海浜

こここまいまい

海浜

 「きみとはもう遊べない。」

 「えっ?」

 寛太かんたは一瞬、隣に座る少女の言葉が理解出来ず、思わず聞き返してしまった。

 「今、なんて?」

 「だから、きみとはもう遊ぶことはできないから、だから、もう、わたしのことはほうっておいて欲しい」

 寛太は、からかわれているのだと思った。しかし、彼女の決して逸らすことのない目線に、寛太は漏れ出そうだった軽口を飲み込むしかなかった。

 「ええと、何か気に障るようなことを言ってたりしたらごめん」

 「ううん、きみは悪くない。これはしかたのないことなんだよ、きっと」

 「全然わかんない……どう言うことだよ」

 尚も問いただそうとすると、みのりは俯き、足先で砂を弄ぶばかりだった。どうしていいか分からず、寛太は途方に暮れてしまった。

 日本最南端の浜辺には似つかわしくないほど彼女の肌は白く、長い睫毛は砂浜にくっきりと浮かんで見えた。遠くの方では、サッカー部の男子たちが黒い肌を見せつけ合うようにしてビーチサッカーに興じていた。横並びで砂地に座る二人には誰も気が付かない様子だった。

 「あずみちゃんに言われたんだ」

 突然、ポトリと落ちそうなほど細い声で実が言った。

 「あずみってあの?」

 寛太は隣クラスの委員長を思い浮かべて言った。

 「あの」

 実が首を向けた方向に、寛太は女子グループの輪の中心で喋っている有純あずみの姿を捉えた。表情までは見えないが、時折聞こえる笑い声が話題の興を語っていた。

 「言われたって、何を」

 「私は西野くんと幼なじみだって」

 「それがどう関係あるんだよ」

 「だから…西野くんのことは何でも知ってるって」

 歯切れの悪い答えに寛太はもどかしかった。

 「だから、それを言われたからって、何で俺と遊ぶことができなくなるんだよ」

 「だから、」実は一息ついた。

 「彼女、きみのことが好きなんだと思う」

 「えっ」

 予想していなかった答えに寛太はたじろいだ。

 新村有純と寛太は幼馴染だった。小学生の頃に近所の家同士で仲良くなり、家族ぐるみの付き合いも多かった。同じ高校に進学が決まった時には新村家の庭でバーベキューを開き、互いに祝福し合った。

 「有純がそういったのか」

 「ううん。でも、話してたらわかるよ。彼女、きみのことを話す時とっても愉快そうだったもん」

 実はぶっきらぼうに言った。お互いに俯いていた。

 有純とは帰る方向が同じで、一緒に下校するだけで噂されることもしばしばあったが、男女の友情に災難は付きものだと割り切っていた。寛太の方から彼女を意識したことは一度もなかった。

 「そんな、それだけで、俺とは遊べないだなんて言ったのか」

 「それだけで、なんてことはないんだけどな」

 「でも有純が…俺のことを好きかもしれないってだけで戸崎さんが俺を遠ざける理由にはならないだろ」

 「わたしはあずみちゃんとあと二年は同じクラスでしょ」

 寛太の高校はクラス替えは無く、同じクラスメイトと三年間過ごすことになる。

 「わたしは友だちが少ないから、目をつけられても身を守れないんだ」

 寛太はハッとした。有純の勝ち気な顔を思い出した。教師に対しても正面から意見する彼女の姿勢は生徒からの支持も多い半面、影響力の強い彼女の言葉は取り巻きの女子にも伝播してしまう。

 「同じクラスの地味な女子が、自分が好きな男子と仲良くしてるのは気に入らないでしょ?」

 抑揚のない声で実は続けた。

 「だから、西野くんには関わらないで欲しいって言われたんだ」

 はっとして寛太は顔を上げた。実もこちらを見つめていた。彼女は笑っていた。何かを諦めたような、なげやりな笑みだった。その瞬間、砂の城が波に攫われるように、この三日間の記憶がすうっと崩れていくのが寛太には分かった。

 よいしょ、と手をついて実は立ち上がろうとした。

 「おしり熱くなってきちゃった」

 そう、とつぶやき、寛太はふと、海に目を向けた。行き先を告げた日の夜、沖縄の日差しは熱いから薄手のカーディガンを持っていきなさいと、母親が言っていたのを思い出した。

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海浜 こここまいまい @noborushikishima

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