われら魔王軍!

@RGNG

第1話

 突然ですが魔王になりました。どうしてこんなことに……。


 午前。魔王軍ロビー。きれいに磨かれた石造りの建物に数人が机を囲むように円を描いて集まっている。

 「お集まりいただきありがとうございます。」

 フードを深くかぶった女性が落ち着いた声で話し始める。

 「……それではさっそく本題に入りますが、結論から言うとこの村の主、魔王アルダン様が失踪しました。」

「なッなんだってええッ」

 あまりに急な報告にドラゴン娘が大きな声で驚く。

 これも仕方がない、さすがに突拍子もない報告にさすがの俺も内心動揺している。

 周りを見渡すと反応はそれぞれだ。驚きを隠せず口が開いたままの奴。行く先を心配してる奴。興味なさそうにあくびしている奴。泣き崩れて絶望している奴……はいないか。


 「意外と落ち着いてんな、この薄情者達」


 意外な反応に思わず顔を上げ、アルダンに憐みの視線を送る。だれか泣いてやれよ……。

 

 「こんなもんじゃない? 家族愛はあっても魔族なんてこんなもんでしょ。それにあんたが一番薄情じゃん! あんたの父親が死んだんだよ? 涙の1つくらい流しなさいよ!」

「勝手に殺すな、失踪しただけだ。」


 とはいえ確かに困ることが1つだけある。いままで親父の下でぬくぬくニート生活を満喫していた俺だが、代理の下でもう一度ぬくぬくさしてくれるのだろうか……。働けなんて言われたら困る……布団をはがされた冬の朝くらい困る。


 「分かっていると思いますが失踪にあたり決まるべき項目が1つあります。……それは――」

 「魔王決め!」

 角を生やしたドラゴが割って入る。ドラゴはドラゴン族の人格化持ち、後ろに流れる角を生やしていて、腰にかかるほどの銀色の髪で黄色い目をしている。


 「……はい。その通りです……」


 少しうつむき、弱弱しい声で言う。言いたかったんだろうな、少し悲しそう。


 「魔王決めにわたって1つ考慮する点があります。それは以前からアルダン様は「魔王の座を継承するならアルジにする。」と何度も話していたことです」


 あ、まずい。


 「そんなこと言ってたんだ、それなら決める余地もないんじゃない?」

 にやにやと隣にいるネコノコに問いかけるように言うドラゴ。

 「それがいいよ」とドラゴに続いてネコノコも言う。大きな猫耳を生やした少女で感情が読みにくい無表情で、いつも淡々としている、正直何を考えているのか分からない。


 この流れはまずい……何か言い返さないとこの流れのまま魔王にされてしまう……。


 「いや、魔王は実力の伴った人がやらないとみんなからの支持も大事だし……なあ?」

 「……支持ですか。確かにその通りですね」


 よし……いいぞ。


 「では多数決で決めるのはどうでしょうか?」

 多数決⁉ もう俺含め五分の二が俺に投票してるんですけど!

 「嫌です。というかもうすでに――」

 「「賛成」ー」

 「では……この村の魔王にふさわしいのはアルジだと思う方……挙手」

 「嫌です」


 もはや見なくてもわかる……昨日の夜俺も失踪しておくべきだった。


 「決まりですね」

 「嫌です」

 「それでは本日からの我が村の魔王は――」

 「嫌です」

 「アルジ様となりました」

 「嫌嫌嫌嫌いやいやいやいやイヤイ」


 そして今に至る……。


 「我は魔王アルジ様だ! ひれ伏せ! 恐れおののけ! 頭を地面にこすりつけええい! がははははははは!」

「何してるの、アルジ。魔王になって頭おかしくなったの?」


 様子のおかしさにネコノコが話しかけてくる。こいつはネコノコ。短い黒髪黒目で大きな耳を生やした――てそんなことはどうでもいい。


 「頭の1つや2つおかしくなるさ! 今まで面倒ごとから逃げてきた結果があれだったのに今やこの村の代表ですわ!」

 「うらやましい。自分の好きなようにできるんだよ?」

 「あのなあ、好きなようにって言っても村の人間どものストレスをためずにあーやらこーやして多分大変なんだ」

 何を考えているかわからない瞳でこちらをぼーっと見つめながら聞いている。

 「ふーん」

 正解は興味なかったらしく尻尾を揺らしながら廊下の奥へ消えていった。

 それとして何をすればいいんだろうか。問題がなければそれでいいのだが、もし何か起きたとしても俺が動いてどうにかなるものであってほしいものだが。

 「大変です! アルジ様」

 息を切らせながら、シイナが報告に来る。大変らしい。

 「な、何があった?」

 明らか動揺していたが、あくまで平常心を装いながら落ち着いた雰囲気で返す。

 「昨日の襲撃により、第1期生が半壊しました!」

 「しゅ、半壊!?」

 無知は罪らしい。一応17年間この村で生きていたのに調査隊か何かがあるなんてことすら知らなかった。それはそうとこれは俺に解決できる問題の範疇を超えている。ここは目を瞑っててきとーにドラゴにでも任せよう。

 「新しい種のキャベツだったのに……悲しいです」

 無知は罪らしい。一応17年間この村で生きているのにキャベツの妖精か何かがいることすら知らなかった。

 「とりあえず、生き残りを連れてこい」

 少し見てみたい気持ちが勝り、ドラゴに任せるのは後にしていったん様子を見ることにした 。

 「かしこまりました……」

 3分もしないうちにシイナはキャベツたちが入ってるであろう籠をもって戻ってきた。

 「お待たせしました。こちらが生き残りのキャベツになります」

 「ただのキャベツにしか見えないが……」

 「いえ、こちらのキャベツはイアビフ王国からアルダン様が持ち帰ってきたキャベツでして、なんとビタミンが50mg以上も――」

 「ただのキャベツ!」

 つい魔王らしからぬ突っ込みをしてしまった。

 「なぜ、キャベツ畑の状況をそんなテンションで報告している?」

 食料担当だから愛があるのか、それともこの村にとってキャベツ畑が半壊しただけで食料危機になるのか。

 「アルダン様の命令です」

 「命令?」

 「はい、アルダン様が「うちには調査隊などはいないから畑の報告はまるで調査隊のように報告しろ」とおっしゃられていたので……」

 あいつは何をしているんだ。小さな村で平和だからってごっこ遊びしてんじゃねえ。

 「もういい、残りを大事に育ててあげろ」

 「か、かしこまりました。失礼します」

 シイナは大事そうにキャベツを抱えて廊下の闇に消えていった。


 なんだこの絶妙な緊張感のなさは……魔王という肩書に対してやっていることの規模が小さすぎる。いや、わかっていたはずだ……争いを生むような国とはかけ離れた場所にあるこの村にとって我々の相手は魔獣だけだってことに。

 こんな平和そのもののような村で過ごしてそんなたいそうな問題の1つも起きるわけがない。きっと次の緊急そうな報告も大した問題では……。

 「大変! 大変!」

 玄関のドアをガッと開いていかにも大変そうなご様子で入ってきたのはドラゴだ。

 ほらきた! 噂をするとなんてやら、どうせ大した報告ではない。ここは魔王らしく落ち着いて問題を捌く。

 「何があった」

 「大変! 村の近くに魔獣の群れが出たよ!」

 「ま、魔獣ってのはどんな奴……」

 魔獣という響きに少し動揺してしまったが敵を分析して、状況に合った人員を割く。 まさにリーダー。

 「話はあと! ネコノコはどこ?」

 ドラゴは俺の問いに耳を貸さずネコノコを探し、名前を呼びながら廊下に消えていった。

 ……………………。

 魔王を差し置いてネコノコを探すだと? なんだこの空気! まるで無能がリーダーになってしまったみたいなこの空気と反応は!!!!

 たしかに俺にとって魔獣は強敵だが、だからと言ってこの扱いはひどくないか? もうやめたい……この空気に耐えられない……もう寝よう……。

 次の日。

 昨日魔王になったはずの俺は今日は村の草抜きをしている。村に建物は指で数えるほどしかないが大変なことには変わりない。もちろん手動だ、機械の1つや2つ、魔法の1つや2つだせるわけがない。なぜこんなことをしているんだろうか、わからないが確かに1つ言えることはある。明らかにおかしい! 魔王になったのにのけ者にされ雑用させられている。今日だってレイの第一声からおかしかった。「本日の業務は草抜き、井戸掃除、トイレ掃除、どれになさいますか」だってさ、もう雑用しかないもんね。草抜きするよね。おかしいよね。村の奴らに至っては、手伝えと脅しても笑って逃げやがる。俺という存在そのものがなめられすぎている。強くなりたい……見返してやりたい! そんな怒りがこみあげてくる。少し前にも何度かこんな感情が起きた気もするが気にしない。気分が変わったんだろう、結局努力しないなんてことはない。ヴァンパイアの俺をこんな直射日光の下で仕事をさせるなんておそらくレイは人の心がない。

 そんなこんなでこぼれ出る愚痴をあえてこぼしながら草抜きを終え、今日の午後からはアルダンの遺品整理がある。忙しすぎるが仕方ない、下積み時代をこえればいい待遇が待っていると信じてる。腰が限りなく痛くてもマッサージしてくれるようになるだろう。

 先ほど言った通り、暇だったネコノコとドラゴとを連れて死んだアルダンの遺品整理している。

 長年放置されていたせいか、埃っぽくて鼻がむずむずする。古びた棚の奥からは錆びた剣や使い古された靴が次々と出てきた。まさに「生活の残骸」というやつだ。

 失踪というていになっているが明らかにみんな死んだ扱いをしている。入るなと言われていたアルダンの部屋に扉を破壊してまで入り、勝手に断捨離をしていく畜生ムーブ。まるで趣味で集めていたフィギュアを勝手に捨てる親のようだ。仮に生きて帰ってきたら発狂ってものでは済まないだろう、再び失踪するのではないか。まあ例えたフィギュアほど価値のあるものがあるかと聞かれたらそんなことはないのだろうが、レイが前々から部屋を整理しろとアルダンに言っていたのを見ていたから、レイはいないうちにさっさと整理したかったのだろう。そもそもこんなにものが多いのはすぐに思い出といい、何でもかんでも残しておきたい性格だったからだ。例えばこれとか、「この鍋覚えてるか?」

 「鍋? ただの鍋に見えるけど、何かあったっけ?」

 「とんでもない味……」

 ドラゴは忘れているがネコノコは覚えているようだ。

 「この鍋は何年か前にアルダンがいきなり、料理をすると言い出して魔王軍全員に料理をふるまった時の鍋だ」

 「あーそんなこともあったね、今思い出したけど、できれば思い出したくなかった」

 「スライムは二度と食べたくない……」

 ネコノコの耳がしゅんと折りたたまれる。

 どんな料理だったかを聞かれたらこたえられないようなゲテモノ料理。魚から肉、スライムまで使ったトンデモ料理だった。

 「血ばかりを吸って生きていたアルダンにとって初めて食べたスライムの味が革命的だったらしい」

 「へええ、あんなものが……よかったね、アルジも血ばかり吸って生きるような環境じゃなくて」

 「まあスライム自体は悪くなかったんだけどな」

 「え?……」

 「わ、私も戦えるように武器を持とうかな。どう? この長刀とか。似合う?」

 二人同時にドン引かれて話を捻じ曲げられた気がするが気のせいだろう。

 ドラゴは身長と同じくらいの長刀を構えこちらに見せてくる。

 「似合ってるぞ。でも戦うのはネコノコだけでも十分じゃないか? そんなしょっちゅう戦うわけでもないんだし」

 それとなく返事をしておいたが、ネコノコに関しては見ただけですぐ目を逸らし淡々と作業を再開していた。

 「できることは多いほうが良いんだから! アルジもネコノコに頼ってないで動けるようになってたほうが良いよ。あっアルジはヴァンパイアだから外に出られないもんね。ごめんね」

 「出れるわ! なめんな!」

 つい突っ込んでしまったが本来引きこもり歴=年齢な俺にそんな二流の煽りは効かない。本来ヴァンパイアは太陽光に焼かれてしまうという話は有名だろう。しかしこの世界で人格化をもって生まれてきた我々にとってはへでもない話である。ちなみに「世界の魔王軍所属の魔族たちの9割が人格化持ち」らしい。ってレイが言っていた。

 「アルジは私がいるから何もしなくても大丈夫」

 ネコノコがフォローに入るが、ほとんどフォローになっていない。

 「それに俺の能力は、対人用なんだ。魔獣しかいないようなこの村では真価を発揮できてないだけ」

 「はいはい」

 別に強がってはいない、真価を発揮したところで勝てるかは別だが。決して嘘はついていない。

 なんてことない会話をしているとネコノコが古びた箱の底からなにかを見つけた。

 「アルジ、これ」

 ネコノコから手渡されたのは羊皮紙に描かれた何かの地図のようなものだった。ドラゴも興味深々に体を寄せ覗き込む。

 「地図? 「報酬がここにあります。探してください。」って書いてあるけどこれはどこにさしてあるんだ?」

 「宝の地図でもあったの? これは……魔獣の森にさしてあるね、ここからだと西の方向に二日くらい歩けばつくかな」

 魔獣の森……いかにも危険なにおいがプンプンするが、報酬ってのも気になる。

 ネコノコがなにか見つけたのか肩をグイと引っ張る。

 「なかざわって書いてる」

 「なかざわ? この地図を描いた人の名前か? 少し変な名前だが」

 「あまり聞かない名前だね、昔の偉い人だったりしてね! これさ三人で行ってみない?」

 ドラゴの目がキラキラ輝いている。昔からドラゴはこういうのが好きなんだ。いわゆる夢追い人ってやつだ。

 しかしその提案は今のアルジにとっても実に魅力的な提案だった。こんな村で魔王といわれて雑用をやらされるより、少し危険でも旅に出たほうが何千倍もましだ。それに魔獣もネコノコがいればどうにかなるだろう。

 「いい提案だ! 三人で行こう!」

 「でも村のことはどうする?」

 ドラゴが冷静になって聞いてくる。

 「村のことはレイがいたらどうにかなるでしょ。もともと俺たちはレイの手伝いをしているようなもんなんだから」

 「それはそうなんだけど、レイさんとシイナだけじゃ、少し不安じゃない?」

 確かに不安ではあるが、俺はどうしても現状を打破したい。この報酬とやらが俺を真の魔王へと導いてくれるはずだ。

 「レイは強い」

 ネコノコが口を開く。ネコノコがいうくらいならよほどの実力差なんだろう。昔からいて正体を知らないけど、強いなら全部任せて大丈夫だろう。

 「レイさんって強いの? 昔からほんと優秀だねー。じゃあ大丈夫かな? 一応確認とってこの後準備して明日の朝出発しよう!」

 勝手にドラゴが仕切ってるがまあいいだろう。明日が楽しみだ。

 「ネコノコもいいな?」

 一応ネコノコにも聞いておく。おそらく返事は……。

 「アルジがいいなら」

 「決まりだな」

 「持っていくもの考えときなよ、歩くからね」

 「はいはい」 

 そうしてそれぞれの考えをもって出発の日まで待つことになる。

 

 出発の日。


 それぞれが準備をしてきた荷物をもって村の外に出ている。その間にレイとシイナにも集まってもらっていた。魔王軍一同集まってるのを見てさすがに気になるのだろう。村人たちがこぞって外に出てきて、注目を浴びている。 実は旅に出ることを隠しておいたのだ。実質権限が魔王以上であるレイになんかうまいこと丸められる可能性を危惧して、突然報告することで勢いでごまかしてちゃちゃっと出発しちゃいましょう作戦。ということで実行している。ドラゴにはさんざん否定されたがそこも勢いで押し切っといた。

 「荷物をもってどこかに行かれるのですか?」

 何かを感じ取っているのかレイが怪訝そうな顔で問う。

 「われわれ、魔王軍一同「シイナ、レイ抜き」は旅に出ることにしました」

 「……旅?」

 唐突な発表で理解できてなさそうなシイナとレイの顔を見ると昨日話しておくべきだったかもという申し訳なさが湧き上がってくる。

 「まあまあ、聞いてよ、これ見て。昨日遺品整理中にアルダン様の部屋で見つけたんだけどさ、魔獣の森をさす謎の地図! 気になるよねえ」

 ドラゴが持っていた地図をレイに渡して見せる。

 「これは……」

 「なかざわって人が残したのかな多分。まあ近いからさ行ってこようってことで決めたよ」

 「なかざわ……」

 何とも言えないような顔で地図をのぞき込んでいるレイ。さすがに急だったか頭オーバーヒートして倒れたり、怒鳴ってきたらどうしようか。どちらも普段からのレイでは想像できないが。シイナも横からのぞき込んではわはわなっている。

 しかし、レイはおもっていたより冷静だった。

 「危険です。認められません」

 まあ想像の範疇、ここからが腕の見せ所だ。

 「でも、こ」

 「ですが魔王様の命令であれば仕方ありません」

 これは予想外の対応。ここにきてついに魔王の権限が発動するなんて、それとも邪魔者を追い出すいいきっかけなのか。後者でないことを祈りつつ少し緊張した声色で返す。

 「命令だ!」

 「分かりました。ですがいつお帰りになられる予定ですか」

 「まあ、未定だね~一週間もすれば帰ってこれるかな?」

 「アルジがいるから時間かかる」

 ネコノコから言われるのは少々癪だが、体力がないのは自分でもわかっている。話の中で「アルジはいかなくてもいいのでは」と議題に出るくらいにはお荷物確定している。

 「帰ってこなくても心配しないでくれ、もしかしたら地図の続きがあったりするかもだしな」

 「そ、そういうわけには」

 子供のころからみていたガキどもが急に魔獣の森に行くだなんてそれはそれは不安に感じるだろう。でもこういう時は

 「そういうことだから行ってきます!」

 勢いでごまかす。急に決まった話だがネコノコがいるから身の安全は大丈夫だろう。もし危惧することがあれば――。


 ……死にそうだ。まだ出発して1時間もたっていないがもう体力が限界だ。ネコノコに背負ってもらおうかと悩んだがプライドが邪魔して強がってしまった。ちなみにこうなることを予想していた俺は、荷物を最小限にしておいたのだ。食料は現地で適当に取れると信じて、水の入った水筒だけ持ってきた。何をもっていけばいいのかわからなかったらしいネコノコにも、同じ水筒を持たせておいた。ドラゴは、同じく水筒と調理するためのフライパンと、ナイフ、寝るための簡易テントを持ってきていた。それと気にいったのか、みせびらかしていた長刀も背負っている。全部アルダンの部屋に合ったものである。現場調達がすべての旅だが何とかなるだろう。誰一人計画性のなさには突っ込まなかった。みんな浮かれていたのだ。

「ネコノコ重くないか?」

 「大丈夫」

 会話の通り、ネコノコに背負ってもらっている。プライドがどうこう言っていたが仲間の邪魔をするくらいならプライドも投げ捨てられるのが俺だ。ドラゴとネコノコはどうしてあんなに荷物を持っているのに(俺)こんなに歩けるのだろうか。日頃の過ごし方でこんなに差がつくなんて……。初めて身で感じる仲間との差に少し焦りを感じた。

 「そろそろ休憩がてら何か食べようか」

 西へと歩き続けて一日目。朝霧を纏った草原の中を俺たちはひたすら進んできた。広大な野原はどこまでも緑が続き、背の高い草が風に揺らされるたび、ざわざわとした音が波のように押し寄せてきて、近くの川が波を生む。そんな川のほとりで一息休憩をはさむことにした。

 本日私がいただくのは、近くに生息しているディアル。いえば鹿みたいなやつだ。狩り担当はもちろんネコノコ。料理担当は体から青い炎が出る、蒼炎の持ち主。アルジ、ではなくドラゴ。俺はそれをナイフで切る役でもしよう。

 ネコノコは目標をとらえたら一瞬だ。ディアルの群れに突っ込み、目を付けたやつの腹を蹴り飛ばす。いつもの仕事のように流れるような狩り。もはや美しい光景だった。

 のこのことディアルの足をつかんで一仕事終えた面で帰ってくるネコノコ。その間にドラゴは焚火を用意していた。ちなみに俺は狩りを見ているだけだった。それだけで準備が整うのなら、これでいいはずだ。

 すこしして、完成した。見事に焦げたディアルの丸焼きだ。

 「ごめん少し焦げちゃった」

 「少しならいいよ、真っ黒だが」

 「臭い……」

 総突っ込みを食らうドラゴ。

 「いいでしょ!? アルジに至っては何もしてないんだから黙って!」

 それに至ってはぐうの音もでない、もし何か出るなら腹からだろう。

 「切ったら食べられるから我慢してね。はい、ネコノコの分」

 「ありがとう」

 それは俺の仕事のはずだったがしなくていいならそれに越したことはない。

 「はい、アルジの分ね」

 「ありがとうございます」

 腹いっぱいに食べたアルジ達一同は、日も落ちたことだしこの場で簡易テントを張って寝ることにした。こうして、初日の実績はネコノコの荷物になることだけだったが、計画どうり、現場調達もできたし旅は順調に二日目を迎える。


 二日目。


 「おはよー」

 ドラゴが活動の合図をくべる。

 アルジ達は早朝に目を覚まし、旅の続きの準備をしている。ネコノコ以外。

 ネコノコは朝に弱い。唯一の弱点といってもいいだろう。ネコノコを無理やり起こそうとするとひっかいてくるからなおさらたちが悪い。

 「ネコノコーおきろよー」

 自慢ではないがニートは朝に強い。なぜなら常にやることがないからだ。朝といえば面倒なことが起きる一時間前みたいな時限爆弾な時間だが、ニートの爆弾は線が切られてるんだ。

 ネコノコを無視して片付けをしていく。ネコノコも寝がえりを打ちながらうまいこと邪魔をしないようにかわしていく。寝ているわけではないのだ。ただ起き上がれないだけで。

 あらかた出発の準備が整い、近くの川で顔を洗い、ネコノコをたたき起こす。

 この川は目的地へと続いているから川沿いを歩いていけば迷うことはないだろう。

 「じゃ、いこっか!」

 そんなこんなで出発することにした。ネコノコはまだ寝てるのか起きてるのかわからないが、ふらふらと歩いている。

 そしてこの生活を三日続けた結果、ついに魔獣の森入り口に到着した。まあ特に変わった様子もない普通の森だな。一つ言うことがあるとすれば獣臭い。

 そして入口といっても決して整備されていないけもの道。

 「やっと着いたね」

 「疲れた、でも二日歩いて付く予定で五日で着いたのは上出来なんじゃないか?」

 「アルジがいないなら一日で着いた」

 「うるせえ、お前だってふらふら歩いて足ひっぱってただろ!」

「こわい」

 「俺が悪いみたいになるからそれやめろ」

 「まあまあ、けんかする暇があるのも今だけだよ。みて! 歓迎されてるみたいだよ」

 歓迎されているのか帰れと言われているのか、お決まりの門前払い職員の中サイズ狼の魔獣さんらが3匹ほど姿を現した。赤い目をぎらつかせ、ごちそうを見るかのような口はよだれを垂らしている。

 「魔獣の森と呼ばれるほどのことはあるな、さっそく仕事だぞネコノコ。」

「……ん」

 そうつぶやいた瞬間ネコノコの目つきが変わる。先ほどまでふらふらしていたのが信じられないくらいに。左足を踏み込み、ネコノコの体が弾けるように前に出る。地を蹴った音が爆ぜ、次の瞬間には一匹目の首元へ拳がめり込んでいた。骨が砕ける鈍い音が響き、巨体が土に沈む。

 それを見た残りの二匹は本能的に危険を感じたのか尻尾を巻いて逃げていく。さすがに俺もあんな光景を見たら逃げるだろうなと、木の後ろに隠れながら思っていた。

 それ以降、絡まれることはちょこちょこあるものの、思ったよりもあっけない感じだった。

 明らかに入口あたりの木とはサイズが違う。はじめの木の三倍の高さ。そして五倍の太さはあるだろう。見ているだけでも圧倒されるほどの雰囲気を醸し出している。

 「みて、多分あれがこの森の支配者だよ」

 前を見ると明らかに今までの獣たちとは格の違う魔獣が体を丸くして寝ている。見た目は狼のようだけど明らかにサイズがでかい。

 「帰るか」

 「なに馬鹿なこと言ってんの、せっかくここまで来たんだから地図の秘密を解いて帰るんでしょ?」

 ドラゴの声が聞こえたのか魔獣が少し顔を起こして目を開く。今目が合った気がするが気のせいだ。というか気のせいであってほしい。

 本物の魔獣を前に息を飲み込む二人、ネコノコは倒してこようかといわんばかりののほほんとした空気を放っている。

 「でもどうするよ、あれは」

 「どうしよっか、あれ……よく見たら首輪みたいなのがついてない?」

 「ネコノコ、あいつの横の木から登って何かあるか周りを見てみてくれ」

 ネコノコは支持の通りに狼の近くの木にそろりと近づき、爪を立てて木に登る。

 「ネコノコは目がいいんだ。何かしらの情報はとってきてくれるだろう」

 ネコノコはあたりを見渡し、そそくさと帰ってきた。

 「お帰りネコノコ! 何かわかったことがあった?」

 「あれには首輪がついてる。その首輪に鍵がついてた。それとあれの後ろの木に鍵穴がついてる」

 「木に鍵穴!?」

 「地図が指していたとこで間違いなさそうだな。となるとどうやってそのカギを取るかになるわけだが」

 「なにかいい案ある? 自称地頭は良いさん」

 どうにかして、あいつをどかしつつ首のカギを取る方法は……。

 「分からん」

 「ちょっと!」

 「あれに向かって木を倒す」

 これまた以外、脳筋のネコノコが合理的な提案する。

 少し強引な気もするけど実際今あいつをどうにかできるのはその方法しかないか。となると……。

 「お前たち二人で木をどうにか倒す準備をしてくれ、そこに向かって俺が狼を引き付けて走るから、タイミングよく木を倒して地面と木のサンドウィッチにしてやるんだ」

 「こっちの負担重くない?」

 「タイミング難しい」

 「うるさい! これくらいしか方法がないんだから一回くらい従えって!」

 「まあいいんだけど、アルジはひきつけられるほど体力あるの?」

 「二人とも血をくれ」

 

 ということで追いかけっこが始まる少し前、ドラゴたちからの合図も届き、準備ができたようだ。

 今にも吐き出しそうなほどの緊張を抑え込み、狼の前に立つ。

 まだ気づいていないようだが、挑発に反応してくれたらスタートだ。想像よりも早かったらどうしようか、ひきつけ約ネコノコにしたらよかった。などのもやもやを振り切り、ついでに木の枝も投げておこう。

 「こっちにこい! この犬もどきのすやすや野郎!」

 俺の叫びに巨大な狼の耳がピクリと動く。次の瞬間、鋭い牙をむき出しにして低いうなり声をあげる。こちらを見る目は完全に殺意そのものだ、明らかに殺意を宿した目だ。

 怖いがあとはドラゴを信じてネコノコに向かって走るだけだ。

 目が合うと同時に後ろを振り向いて全力で走り出すアルジ。後ろを振り向く勇気はないがおそらくついてきているであろう足音が体に響く。

 「やばいやばい! 怖すぎる!! 助けてくれーー!!!! ネコノコ―ー!!!!!!」

 半泣きで叫びながら、俺は必死に足を動かす。

 「ネコノコ! 今!」

 ドラゴの合図とともにネコノコが蹴りに蹴って倒れる寸前まで用意していた巨木をハイキックで蹴り倒す。巨木は、メキメキと鈍い音を立てゆっくりと傾いていく。

 倒れる巨木に向けて全力で走るアルジ。

 タイミングを合わせるためにネコノコから借りた能力を調整して、スピードを変えて走る。

 「この調子だといいタイミングで挟めるはず、頼む成功してくれ」

 倒れる巨木まで10メートル、5メートルと近づく、アルジはそのまま木が倒れる寸前で駆け抜けた。

 「よっしゃ! 足音の距離的に完璧!」

 しかし、木と地面の間には何もいない。

 「粉々につぶれちまったか?」

 成功を確信していたアルジにドラゴが声を上げる。

 「アルジ! 木の上!!」

 狼は倒れる木を寸前でかわして、木の上からこちらを見ている。明らかに最初よりも目が殺意であふれ、よだれもドバドバ出ている。

 この作戦には欠陥があった、狼の知能を完全に無視していたこと。魔獣だからってかわす知能くらいはある。

 「全然だめじゃねえかああああああ!!!!」

 俺は再び全力で走り出す。もう足が棒切れみたいに重い。息も上がり、のどが焼ける。

 「なんでまた俺なんだ! やばいやばいもう体力が持たない!」

 「アルジ! 火! 火が出てる!」

 アルジはパニックになり走りながらドラゴから借りた蒼炎のスキルをまき散らしながら走っていた。

 アルジは血を飲むことによって、その対象のスキルを再現することができる。血の摂取量によって使える時間が変わっていく。同時に2つまでのスキルを併用することができる。

 そんな説明をしている間に、アルジが走ってきた道は青い炎の海になっていた。

 「ドラゴ! もう燃やせ! 全部!」

 「燃やす!?」

 「作戦変更だ! この森ごと全部燃やして、なんとかなれ作戦だ!」

 「宝まで燃えたらどうするの!」

 「知らん! 何とかなる! それよりも俺がやばいいいいいい」

 「やばいのはあんたの頭でしょ! 全部燃やしてって言ったのはアルジだからね!」 

 ドラゴは言われた通り、木に手を当てスキルを使って燃やしていく。

 さすがの狼もアルジのやばさ――ではなく炎に仰天して別の方向へと離れていく。

 「アルジ」

 ネコノコの合図によって、再び三人集合して、もと来た道を帰っていく――ことは当然できないのできとうに一直線に走って逃げる。

 ある程度のとこまで走ったアルジ達、後ろを振り向けば、少し遠くで大炎上。近くの国があればほおっておかないだろう。

 「どうすんのあの火災は? 大火災だよ」

 ドラゴが当たり前なことを聞く。

 「知らん、このまま帰るか」

 「帰るって宝はどうすんのさ!」

 ドラゴの言う通り宝は気になるが、狼がどうなっているかわからないし、それにこの炎の海に突っ込むのもなあ。

 「あいつ、鍵穴の木まで戻りに行ってた」

 「鍵穴に? 逃げなかったのか?」

 誰かが意図的に用意した首輪に、鍵穴の木……もしかするとしつけ的に鍵穴から離れられないとかか?

「なあドラゴ、普通の魔獣があの日の中で取り残されたとしたらどうなる?」

 「死ぬ」

 「ドラゴ、お前だったら?」

 「死なない」

 「決まりだな」

 「ねえ。うそでしょ? まさかなんてことは言わないよね」

 「その通り、言ってこおおい。宝が気になるんだろ? じゃあ行くしかないな。一人が嫌なら血を分けるだけで俺がついてくるぞ」

 「それはいらない」

 「……」

 「任務は簡単、死んだ狼から鍵をいただいて、木の鍵穴にさして中身を持ってくるだけ」

 「簡単に言わないでよね、するのは私なんだから」

 迷子にならないよう、詳細に森の中の道を書かれた地図を使って鍵穴の正面まっすぐ往復するだけで帰れる位置まで移動して、作戦を始める。

 「いってらっしゃい」

 「ちゃんとここにいてね、移動しないでよ?」

 「そんな体力はないからご心配なく」

 「絶対だからね!?」

 心配性なドラゴを見送り、ドラゴはすたすたと慎重に森の中を歩いていく。突然暇になった二人。

 「ネコノコ、俺の作戦はどうだった?」

 「馬鹿だと思う」

 「どっちが?」

 「どっちも」

 「まあ結果的に見れば成功だったんじゃないか? ドラゴが帰ってくれば」

 「フラグ?」

 「違う」

 そんなどうでもいい会話をしているうちに狼の近くまで近づいていくドラゴ。

 「あの二人、移動してないでしょうね、帰ってきていなかったらお宝全部ひとり占めするんだから」

 「もし狼が火属性に体制があって生きてたらどうしよう」

 そんな不安もあっけなく、狼のところまで来ると、最初に見たように鍵穴の木の前で狼は寝ているように死んでいた。一本だけ燃えずに残っている木は神秘的な輝きを放っているように見えた。

 「この木だけ燃えていない……やっぱり、この木とこの子は地図を残した人が意図的に用意したものだったんだ。だとしたら少しかわいそうかな。もらうね、鍵。まあすぎちゃったことは仕方ないし、それよりも――何が入っているのかなっと」

 ドラゴは狼から鍵を丁寧にとり、巨木の鍵穴へと鍵をゆっくりはめていく。

 恐る恐る中をのぞくと中には封筒のようなものが立てかけてあった。

 「これ、封筒って奴だっけ、一度見たことがある気がする。それよりもこれが宝? なんだか味気ないなあ……でもまだ中になに入ってるかわからないから落ち込むのはまだ早いか。ひとまず、中身はお楽しみにしてひとまずアルジとネコノコのとかまで戻ろうかな」

 少しして待っていると、ドラゴと思わしきシルエットがだんだんと鮮明になって見えてくる。

 「お、勇者様が帰ってきたぞ」

 「誰が勇者だって? いろいろ怖かったんだから!」

 「はいはい。で、宝とやらは見つかったか?」

 「これ」

 ドラゴはアルジに木の中で見つけた封筒をアルジに渡す。アルジは封筒の中身をガサっと思いっきりだした。

 中から出てきたのは五枚の紙だった。

 「これは……成長紙スキルアッパーだな」

 「成長紙って何?」

 「成長紙っていうのは何かを習得したいときに使う便利アイテムだ。例えば、ネコノコも最初、言語を覚えるために言語取得の成長紙を使ったんだぞ」

 「へえ、そんな便利なアイテムがあるなんて知らなかったよ」

 「結構レアだからな、ネコノコに使う時だって、アルダンに黙って使ったからばれたとき、めちゃ怒られた」

 「黙って使うからでしょ……それで、今回の成長紙はなんの奴なの?」

 「これは、ランダムスキルアップって書いてある。しかもどれも一緒だ」

 「ランダムスキルアップってどういうこと?」

 「俺に聞くなよ、とりあえず使ったらわかるだろ。五枚あるけど三人で一枚ずつ分けることは決定として、後二枚どうするよ」

 「、一枚はいただくけど私はどっちでもいいよ。アルジ弱いんだからもう二枚使いなよ」

 「私も同意」

 「はっきりというな! でももらえるものはもらって損はないからな、ありがたく使わせてもらうな」

 「成長紙ってどうやって使うの?」

 「それはな……こうやって」

 アルジは成長紙を持ち、逆の手で服をめくり、直接腹に成長紙を当てて見せた。すると成長紙が光り、腹の中に吸い込まれるように溶けて消えていった。

 「直接肌にあてて使うんだ」

 「へえすごい! こんな技術があるなんて……アルジあっち向いて」

 「はいはい」

 ドラゴとネコノコも同じように腹に成長紙を当てて、使用していく。アルジもまた、二枚とも使っていく。

 まあ腹じゃなくて背中でもいいんだがな。

 使用を終えた三人は再び顔を合わせる。

 「なんか変わった感じする?」

 「いいや」

 「変化という変化はかんじねえな」

 「少し残念……でもこういうのってふとした時に感じるもんだから!」

 「ちょっと興ざめだが、宝はちゃんとあったしこれで納得して帰るか」

 「そうだね」

 アルジとドラゴが立ち上がった時、ネコノコが封筒の中から、もう一枚の紙を引っ張り出した。

 「アルジ、これ」

 「これ……また同じような地図じゃねえか!」

 「また!? 場所は? ええとどこだろう、さすがに私もここら以外は分からないなあ……レイさんに聞いたらわかるかも」

 「とにかく、また地図ってわくわくするな! もしかして次の場所に行ったらまた地図が出てくるかも!」

 「それはあり得るね、ひとまずこれは持ち帰ってまた出発しよう」

 「そうだな、ネコノコも付き合ってくれるか?」

 「アルジがいいなら」

 「決まりだな」

 放火魔一同は、振り返れば炎の海ということも忘れて、うきうきと森を出ようとしているのであった。

 「脱出ー!」

 「久しぶりに森以外の景色を見た気がするな」

 疲れたアルジは座り込み、ネコノコは体を伸ばして、リラックスしている。そしてドラゴが口を開く。

 「ねえ、みんなここ……どこ……」

 ドラゴの発言に背筋に冷たいものが走った。

 アルジとネコノコが地理を知っているはずもなく完全に迷子になっていた。

 「どうすんだよ!  ドラゴが頼りなんだぞ!」

 「そんなこと言われたって知らないよ! 勝手に道案内担当にしないでもらえますうう?」

 アルジとドラゴが言い合いをしているときに、ネコノコがとあることに気づく。

 「二人とも、あれ」

 ネコノコがさす目線の先には、馬のようなものに乗った、人らしきシルエットが大勢こちらに向けてやってきている。

 「なんだ、あれは?」

 「もしかして森林火災にしたから調査が来ているんじゃ……」

 ドラゴがつぶやいたことで森を燃やしたことを思い出すアルジ。

 「逆にチャンスなんじゃねえか? 我々の住処が燃えたことにして、あの人たちの国に案内してもらおうぜ」

 「なに言ってるのアルジ!? あの人間たちの国が魔族反対だったらどうするの? この場で殺されちゃうかもだよ!?」

 「何言ってんだよ? 人間に殺される? ないない。もし逆らってくるようならネコノコ様が黙ってないぞ」

 アルジは能天気に笑いながら言う。

 「あんたは知らないかもしれないけど他の国の人間は強いからね? 私たちの村みたいに子供か老人かくらいしかいない村とは規模が違うんだから」

 「え? マジか」

 「あんたって本当に何も知らないんだね……だからここは隠れて一時しのぎをするか、さっき言ったように住処ってことにして行き場をなくしたふりをするか……

 ドラゴはアルジの知識のなさに嘆息しながらも、今後の展開について思慮する。

 「人間ってねこのことどっちが強いんだ?」

 「一般的な人だったら当然ネコノコのほうが強いけど、百戦錬磨の兵士だとどうだろう、さすがにネコノコのほうが強いと思いたいけど数が多いと骨が折れるよ」

 「私は人間なんかに負けない」

 「なるほどな、じゃあ大丈夫だな。作戦は行き場失っちゃった魔族作戦で行こう」

 「あなたのネコノコに対するその絶対的な信頼はどこから来るのよ! 戦闘になったら身代わりにもならない隠れてばっかのヘタレのくせに!」

 「ヘタレは言いすぎだろ! 魔獣相手にならまだしも人間くらいなら戦えるわ! 余裕ーっで!」

 ドラゴとアルジがくだらない言い合いをしているとき、大きな足音が響き、馬に乗ったシルエットがはっきりと見えてくる。

 馬に乗っている男たちは日々鍛えられてるとみられる肉体を鎧の隙間からぎらつかせ、戦闘の男には右頬に何かしらの傷跡がくっきりと残っており、それが威圧感を増している。

 さっきまで吠え合っていた子犬はどこへやら、アルジ一同は男たちが来るまでちんまりとしていた。

 男たちはアルジ達の前で止まり、馬から降りる。数はおよそ10人くらいだろうか。今のところ殺意は感じないが初めて見る屈強な人間に対し、ひんやりとした汗が背中を伝う。

 「君たちは言葉を話せるか?」

 視線を合わせるように片膝を地面につけ優しい口調で問いかけてくる。

 「は、話せます」

 先ほどの余裕はどこへいったのか、明らかに緊張した面持ちでアルジが答える。ドラゴが顔を背けてにやにやしているのが腹立つが今は何もできそうにない。

 「私の名前はスーベルト。私達はリトコル王国から派遣された調査隊だ。君たちへ危害を与えるつもりはない。安心してくれ」

 あくまで低姿勢にやさしく接してくれている。ガキへの対応みたいな感じなのが癪だが、ここは優しさに付け入っておこう。

 「お、俺たちの家が! 仲間のコンタが暴れて森に火をつけやがったんだ」

 ドラゴがこいつ、って目で見てくるがドラゴならわかってくれるだろう。

 ほんと、変な設定持ち出さないでくれる? 予定もなしに合わせるのは大変なんだから。

 「私達、全員はぐれちゃって無事かもわからないの、それにこれからどうしていけばいいのか……」

 アルジの変な設定に合わすドラゴ。ネコノコは何を言ってるんだという顔できょとんとしている、無駄なことをいう性格じゃなくてよかった。

 「なるほどな……それは災難だったな。もし行き場がないなら少しの間だけでも我が国に案内しよう。今後の調査もかねて少しだけ協力してもらうが君たちのためだ、安心してほしい。」

 「分かりましたー」

 ちょろい。まったく人間はやはり愚かな人種だな。設定の続きを考えないといけないのが面倒だが何とかなるだろ。

 俺たちのような存在を予見していたのか後ろのほうでキャビンを付けた馬がスタンバっていた。

 アルジ一同はキャビンに乗り込み、リコラル王国とやらに連れていかれることになった。予定とは大幅にずれたことによってレイが心配するだろうが、文明が発達した国なら何らかの形で手紙とかを送ることができるだろう。

 「ほんと変な設定持ち出すのやめてよね、もしばれたらどうすんのよ」

 ドラゴがキャビンの中でささやくように怒る。

「知らねえよ! 燃やしたことがばれたほうがやばいに決まってるだろ。それにいい感じに進めば当分衣食住には困らないだろ? なかなかいい演技だったと思うぜ」

 「ほんと考えなしに行動しすぎ、私の能力を隠しながら生活しないといけないんだからこっちの身にもなってよね」

 そんな言い合いをしていると遠くから大きな外壁に囲まれた国らしき影が姿を現す。小さな村以外を見たことないアルジは少年のように目を輝かせ、でっけーとつぶやく。

 「あれが俺たちの国。リトコル王国だ。どうだ、でかいだろう」

 キャビンを積んだ馬を操縦している隊員が話しかけてくる。

 「こんなでかい国、見たことないです!」

 ドラゴが大きな声で返す。

「ほめすぎだぞー。この国では、衣食住が安定した暮らしをできるからな。もう森に帰りたくなくなると思うぞ。がっはっはっは」

 何ががっはっはっはだよ。なんだこのノンデリくそじじいは。燃えてるんだぞ。家が。

 大きな門を潜り抜けると中世ヨーロッパのようなモダンな街並みがずらりと並んでいる、正面には国中央にそびえたつ宮殿まで続く道がまっすぐと続いている。

 「あのでけえ建物に連れてかれんのかな」

 「そうだ! 王様が一度見てみたいとおっしゃったからな。一度顔を合わせてからこの国で保護する予定だ。」

 「保護って……子供かよ」

 「しょうがないでしょ? 私たちは家を失ったていでいるんだから」

 そんな会話をしながら気づけば王室の前までついた。

 荘厳な二枚扉が重々しく開かれると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。

 奥へと伸びる長い赤い絨毯は、中央の王座へまっすぐと続いており、両脇には整列する鎧姿の護兵たちが無言で立ち尽くしていた。

 壁は磨き上げられた白い大理石で覆われ、ところどころに金の装飾が施されている。天井は高く、漆喰に描かれた天使や獅子の壁画が、王国の威光を示すかのように見下ろしていた。

 巨大なシャンデリアが吊るされ、無数の燭台に火がともることで、昼間であっても王室は昼夜を問わぬ輝きを放っている。

 「失礼します。王様」

 屈強な男が先導して王室に入る。

 「おお! 来たか!」

 「はい。こちらが今回の魔獣の森火災で発見されたドラゴン族、吸血貴族、猫族のそれぞれの人格化持ちの三名です。まだこれらの――」

 「説明はさっき聞いたからよいぞ! それより君たちのスキルはなんだかね」

 王がそういうとドラゴがギクッと体を踊らせる。

 「俺は吸血。血を吸うと相手のスキルを使うことができる。隣のこいつは獰猛、身体強化する。で、こっちの奴は」

 「わ、わたしもネコノコと同じ……身体強化で、です」

 明らかにおどおどしたドラゴをみてニヤニヤするアルジ。ドラゴの肩に手を置いて言う。

 「あんまり緊張すんなよドラゴ、何かされるわけでもないのに」

 「だ、だれのせいだと思ってるの!」

 ドラゴは怒りと緊張のこもった声で囁くように起こる。

 「そうじゃ! わしの前で緊張など緊張の無駄づかいじゃよ! わしは威厳のない王で有名じゃからな! がはははは! それにワイルドキャットの人格化とは珍しいのお、ワイルドキャットの知能的に人格化持ちが生き残れる可能性は薄いからのお。わしの髪の毛ぐらいに! がはははは!」

 わあすごい、世の中のじじいは面白くないギャグを言うのが特徴だってレイの言ってた通りだ。それとワイルドキャットについても昔言ってた気がするな、人格化持ちは親に間違えられて殺されやすいんだっけ、そりゃ獣から生まれた子供が人の形に育つとは思わないよな。

 「どれ、その獰猛とやらを見せてみろ! 仮にその場でジャンプでもし――ひゃううッ」

 王が言い切る前に隣で何かが動く。隣にいたはずのネコノコがいない。ネコノコは見せてみろと言われた瞬間に王の目の前に距離を詰め、ダイレクトパンチした。

 「ちょおおおおい! ネコノコ!? 何やってるんだ!」

 王はギリギリのところでよけ、顔があったはずの椅子の背もたれは粉々に破壊されていた。

 「見せてみろと言われたから殴った。喧嘩売られたのかと思った」

 「ンなわけないだろ! どういう頭してやがる!」

 「……」

 ネコノコは護衛に剣を向けられてる状況でも私は間違ってないという面持ちできょとんとしている。

 「すいませんすいませんすいませんすいません!」

 ドラゴはひたすらに謝る。周りから剣を向けられた状況でここから許されるルートはあるのか?

 そのとき、床に転がっていた王が起き上がる。

 「剣を下ろせ。まあよい、あやまってるからのお! あやまって殴っただけに! がはははは!」 

 このじじい、相変わらずつまらないが意外とタフなじじいだな。あの距離で攻撃を食らっても気絶しない精神力にそれを許す寛大な器、なかなか大物だな。世の中の人間は全員このくらい寛容なのか。それとも……。

 「まあ、存分に見せてもらったからの! あとは好きにこの町で生きるといい。残りの君たちの仲間も現在進行形で調査中じゃからな! 安心せい!」

 そういえばその設定あったなと今思い出したがなんとか場は収まったようだ。少しの間生活できる資金をもらい、宿の場所だけ教えられ野に解放された。はじめよりも扱いが雑だった気もするが気のせいだろう。

 「さてと、野に解放されたわけだけどどうする?」

 緊張から解放されたドラゴが言う。

 「どっと疲れた気がするよ……私はもう宿に帰って寝たいよ」

 「それもそうだな、色々起こりすぎたわけだし、さすがに疲れたな。言われた宿に行って今日は休もう。ネコノコもそれでいいな?」

 「アルジがいいなら」

 「決まりだな」

 

 そうしてアルジ達一行は宿に到着して人息をつく、それと同時に気づいたこともある。

 「それにしても最低限すぎないか? 資金、明日飯食って寝ればもうねえじゃねえか!?」

 「確かにね。あんまケチな爺さんに見えなかったけどやっぱり殴ったのがいけなかったのかなあ」

 「少ないのはいいとしてこれからどうするよ」

 「どうするよってきまってるでしょ? 働くのよ!」

 「まあ、そうなるよな……じゃあ頑張ってくれな」

 「がんばってじゃない、あんたも頑張んだよ」

 「まじかよおおおおおおお!」

 アルジの咆哮とともにリトコルでの一日目は終わったのであった。

 次の日。

 ニートの朝は強い。が今日から働くニートの朝は弱い。布団にくるまって微動だにしない芋虫がまた一人増えてしまった。

 「いつまで布団にくるまってるつもり? 早く仕事さがして働かないと明日からご飯ないよ?」

 「俺は働かない! あの村でも働いたことがないのに働けるわけない!」

 「あっそ、じゃあそうやって一日中くるまってなさいよ。その代わりご飯は食べられないけどね。今なら一緒に三人で仕事探せるけど、今来ないなら一人だからね。ネコノコも早く起きて! 行くよ」

 芋虫仲間だったはずのネコノコはドラゴの掛け声とともにするりと布団から飛び出し支度を始めた。

 働きたくない。 働きたくない。働きたくない。働きたくない。働きたくない。うおおおおおおおおおお嫌だ!! ……けど今動かないと一人、一人か三人、心の安寧を取るなら……。

 アルジは葛藤の末、仕方なく準備をすることに。

 「やればできるじゃん! きっとアルジでもできる仕事があるよ」

 ニートが誰の力もなしで働けるようにはならない。誰かの助けが必ずしも必要なのだ。それに働かなくても仕方なしにご飯を分けてくれるだろうけどそんなヘタレにはなりたくない。ニートにだってプライドはある。だがそれ以上に魔王としてのプライドがある。たとえ草むしり魔王だとしても。

 宿を出て一日ぶりのリトコルの空気を吸うアルジ達。

 「なんか不思議な感じだね! 異世界にでも来たような気分だよ!」

 ドラゴが体を伸ばしながら真新しい世界の空気を大きく吸い込む。

 「田舎者が都会に出るとはこういう気分なのか……なんだか周りを見るだけでも疲れるな」

 「そのうち慣れるよ。さあ、アルジ一同! 仕事探しの旅、出発ー!」

 アルジ一同はリトコルの町を見ながら仕事を探す。リトコルは人間と人格化持ちの共存を目指す国だ。人間からも魔獣からも忌み嫌われていきた人格化持ち達を積極的に保護し、公平な立場での共存が実現している。特に珍しいのがリトコルの王が人間なことだ。基本シンプルな武力勝負で人間は人格化持ちにはかなわない。この共存が実現したのは王が少しづつ積み重ねてきた信頼のたまものなのだろう。

 そんなアルジ達にとっても都合のいい国で壁に貼られたチラシをめぐっていく。ドラゴが先導し、アルジとネコノコはそれに続いて付いて行っている。

 「クッキー屋さんの手伝い! 接客から品出しまで! どう?」

 「クッキーってなんだよ」

 「クッキーはお菓子だよ、サクサクしてて甘くておいしいの」

 「キャラじゃねえ、次」

 「ネコノコはどう?」

 「クッキー。我慢できるかわからない」

 「ダメ! 次!」

 ――――。

 「ケーキ屋さんのお手伝い! 初心者歓迎! 未経験でも大丈夫! どう?」

 「ケーキってなんだよ」

 「ケーキは洋菓子だよ、ふわふわしてて甘くておいしいの」

 「キャラじゃねえ、てか甘い食べ物の店ばっかじゃねえか! お前の趣味に寄ってんだよ!」

 「たまたまだって、ネコノコはどう?」

 「ケーキ、我慢できない。」

 「ダメ! 次!」

 「ちょっと待った。ネコノコ、食べたことあるみたいな言い方だけどこんなの俺たちの村にはなかっただろ? 何で知ってんだよ」

 「レイにもらった」

 「いつ!?」

 「まあ、いいから次!」

 「いつ!?」

 ――――。

 「屋菓子屋さんでのお仕――」

 「次。」

 「ちょっと!」

 「ドラゴ、お菓子ばっかじゃねえか! 寄るだけ寄って働かねし食いたいだけか!?」

 「ごめんって。働こうとしてないわけじゃないよ? 何というかピーンとこないというか」

 「ネコノコ先導してくれ」

 「……ん」

  ――――。

 「鍛冶屋の手伝い、根性あれば誰でもできる。これ」

 「根性論持ち出す野郎は碌な奴がいない。次」

 「そんなことないでしょ、敵増やす発言しないの」

 「根性論好きか?」

 「ちょっとだけ」

 「働いてこーい!」

 「暑苦しいのは嫌! 次!」

 ――――。

 「調合師の手伝い。人飲山の頂上に咲く人吐草を取ってくるだけ。これ」

 「調合師、人飲山、人吐草。どれも怪しい名前ばっかだから関わらない。次」

 「ネコノコ、こういうの得意だから行ってくれば?」

 「人飲山は一度はいれば出られないといわれている山。」

 「……」

 「人吐草は匂いをかぐだけで吐き気、めまいなど様々な――」

 「ダメ! 次!」

 ――――。

 「ケーキ屋さんのお手伝い 初心者歓迎 未経験でも大丈夫。これ」


 「戻ってきてんじゃねえか! だめだ俺が先導する」

 「歩いて疲れちゃったよ、このケーキの店で休憩していかない?」

 「食べたいだけだろ、だめだこのままじゃ日が暮れちまう。ネコノコも行くぞ」

 アルジに声をかけられたネコノコは店内のケーキをのぞき込んで微動だにしない。

 まるでアルジの声は耳に届いていないようだ。付き合いの長い俺にはわかる。この状態でほおっておくと欲求を満たすまで好き放題し始めてしまう。魔王に殴りかかって町で暴れるなんて追放待ったなしだ。

 「少しだけだぞ」

 「うれしい」

 アルジは頭をかきながらやれやれとした態度で店の扉を開ける。ネコノコとドラゴはうきうきと足取りが軽くなっている。

 店内に入ると、外の時代錯誤を忘れるほどの甘い香りが一面に広がる。天井にはシャンデリアがつるされ、壁際にはゴシック様式を思わせる彫刻が施された棚。その棚には鮮やかなマカロンやイチゴを乗せたショートケーキ、ガラスのケースにはチョコレートムースやモンブランが並び、歩き疲れたアルジ達とってどれも宝石のようにきらめいて見えた。カウンターの奥では白いコック帽をかぶった職人が忙しなくクリームを絞っている。中世の町では似つかないステンレスの調理台と、銀色に輝くオーブンが魔法のように動き、ん? 今、奥の人魔法使わなかったか? まあいいか。まるで現代のパティスリーそのものだった。

 「じゃあ、私はモンブラン、アルジとネコノコは?」

 「この白い……ショートケーキで」

 「私もアルジと同じ奴」

 「了解」

 ドラゴは棚にガラスケースを開け、モンブランを取り、棚に並んでいるショートケーキを二つ掴んでカウンターにもっていく。

 「店内でのお召し上がりですね、料金は千二百ゼニーとなります」

 会計を終えたドラゴは店の壁際に席を取っているアルジとネコノコの席に届けに行く。

 「はいよー」

 ドラゴは机にケーキを置き、アルジとネコノコの対の席に座る。

 「お疲れー」

 「ありがとう」

 「どうするよ、今まででなんか気になった仕事はあったか?」

 「私は調合師の――」

 「それはダメ! うーん何もないならお菓子屋さんのどれかで働こうかな……!」

 ドラゴはケーキを食べながら壁に貼ってあったチラシを指さしてテンション高めに言う。

 「これいいじゃん! わたしここで働こうかな!」

 壁に貼ってあったチラシには魔族募集! 人格化持ち保護施設でのお手伝いと書いている。

 「私村の子供たちの世話とかしてたし、子供好きだからここで働くことにするよ」

 ドラゴはササッとケーキを平らげ、チラシに書いてあったマップを見るにすぐに駆け出してしまった。昔から決まったことはすぐに行動する癖があるのがドラゴだ。別に止めはしないが三人で仕事を探すという話はどこへ行ったのやら。ネコノコがいるからいいけど。

 「いっちまったな」

 「行動が早い。ゆっくりしていけばいいのに」

 「だな。それはそれとして俺たちもどうするよ、なんかしたい仕事とかあるのか?」

 「山の草を取りに――」

 「それはダメ。なんでそんなに固執してるんだよ」

 「人間がいなくて身体能力を生かせるのがいい」

 「意外と考えてるんだな、でもいつも人を避けて体を使ってばっかじゃあ経験が生まれねえなあ」

 「アルジに言われたくない」

「……とりあえずまた歩いてみようぜ」

 アルジとネコノコはケーキを食べた後、再び町を散策し始める。もちろんアルジが先導して。

 「これとかいいんじゃねえか? 獣人メイド喫茶でのお手伝い! 人格化持ちの獣人で可愛さに自信がある人募集!」

 「メイド喫茶って何?」

 「メイド喫茶はかわいい人たちにもえもえきゅんってしてもらうやつだ」

 「アルジ、変な知識だけ持ってる」

 「レイから聞いたんだよ、レイが昔いたところでは定番だったらしい」

 「人間と関わりたくないから嫌」

 「獣人メイド喫茶だから大丈夫、嫌いな人間はいないよ」

 客側にいないとは言ってないけど。

 そういうことでネコノコをメイド喫茶に送り出したところでアルジはまた街を歩きだす。そして気づいたこともある。

 結局一人になってんじゃねえかあああああああああ!

 つい叫んでしまった。心の中で。頭を抱えてうずくまるアルジ、そんな挙動不審な行動をしているアルジに声がかかる。

 「ちょっと大丈夫? さっきからうろうろしてなにか探しているのかい?」

 あまりの怪しさになのか、白髪交じりのばあさんが心配して話しかけてきた。

 「仕事を探している、いい仕事がない。何なら手伝いでもいい。とにかく働いたという実績が欲しい」

 あまりの必死さに言葉が片言になるが思いは伝えられたはずだ、そしてこういう時に話しかけてくる人間は実はすごい人だってテンプレだ。俺はこのままこの人に仕事を紹介されて――。

 「なるほどね、手伝いでもいいなら少し手伝ってくれるかい?」

 来た! これは勝利への誘い! 間違いないテンプレは最高だ。

 「やらせてください! やれることなら何でもやります!」 

 威勢よくやる気アピール。働いたことはないがやる気を見せておけば好印象だろう。さて何が待っているのやら。

 アルジはばあさんに連れられて家まで案内されるそして紹介された仕事は――。

 俺が今何をしているかって? 草むしりだよ。どうして草むしりをしているの? わからないよ。過去に戻ったの? わからないよ。

 自問自答が止まらない、やはりどこへ行っても俺は草むしりをするようなちっぽけな存在なのか。どこへ行ったんだ俺の勝利のテンプレ……家庭教師してって言われてかわいい娘さんとつながるんじゃないのか、家庭教師はできないが。何かしら問題を解決して、秘められた宝をもらったりするんじゃないのか、問題は解決できないが。どうしていつもこうなるんだ。二人は立派な店で働いているというのに。俺だけ草むしりですか! 村でもやりましたわ! いやむしろ村の通りかもしれない、いままでわかってなかっただけで村と同じ状況かもしれない。そんな言葉が擁護になるなんてなんてみっともない。もう考えるのはやめよう。

 

 ネコノコはアルジに連れられて流れるまま獣人メイド喫茶に来ていた。

 扉を開けると甘い香りと同時に「お帰りなさいませ」という明るい声が耳を打った。

 店内はまるで中世の洋館を思わせる造りだ。天井からは小さなシャンデリアが光を散らし、壁にはゴシック調の彫刻が施されている。赤い絨毯が通路を走り、丸い木のテーブルには純白のクロスがかけられていた。メイドたちは黒と白、緑と白、など人によって分けられたエプロンドレスを身にまとい、天然物の猫耳にリボンで彩られた姿で忙しなく動き回っている。その一挙手一投足がかわいらしさを演出していた。

 

 「君が新しい新人さんだね、いらっしゃい。いや、お帰りなさい」

 そう話しかけてきたのはふくよかな体つきの中年女性だった。

 「新しい新人……?」ネコノコが首をかしげると、彼女は笑って答える。

  「私はオーナーのメイドル、今は手が離せないけど、休憩時間になったら奥でお話しましょ、少し待っててね」

 メイドルは店主でありながら料理を担当している。見た目は正直おばさんだが、かわいいが好きなんだろう。身だしなみでわかる。いや、メイド喫茶だからか。

 少しして休憩時間に入る。朝は10時から2時まで、午後は5時から22時まで営業しているらしい。

 「あなたが新しく応募してくれた子猫ちゃんだね、名前はなんていうんだい」

 「私はネコノコ、ワイルドキャットの人格化持ち」

 ネコノコは子猫ちゃん呼びに若干さ殺気がたったが王室で暴れたことを引きずっているのか慎重に対応する。

 「ワイルドキャットの人格化持ち! うちにも一人いるわよワイルドキャットの人格化持ちが! ちょっと呼んでくるわね」

 メイドルは興奮した面持ちでもう一人の娘を駆け足で呼びに行った。ネコノコはふーんとした表情で無関心を装うが、尻尾が少し揺れているのを隠せない。

 「ほらこの子、名前はフィグよ、あなたと同じワイルドキャットの人格化持ちの子」

 メイドルが連れてきたのはネコノコと瓜二つとまではいかないが目を細めればどちらか区別できないほど似たお揃いネコだった。一つ違うのはネコノコは黒毛に対してフィグは茶色の毛並みの少女だった。

 「ほら自己紹介して」

 「は、初めまして同じくワイルドキャットの人格化持ちのフィグです! 今日からよろしくお願いします!」

 ネコノコは品定めするかのようにフィグを睨む。ただしっぽが揺れているので嫌っているわけではなさそうだ。

 「これから私がお客さんになるから、フィグがネコノコちゃんにお手本を見せてあげて」

「わ、わかりいました、ネコノコさん、こちらへどうぞ」

 ネコノコは黙ったまま、純白のクロスが敷かれた丸いテーブルの客席へ案内される。

 「あ、そうだ! 「お帰りなさい」から始めないとね」 

 「お帰りなさい……?」

 「ええと、本来のお店ではいらっしゃいませっていうのが基本ですよね?」

 「知らない」

 「えと、普通のお店はいらっしゃいませっていうのが基本なんですよ! ですがメイド喫茶ではお帰りなさいって言ってお客さんをもてなすんです」

 「なんで」

 「それは、コンセプトとしてこのお店はご主人様のお屋敷ということになっていて、だから、お店に入ることすなわち自分の家に帰ってきたって認識なんです!」

 「それは興味ないけどお帰りなさいって言えばいいね」

 「きょ、興味ないんですね……まあとにかく、お客さんが入ってきたら、お帰りなさいませ。お客さんのことはご主人様と呼んでおもてなしが終わって、お客様が店を出る時にはいってらっしゃいませと言うんです」

 「なんで」

 「言っても興味ないでしょう! とにかくそういうことになってるんです!」

 ネコノコがフィグの対応ににやりと口元を緩ませる。

 「そういうこと! じゃあ入ってくるから、しっかり頼むわよ! ネコノコちゃん」

 「ちゃんって呼ぶな」

 メイドルが一度外に出て再び店内に入ってくる。そして

 「ただいまあー」

 「ほら、ネコノコさん今ですよ」

 フィグがネコノコの脇腹を肘でつつき耳元でささやくように言う。

 「お帰りなさいませ」

 「ご主人様も」

 「ご主人様」

 「完璧~かわいらしくていいわ~。じゃあ次は客席へ案内してちょうだい。うちはチャージ料金を取っていないからわかりやすいはずよ、心配しなくてもすぐに覚えられるわ」

 「心配してない」

 「見ていてくださいね、ネコノコさん」

 「……ん」

 「お帰りなさいませご主人様。本日は何名でいらっしゃいますか?」

 「おひとりよ」

 「この時にメニューやドリンクの説明をします。ここは覚える必要があるので今日は大丈夫です。次にお客様のご注文が決まると呼ばれるので呼ばれたら、ご注文は何ですか? と聞きます」

 「このパフェをひとつお願いするわ」

 「とメニュー名を言うのでこのメモにチェックを入れて、ご主人様のために心を込めておつくりします。などと言って厨房にもってきてください。商品を届ける際は、お待たせいたしました、ご主人様のカフェラテです。って感じで届けます。以上が一通りの流れですね。わかりましたか?ネコノコさん」

 ネコノコは情報量の多さに圧倒されてるのか、聞いていないのか。ぼーっとした表情でふぃげを見つめている。

 するとメイドルが両手を絡めて言う。

 「ダメ! 一番肝心なところが抜けてるわよ。おまじないしてくださ~い」

 「そうでした! ネコノコさん、このようにおまじないを要求されたら、おいしくな~れにゃんにゃんキュンといいます」

 メイドルが言う「はい、ご一緒に」

 「美味しくな~れにゃんにゃんキュン」

 ネコノコは言葉の意味を理解していないのか、こういうのが平気なのか、恥ずかしさすらもこもってない声で言う。

 「かわい~い、うちは元気系で売ってたけどダウナー系もいいわ~~。じゃ、かえりま~す」

 メイドルが席を立ち、店の扉までうきうきと歩いていく。

 「今ですよネコノ……うっ」

 ネコノコが分かっとるわといわんばかりの肘でフィグの横腹を穿つ。

 「いてらっしゃいませ」

 「か~んぺき。これでもう働けるわね。改めてこれからよろしくお願いするわ。ネコノコちゃんっ」

 「よろしくお願いしますね、ネコノコさん」

 「……ん、よろしく」


 ネコノコは暴れていないか、ドラゴは順調にやれているのか、俺は何をしているのか。

 アルジはひたすらにおばさんの家の隅に生えた雑草を手で手動で抜いている。

 「こんなに発達した国でも結局機械の一つや二つもないのかよ! でかいだけで俺らの村と変わらねえじゃねえか」

 実際には機械はあるものの細かな雑草には使えないので手動である。

 愚痴をこぼしながら草抜きをしていると背中からグイッと倒される。

 「おい、お前、ちょっとツラ貸せよ」

 「おおっとっ」

 アルジは肩を後ろに引っ張られバランスを崩し、肩をつかんだ者の姿をとらえる。

 「お前、先日森の火災で逃げてきた魔物だよなあ、気になることがあるから話聞けや」

 「は、はひ」

 話しかけてきたのはいかにも強面で美人なお姉さんだ。赤味の入った茶色い髪を後ろで結び、髪は中央で分けている。

 「私はアカイシ、調査隊のスーベルトから聞いたんだけどよお、まだお前ら以外の人格化持ちの魔物が一人も見つかってないらしいなあ? これはどういうことだ?」

 高圧的にアルジに問いかける。これは圧迫面接というやつなのか。とにかく怖いぞこの姉ちゃん!

 「し、知りませんよ。森の逆側に逃げたかもだし、森は広いから、まだ数日しかたってないし見つかってないだけじゃないですかっかか?」

 「何を隠してやがる? そもそもあの青い炎、魔物のスキルじゃねえと発生しないだろうが、お前の仲間の誰かが森に火をつけたのは間違いないよなあ?」

 「い、いえ知りませン。青い炎を使えルヒトナンテ」

 「動揺しまくりじゃねえか! 言え、今言ったら命だけは許してやる。今後、もし本当のことがばれたら……どうなるか、わかってるよな?」

 怖いがさすがに言えない、燃やしたことがばれたらどうなるか分かったもんじゃないここはどうにか言い訳して逃れないと……。

 「すみまええん!! 私たちがやりましたあああ!!!どうか命だけは許して下さああい!!!!」

 すべてをぶちかましたアルジに鼻でフッと笑い土下座しているアルジのケツをひったたいてアカイシは言う。

 「よく言った! この軟弱物が!! いや何言ってんだよ!! この軟弱物が!! うそをつくなら隠し通せ、仲間がいるならなおさらな!」

 「すみませええん、どうしようもなかったんです。あれで精いっぱいだったんです」

 「燃やした犯人が見つかっただけで、殺したり、国から追い出すってことはねえから安心しろ。むしろ早く言ってくれねえから調査隊の無駄足じゃねえか」

 「は、はい」

 「まあいい、何があったか言ってみろ」

 地図のことは言わないほうが良いよな……でも言わなければ魔獣の森にいる理由がないし、どうしようか……いや、たいそうな理由なんていらない、それなら……。

 「もともと俺たちはネコノコとドラゴの三人で文明のぶの字もないような小さな村から来たんだ、それで村の役に立ちたくて、少しでも強くなろうとドラゴとネコノコに手伝ってもらいながら魔獣の森に行ったんだ」

 「強くなりたくて魔獣の森に? ハハッ! こいつらあ馬鹿なガキどもだな! それでどうなったら森が燃えるんだよ?」

 アカイシは顎に手を当てながら問う。

 「魔獣の森を進むと、森の長みたいな狼が居たんだ、そいつに目をつけられて一心不乱に逃げてたら……森が燃えてた」

 「あほか! 逃げるだけじゃ森は燃えねえだろ、もうここまで来たら怒ることもねえから言え。だれか三人の能力なんだろ? 誰だよ」

 「ドラゴの能力です。俺が終われてるときに木を引くために能力を使ったんだ」

 俺が一心不乱に能力を使いまくったなんて言えるわけないだろう。まるでしょんべんまき散らしながら逃げるガキみたいじゃねえか。

 「なるほどな、大体わかったぜ。この件は上に報告しておくからな」

 その言葉にアルジはびくりと体を動かす。

 「心配すんな! 別に犯人が分かったからってなんかの罪に問われるわけじゃねえよ。それに魔獣の森はリトコルの私有地ってわけじゃないからな。どちらかというとおまえら魔物の生息地だしな。それよりもお前強くなるためにって言ったよな?」

 「はい……いいました」

 「それならあ、いい提案があるんだが」

 これはもしかして私が教えてやるよってやつか?

 「私が教えてやるよ」

 一言一句! これはいい展開! 草むしりからエリートリーダーの弟子へ出世ルート! 二人には働けよって突っ込まれてしまうかもしれないけど強くなるなら目をつむってくれるだろ。

 「よろしくお願いします!」

 アルジはすぐさま立ち上がり角度90度の完璧な角度でのレイで対応する。

 「潔しやあ心よし! じゃあ、準備するからついてきな」

 「はい! 師匠!」

 アルジは軍手を外して草と一緒にその場に置いて行く。ばあさんに申し訳ないが、いやむしろ無償で少し草をむしってやったんだ感謝しな。

 アカイシは行きつけの鍛冶屋で剣を二つ貰い、宮殿の近くの広場まで歩いてきた。

 「よし、ここで訓練をするぞ。もちろん毎日だ! 今日からよろしくなア!」

 「ま、毎日!?」

 「当たり前だ! 強くなりたいんだろう!? 日々やらずして何が成長するってんだア? そんな甘くねえ。この環境に感謝しな!」

 「はい! 師匠! 感謝します!」

 「まずは基礎からだ! 技を教わったところでそれを再現する技術がなければ意味ないからな。当分は素振りだ!」

 素振り? なんか地味だなあ。

 「今、なんか地味だなあって思った顔をしたな? 基礎をなめるな! すべては基礎の上にある!」

 「分かりました師匠!」

 「これを使え」

 アカイシはアルジに小さいバスターソードのような剣を渡された。

 「一発一発力を込めてこうだ!」

 アカイシは力ずよく剣を振り下ろす。それだけでも竜巻を発生しそうな力があった。

 「はい!」

 アルジも同じように剣を振り下ろす。まあ一日目だしな。

 「違う! もっと力ずよく! こうだ!」

 なんとなく口調や性格でわかっていたがもしかするとこの師匠、擬音系の師匠か? こう! だとかグンと! とか言うタイプの。

 そんなことを思いながら何度も剣を振り下ろすアルジ。

 「違う! もっとガツンと!」

 ガツンって言ったあああああああああ! 擬音系だああああああああああ! 

 先が不安だ。通常ガツンやしゅばッとじゃ人には伝わらない。

 「まあ一日目だしな、こんなもんだろう今日は50回、明日は100回! ペース合わせてやっていくぞ!」

 50回スタートなのか、意外と甘い。熱血根性論系に見えて意外とペースとか言えるたちなのか。

 そうして今日から修行の日々が始まったのだった。


 おいしくなあれにゃんにゃんキュン。

 今日からメイド喫茶で働くことになったネコノコは、ひとつの魔法を取得した。しかし相手は客だ。この魔法があれば、だれだって言うことを聞かせられるわけではない。

 「おい! このオムライスう! ハートが曲がってるぞオイ! 客舐めてんのか? あアン!?」

 「なんかうるさいのがいるけど」

 ネコノコが初めての迷惑客に困惑する。

 「また来ましたよあの客、最近、気に入ったのか週に4回来るようになって迷惑してるんです。 ネコノコさんああいうのは、相手のペースに飲まれたら負けです。見ていてください」

 表に出ようとするフィグの腕をつかみネコノコは言う。

 「私が行く」

 「ええっ! ネコノコさん、まだ対応の仕方わからないでしょう? 私が行きますよ」

 「対応の仕方は知らないけどああいうのの扱い方は分かる」

 そう言い残し、表に出ていくネコノコ。それを後ろから心配そうに見守るフィグ。

 ネコノコが客の目の前に立つ。

 「ああン? なんだてめえ見ねえ顔だな、新人か? さてはおめえがやったんだなこのオムライス! 歪んでんだよハートがこっちはわざわざ癒されに来てんだぞ!?」

 「おいしくなあれにゃんにゃんキュン」

 それは魔法の言葉ではないですよ! ネコノコさん!!

 「聞いてんのかてめえ? あまり舐めってッと――」

 客は立ち上がりネコノコの胸ぐらをつかもうとした。が掴まれるよりも先にネコノコの手が早かった。

 「うごふッ」

 ちょっと! ネコノコさん!

 ドガッと鈍い音とともに通り道に吹き飛ばされる客。

 「な、何が起こった……い、痛え、なぐられ……て! なぐられ……てめえなにしやがる!」

 「私に触るな人間。それに歪んだハートならあなたの心にぴったりだよ」

 「何言ってやがる! 店員が暴力なんてダメだろ! 多分いろいろとダメだろ!」

 「今すぐ席に座って静かにオムライスを食べるか、このまま店を出ていくか、選んでニャン?」

 いま、いらないですよそのかわいさアピール! やりすぎたって感じてるじゃないですか!

 「お、俺が悪かった、頼む! もうおとなしくするから一つだけお願いをきいてくれないか」

 「座って」

 立ち上がり席に座る客。

 「最後に美味しくなるおまじないをしてくれないか……いや、してください!」

 「おいしくなあれにゃんにゃんキュン」

 「いい感じに収まった感出てるけど殴ったのはいいんですか!? ネコノコさん」

 「触られたからつい手が動いた。サービスしといたから大丈夫」

 「だ、大丈夫なんですかあれは……」

 「もうしわけねえ……うぐっ、ありがてえ……ありがてえ」

 「まあ、なにか言いながら食べてますが改心したならいいでしょう……か? まあ、おまじないを欲したところを見ると愛のあるお客さんではあったのかな……?」


 「私は何事もなくやれてるけど二人ともうまくやれてるかなあ、心配だよ。ネコノコは問題起こしそうだし、アルジに至っては何かやれてるかなあ。テンション上がって一人で駆け出しちゃったけど申し訳ないことしちゃったかな。三人で仕事決まるまで回るべきだったかな」

 「ドラ姉、ご飯まだー?」

 「はいはい、今行きますよ」 

 心配だなあ。


 「よし、50回終わったな。お前は普段から運動しないタイプだろう、見ればわかる。初日にやりすぎると筋肉痛で明日からできなくなる可能性があるからな、じっくりと行くぞ」

 「はい、師匠!」

 今日は軽い運動程度で終わったが明日からきつくなりそうだ。ただこの師匠間違いない、熱血系に見えて結構ペース考えてくれる。ありがたい。それと馬鹿なことを言っているのは分かるが一つ提案してみよう。

 「師匠聞いてください」

 「なんだ? あらたまって」

 「俺たち三人、今は宿で生活していて、お金持っていないから働く場所を探していたんです。」

 「それで?」

 「俺も仕事しているときに師匠に連れられて、それで……今日分の稼ぎがないと仲間にやいの言われるんです。だから」

 「だから?」

 「師匠! お金ください!」

 「アホかあ!! あげるわねえだろ!」

 「すいません!」

 「教えてもらってるのに金くれだア? こっちのセリフだわ、教えてる側がもらうだろふつうは!」

 「もういいです!」 

 「そもそも草抜きが手伝いだア? ガキの手伝いじゃねえか! そんな手伝いだけじゃあ今日を乗り越えられる額も出ねえだろうが、そんなんじゃいつまでたっても――」

 「もういいもういいもういいもういい!」

 「だが、本当に困ったら言え。その時は考えてやる」

 「……! ありがとうございます師匠!」

 「解散!」

 「はい!」

 そうして今日の訓練は幕を閉じた。もしかしてもしかするとあの人ちょろいのでは?


 「ただいまあ」

 「おかえり、アルジ」

 「お! お帰り、仕事は見つかった? ごめんね、放棄して駆け出しちゃって」

 「いや、いいんだ、俺もいろいろあったけど何とか形になったし」

 「それじゃ、三人そろったし、今日の報告会しますか!」

 「ういい、先にシャワー浴びてくる」

 「テンポわるいねえ」

 「うっせ」

 シャワーを浴びて帰ってきたアルジ、ベッドに寝転んだまま報告会が再開される。

 「私から言うね! まず仕事の前にこの宿のことだけど、話が回ってから、宿代が無料になったよ」

 「おお! いいじゃねえか」

 「昨日払った分は帰ってこないけど寝泊まりするに限れば安定した場所を手に入れたね、なんか長居する雰囲気出てるし、何かあるまでは当分ここで過ごそうかなと思うよ」

 「レイが心配する」

 「ネコノコの言う通りなんだけど、それは今後どうにかしたいと思う、今はどうにもならにかな。村の場所を知らせるのもなんだか怖いし」

 「そうだな、レイだし何とかなるだろう」

 「そうだね、で、私は知っての通り、何の問題もなく保護施設で働いてるよ。特にいうこともないかな、子供たちはわがままで少し大変だけど、問題はないよ。ネコノコは?」

 「私はメイド喫茶で働いてる」

 「メイド喫茶!? すごいところ選んだね」

 「アルジに連れられて入った。私も特に問題はない」

 「本当に~? 人間たたいたりしてないでしょうね」

 ネコノコが目線を逸らす。

 「え、冗談よね?」

 「俺は、アカイシって人の弟子になった」

 「弟子!? あんた何してんの、仕事はどうしたのよ」

 「知らねえ、俺は最初ちゃんと手伝いしてたんだ! そしたらいきなり、あ、そういえば森燃やしたことばれた」

 「ええええええ! なんでよ! あんた言ったんでしょ! どうせ高圧的に言い寄られて泣きじゃくりながら言ったんでしょ!」

 「泣きじゃくってねえよ! 最初からばれてたんだ、でも特に罪は課されないってよ」

 「よかったあ……これでもうスキルを隠さずに生活していいんだね」

 「そういうことだ。まあ三人ともやることは決まったんだ。この調子で資金をためて、準備が整ったらまた地図の続きを調べようぜ」

 「そうだね! これでひとまずは安定を得られるかな。じゃ、みんなご飯食べて寝ようか」

 そうして今日のご飯は宿についている食事をいただいて寝ることにした。

 何か忘れているような……いや、気のせいだよね。


 リトコル三日目。

 昨夜うやむやにして追随を逃れたアルジは今日も修行の日々である。

 「もっとキレよく! シュバッと振り下ろせ!」

 「はい!」


 「子猫ちゃん僕と一緒に来ないか?」

 「い、いえそういうのはやってませんので……」

 「ネコノコさん、あれはまた違ったタイプの迷惑客ですよ、ああいうタイプはこうやって対応するんですよ。見ていてください」

 表に出ようとするフィグをまたもや抑え、ネコノコが言う。

 「私が行く」

 「またですか!?」

 「ああいうのの扱いも得意」

 「前回たまたまいい感じに収まっただけでネコノコさんのトンデモ行為が今回もうまくいくとは限りませんよ!」

 「大丈夫」

 と言い残し、迷惑客の前で困っているほかのメイドを下げさせる。

 「おや、君が僕の相手をしてくれるのかな? 残念だけど僕の目は厳しいよ。君のいいところを探してみようか。」

 「おいしくなあれにゃんにゃんキュン」

 だからそれは全対応の魔法の言葉ではないですよ! ネコノコさん!

 「おっと、いきなりありがとう。でも少し思いが足りないね。それに君少しリボンが曲がって――おぼぼばぼびぼば」 

 水を客の頭からかけるネコノコ。

 「私に触るな」

 だからって水をかけるなんてやりすぎですよネコノコさん!!

 「ハーッハーッ君、なかなかハードだね、この新しい体験をありがとう、なかなか悪ハクション! なかなか悪くな――ハクッション! 悪くなかったよ。でもこのままじゃ風邪をひいてしまいそうだからここらでお暇させていただくよ。アデューー!」

 「お客さん! 支払いを!」

 「ネコノコさん! やりすぎですよ! それに水がもったいないし……でも今回も迷惑客退治成功しましたね! お手柄です! ネコノコさん」

 それでいいのかという感じはするがニコニコで感謝するフィグ。それに対しネコノコは偉そうに「私は人間を……いや、役に立ったならいい」

 「大手柄です! ネコノコさん、これからも迷惑客退治、よろしくお願いしますね」

 「うん」

 そうして、いずれこのメイド喫茶はハードな対応をしてくれるメイドがいるという噂が流れ迷惑客が急増したという。


 「ちょっと角嚙まないの!」

 「ドラ姉、ご飯まだ~」

 「はいはい、今行くからね~」


 そうして一か月が経とうとしていた。


 「終わったな」

 「はい。師匠!」

 「もう初めて一か月か、素振りと足の使い方が形になってきたし、次のステップに行くかなあ」

 やっとか。一か月、素振りと擬音だけで耐えてきた俺の基礎は、ガチッと固まってるぜ。シュッスパッとな。

 「次のステップ! やっと実践か!」

 「人と戦うのはまだ早いが、物を切れるようになればイメージは掴めるだろう。今回用意したのはこいつだ!」

 それはどこから拾ってきたのかアルジの身長くらいある大きな岩だった。

 「これを切るんですか? この剣で……?」

 「そうだ、どんな剣だって関係ねえ、技で切るんだ。見とけ! こういう風に! な!!」

 軽やかなステップから編み出される力強い一撃。岩は元の姿を忘れるかのようにきれいに切断された。

 「おおおおお! さすがです師匠!」

 俺はこの一か月、何も考えずに剣をふるっていたわけじゃない。剣の扱い方、体の使い方、そして何より、アカイシ師匠の扱い方、をな。

 この一か月でわかったことがある。この人、師匠って呼ばれることにあこがれてた。師匠って呼ぶと口元を緩ませ何かと甘くなる。疲れたときに「もう限界です、師匠」というと、「まだまだやれんだろ!」と言いながら少し経つと休憩に入ったりと、かなり鬼教官に向いていない性格なのであった。 この技を巧みに利用し、この一か月を乗り越えてきたんだ。

 「足の使い方はもう教えたよな、あとは力と技を込めてギュンっと振り下ろすだけだ。やってみろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 


 


 

 

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