~赤紙が来たけど無視してたら世界を滅ぼすことになった。なお、平凡な日常以外は興味ないです~

ハムえっぐ

~赤紙が来たけど無視してたら世界を滅ぼすことになった。なお、平凡な日常以外は興味ないです~

 202X年。第2次大東亜戦争とかいう、偉い奴らが勝手に始めた殺し合いが始まって、この国はとっくにイカれてた。

 空はドローンの羽音で常にうるせえし、空気は焼けた鉄とコンクリートの粉塵の匂いで満ちている。俺が住むこの街も、いつ空から爆弾が降ってくるかわからねえ、クソみたいなセピア色の地獄絵図ってわけだ。


 開戦1ヶ月で、政府のクソどもは18歳から60歳の男全員に「赤紙」とかいう、死への招待状を送り付けやがった。

 拒否? 逃亡? んなもん許されるわけがねえ。特高警察とかいう、黒服の亡霊どもがその場でオマエを「非国民」に認定して、脳天に風穴を開ける。そんなイカれた法律まで通っちまった。

 まさに狂気の沙汰。だが、狂気はさらに加速する。


「対象年齢を15歳以上とする」


 その決定が下された日、俺、伊馬王瀬いまおうせは15歳の誕生日を迎えた。食卓にはささやかなショートケーキ。だが、ロウソクの火を吹き消す前に、郵便受けに突っ込まれた一通の赤い紙が、俺の日常にクソを塗りたくった。

 ああ、俺の誕生日は世界最悪のクソイベントに認定だ。


 翌日、教室の席は半分以上が空っぽになっていた。脳みそまで軍国主義に染まったアホどもが、「お国のために!」とか涙ながらに叫んで、昨日までペンを握っていた手で銃を握りにいったらしい。


 反吐が出る。

 俺は空席を気にも留めず、いつも通り授業を受けた。昨日まで隣の席でくだらないソシャゲの話をしていた鈴木の机が空いていることにも気づかないフリをして、いつも通り授業を受け、いつも通り帰路についた。

 赤紙? ああ、昨日、ケーキと一緒に燃えるゴミに出したぜ。


 だが、国とかいうシステムは、俺のささやかな抵抗を許してはくれなかった。

 翌朝、けたたましくインターフォンが鳴り響く。


「ピンポーン。ああ、伊馬王瀬君。君、赤紙無視してるねえ。いかんよそういうのは。みんなが命を賭して戦ってるのに自分だけは逃れようなんていかんよ。じゃ、ここで決めな。戦場に行くか、ここで殺されるか」


 ドアを開けると、そこには黒スーツの男たちが数人。リーダー格の男が紫煙を燻らせながら、ゴミでも見るような目で俺を見下ろしていた。

 俺はポリポリと寝癖のついた頭を掻く。


「ああ、俺は第三の選択をします」


「ああ? 第三だあ? 自殺でもすんのかよ! んなことするなら人間の壁になって国のために死ねや!」


 男がタバコを吐き捨てた、その瞬間。

 そいつの首が、トマトでも潰れたかのように綺麗な放物線を描いて宙を舞った。ドシャッ、と生々しい音を立てて、アスファルトに転がる。


「は? て、てめえ、何を⁉」


 残りの特高どもが驚愕に目を見開くが、そいつらの視界も次の瞬間には地面しか映さなくなっていた。俺が、ただ腕を振るっただけ。それだけで、面倒な虫はただの肉塊に変わる。


「ふぁああ、シャワー浴びて学校行くかあ」


 俺は大きな欠伸を一つ。いつも通りの朝が始まる……はずだった。


「非国民! 非国民がいるわあああああ! 人殺しよ! 警察の方々が殺されたわああああ!」


 甲高いヒステリックな声。近所のババアが、カーテンの隙間から一部始終を見ていやがったらしい。

 ああ、面倒くせえ。俺は天を仰ぎ、ただ念じる。


「うるせえ」


 ゴロゴロゴロ……ドッゴオオオオオン!

 空から一条の雷が、悲鳴の発生源に正確に突き刺さった。爆炎が上がり、あっという間に近隣の家屋を舐め尽くしていく。


(この炎で俺も死んだことにならねえかな?)


 そんな淡い期待は無駄だった。スマホの画面に緊急速報がポップアップする。


『緊急! ✕✕市に住む伊馬王瀬を指名手配! 見かけた者は直ちに通報してください!』

 

 ちっ。こういう国民を監視する技術だけは超一流だな。バカな国ってのは、国民を幸せにするんじゃなく、縛り付ける方向にだけ進化を遂げるらしい。


 そう思ったのも束の間、俺は数十人の武装した特高警察に完全に包囲されていた。


「どこの国のスパイだ? 楽に死ねると思うなよ?」


 奴らは俺を生け捕りにして、拷問する気満々らしい。360度、全方位から俺の足を狙って無数の弾丸が撃ち込まれる。

 俺は心底うんざりして、吐き捨てた。


「は? スパイ? 俺はただ平穏な日常を過ごしたいだけ。戦争なんて偉い奴らで勝手に殺し合いしてろよ。俺はそうしていたぜ。逆らう者なんざ俺だけで十分対処できたからな」


 パンッ、パンッ、と乾いた銃声が響く。だが銃弾は俺に届く前に、見えない壁に阻まれたように霧散する。俺が一歩踏み出すたびに、一番近くにいた特高の身体が内側から破裂した。


「クソゴミ野郎が! 日本に逆らう人非人死ねえええええ!」


「日本に逆らう? バカ言え。そっちが俺に逆らったんだろ。てゆーか、俺に無駄弾使う余裕あるのウケるわ」


 やがて弾切れの音が響く頃には、そこに立っているのは俺一人になっていた。


『速報です。赤紙招集を拒否した凶悪犯が都内で暴れています。容疑者は伊馬王瀬15歳。目撃した方はすぐに警察まで連絡してください。死体でも可です』


 テレビからは、俺を極悪人として報道するニュース。もうこの国に、俺の居場所はなくなったらしい。

 はあ、赤紙を拒否しただけなのにな。


 当然、そんな俺を他の勢力が見逃すはずもなかった。

 

「ヒッヒッヒ、うちの国に来るね。一緒にこの国を滅ぼそう」


「てめえらも全員死ねや」


 死体に変換。

 

「アイラブユーナイストゥーミーチュー。我が国で力を振るいたまえ」


「するわけねえだろ!」

  

 死体に変換。

 

「ワレワレハナカマダ。ウチュウニコイ。チキュウホロボソウ」


「俺は平和に生きてえの!」

 

 死体に変換。


「ホントうぜえな。何かいい方法ねえかな。……そうだ!」


 俺は生放送中のテレビ局に正面から乗り込んだ。邪魔する奴らは全員ミンチにしながら、スタジオを占拠する。


「ああーテステス。全世界に告げる。てめえらが戦争して殺し合いしてようがどうでもいい。俺を巻き込むな! 俺に普通の人生を送らせろ! 今まで通り平凡な中学生でいさせろ! 以上! これにイエスと言わない人間は全員殺す!」


 その放送は、数日のうちに地球上の全人類が見ることになった。

 そして、全人類が、心のどこかで俺を恐怖した。

 ま、当然か。人ってのは理解できない化け物が利用できないと知れば、消えてほしいとしか願わねえからな。

 俺の真の能力は自身に向けられた強い敵意や恐怖を、そのまま相手に死として跳ね返す。

 結果、全人類は、その場で七転八倒の苦しみを味わいながら死んだ。前世と同じように。

 まず大人が俺を憎み、死に、その死体を見て子供も恐怖して死ぬ。赤子だって乳がもらえなければ恐怖するもんな。

 あっという間に滅亡よ。

 はあ……鈴木君や一部は生き残って、俺のしたこと拍手喝采してくれると思ったんだけどなあ。


 数日後。ゴーストタウンと化した街のコンビニで、俺は缶詰の賞味期限を吟味していた。


「やれやれ、あなたはこんな簡単なミッションもクリアできないのですか? 魔王様」


 背後から、鈴を転がすような声。振り返ると、巨大な白い羽根を持つ白衣の金髪美少女が、面白そうに俺を見ていた。


「あんたか。この世界も失敗したようだ。なんでだろうな?」


 俺はエナドリのタブを開け、一気に呷る。少女はクスリと笑った。


「人は誰かのために生きて死ぬのを美学としてますから」


「ふうん。俺には国のお偉いさんに人生狂わせているように見えるがねえ」


「さて、これであなたは2つの世界を滅ぼしました。贖罪も倍に増えました。次の世界に行きますか?」


「……いや。まだ飯もあるからいいや。もう少し1人を楽しむさ」


「ふふっ、いいでしょう。死にたくなったらいつでもわたくしを呼んでください。あっ、そうそう、この世界には大地を消滅させる兵器が各地にあります。制御している人間がいなくなったらどうなるのでしょうね?」


 少女の手の中に、物騒な赤いボタンが現れた。


「って! あんたその赤いボタンはなんだよ!」


「ポチッとな」


「ああ、分かったよ! 次の世界に行く! 次こそ平凡に生涯を終える人生送ってみせる!」


「2回分、平凡に生きて死ねば魔王になる前のあなたに戻してあげましょう」


「簡単なミッションじゃねえか。次は上手くやるさ」


 こうして、俺の伊馬王瀬という人間の生涯は終わった。

 さあて、次はどんな醜い世界に送られることやら。フッ、どうせロクなもんじゃねえだろうがな。

 どこへ行っても人間なんてゴミクズ、自分勝手でどうしようもないクズしかいねえんだから。


(こいつを送るだけで、失敗作の世界を滅ぼせるんですから楽な仕事ですわ)


 俺の背中へ向けて、天使がそう思って顔を歪めていた。

 

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