はあるかな?」

「冒険者ギルドに広告を張らせて貰うのはどうかしら。黒猫堂のこと知らない冒険者も多いと思うの」

「アタイとしてはリピーターを増やしたいニャ」

「ポイントカードってやつ作ってみる? 街の食堂や商店で最近見かけるよ」

「割引券なんかもありますわね」

「う~ん、もっと店自体の魅力で増やしたいニャ」

「目玉商品作るとか?」

「そうそう、そういう感じニャ」

「お茶できるスペース作るとかどうかしら?黒猫堂の敷地広いし」

「それ良いニャ!」

「ダンジョンで息抜きできるっていいね」


 そんな具合で会議は進み、取りかかりやすい改善策から手をつけていくことになった。

 僕は看板の塗り替えだ。

 赤地に黒の文字だったところを地の色はスカイブルー、文字は白に塗り替える。ダンジョン内に無い配色ということで空色をイメージしたものだ。

 ペンキを塗っているとお客さんがやって来た。

 片目を眼帯で隠した中年の剣士だ。


「こんなトコに店なんざあったのかい」


 ドアベルを鳴らしながら店内に入る。


「へえ、お茶を飲めるのか。一杯貰おうかね。ダンジョンってのは寒くていけねえ」


 そう言ってテーブル席に座り、剣を立て掛けた。

 やがてポットとティーカップを持ったリオがやって来た。

 背筋と尻尾がピンと伸びている。

 なんか緊張してる?

 お茶を置きながら、リオが眼帯の剣士に話しかける。


「……アタイのこと、覚えてますニャ?」

「はて、どこかで会ったかね」

「十年前。十三階、砦跡近く。死にかけたアタイのパーティを助けてくれたニャ」

「ほう、そうかい。悪いがその頃はそういうことが多々あってな、いちいち覚えちゃいねえんだ。何しろ正義感の塊みたいな奴がリーダーだったからよ」

「そうですかニャ……でもお礼を言わせて下さいニャ! あのとき拾った命でこうしてお店を開くことができましたニャ! アタイもこの黒猫堂でいちいち覚えてられないほど冒険者を助けてみせますニャ!」


 お茶をすすりながら目を細める剣士。


「一つだけ忠告しとくぜ。たくさん助けてみせるなんて思っちゃいけねえ。両手を広げて届く範囲だけ助けりゃいい。それ以上は分不相応ってもんだ。わきまえないと俺のパーティみたいになるぞ」

「どう……なったんですニャ?」

「なに、人助けのために危険に立ち向かった奴が自分の命を拾えなかったってだけ。よくある話だ。ただ、うちの場合はそれが代えのきかないリーダーだったわけだ」

「あの方、亡くなったんですニャ……」

「ま、アイツは満足だったろうよ。最後も人助けできたからな」


 カップに残った紅茶をグイッと飲み干すと、剣を手に立ち上がった。


「本人は満足でも、残された方はたまんねえよ。わかるだろ?」


 ボソリと独り言のように呟く剣士さん。

 リオは複雑な表情をしていたが、剣士さんがドアベルを鳴らす音で我に返り、尻尾がてっぺんにくるほど深々とお辞儀した。


「またのご来店をお待ちしますニャ!」


 剣士はちらりと顔だけ振り返り、「良い店だ。また来るぜ」と笑顔で去っていった。



 僕は仕上がった空色の看板をドアの上に設置した。

 黒猫の顔の絵はそのまま残し、吹き出しだけ変えた。


 吹き出しの台詞は「真心をこめて」。

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レイロアの司祭さま 朧丸 @898569

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