第14話 再会
「……ここは……」
目を覚ますと、白い天井が見えた。
ぼんやりとした意識がすぐに覚醒する。濃い魔力臭や魔物の気配が無い事に一瞬戸惑ったが、目に映るものから得た情報で俺は帰ってきたことを思い出した。
……病院か……。
隣に誰かが座っている。スーツを着た一人の女性が俺のベッドにもたれかかって。
顔を覗くとどうやら眠っているようだった。普段あまり寝てないんだろうな。目の下にくまがある。
(……頬が……やつれてる)
この人、誰だろう。ここに座っているってことは、俺の知り合いだよな。
っていうか、こんなとこで寝るんだったら帰ってちゃんと寝たほうがいいだろ。
「あの、すみません……ちょっと、起きてください」
肩を揺らす。するとびくりと体を震わせ彼女は目を覚ました。
「……」
女性は何も言わずに目を見開いていた。呆然と俺を見ていて、なんだか気まずくなる。
「……あ、えーと……あ、そう。こんなとこで寝てたら――」
「歩!!!」
「おお!!?」
抱きしめられた。何がなんだかわからず、俺はされるがまま固まる。
体を震わせ嗚咽を漏らす女性。
微かな胸の奥が締め付けられる感覚。そこで思い出した。
(……ああ……そうか。多分、俺の母親なんだな……この人)
代償システム。その使用後に失った記憶。
これほど俺のことを案じているのに、俺にはこの人の記憶は欠片もない。
俺が捧げたのは大切な人との記憶……そして、不自然なほど綺麗にないこの人の情報。
間違いない……この人は、俺の……。
「……ただいま、母さん」
***
それから俺は病院で検査を受け、体に問題は無かったが一応様子見であと数日入院することになった。
「ごめんね、お母さんお仕事行くから。何かあったらすぐ連絡してね。あんまり無理して動かないでね、それと……」
「はは、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ……じゃない、大丈夫だよ」
「……うん、そうね」
彼女は寂しそうな笑顔を浮かべ部屋を出ていく。しまった……けど、どうしても反射的に。
母親だとわかってはいても、覚えのない人にため口を利くのは抵抗がある。
ちなみに記憶が無いという事は彼女に伝えてある。これから一緒に暮らすことになるだろうし、ずっと隠し通せるわけもない。あとあと知る方がショックは大きいはずだしな。だからすぐに伝えた。
ふと、伝えた時の母親の顔が思い浮かび胸が痛む。泣きだしそうなのを堪えて、笑顔を作る。
どれだけショックで辛かっただろう。
(……せめて、敬語癖は早く治そう)
ボフリ、とベッドに倒れ込む。殆ど魔力のない空気。穏やかで……当たり前だが、強い魔物の気配もない。
環境の変化になんだか落ち着かない。
三日後。
病室で失くした携帯の代わりをいじっていると、魔力の気配がした。こちらへ向かってくる。
病室の扉があき、現れたのは俺が所属するシーカー機関、学校の担任教師だった。
名前は、樋口 護。ぼさぼさの髪に無精髭でだらしない印象。だが、もともとは国内有数の大ギルド『王剣』に所属していたB級シーカーだ。
学校が引き抜きを行ってきてもらっているらしい。
「おう、佐藤。調子よさそうだな」
「はい。おかげさまで……先生が俺を助けてくれたんですよね。ダンジョンで倒れていたのを」
「俺は救急に通報しただけだよ。助けたなんて大袈裟なことはしてない」
「いえ、十分ですよ」
(……前は全然感じなかった。けど、今ならわかる。この人、相当強い)
B級なんだから当たり前といえば当たり前だが。けど、今なら……以前は実力に開きがありすぎていたせいか、わからなかった彼の強さがはっきりわかる。
音を立てない歩き方や纏っている魔力の淀みのない流れ。その細部に強さが現れている。
「……佐藤」
「はい?」
「改めて」
先生はそう言って頭をさげた。俺は突然どうしたのかと混乱する。
「え?えっと……?」
「今回のダンジョン遭難事故。俺の責任だ、改めて謝罪する。……すまなかった」
「や、そんなこと……」
「本当に、すまなかった。俺がもっと早く……」
床に落ちたいくつもの雫に、先生がどれだけ俺の事に責任を感じ、そして案じてくれていたのかが分かった。
「大丈夫ですよ。俺はこうして生きてる。それに母から聞きました。先生が俺を助けようと何度もあのダンジョンに潜ってくれていたことを……それだけで十分です」
ダンジョンでの遭難者は基本的に見つかることはない。そして捜索にはかなりの金がかかる。なので捜索がすぐ打ち切られることは珍しくない。でも、先生はずっと探してくれていた。その気持ちだけで十分だ。これは俺の本心だった。
それから少しして落ち着きを取り戻した先生は、色々な事を話してくれた。
俺が遭難してからこちらでは約一か月が経過していること、俺が眠っている間に行われた魔力異常検査の結果。そして学校でのことと、あのダンジョンでの事故で俺以外にも被災者がいたこと。
「……魔力が著しく増えていると検査では出ていたな。量だけでいうなら、D級の上位シーカーに匹敵するらしい」
「そうなんですか」
「ああ。少し前に学校であった検査ではFの中級あたりだったから、かなりの伸びだな。異常ともいえる増加量だ……いや、まあ中層で生き延びていたんだからそりゃ増えるだろうが。……過酷だったろう、中層は」
「はい。けど、運よくそこまで強い魔物がいない場所に出たんでなんとか。……まあ、あんまりダンジョンのこと覚えてはないんですけどね」
ダンジョン内、特に広大で様々な資源がある中層や下層の情報は貴重だ。情報をもっているとなると様々な研究団体が押し寄せてくることが予測できたので、記憶が殆どないという事にしておいた。
特に厄介なのは国の機関。かなりの時間拘束され取り調べさながらの聴取をされる。しかもそれに応じたところでなんの見返りもない。ただただ面倒なだけ……そんなのごめんだ。
「だが、スキルが発現したのは何よりの驚きだったな……」
「あ、ええ、はい」
「『身体強化』しかも魔力強化、レアスキルだな」
「転移された時になぜか発現して……」
「中層の高濃度魔力に体が適応しようとしたのかもしれないな」
「かもしれないですね」
「……佐藤、お前はこれからどうするんだ?」
「どうというのは?」
「いや、スキルに目覚めたとはいえ、あんな目にあったんだ。ダンジョンに入るのが怖くなっただろう。……続けるのか?シーカー候補生を」
普通なら、あれだけの死に目にあえばいくらレアスキルを手にしたとしても、シーカーなんてなりたがらないだろう。けれど、俺には続ける理由がある。
白いお守りに血で書かれた『かあさんをたすけろ』という文字。そしてそれを見て感じる熱。
記憶は無くてもそれが何を指すのかはわかる。家には莫大な借金がある。その返済をする。
その為には、シーカーになって稼ぐしかない。
だから、やめるわけにはいかない。
「俺は、やります。シーカーになって母を助けたいので」
「……佐藤」
「それに、多分この与えられたスキルは俺に諦めるなって言ってるんだと思います。だから、諦めません。必ず強いシーカーになって、俺は大切な人たちを護ります」
「……そうか。ふふ。なら、俺も協力するよ」
「ありがとうございます」
「お前なら必ず凄いシーカーになれる。その魔力を増やしていける強化系スキルは強力だ。体格的に近接は難しいが、頑張れば魔法使いの上級シーカーにもなれるかもしれない」
「魔法使いか。ならもっともっと頑張って稼がないとですね。魔法の術式が刻まれてる武器を買わないと」
「はは、そうだな。……あ、そういえば俺が昔手に入れた杖が家にあったな。俺は近接系だから使う事が無かったんだが。良かったら佐藤使うか?」
「え、良いんですか?それって」
「刻まれてる術式は『水魔法』使用魔石のグレードはDだったかな」
「D魔石の水魔法って売ったらかなり高額なんじゃ……」
魔力を使用し作られた道具、通称『魔道具』は、武器や防具やアイテム等様々なものがある。
いずれも魔石を組み込んで魔力によって魔法効果が発動するもの。そしてその効力は使用されている魔石によって変わってくる。
魔石グレードDは中級シーカーが使用するレベルの代物。シーカーランクもまだ貰ってない俺が手にするには分不相応と言われてしまっても仕方ないくらいの武器だ。
「ああ。……こんな事で罪滅ぼしになるなんて思ってはいないが、それでも誠意の証として受け取ってくれ」
「そんな……先生」
何かしたいという気持ちが強いのだろう。先生の罪悪感を和らげるという意味でも、貰っておくべきか。
「わかりました。その杖、いただきます」
「! そうか、わかった……なら武器の譲渡、登録書を用意しとく」
「はい、わかりました」
その時、ふと部屋の外に人が溜まっている事に気が付く。
「また大勢で押し寄せて……」
「ああ……」
扉を開くまでもなく野次馬や記者たちだとわかった。
「まあ、無理もないがな。スキル無しがスキルを発現したってのは世界初だという話もある。世間の関心も高く、ニュースにすれば視聴率をとれるからな。ああ、今じゃYooTuberとかの方が金になるのかな。何にせよ、こんな病院の中にまで押し寄せるとは。迷惑な話だ……」
今回の事件。大方の説明は先生に協力してもらってレポートのような形での報告になる予定だ。協会に送られ、それが取材陣に降りるといった感じ。
なので直接の取材は全て拒否するという旨を、協会からあらかじめ伝えている。
(それでも普通に来るんだもんなー)
ネットニュースも連日取り上げられ、動画サイトやSNSでも話題が少なくない。
改めて、やはり『スキルポイント+』を隠しておいてよかったと思った。
ダンジョンからの生還、スキル無しがスキルを得たってだけで騒ぎ。そこに加え、もし複数スキル取得できる力が俺に発現したとわかったら、こんなもんじゃ済まないだろう。
執拗な記者の追跡が始まって、私生活がめちゃくちゃにされることが容易に想像できる。
今も家に来て母に話を聞こうという奴が何人かいたって話だし。まあ、協会員が追い払ってくれてるみたいだけど。
いっそスキルは無しのままがいいか?とも一瞬考えたが、今後の事をおもうと何かしらあった方が良いという結論になった。
いずれシーカーで稼いでいくんだ、スキル無しじゃ仕事が貰えないだろうし困るからな。ギルドにも入れないだろうし。
だいたいスキル無しでダンジョン中層から生還したとか不自然すぎるし、なんならそっちの方が話題性が高く取材も執拗になるはず。
だから俺は身体強化系のスキル、その中の一つ『魔力強化』を発現させたことを報告した。
『スキルポイント+』のリストにある身体強化系のスキルは常時発動型。あの力を解放したまま普通の生活は無理だ。だから俺はスキル自体をオフにし戻ってきた。
そして、俺にはスキルをオフにしてもかなりの魔力があったので、それを利用しそういうスキルが発現したという事にした。
中層で努力し鍛えた成果だろう、先生のいう通り素の状態でDクラスの魔力量。いろいろと言い訳しやすいことも加味して、『魔力強化』スキルを得たことにした。
「……さて、と。それじゃあ俺は帰るな。あの外の連中を追っ払って」
「ありがとうございます。面倒ごとばかりしてもらっちゃって」
「いくらでもするさ。生徒は先生に面倒をかけるものだしな。だが俺は先生でありながらお前を護れなかった。だから、今度は守らせてくれ」
そういって先生は帰って行った。
『……あの人の記憶は、消えてはいないのね。不思議』
脳内に聴こえる声。俺はそれに答える。
「そうだね」
『……あなたは前に、大切な人の記憶を捧げたと言っていた。あれほどよくしてくれているのに、その大切な人には入っていなかったって事ね』
「嫌な言い方だな」
『でも、そういう事でしょう?』
「……まあ、覚えているってことはそうなんだけど」
『もしくは、その大切な人の基準自体が高いのか。だとすれば、失った記憶の価値はあなたにとって計り知れないわね』
「まあ、だからあのポイント量だったんだろう。あの化物……君の騎士を倒して入手したポイントを考えても次元の違う量だった。あの時、俺が強くなっていて貰えるポイントが減少していた事を差し引いたとしても……」
天井付近を漂っていた半透明な少女がふよふよと俺の目の前に降りてきた。そして、彼女は俺の唇に人差し指を立て、さながら黙れというように触れた。
『あの子を化物というのはよして。私の大切な従者だったのよ』
「……そっか。ごめん」
彼女はあの古城に囚われていた少女。転移魔石起動のために魔力を吸い込んだ際、魂まで吸収してしまったようだった。そのまま何故か俺に憑いている。
まあ、こっちとしては中層での話をすることができる唯一の存在だし、ある意味貴重な存在だけれど。
「君は本当に俺を恨んでないのか」
『……またその話?』
「いや、だって俺は……君たちを」
『何度も言わせないで頂戴。私は感謝しているの。あの呪いのような有様になってしまったあの子を救ってくれた事に』
深紅の瞳が俺を見据える。眠たそうなジト目だが、裏腹な強く意思の込められた視線が俺を射抜く。
さらさらの絹のような長髪。茜空のような彩で光を反射しているそれは、ダークエルフの証だ。
普通のエルフの数十倍の魔力を持つと言われるその一族は、エルフたちに忌み嫌われる存在らしい。
(陶器のような白く美しい肌、整った顔立ち、気品がある振る舞い……とても粗暴で凶悪なダークエルフとは思えない。というか騎士が付いていたという事は、一族のなかでも位の高い存在だったのか……姫様だったりして)
『……なに、その顔は。言いたいことがあるのなら言いなさい』
「いや、言っても殆ど答えてくれないだろ、君」
『君?何度言ったらわかるの。私にはアリスという名があるの。そう呼びなさい』
「ごめん。わかったよ、アリス。今度からちゃんと気を付ける」
『……いいえ、ダメ。罰を与えるわ』
そういって彼女は俺へ背をあずけた。
「え」
『……撫でて』
俺は言われるがまま頭を撫でる。
「これが罰?」
『そうよ。とても面倒で煩わしいでしょう。これを機に私の名を記憶に刻みなさい』
「あ、はい」
俺がアリスの存在に気が付いたのは、目覚めて母が病室から出て行ったあと。
やることもないのでベッドに横になった時、上のほうでふよふよしている彼女を見つけた。
あの時の目が合った気まずさはなんとも言えないものがあった。
それから色々話を聞いて、俺が古城で倒したデュラハンの主で王の間で眠っていた少女だという事が判明。
会話の中で、俺が「綺麗な髪だね」って何気なく言ったら『……自慢の髪よ。あなたが望むのなら、触れることを許すわ』と言われ、拒否するのもあれだなーって感じで撫でたら、その後なにかにつけ髪を撫でさせるようになった。案外俺の撫で方が心地よかったのだろうか。
「ところで、こんなこと聞くのもあれなんだけど……君って今どういう状態なの?」
『?』
「あ、いや……俺に憑いてる幽霊みたいな感じなのかなって」
『……憑いているというより、どちらかというと使役されているといった方が正しいかもしれないわ』
「え、俺がアリスを?」
『おそらく、あなたのスキルの中にそういうものがあるんじゃないかしら。霊体や魂を拘束するようなものが』
あ……確かにそんなようなのあったな。
『抽出』『封印』『召喚』『使役』『降霊』をlevel.5に上げた時でたシークレットスキル。
【魂ノ檻 《level.1》】魂を収集します。
必要スキルポイントが1だったし、シークレットスキルってこともあって一応取ったやつ。
使い道がよくわかんなかったけど、取っておくとこうなるのか。
「ん……あれ?でも、今俺のスキルはオフになってるんだけど?」
スキルの力である以上、スキルを切れば彼女の魂も出てこれないはず。なのになぜ?
『おそらく、あなたが古城で私の魂ごとペンダントに吸い込んだことが原因……半ば私の魂はあなたの魂と混ざり合っているのよ。だからスキルの力を使わずとも出て来られている』
「え、魂が……って、まって。それって、魂が解放されたのに俺のせいで成仏できないってこと?スキル解除しても?」
『あなたのスキルの事はわからないけれど、そうね。複雑にからみあった魂の情報。あなたが死んで魂が召されない限り、おそらくは私もこのままね』
「……」
とんでもない事をしてしまった、と思った。せっかく自由になれたはずの彼女の魂。
俺が作ったペンダントとスキルのせいで、再び現世へ縛り付ける事になってしまった。
「ごめん」
『……なぜ?』
「せっかく自由になれたのに、また……」
『別にいいわ。人間の一生なんて、私たちダークエルフという種に比べれば刹那的だもの。私たちからすれば、気にするほどの時間ではないわ。……それに、何度もいうけれど、あなたには感謝をしているの。お礼もしたかったし丁度良い』
こちらに顔を向けにこりと微笑むアリス。その言葉が嘘じゃないことを俺は感じとりほっと胸をなでおろした。
――コンコン、と扉がノックされた。
返事をする間もなく入ってきた一人の男。
「よう、佐藤。久しぶり元気そうだな?見舞いに来てやったぜ、はは」
「……須田」
「は?須田くん、だろが?」
ちっ、と彼は舌打ちした。
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