第10話 伝えたかった言葉
リリィのメンテナンスをした結果、やはり関節や手足に負荷がかかっていたようで、いくつかの問題が見つかった。
パーツを取り替えたリリィはソロンにとっての『最高傑作』ではなくなったようで、あれだけ嫌がっていた目の交換もあっさりと行われた。
失礼な話だと思うが、要望通りの黄色い目を喜ぶリリィを見る限り引っかかっているのはジェイだけのようだ。
ソロンはその後もあれこれと手を入れ始める。どうやら一つのパーツを弄れば他の部分にも影響が出るらしい。
面倒だと言いながら手を入れ続けるソロンを見てジェイは気づく。作り手であるソロンは、ある意味リリィの親でもあるのだ。
その割にはレオンに押し付けようとしたり扱いが雑だが、まあ仕方がない。彼はどうしようもなく生き物嫌いで、無機物愛好家なのだから。
人形だと知っているジェイでさえ、生きた少女に見えるはつらつとしたリリィは、ソロンにとっては扱いあぐねる存在なのだろう。
作業は長く、あまりの光景に耐えられなくなったジェイは本を借り、隣の部屋に逃げ込んだ。数時間後、様子をうかがうと、驚いたことにまだ作業は続いていた。
◆ ◆ ◆
「いいか、とにかく日々の手入れを怠るな。関節にゴミが入ったときは無理に動かさずこれを使って飛ばせ。水には気をつけろ、耐水加工はしてあるが壊れやすくなる。それから……」
ようやくメンテナンスが終わり、ソロンがリリィに手入れ道具を渡しながら忠告する。リリィは鏡で黄色い目を見ては喜び「これでお揃いだわ!」と飛び跳ねた。
これでようやく帰れるね、と言おうとしたジェイはふとした疑問が湧く。
「そういえば、ここまで来るのにお金はどうしたの?昇降機に乗ったんでしょ?」
「レオンがくれたわ、彼ったらなんだかんだで紳士なの!」
紳士は自身に懐く人形をバラしてくれだなんて頼むだろうか。そんなことを思うが、恋をするリリィに言うのは無粋だと思い黙る。
ソロンが数種類のブラシを渡しながら聞いた。
「帰りの金はあるのか?」
「……無いわ!」
意識になかったのだろう。少しの間を置き、元気に否定された。ジェイは嫌な予感に逃げたくなる。
「なんだあいつ片道分しか用意しなかったのか。ジェイ、貸してやれ」
「え、やだ」
反射的に言葉が出る。ヒトに貸したお金は戻ってこないとゲンも言っていたし、できれば貸したくない。
「お願い!私、またレオンに会いたいの!今は持っていないけど、必ず返すから!」
「せっかくだ、レオンに返させればいい。持ち主の監督不行き届きだ」
去年の双子ぐらいの背丈の子供に頼みこまれ、ジェイは怯んだ。目を閉じ悩むが、断れる自分が想像できない。
結局、貸すしかないのだろうな。そう諦め、ジェイはお金を取りに家へ戻った。
◆ ◆ ◆
お金と荷物を手に再びソロンの家に行くと、家主は不機嫌に出迎えた。
「帰ったか……ぞろぞろと引き連れて、どういうつもりだ?」
「ごめん、増えちゃった」
ジェイは頬をかく。その背後には双子とアルマが立っていた。家に戻ったときに双子と、家庭教師に来ていたアルマに鉢合わせ、一緒に来ることになったのだ。
「お邪魔します!ソロン、お人形見せて!」
「動く人形だって?」
喋ったのかとばかりに睨むソロンにジェイは言い訳した。
「だってさ、女の子がソロンの家にいる。なんて言ったらどういう関係性かわからなくなるだろ?だったら人形だって言ったほうが安全かなって」
「これだからヒトは……いちいち理由が必要になるなど面倒臭い」
ぶつぶつと文句を言うソロンの隣ではリリィが「こんにちは!お人形じゃなくてリリィよ!」と双子に挨拶していた。双子の想像していた人形とは違ったのだろう、固まって動かなくなっている。
「へえ!この子が人形かい、大したもんだねえ」
「ああ、うん。ちょっと特殊な人形らしいよ。リリィ、これもどうぞ。メンテナンスの道具を入れるのに必要でしょ?」
ジェイはなんと説明すればいいのか分からず、曖昧に濁したあとリリィにバッグごとお金を渡した。以前使っていた物なので古びてはいるが、しばらくは持つだろう。
リリィはうやうやしく礼をして受け取った。大袈裟な、と思うが、彼女にとってレオンに再び会いに行けるというのはそれだけ大きなことなのかもしれない。
そうジェイが考えていると、ソロンが横からバッグを奪い中身をテーブルにぶち撒けた。
「まあ、このくらいあれば探しに行けるか」
「ジェイ!あんたこれお金じゃないか!どういうことだい!?」
アルマに襟首を掴まれ、詰め寄られる。だから隠していたのに……ジェイは項垂れながら事の経緯を説明した。
問題の当事者であるソロンは紙を取り出し、何かを書いている。
「せっかくだ、利息もつけるか。リリィ、ここにサインしろ」
借用書を書いていた。
それを見たアルマはリリィと利息額と返却期限の相談を始める。
止めたほうがいいだろうかと、伸びた襟首を整えていると両脛を蹴られた。振り返ると、双子がすねた顔でジェイの足を蹴り続けている。
「ジェイ、あの子にお金あげちゃうの?」
「バッグもあげちゃうの?あの子がかわいいから?」
ジェイは言い聞かせるように「違うよ」と言った。
「あの子は、保護者になるヒトに片道分のお金だけを持たされてここに来て、帰れなくなっちゃったんだ。このままだとかわいそうだろ?」
「べっつにー?」
「かわいそうなんかじゃない」
ジェイは困ったな、と思った。完全にすねてしまっている。
そのとき、話が終わったらしいアルマが双子を持ち上げジェイから引き離した。
「お嬢さんたち。話をするのはいいが、まずは蹴るのをやめな」
「そうよ、好きなヒトにはちゃんと態度で示さないと。素直になるべきよ」
話をわかっているのかいないのか、リリィが双子に忠告をしてソロンに外まで連れて行かれている。
「ほら、持つものを持ったらさっさと帰れ。……レオンのやつにこの紙を渡すのを忘れるなよ。控えもあるからな」
「ええ!みなさん、ご親切にありがとう!レオンにもちゃんと伝えておくわね」
リリィはそう言うと、お金とメンテナンスの道具を入れたバッグを肩に掛け、深々と淑女の礼をして去っていった。
本当にどこまでわかっているのか、借用書もきちんとバッグに入れていく姿に、僅かながらレオンへの同情が芽生えた。
「しっかりした子だったね、本当に人形なのかわからなくなる。さあ、双子さん、ジェイ、そろそろ帰るよ」
そうアルマに促され、借用書の控えらしき物をひらひらと振るソロンに見送られながら家を出た。外の日は傾き、そろそろ夕飯の支度をしなければと焦らせる。
今日はなにを食べたいか、ゲンはなにを用意するつもりだろうかと話しながら帰っていると、アルマがそっと双子を促した。
「もうすぐ広場が見えてくるよ。その前に、言いたいことがあるんじゃないかい?」
双子は立ち止まり、つま先しか無い獣人特有の靴でもじもじと地面に図形を描く。ジェイがどうしたのだろうと見守っていると、二人はぱっと顔を上げた。
「ジェイ、ごめんなさい」
同時に言われ、何のことかわからず呆気にとられる。その様子を見たアルマに更に促され、双子は言いづらそうに続けた。
「顔、引っ掻いてごめんなさい」
「足も蹴ってごめんなさい」
怒られると思っているのか、耳を伏せぽつぽつとこれまでのことを謝る。泣きそうになっているのか、鼻先の色が濃くなっていた。
ジェイは二人に引っ掻かれた頬に手を当て、考えた。傷はもう薄くなっている。ここで二人を咎める必要はあるだろうか?それに、ジェイ自身もとっくに許している。
アルマに視線をやると、静かに頷かれた。ジェイは改めて双子に向き直った。
「いいよ」
それを聞き、双子、リンとスズは恐る恐るジェイの顔を見上げる。
「怒ってない?」
「嫌いにならない?」
しおらしい姿に、ジェイは笑いだしそうになるのを堪え、口元を引き締めた。
「怒ってないし、嫌いにもならない。こっちこそ二人の嫌って気持ちに気づけなかったね。ごめんね」
二人の頭を撫で、引き寄せるとリンとスズは安心したようにジェイに抱きついた。
アルマは笑い、三人の頭を順繰りに撫でる。
「さあ、これで仲直りだね。広場にでも寄って帰るかい?」
二人はさっきのしおらしさが嘘のように笑い、ジェイの手を引いた。
「ジェイ!今日は私たちがなにか買ってあげる!」
「早く!お店が帰っちゃうわ!」
お小遣いがもったいないよ、と言おうとして、二人なりの仲直りのしるしだと気づく。結局「ありがとう」と言い二人に任せることにした。
手をつなぎ、駆け出す三人をアルマが笑いながら追いかけていく。
バラバラの四つの影は、付かず離れず広場へ向かって行った。
第四章 終わり
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