(6)進化
……。
「まだだっ!」
アーサーは飛び起きた。
目の前には遊技闘のフィールドがあり、両手を広げて驚いている代央がいた。
「まだ戦える……」
夢の勢いの名残を、アーサーはか細く口にした。
「それは何より」
代央は頷いた。
まだ夢を見ているような感覚で、視界が揺れる。
周囲を見回すとそこは公園で、遊技闘のフィールドの中。
まだ試合中。
「大丈夫? 気を失ってたのよ、一分ほど。その間も試合は続いていて、慎矢と礼司が頑張ってる」
すぐ近くにいる代央の声が遠くに聞こえた。
揺らぐ視界の中で、慎矢と礼司が戦っている。
将吾の強烈な一撃を礼司が防ぎ、慎矢が反撃する。
慎矢の攻撃はあっさりと防がれ、また将吾の攻撃。
慎矢を守るように礼司が本を盾に防ぐ。
が、続け様に強烈な攻撃を受けた礼司は本を落とした。
跳ね返ったボールがバウンドして相手の陣地へ向かう。
将吾がそれを打とうとギリギリまでこちらの陣地へ近づき、武器を振りかぶった。
突然、全身が強く脈打った。
体が光ったかと思うと力が沸いて、アーサーは飛び上がると同時に駆け出していた。
将吾の攻撃。
アージャが入った皮袋でボールを打つ。
迫るボールに向かってアーサーは突き刺すように剣を振った。
ボールはまっすぐ跳ね返り、将吾を吹っ飛ばした。
反撃が決まり、将吾に五〇ダメージ。
歓声とどよめきの声が響き渡る。
アーサーの活躍に驚く声と、将吾がやられることが信じられないという声が聞こえた。
蒼沫もギャラリーの中にいた。
ようやく動けるようになったらしい。
すぐさま将吾が起き上がる。
怒りの形相だったが、アーサーの姿を見て戸惑いを見せた。
戸惑っているのは将吾だけじゃなかった。
「起きたか、主人公。見習い戦士卒業だな」
礼司の言葉の意味に、アーサーは自分の姿を見て気づく。
「タイムだ!」
アーサーは将吾に手のひらを向けて叫んだ。
攻撃権は将吾たちにあるから、しっかり断りを入れる。
だが返事は待たずに慎矢、礼司、代央に向かってまた叫ぶ。
「状況を整理するぞ!」
「どうぞ」
と三人は頷いた。
将吾も同じ思いでいるらしく文句は言わなかった。
「アイツが本気を出したらめちゃくちゃ強くなることはわかった。盤上ではあんなのも有りなんだな」
アーサーの言葉に三人はまた頷いた。
「言いたくないがそれで俺たちは負けなかったか? 全員滅多打ちにされたはず」
「……という夢占いだったのよ。将吾の攻撃でアーサーは気を失ったの。で、そのチャンスに約束してた夢占いを行ったの」
代央の答えに驚いた。
「試合中にっ? 放っといて戦うべきだっただろっ」
しかし礼司は首を横に降る。
「いや、それはダメだ。俺たちでは将吾は手に負えない。アーサーが目覚めるまで耐えるつもりだった。結果的に夢占いのおかげで早く目を覚ましてもらえたんだ」
そう言われるとそうかもしれない。
「それで、俺たちが負ける運命を見た、と?」
礼司の問いに、アーサーは重々しく頷いた。
占った張本人である代央は期待に目を輝かせて、アーサーの新しくなった姿を手で差した。
「悪い運命でも努力次第では避けられるわ。いいえ、もう変わっている。アーサーが【純戦士】になったもの!」
着替えた覚えもないのに、アーサーの服装が変わっていた。
これまでの黄色と緑色の初心者マークみたいな服装から、青と白を基調とした戦士の服へと、デザインも含めてこれまでのものとはまるで違う。
将吾や礼司、ギャラリーも困惑していたのはこの変化のためだ。
剣にも変化があった。
見た目は変わらないが、脈打つように震えている。
生きているんじゃないかと思えた。
「見習い戦士はゲーム中に新しい役職がつく。駒の個性や望みによって傾向はあるものの、どんな役職につくかは、ついてみなければわからない。そして一度役職についたらもう【見習い戦士】には戻れない」
礼司が解説する。
「そうか、目が覚めてからなんか急に力が沸いた気がしたが、役職が変わる瞬間だったんだな」
なんで純戦士なのかとも思うがまんざらでもない。
そして今に至る訳だ。
状況はわかった。
全員の体力値を確認したいと言うと礼司が教えてくれた。
「こちらはアーサーが二〇、慎矢が五〇、俺と代央が一〇〇……相手はメアリーが八〇、ギリスとアージャが三〇、将吾もついさっき三〇になったか」
気を失う前と勝負はあまり大きく動いていないようだ。
「わかった。サンキュー。一番死にそうな俺が言うのもなんだが、ここからも頑張ろうぜ」
そう声をかけ、一同は元の配置についた。
「待たせたな。ゲームを続けようぜ」
アーサーは今度は将吾に声をかける。
「もう少し待て」
将吾が答える。
皮袋を持ち上げて叩いたり蹴ったりしている。
アーサーたちが話し合ってるときからそんなことをしていた。
どうやら中にいるアージャが動かなくなっていて、刺激を与えて起こそうとしているようだ。
しかし袋はピクリとも動かなかった。
将吾が舌打ちをして、袋の中身を投げた。
ボロボロになって気を失ったアージャがフィールドの隅に転がった。
「ムゴイ!」
慎矢が嘆く。
ギャラリーもドン引きしていた
「体力値こそ残っているが、アージャはこの試合中はもう動けまい」
礼司が冷静に告げる。
「一生動けそうにないくらいボロボロだが……」
アーサーの疑問を礼司は笑い飛ばした。
「あんなのは、この先強い敵を相手にしていけば当たり前に見る光景だよ。慎矢も覚えておくといい」
それならと、アーサーは相手への同情を捨てた。
将吾は今度はギリスに目を付けた。
ギリスは怯えた顔で首を横に振る。
「勝ちたいんだろう?」
と将吾は無理矢理にギリスを袋に詰め込んだ。
そしてメアリーにも手を伸ばした。
「決めにいくぞ……来い!」
メアリーは覚悟を決めた目で頷いて、将吾が広げた皮袋の中に飛び込んだ。
駒二人分が入った皮袋。
単純に自身の二倍はある武器を、将吾はひと振りして構えた。
流石にさっきよりは重そうだが、それでも扱うに遜色はないように見えた。
この上ない本気を感じる。
負けるかもしれない恐怖よりも、人の世では見たことのない戦いを見られる嬉しさが勝っていた。
「おもしれえな。よく狂ってる」
「褒めたー!?」
慎矢が目を丸くする。
攻撃権は将吾にある。
皮袋を掲げて合図を出し、落ちてくるボールの下で振りかぶった。
「ブラックレイジー・ジャック!」
将吾の攻撃。
黒みを帯びたボールが迫る。
速い攻撃を覚悟していたが、ついていける。
防御担当、礼司が本を構えて前に立つ。
ボールが当たった瞬間、本が弾かれ礼司の体も後方へ吹っ飛んだ。五〇ダメージ。
巻き上がる砂煙の中、礼司はよろめきながら立ち上がった。
「まあ……防げないよね」
そう言ってまた倒れる。
「おい、生きてるか?」
アーサーが聞くと、礼司は倒れたまま手を振った。
「ちょっと……一ターン休憩……」
礼司は少し休ませて、三人でゲームを続ける。
「おたく、さっきの攻撃打てるか?」
「二回目以降は対処されやすいんだけど……でもやってみるわ」
アーサーの問いに代央は不安げに答える。
水晶ハンマーを振り上げて合図を出し、落ちてきたボールを打った。
「ワンセカンド・フューチャー!」
代央の攻撃。
ボールは水晶玉となり、ゴールマット目掛けて飛んだ。
見えにくい攻撃。
アーサーの位置からも一瞬見失いそうになる……が、本人も言った通りに将吾には見切られて、あっさり打ち返されてしまった。
将吾の反撃。
代央はさっきの礼司と同じくらい吹っ飛ばされた。五〇ダメージ。
「やっぱり……来るとわかってたら通用しないよね」
寝そべったまま代央がぼやく。
やはりしばらくは動けず、一ターン休み。
「順番的に次は僕だね」
慎矢が前に出て言った。
やけくそ気味に見えて心配になる。
「慎矢、次攻撃くらったら終わりだろ?」
「それは、ほぼ全員そうだね。でも心配いらない。これも狙いのうち」
何を狙っているのかを言うことなく、慎矢は攻撃を始めた。
そしてお決まりのように反撃を受ける。
五〇ダメージを受け、慎矢は全ての体力値を失った。
一応は防ごうと武器を構えていたが、結局は無駄な足掻きだった。
「じゃあ……僕も休むよ。ゲームが終わるまで」
盛大に吹っ飛んだあと、慎矢はそう言って気を失った。
体力値を全て失った駒はゲームが終わるまで外野で待機する。
慎矢は見えない力で引きずられて外野へ送られた。
「我が弟弟子ながら見事」
復活した礼司が慎矢を称えた。そして、
「次は俺が行く」
とアーサーの前に立った。
「順番で言えば次は俺だろう?」
アーサーが確認すると礼司は首を横に振った。
「キミは俺と代央がやられたあとだ」
礼司は声を潜めて慎矢の言っていた狙いの説明をした。
「キミも気づいてるはずだ。将吾の武器は最初のうちは強いけど、段々と力を落としていくことに。中にいる味方がへばると力を発揮できないのだろう」
「気づいてはいるけど、何でそうなるのかはわかってない」
「人間は理屈っぽくていけない。そんなことはわからなくていいんだ。大事なのは如何にして勝利するか、だ」
「その通りだな」
「だから、俺たちの役目はキミの盾となり将吾の武器を弱らせること……」
そこまで言って、礼司は手を上げて合図を出した。
説明が長引くと攻撃権が相手に移る。
礼司の攻撃……そして将吾の反撃。
礼司は本を盾に構えたが、いまだ強烈な一撃を防ぐことは出来なかった。
ただ礼司はさっきと比べると大きく吹っ飛ぶことはなかった。
空を仰いで倒れ、
「あとは任せた、主人公」
と言い残して気を失い、外野へ引きずられていった。
将吾の攻撃は確かに弱まりつつあった。
次は代央の攻撃。
将吾の反撃に対し、代央は勇ましくハンマーで打ち返そうとした。
結局敵わず、脱落し外野へと送られた。
フィールドに立っているのはアーサーと将吾の二人だけになった。
姿は見えないがメアリーとギリスはまだ動けるようだ。
流石に元気はなくなっているが、将吾の持つ皮袋の中でうごめいている。
将吾はその皮袋を高く持ち上げて、手で掴んだまま地面に落とした。
皮袋は一層激しくうごめいて、力を取り戻したように見えた。
渇を入れたのだろう、とアーサーにはわかった。
一時的にでも力を取り戻したとするのなら、これまでの慎矢たちの犠牲はほとんど無駄になる。
このターンで勝負は決まる。
アーサーは自分が敗北したときに訪れる末路を思い出した。
ゴミ箱へ投げ捨てられ、がらくた置場に落とされ、最後は人形となって動かなくなる結末。
あんな運命はお断りだ。
剣を掲げて合図を出す。
上空にボールが現れて、落ちてくる。
落下するまでほんの一秒の間に、慎矢、礼司、代央の奮闘を思い出した。
柄じゃないが、三人と力を合わせるつもりで剣を振った。
アーサーの攻撃。
思いを込めたからと言って、力は変わらない。
これまでと同じ、三日月型の斬擊。
将吾にその攻撃が防げない訳がなかった。
将吾の反撃。
味方を尽く吹っ飛ばしてくれた黒みを帯びたボール。
アーサーは野球のバッターのように剣を振りかぶった。
最初はな、油断していた。
威力も速度も予想外過ぎて、ほとんど不意打ちみたいなもんだった。
だから食らったんだ。
言い訳みたいな言葉を並べて、全て言い終わる前に横薙ぎに剣を振った。
アーサーの反撃。
ボールは再び将吾目掛けて跳ね返る。
これで終わると、ギャラリーの多くは思っていたかもしれない。
アーサーもそう期待していた。
将吾の怒声が耳に届くまでは。
将吾の反撃。
雄叫びと共にまた打ち返される。
アーサーは若干姿勢を崩しながらもまた剣を構え、迎え撃った。
剣とボールがぶつかり合う。
重い……打ち負ける……いや、さっきよりは、弱い!
アーサーの反撃。
姿勢が崩れていたため中途半端な威力となって将吾に向かった。
「この武器は、軽い」
無意識にアーサーは呟いていた。
剣を握る手に力を込める。
今度は体勢を整えて迎え撃つ。
剣が強く振動した。
将吾の反撃。
これまでで一番黒い、鉄球のようなボールが飛んできた。
アーサーは再び剣を振り上げた。
脈打つ毎に重くなる。
アーサーが見習い戦士から純戦士へと変わったように、剣もまた変化していた。
金色のバット……いや棍棒だ。
もっと戦士らしい武器があるだろうと思ったが、今はこの形がベストに思えた。
「金棍剣!」
金色の棍棒で鉄球を打ち返す。
将吾は反応出来ず打ち抜かれ、空を見上げて倒れた。
五〇ダメージ……将吾は脱落し、アージャ、ギリス、メアリーも動かない。
フィールドが一瞬強く輝き、光りが消えた。
ゲーム終了の合図だ。
ギャラリーが歓声をあげた。
「これが、目標への第一歩だ」
アーサーは誰にともなく言った。
目を覚ました慎矢、礼司、代央、それに蒼沫が駆け寄り勝利を称えた。
「さすがだ」
「運命を変えたわね」
礼司、代央が言葉で称え、慎矢も手を叩いて喜んだ。
「本当に仇を討ってくれるとは」
と蒼沫。
将吾が起き上がる。
五人は警戒して身構えた。
「これで勝ったと思うなよ。今回は【見習い戦士】に合わせて初心者向けのルールで相手してやった。今度は遊技闘の本当のルールで相手してやる……そのうちな」
捨て台詞を吐いて、将吾は一人でフィールドを去っていった。
倒れていたアージャたちは親切な駒に運ばれてフィールドの外へ出され、アーサーたちも次に試合する駒のためにフィールドを離れる。
「よし、一旦休んだらまたやるぞ。順に、全員倒してやる」
アーサーは仲間達に声をかけた。
「人間怖っ!」
と慎矢。
そんな会話を余所に、礼司は戦いの記録を本に記した。
……。
ーーゲーム盤の数だけ舞台があり、駒の数だけ戦いがあり、戦いの数だけ物語がある……機会があればまた語ろう。人と駒とを繋げる盤上の物語を。
終
盤上のメルヘン 第一幕 見習い戦士の章 行條 枝葉 @yukieda
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