第4話___朝日向 葵___
しんと静まりかえった図書室で
足音が一歩、近づいた。
「……あ、あの」
「……え?」
「……あさひな、くん……だよね?」
「……うん。えっ、あ、はい。朝日向、です」
言い直した自分の声がやけに大きい。
彼女が瞬きする。そのたびに埃が光った。
「その……いつも、その本、読んでるから」
「これ、ですか? 。えっと……分厚い、ので」
「分厚い、ね…?」
「はい……分厚い」
言葉が増えない。分厚いしか言ってない。俺は何を言ってるんだ。
「……あの、タイトル、教えてもらってもいい?」
「『奇病』。……そのまま、です」
「きびょう……」
彼女の視線が、本と俺の顔を行き来する
「先輩は、えっと……紫雲、先輩…」
「作曲、してる……?」
「えっ、。うん、してる。……図書室で、変だよね」
「へ、変じゃないです。ぜんぜん。むしろ、すごい……分厚いから」
「分厚い?」
「ち、ちがう。えっと、曲、が。層が、っていうか。……すみません、語彙が」
「うん……分厚い」
口から出た言葉が床に落ちるみたいに軽くて、拾い直す暇もなかった。
頬が熱い。彼女がノートを胸に抱えて、困ったようにクスッと笑う。
「ありがとう、その本、あとでちょっと見てもいい?」
「もちろんです。いや、でも……怖くないですか? 変な話、たぶん」
「ちょっと気になって…葵君がいつも読んでるから」
「え、名前……!」
「というか、俺、そんなに見えてましたか?」
「うん。わたしもたぶん見てたから」
沈黙。図書室の時計がやけに大きくて、息を呑む音さえ響きそうだった
「大丈夫〜?閉めるよー」
「あっ、はい!」
目が合って、すぐ逸らす。
俺は本を持ち上げ、彼女はノートを抱え直す。動きがかぶって、また止まる。
「……じゃ、じゃあ、これ、先に」
本を差し出す。
受け渡しの瞬間、温かい指先がかすかに触れる
「ありがとう、あの」
「名前、教えてもらってもいいかな?」
その頼み方がやけに丁寧で、まるで歌の歌い出しみたいに聞こえた。
「……朝日向、葵」
いつもと変わらない言い方なのに、自分の声が震えていた
「あさひな、あおい……」
「……しうん、るか、先輩」
「!…うん」
何も起きないのに、胸だけが騒がしい。
静かに響く時計の針より、自分の鼓動だけが
大きく、早く、
動き出すのを感じた―。
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