シャッターが巻き戻った先で貴方と

三澄さや

貴方とわたし

何も見えない感じない部屋の中。


「貴方が好きでした」というログが脳内で流れてきた。


頭を何千と叩き殴っても、僕は、あの誰かを思い出せない。


凛とした芯ある美しい顔もひまわりのような笑顔、花のような爽やかな匂い、あの人の温かい一つ一つの言葉の声色が胸を駈ける。


僕はあの人の面影だけ覚えている。

 


騒がしい機械だらけの街中に。

耳にキーンと走る街を歩く人の姿は見えない。


人型のロボットだろうか?飲食店は人型ロボットが接客している。


人間が生活していると分かるのはマンション街のベランダの窓に移る照明ぐらいだ。



静けさの道をゆっくり歩く男性。

ズボンのポケットから着信音が鳴る。

男はスマホを取り出して画面を開いた。


『永瀬美代』と書かれている。

知らない人からだ。


メッセージを見るか迷った。

でも見た。


「初めまして、立花くん。」


「君からしたら知らない人からのメッセージで不快だと思う、だから先に謝ります。ごめんね」


「でもわたし、後悔だけはしたくなかったの」

「立花くん、わたしは貴方が好き。わたしと君しか知らない宝物のような毎日も覚えてる」


「君とただ話をしたい、お願い。」

「明日、私に会ってくれませんか?」


「住所を送ります。嫌なら無視してください。」


「向日葵の丘 4-555-99」

「待たせてください。永瀬美代」


男は決心する。

永瀬美代さんに会いに行く。



待ち合わせの場所まで歩く。

向日葵が辺り一面に咲いていて。

とても綺麗だ。


頭がズキズキと痛み、胸が張り裂けそうになる。


メッセージの永瀬さんという女性だろうか?とても綺麗な女性が手を振っている。


男は早歩きで彼女の元まで駆け寄る。



花柄の膝まである白いワンピース。

腰まである長い髪が彼女の言葉を肯定するみたいににたなびいた。


「来てくれてありがとう、立花くん」



ダボッとしたパーカーに黒い長ズボンの服装の男は彼女を見て話す。


「いえ、僕の方こそ」



呆れ笑いをし、立花に振り向いた。


「今時、メッセージで会おうっていう男女いないよね」



ポカンとした表情で受け答えをする。


「そうですか?」



どこか遠い先を彼女は見ている。


「いないよ、多分ね」



二人の沈黙が続いている。


寂しさが幾度も背中に刺さる。




男は強く真っ直ぐ彼女の姿を見て気持ちを話した。


「僕は貴方の事がわかりません」



永瀬美代は彼を見て悲しそうに見える。


「……そっか」



男は深く深く頭をさげる。どの言葉を贈ればいいのかが分からないでいる。


「ごめんなさい」



聞けて満足したと言うような表情と姿。


「いいの、大丈夫だから!」



男はなにか彼女にしたいと思った。


「……僕に出来ることはありませんか?」



「嬉しいけど、無いかな」



下を見て目を逸らす。


「そうですか……」



彼女の様子がおかしい。

怒っている。

泣きながら、苦しそうな声が聞こえる。


「だってさ、しょうがないじゃん!誰しもが、感情をデータ化されるんだから」


「……わたしだって、必要ないと判断されれば記憶全て消されるだから」



世の中が悪いでしょ。


感情はいらないものと見られる世界でしかなくて。

みんなが誰かを愛する事を諦めたから。

好きなんて伝えるだけ不幸になる世界で。

でも、貴方だけは違った。



どう思えばいいか、わからない。


「悲しいですか……」


たくさんの涙が彼女の頬にこぼれる。


「当たり前」


「きみは悲しくないの?」



男は彼女に無理して笑った。


「……僕は大丈夫です」



少し嬉しそうに彼女は微笑む。


「そう、」


彼は彼女に釣られて苦笑いをする。


「薄情者ですよね」



煮えたぎらないという顔で彼を見る。


「……だったら良かったのに」


立花は彼女に困惑した。


「……?」



素っ気ない言葉。


「こっちの話」


男は無心に言葉を送り返す。


「そうですか」




二人の中で時間が流れる。




「ねぇ、ありがとう」

「……?」



「君に出会えて幸せだったからだよ、分からない?」


「はい……」



あの人だろうか、僕が知っていたかもしれない人は向日葵のように笑っている。




「あーあ本当に君っていう人は!馬鹿だよ!ほんとに!どうして私を庇ったのよ!あんたが私に好きって言ったんでしょう!」




彼女が涙を流して僕に訴えかける。

胸が痛い、体も心もすごくいたい。


ただ、僕は彼女に出会えて幸せだったのだ。


彼女が幸せならそれで良かった。


だから庇った。


記憶を消される直前に彼女の笑顔が浮かんでくるんだ。


でも僕は怖がりだから君に忘れられたくなかった。


それに、君は誰よりも知らない誰かに優しいから一人で君はよく泣いていた。


僕はそんな優しい彼女に悲しい思いをさせるのが許せなかったけれど。



それでも君を幸せにすると、誓ったんだ。



『ごめんな、美代』



大粒の涙が僕の頬に何度も何度も零れ落ちていく。

彼女の顔が頭から離れなかった。


今までの記憶が僕の心に刺さって、全ての情報が脳内に何度も流れる。



 願うなら君の隣に死ぬまで一緒にいたいから。

 


「貴方が好き」とログが流れる。


 僕は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を彼女に見せて。

お互いの顔を見て二人で一緒に笑いあった。


 僕たちはこの世界でも、二人で幸せになれる。

 

 

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