第13話 その代償
――目を開けると、遠くで腹を蹴られ飛んでいくウルが目に入った。血飛沫が舞う。
「……スキル、リスト」
ヴン、といつもの『スキルポイント+』の画面が現れた。デュラハンが俺の意識が戻った事に気が付く。だが、瀕死の俺よりも先にウルのとどめを優先。向こうへ歩いていく。
「……ごほっ、げえ、ぶふっ」
言葉を発するために吸い込む空気。喉奥からせり上がってくる血液で上手くコールができない。だが、無理やり全てを一気に吐き出し、「……代償システム、起動……」そして、
「俺は、大切な人との『記憶』を捧げる」
記憶の断片が浮かんでは消えていく。
『わん』
じゃれつくウルが、押し倒して顔を舐める。霧が覆うように白く塗りつぶす。
朝比奈の眩しい笑顔と、嬉しそうな笑顔、楽しかった会話の内容も抜け落ちる。
高速で消化されていく記憶とそこにある感情。
失う度に、何を失ったのかさえ分からなくなる。
けど、そこには確かに何か大切なモノを失ったという実感だけは残った。
強烈な喪失感と寂しさ、胸の奥を強く締め付ける拒否感。
『――……大丈…………よ、歩』
――…誰かが、俺の名を呼んだ。
――ピロン。
保有ポイント数、3165388
ぽっかりと何かが空いてしまった心。
握りしめていたくたくたの白いお守りに気が付く。
「……なんだこれ」
それが何かはわからない。けれど、俺の意識はすぐにお守りから『スキルリスト』へ向かいポイントを振り始めた。
強く残った誰かの意思に背を押され、デュラハンをただ殺すためのスキルを。
「帰らなきゃ」
誰かはわからない。けれど、誰かの元へ帰りたい。
強烈な想いが火傷のように感情を蝕み訴えてくる。
――……なぜ?
――……どうして?
わからない。どうして帰りたいのか。帰ってどうするのか。
――……でも、帰りたい。誰かが待っているような、そんな気がする。
漠然としたその痛みだけが、目的の無くなった俺の心をか細く……だが、強く繋いでいた。
***
ドゴッ――
「ぎゃわんっ」
二発目の蹴りがウルの顔面をとらえた。上のシャンデリアに直撃し、落ちてきたところをデュラハンが掴む。そのまま顔から地面へ叩きつけられ、ウルはピクリとも動かなくなる。
首を絞めるデュラハン。ミシミシと骨の軋む音。
「――かはぁ」
ウルの口からは大量の血と泡が溢れだす。デュラハンはそのまま首をねじ切ろうとしていた。
兜の隙間から黒い煙が多く出てきた。
生物の魔力は死ぬと霧散していく。なので死んだ直後の遺体の魔力をデュラハンは狙っていた。
しかし――生きたい、そして歩を護るんだ。その想いでウルは死の手前で抗っていた。
魔力を首に集中させ、異様なあがきをみせるウル。
「……」
その強い意志力を感じとったデュラハンは、手折ることが困難だと思った。なので武器でとどめを刺すことに決めた。
突き刺さっていた自分の大剣を魔力に分解し、手元に再度構築する。
そして片手で振り上げ、ウルの首を切断
――ドッ、ゴオオオ!!
することはできなかった。
ウルの首に剣が当たる寸前、歩に頭を掴まれたデュラハン。そのまま向こうへと投げられ、壁へ激突。轟音を立て向こうへと姿を消した。
「……『ヒール』」
ウルの傷が瞬く間に修復された。
「……さようなら」
ウルに背を向け、歩はデュラハンへと歩いていく。
崩れた壁の奥からゆらり現れる漆黒の騎士。兜の暗い隙間から二つの赤い光が揺らぐ。
大剣を片手で握りしめ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
全身から黒い蒸気のように立ち昇る高濃度の魔力。それが大剣へとまとわりつき、更に巨大な剣へと変貌した。――デュラハンは、完全に力を解放した。
対して、歩の左手には『彗星』、そして右手には黒い剣が握られていた。
【漆黒の刃 《level.25》】魔力を消費し、600秒間影を短剣へと具現化します。
『副次効果』携帯時攻撃力80%上昇。保有魔力15%消費時、300秒間剣に『紅雷』を付与することができます。二対複製可能。長剣へ変化可能(複製不可)。
紅い稲光を纏う漆黒の長剣。そして膨大な魔力を注がれ顕現した風を纏う彗星。
影から体へと伸び形成される漆黒の外套。
――フッ
二人の姿が消え、その次の瞬間刃が交わった凄まじい音が響く。二つの刃でデュラハンの大剣を受け止める歩。
受けたパワーに耐えられず、床石が割れ砕け散った。二人の間に生まれた衝撃派は周囲の蝋燭を大きく揺らし火を消した。
身体強化、筋力スキルにまたいくつかポイントを振ったが、本気を出したデュラハンの方が数段上だった。
しかし、歩は他の身体強化系スキル、『眼力』『俊敏』『直感』も同様に上げたことでパリィで攻撃を対処することができていた。
凄まじいスピードで繰り出される強烈な斬撃を適切に躱し、パリィし、応戦し続ける歩。上級シーカーですらついていけないような激戦と化していた。
――ガキィイイン、カアァアアアン!!
――ハイレベルな戦闘。暗闇に幾度となく、二人の魔光が軌跡を描き火花を散らす。
歩は『魔弾』を撃ち込み、距離をとり隙を見て斬撃を繰り出す。ダメージが全くなかった先ほどとは違い、当たれば砕け割れ攻撃が通っている事が見て取れた。
だが、致命傷には程遠い。こちらも攻撃を受け、致命傷になりかける。が、瞬時に『ヒール』を発動し回復。
身体強化系スキル、魔力にもポイントを振り、すさまじい勢いで回復していく魔力。
――しかし、魔力総量は明らかにデュラハンの方が上であることを歩は気が付いていた。
このままではじり貧。致命的な攻撃を与えられずじわじわと魔力を削られるか、逆に決定打を受け終わりを迎えるか。このまま戦いが進めば、結末はそのどちらかだ。
対するデュラハンもまたその結末を予測していた。この戦いは、いずれは勝てる勝負。
歩の魔力の回復量と消費量、それらを正確に観測していたデュラハンには、その結末が視えていた。
――ビシ
しかし、その時。デュラハンの大剣の刃が僅かに欠け、更にヒビが生じる。
その瞬間、デュラハンは歩の狙いに気が付いた。
パワーも魔力も全てデュラハンが上。しかし、ただ一つだけ、歩が彼を上回っている物があった。
それはスピードだった。
唯一敏捷性は歩の方が上。だからこそ総合力で劣る歩はここまでデュラハンと切り結ぶことができたのだった。
繰り出される攻撃をいち早く予測し躱す。間に合わなければパリィ、攻撃をもらわざる得ない場合は比較的軽傷になりヒールを使い瞬時に治せる部分へ受ける。
途轍もない反応速度と、俊敏性スピード。総合力で上回っているデュラハンを歩はその一点だけで対等以上に応戦していた。
そして歩のそのスピードはデュラハンから他への意識を奪っていたのだ。歩との打ち合いに全意識を集中させざるえなかったデュラハン。その結果、武器を気に掛ける余裕は無く。
数百をも上回る斬撃を受けていたデュラハンの大剣はダメージが蓄積しついに――
――バキイイインン!!
折れた。
大剣無しで今の歩を倒すことは不可能。デュラハンは急ぎ再度大剣を魔力で構築しようと剣を魔素に分解した――が、歩はその隙を狙っていた。
「――『覚醒者』『影の王』発動」
【覚醒者 《level.3》】身体強化系スキル全ての効果を180秒間30%上昇。効果終了時、24時間経過後再使用可能。
【影の王 《level.3》】漆黒系のスキル全ての効果を180秒間30%上昇。効果終了時、24時間経過後再使用可能。
――ズズズッ……!!!
歩の背に、魔力で形成された歪な翼が出現した。黒く光る影の王たる炎のような翼。
その凄まじい異様ともいえる魔力に一瞬硬直したデュラハン。次の瞬間、彼の腕が飛ぶ。切り上げた『彗星』の斬撃が強化されていたデュラハンの右腕を落とした。
更に紅雷が瞬く。深く抉られた鎧の胸部分。内包されていた黒い魔力が血のように噴き出す。
――スガガガガガガガ!!!!
連撃。紅と碧の斬光。暗い部屋の中、無数の流星のような魔力の残滓が美しい軌道を闇に刻む。
体術を織り交ぜた、神速の四十八連撃。
素早く魔力を厚く張り、防御力を極限まで高めたデュラハン。しかし、その抵抗も虚しく四肢と頭を切り飛ばされた彼は床に転がった。
その莫大な魔力でまた再生を試みるデュラハン。
歩は彼にまたがり、弱点である首へと手を突っ込む。
「――!!」
その瞬間、
『……アリス様。私は、必ずあなたを、また――…』
生前の彼の姿。白銀の甲冑を纏う彼が、眠る少女の小さな手に触れ片膝をつく。
そんな映像が脳裏に過った――
「……ごめんね」
――ド、ドドッ!!!
デュラハンに突っ込んだ手から『魔弾』を放つ。何度も。強化されたその火力は、十発撃ち込んだあたりでデュラハンの胴体をバラバラに吹き飛ばす程だった。
周囲に舞うデュラハンの内包していた魔力。鎧の欠片もまた、サラサラと魔素へ還った。
――ピロン。
138000ポイント取得。
「……」
歩は二階の王の間へと向かう。眠る狼の魔物、ブラッドウルフを通り過ぎる。
崩れかけた階段を上がり、少女の元へ。
彼女を纏う魔力にネックレスを接触させる。
光が瞬き、体の周囲に刻まれた術式が現れ、肉体が光の粒子に変わっていく。
転移が開始された。
やがて視界が白く覆われた時。
――……わん
ブラッドウルフの鳴き声が歩には聞こえた気がした。
***
「――……お前、まさか……」
佐藤の捜索を終え、一層へと戻った俺は転移装置付近に誰かが横たわっているのを見つけた。まさか、と思い近づく。
するとそれは、あの日から今日まで探していた俺の生徒だった。
「……歩」
ボロボロの姿で。だが、しっかりと生きて。
彼はダンジョンから帰ってきたのだった。
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