星の人形師

柳上 晶

第1話

 とある世界の銀河の果て。そこには一つの建物があった。

 巨大な天球儀を中心とし、たくさんの『人形』が住む場所。選ばれた人しか入れない星で、入れる条件はわかっておらず、その中枢の人物は、未だ明らかになっていない。



 コツコツと、一人の足音だけが部屋の中に響き渡る。一定の速度から変わらず、同じ場所をぐるぐると回り続ける。

 物がその人にしかわからない法則で床の端っこに置かれている部屋の中、何も置かれていない足場を綺麗に選んで歩く。その度に、銀色に輝く長い髪を引きずる。

「どうしよう、どうしよう」

 ぶつぶつと呟くその人は、中性的な見た目をした高身長の人物であり、長ったらしいローブを身に纏っていた。

「このままじゃダメ」

『自分が頑張らないと』

「そうだよな」

 誰もいない部屋で自問自答をしているその人は足を止めて、地面に座り込む。地面には手を伸ばせばすぐ手に取れるぐらい物があり、それらを拾っては適当にいじって元の場所に戻す。それを何回かしてからまた立ち上がると、部屋のドアの前まで行き、ドアノブに手をかける。

 そこから外に出ようとするが、どうしてもやる気が起きず、立ち止まったまましばらく自分の手を見つめていると、トントンとドアを叩く音がした。

「ご主人様。客人がお見えです」

 その声に、少し安堵しながら手を下ろす。

 虚無感が心の中を支配していき、もういいやと内に秘めていた自分が言う。

「……ああ、わかったよ」

 間を開けて出てきた声は、自分が思っていたよりも低く、不機嫌そうな声だった。

 それに嫌気がさしたその人は、また部屋の中心に戻り、座り込んだ。




 ここは『ガラクシア・ムニカ』という、生きた人形が活動している場所だ。地球上にない、どこか遠い銀河にある。

 そこに住むものはすべて人形であり、たまに観光客が訪れるくらいだ。そして今日も観光客がやってきたようだ。

 桃色の髪をした人形『ヘータ』は、客人を迎えに船舶場に向かう。この星の案内役であり、人形の統括者でもあるヘータは、慣れた様子で客人をもてなす。

「ようこそ、ガラクシア・ムニカへ。私たち人形一同歓迎いたします。案内役を務めさせていただいているヘータです。よろしくお願いします」

「ええと、よろしく……お願いします?」

 少し困惑した青年は周囲を見渡し、不思議な光景に目を丸くしている。宇宙旅行の途中だったらしく、今までに見覚えがない星を発見し、気になって寄ってみたらしい。

 珍しげにしている青年を見据えながら、ヘータは言葉を続ける。

「ここでは皆様が欲するすべてが揃っております。何か必要としていることはありますか?」

「え?いや、ないと思いますけど……」

 ふむ、とヘータは少し考える。

「では、少し時間を取らせていただきますが、占星術を試してみてはいかがでしょう。無意識に抱えた悩みなどを解決できます」

「じゃあ、せっかくだし試してみます」

 ヘータは頷き、案内を始める。青年を扇動しながら、道中の説明をする。家や店が並んだ住宅街のような場所を歩きながら、青年は耳を傾け、感心した様子だ。

 宝石屋、海の家、動物の楽園、機械屋、そして、占星術の宿。

 トントンとドアをノックして店に入る。そこにいたのは淡い水色の癖っ毛を伸ばした少女。

「あれ、ヘータ、お客さん?」

「ええ」

「じゃあ、自己紹介。レイナはレイナだよ。占星術を担当してるの。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

 にこりと笑ったレイナは、すぐ作業に取り掛かる。机にホロスコープを作り出し、青年に椅子に座るよう勧める。

 青年が椅子に座ると同時にパッと景色が変わり、星空の中に飛ぶ。急な展開に声が出ない青年に、レイナは落ち着いて話し始める。

「うんうん、なるほどね。君は今まで頑張ってきたんだね。苦労もあった。でも、その分強い。優しい人だね」

「いや、そんなことは……」

「でも、協調性がないって出てるね。譲るところは譲らないとダメだよ」

「う、はい……」

 肩を落としてしょんぼりしている青年に、まあまあと声をかける。

「悪いとこがあるってことは、その分いいことがあるってことだから。この先、人生を変えてくれる人と出会うって出てるし、気をつけていれば大丈夫だよ」

「あ、ありがとうございます」

 レイナはニコニコしたまま立ち上がる。さあっと景色が変わり、元いた部屋に帰ってくる。レイナはそのままヘータの方へ近づいてきて、星柄の小さな袋を渡す。

 コソコソとヘータに耳打ちして、頷くのを確認してから青年の方を向く。

「あんまり詳しいことは言えないけど、きっといい人生を歩めるよ。諦めないで頑張ってね」

「は、はい!」

 手をひらひらとふるレイナ。青年は力強く返事し、ここにやってきた時と比べると、いくらか正規が宿ったように思える。

「では、戻りましょうか。帰宅する時間です」

 ここには暗黙のルールがある。やってきた客に勧める店は、一人一つまで。あっという間に船舶場に到達し、帰宅の用意を始める。

「来てくださり、誠にありがとうございました」

「いえ、こちらこそありがとうございます。何だか、この先も頑張ろうって思えたので、来てよかったです」

「そう思ってくださり、嬉しい限りです。――――こちらは、レイナからの贈り物です」

 ヘータは先ほどレイナから渡された小袋を青年に渡す。

「これ、開けてもいいですか」

「どうぞ」

 青年が袋を開けると、そこには金色に輝く宝石がついたブローチが入っていた。それを手に取り、眺める。

「これは……」

「クリソベリルキャッツアイです。魔を祓い、幸運を引き寄せると言われています」

「すごい……こんなものまでもらってしまって、申し訳ないです。お守りとして、帰った先でも大切にして、頑張ります!」

 満足そうに船に乗り帰っていく青年を見送り、ヘータは見回りを始める。多種多様な人形が楽しそうに過ごすこの星は、一人のマスターによって作られ、維持されている星である。

 ここに住む人形を作ったのも、マスターだ。

 ヘータはこの星の中心部に存在する部屋の前に来て、ドアをノックする。

「ご主人様、お客様はお帰りになられました」

「――――ああ、ありがとう」

 返事だけが帰ってきたドアを見て、仕方がないとドアを開ける。案の定、地面に座っているマスターを見て、ふうと息をつく。

「どうしてわざわざ地面に座るのですか」

「ヘータ、勝手に入るのは」

「少しは外に出てください」

「うぅ」

 ヘータは部屋に入り、地面に散らかった資料や道具を整理整頓し始める。それを見て、マスターも一緒になって片付け始める。

 申し訳なさそうにするマスターは、いつ見てもこのような様子であり、何とかできないかと考え中である。

 ふと思い出したかのようにマスターはヘータに近づく。

「ヘータ」

「?はい、何でしょうか」

 顔をあげたヘータの頭を撫でる。

「いつもありがとう」

「!!」

 パッと顔を逸らすヘータ。その顔は真っ赤に染まり、恥ずかしさと嬉しさを混ぜた表情となっている。

「そ、そんな、褒めてもダメですよ。こんなに散らかった部屋をそのままにして置けません」

「そんなつもりじゃなかったのだが……」

「言い訳は無用ですよ」

 自分が何とかしなくてはという責任感を持たせるマスターはどうなのかということを考えたこともある。だが、それ以上に人形たちを大切にしていることがわかるのだ。

 責めることはあれど、見限るなどはしない。それがここに住む人形たちの総意だ。このようなちょっとしたことでも、大切な記憶として保管されていく。

 ヘータたちは今日も、少し変わった日常を過ごしていく。それが、崩されないように。

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星の人形師 柳上 晶 @kamiyanagi177

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