第2話

リゼルが深い森の中を歩いていると狙いどおりにゴブリンの大群に遭遇した。

前方や木の上から無数のゴブリンたちが黄色い眼を光らせ小さな鋭い牙の並んだ口からは汚らしい涎を滴らせている。

額の角は一本だったり二本だったり三本角だったりと個体によって異なるが、腰布一枚で右手には太い棍棒を得物としているところは共通だった。

彼らを一瞥したリゼルはくわっとあくびをした。朝早くから出かけたので眠いのだ。通常ならば恐れて命乞いをするのが人間なのにコイツはどうしてそうしないのかと理解できない風に小首を傾げたゴブリンたちだったが、やがて打ち合わせたかのように一斉に飛びかかってきた。

リゼルの金品や衣服を奪い、肉は朝食にするつもりなのだ。

リゼルの目元は三角帽子を目深にかぶっているのでよくわからないが、口元には微かな笑みが浮かんでいた。涎をまき散らしながら襲いかかるゴブリンの顔面に鉄拳を浴びせる。小さな拳が命中するとゴブリンの頭は爆ぜた。リゼルにとってゴブリンの頭蓋骨など豆腐よりも柔らかい。牙が食い込むよりも早く頭頂部を掴んで握り潰す。

回し蹴りで岩壁まで吹き飛ばされたものは黒煙を上げて消滅してしまった。

軽く放たれた手刀は振るっただけで一度に十体ものゴブリンの首を切断してしまう。

次々と数を減らしながらも後には引けないのか獲物を捕獲したい維持か、棍棒を片手に向かっていっては容赦なく倒されていく。やがて、彼らは一体残らず消滅した。

リゼルは肩をぐるぐると回して大きく伸びをする。高い木々の合間から降り注ぐ太陽に少し目を細めた。


「手ごたえがなかったわね」


ある村の住人が凶悪なゴブリンの集団に生活を脅かされているというので、暇でもあったし赴いたのだが十分も持たずに魔法も使わずに片付いてしまった。

骨のない相手に嘆息するが、これで村は当分平和になるだろうとリゼルは報酬を受け取り次の敵を求めるのだった。


凶悪な魔物たちが住むというダンジョンへリゼルは単独で向かった。

本来ならばとてもひとりで行けるような場所ではなくパーティーは必須だったのだが、リゼルには関係のない話だった。深い洞窟を進んでいくと赤い瞳を光らせ黒いマントを羽織った骸骨騎士が剣を構えて現れた。

骸骨騎士はリゼルを見ると骨を鳴らして笑った。


「クククク。小娘、ひとりか?」

「そうよ。あなたなんて私ひとりで倒せるもの」

「大きく出たな。我が剣術に後悔してもしらぬぞ」


骸骨騎士が大剣を振り下ろすがリゼルが右腕一本で防ぐと剣は呆気なく砕け散った。

ボロボロの剣ではなく新品同様の光沢をまとったものだったが、リゼルの腕は否、服さえも切断することはできなかった。得物を失い丸腰となった骸骨に彼女は黄金の杖を向けて一瞬で冷凍させると、上段から杖を振るって倒した。

下へ行くと洞窟の天井に頭がつきそうなほど巨大な鬼が現れた。

赤い巨体に棍棒を構え、太い牙を生やした姿はいかにも凶悪だ。

得物の棍棒には血が付着しており、何人もの相手が犠牲になったことが伺えた。


「かかってきなさい」


リゼルが挑発的な笑みを浮かべると赤鬼は吠えて棍棒を振り回してくる。

突風が発生するほどの棍棒の一撃を顔面に受けながらもリゼルは微動だにしない。


「まだ私を流血させるには足りないわね」


肩をすくめて棍棒が振るわせたのに合わせて拳を炸裂させると棍棒は破裂した。

リゼルにとって鬼の棍棒などはスポンジよりも脆い。

小さな掌で鬼の両手首を掴んだかと思うと鬼の巨体を軽々と後方に投げ捨てる。

天井につくほどの高さまで跳躍すると倒れている鬼の喉に膝を食い込ませた。

強烈な一撃に首の骨を折られて鬼は消滅。


「準備運動にもならないのだけれど、すこしは私を楽しませてほしいわね」


ダンジョンを進んでいくと数々のトラップが襲いかかってくる。

毒矢や飛んでくる剣などもあるがリゼルの優れた動体視力をもってすれば、躱すのは造作もないことだった。

やがてダンジョンの最奥にたどり着いたリゼルを待っていたのは巨大なガマガエルだった。毒々しい赤い巨体から紫色の舌を出している。


「あなたは私を楽しませてくれる?」


訊ねるとガマガエルは太い舌を伸ばしてリゼルの胴を捉えてギリギリと締め上げる。


「まだ足りない。もっと、もっと締め上げないと苦しめないわよ」


リゼルの反応に怒り心頭のガマガエルは締め付けを強くする。

これまでにダンジョンの最奥までたどり着いた者は数少ない。

大抵は前の骸骨騎士と赤鬼に阻まれるからだ。

そしてガマガエルは締め付けでもって挑んでくる相手の胴を真っ二つにして食べてきた。けれど、この相手はどれほど締め付けても悲鳴ひとつ上げない。

ガマガエルは顔から油を垂らした。


「舌が緩んでいるわよ!」


リゼルが伸びた舌を掴んでジャイアントスィングで振り回す。

舌は口と繋がっているのでカエルの巨体も一緒に振り回されるという理屈である。

痛みと遠心力で舌による拘束を解除してしまったガマガエルに杖を召喚したリゼルからの容赦のない火炎のプレゼントが贈られる。

悲鳴を上げる間もなく超高温で身体を焼かれ、あっという間に消滅してしまった。

カエルが守護していた宝をリゼルは一瞥した。山のような金貨や宝石だったが、彼女にとってはそこまで価値のあるものではない。魔法で宝を外に運び出してから言った。


「軽い運動をしたから朝ごはんがおいしく食べられるかもしれないわね」


多数の魔物が生息するダンジョンもリゼルにとっては朝食前の運動でしかなかった。


おしまい。

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格闘魔法少女リゼル モンブラン博士 @maronn777

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