煙草の味

テマキズシ

煙草の味


 第三次世界大戦は阻止された。

 ある一人のエージェントと、組織を裏切った殺し屋の手によって。


 世界を混乱の渦へと陥れた秘密結社。

 彼らは世界中のミサイルを操作する機械を作り出し、後一歩で起動というところまで言っていた。

 だがそれをエージェントが防いだのだ。己が命を犠牲にして。


 彼はボロボロの状態で病室から飛び出し、屋上でタバコに火をつけた。

 一杯吸おうとした時、屋上のドアが開く。

 現れたのはセーラー服の少女。エージェントが助けた秘密結社にいた暗殺者だった。


「なんだ。もうすぐ人生が終わるのに煙草なんか吹かしてんの? 相変わらずヘビースモーカーだね」


「死ぬ前だからさ。案外うまいんだぜ。コレ」


 美味そうに彼は煙草を吸う。

 彼女はそんなエージェントをジト目で見ると、隣に座った。


「ふーん。……ねえ。私にも吸わせてよ」


「おういいぜ。ほれ」


 彼が煙草の箱から一つ。煙草を取って彼女に渡す。

 彼女はそれをくわえた。すぐに彼は煙草に火をつけようとライターを取り出すが、何度カチカチしても火がつかない。


「……ハァ。火がつかねえ。ちょっとコンビニに行って」


「必要ない。こうするから」


 彼女は立ち上がろうとするエージェントを抑え、彼の煙草に自身が加えている煙草を当てる。

 彼の煙草の火を自身の煙草に移したのだ。

 エージェントは驚いたような表情をするが彼女は一切気にしない。


 彼女は煙草を吸う。

 だがすぐに咳き込んでしまい、煙草を地面に落とした。

 何度も咳き込み、そしてエージェントを憎々しげに睨みつける。


「ゴホゴホッ!!! なにこれ…。あんた頭おかしいんじゃないの?! 不味すぎる!!」


「ハッハッハ! まだガキのお前にゃ分かんねえか!」


 ゲラゲラと笑うエージェントに、彼女はじっと睨みつけ、殴りかかろうとするが決して殴りかかる事はなかった。

 それは彼女がエージェントの体を気遣ったからだろう。

 彼女は口調こそ悪いが、決して彼に傷をつけようとはしなかった。


「……なあ、ひろみ」


「……?! どんな風の吹き回し? 私の事名前で呼ぶなんて。普段はお前とかなのに」


 彼女は突然言われた本名に固まってしまう。

 いや、彼女は本名を言われたからではなく、驚いた時にエージェントの顔を見た事で彼女は固まったのだ。


 その顔は嬉しそうだが……それと同じぐらい寂しそうで。

 彼女は察してしまったのだ。

 彼はもう…ここで死んでしまうのだということに。


「…………ありがとう」


 彼はその場に崩れ落ちる。

 穏やかな笑顔で、世界を救った男の人生が終わりを迎えた。

 彼女はそれを見守ると、口から落ちてしまった煙草を拾う。


 それをしげしげと眺めた彼女は、静かに、恐る恐るそれを自分の口へ加え、ゆっくりと味わうように煙草を吸う。


「……………………苦い」

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