第12話 ゲームオーバー



……ああ、ゲームオーバーか。


ふと意識が戻る。するとそこは暗い闇の空間。目の前には自分がいた。


小学生の自分が俺を見上げている。


「……俺」

「やあ、久しぶり」

「数年ぶりか」

「そだねえ」


いつの間にか現れたベンチに二人並び座っている。小さい僕は脚をぶらぶらさせてアイスを食べていた。


「俺は死んだのか」

「ううん。死んではいないよ、まだ。でもこのままじゃ死んじゃうね」

「『ヒール』でなんとかなるか?」

「うーん。なるかならないかで言えば、なるだろうけど……魔力がないからねえ。さっきの攻防でもう限界まで消費しちゃったからさ」

「……失敗したってことか」

「いやいや、あれが無かったらあれだけの時間俺が生き延びることはできなかったよ。今俺にある手ではあれが最善だったし、上出来だった。っていうか出来すぎなくらいだよ」

「じゃあ、もっと前?スキル振りをもう少し考えてちゃんと振っていたら、違ったのか」

「ちゃんとって?」

「……『覚醒者』をとってから」

「まあ、そうしてれば結果は違ったかもね。でも、それでも届かなかったと思うよ。あのデュラハンは普通じゃない。まだ力も隠してるだろうし、きっとレートはAの上位あたりくらい。下手したらSあるかも?」

「そうか。じゃあ、もう戦いになった時点で……」

「でも、仕方が無かったでしょう。自力であの量の魔力を集めようとしたら、十数年はかかった。あれに頼るほかなかったよ」

「……お前、もしかして俺を慰めてるのか?」

「俺がそれを望んでるならそうなんじゃない?俺は君なんだから」

「……要するに、死を受け入れたってことか、俺は」

「ま、今更どうにもならないしね。仕方が無いよ」

「それもそうか……」


目を開けたところで、できることは残った僅かなポイントを振るくらいしか。それであのデュラハンを倒せるわけは、ない。


「母さんのハンバーグ」


「……」


「最期に食べたかったよねえ」


笑う小さな俺。その笑顔は悲しそうに俺へ向けられた。


「そうだな」


目をそむけ俺はめを瞑る。大好きだったあの味と香りは、今も鮮明に思い出すことができる。


『――大丈夫。諦めないでがんばるのが大事よ、歩』


声が聞こえた。


「この状況で諦めないでって、なかなか無茶なだよな……」

「確かに。片腕ないし、肋骨も折れてる。内臓にだってダメージがあるし。限界超えて動いてたから、酷使された筋肉が痛んで消耗しきっている……そして一番の問題は魔力が枯渇していることかな。自然回復も全然追いつかない」

「……そしてポイントもない。完全に詰みだよな」


俺がそう言うと、小さい俺が不機嫌そうな顔をしてこう言った。


「わかってんならもうそんな顔しないでよ」

「え?」

「諦めたようなこと言って、そんな苦しそうな顔しないでって言ってるんだよ」

「……」


気が付くと俺の顔は歪んでいた。必死に自分への慰めの言葉を言いながら、それに相反して抗う感情。それが表情に現れていた。


『そう?ミーティングまで少しあるし、落ち着くまで中庭で膝枕したげよっか?』

『なんで!?』

『あははは!うっそー!』


朝比奈の笑い声。目の前にあの時の光景が現れる。


「朝比奈さんにも、もう一回会いたかったね。こんなことになるなら、言っておけばよかった。ほら、俺って実は……」

「もういい。やめろ」


次にウルと一緒に川遊びをしている光景がそこに現れる。俺の投げたボールを追いかけ楽しそうに駆け回っているウル。気が付くと頬が緩んでいる自分がいた。この殺伐とした世界で、ウルのおかげで穏やかな気持ちになれた。


「……ウルの声が聞こえるね」


小さい俺がそういうと、微かな悲鳴が聞こえた。

心臓を握り潰されるような痛みが胸の奥に走り、耳を塞ぐ。


「そんなこと言われたって、どうすれっていいうんだ」

「わかんないよ」

「もう無理なんだよ、もう死を待つしか」

「でも、まだしがみついているのは君だ」

「……」

「それでも何かないかって、ずっと考えてる。今も、この時も」

「……だって、ウルが大切だから」

「知ってる。だって俺だもん。死んでも助けたいって思ってるんだよね」


……助けたい、せめてウルだけでも。


「スキル……『自爆』は、どうだ」

「あれって強いのかな?命を賭けるには微妙な気がするよ」

「そうは言っても、もう俺は死ぬんだ。ならウルの為に……」

「命を捨てるのは悲しいよ。俺がじゃなくて、俺を大切に思ってる人たちが、悲しむ」

「意味がわからない。どうせもう死ぬんだ。どの道助からないなら、俺の命を使った方がいいだろ」

「逆の立場ならわかるんじゃない?もしウルが犠牲になって俺が助かったら、どう?」

「……悲しい」

「でしょう。朝比奈もお母さんも悲しむよ」

「それは、俺が生き残るのが最低条件ってことか?……もう無理だろ」

「そうかな」

「え?」

「スキルの話を始めてから、君はそれに薄々気が付き始めてる」

「……」

「この状況を何とかする方法があるかもしれない事に」


「……ポイントの入手法」


『命を対価にする他、プレイヤー自身の大切なモノを差し出すことでポイントを得ることができます。また、それがプレイヤーにとってかけがえのないものであればそれだけ代償ボーナスが付き、ポイントが通常よりも遥かに増えます。』


「そうだね。やるならそれがいい。一番可能性がある」

「でも、何を犠牲にする?腕、脚……臓器の一部とかか?」

「腕や脚は回復手段がある。おそらくそこまでポイントは高くはないはず。内臓だって、得たポイントで回復系スキルを高めていけば治せるかもしれない。同様にあまりポイントはもらえないんじゃないかな」

「なら、何を……かけがえのないもの。スキル?スキルリストにあるlevelの高いスキルを捧げれば」

「それならそこそこ貰えるかもね。でも今使用しているスキルを削ってあの化物とやりあえるのかな?」

「……」

「ホントは気が付いてるんでしょう?」

「……」

「俺にとって、俺が持っているもので、一番かけがえが無く大切なモノ。それは」


「……大切な人との、記憶か」


「そうだ。それなら途轍もない量のポイントが入る。今君が感じている尋常じゃない苦しい気持ちがその根拠だ。手足や、自分の命よりも捧げたくないと感じているその想いこそ捧げるべきものだ」


「……」


記憶は捧げられる。前に一度、そのシステムの検証をしたときに確認したことがある。

あの時は一日前の食べた物の記憶を捧げ、それに成功した。得たポイントはゼロだったが……でも、だから記憶は捧げられるのは確かだ。


(けど)


捧げれば、母さん、朝比奈、ウル。間違いなくこの三人の記憶は完全になくなるだろう。

おそらく戻す手段もない。


「考えるな」


小さい俺が言った。


「ウルの方が大事だろ」

「……!」

「お前が帰らなかったら母さんだって」

「……確かに」

「朝比奈だって俺を殺したって自分を責めて苦しみ続ける」

「そう、だな……」


「さあ、目を開けて。得たポイントで振るものはわかってるよね」

「ああ」

「俺はもう死にかけだ。ここからは細い細い綱渡り。一つ、一瞬、何かを微かにミスればそこで終了だ」

「わかった」

「ああ、覚悟は決まった」

「すべてを研ぎ澄ませ」


「――アイツを、殺るぞ」



――俺は、目を開けた。





―――――――――――――――――――――


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