エルフがせめてきたぞっ!!

ケロリビドー

エルフが攻めて来たぞっ!!

 甲高くも荒々しい笑い声が響く中、火の明かりが夜空を照らしている。その下で半裸の女たちが泣きわめき命乞いをする人間の男を弄んでいた。女たちはどの者も茜色の肌をしており、額からは一本ないし二本の角が突き出している。鬼であった。

 弄ばれている男たちは傭兵として鍛え上げられた者、牛馬や畑の世話で仕上がった者、皆が人間の世界では力自慢と呼ばれるような屈強な男たちであったが、鬼女たちの前では彼らはもうただの「種役」でしかなかった。

 この地の鬼には女しか産まれなかった。ゆえに鬼女たちは近隣の人間の村などを襲い、金品や食料を強奪する傍ら気に入った男を攫い、凌辱することで永らえていた。


「ほら~、もっといい声で啼けって」

「なにその情けない顔! いい女に囲まれているんだからもうちょっと楽しそうにしなさいよね~」


 顔中の穴という穴から水分を流して命乞いをする男たちを、あざ笑う鬼女たちは実際いい女揃いだった。鬼と言うと化け物のような筋骨隆々とした姿を想像するかもしれないが、戦士や冒険者、騎士であれば女でもこのくらいの体格の者は人間にもいるだろうといった具合だ。しかし気に入らない言動をした人間の手足を素手で引きちぎる光景を目の当たりにした男たちにとって彼女たちは畏怖の対象にはなっても情欲を抱ける対象ではない。そんな状態でも無理やり反応させられ相手をさせられる。肉の地獄がそこにはあった。


「は~あ。なんかヤダヤダ」


 そんな乱痴気騒ぎには参加せず、少し離れたところでため息をつく鬼女が一人いた。キリカという名を持つその娘は鬼女の村一番の強さを誇る戦士。後頭部の高い所で一本にくくった白い髪をおさげに編み、キリっとした意志の強そうな釣り目を今は倦んだように少し伏せていた。


「おいキリカ~。お前もいい加減男覚えろってば~」

「そうだよ、せっかく一番強くて可愛いのにまだ一度も孕んでないなんてさあ」


 幼馴染の鬼女たちが狂宴の合間に様子を見に来て囃し立ててくるが、キリカは醒めたようにそっぽを向くだけだった。


「ふん、そんな弱っちい男、アタシの相手になんかならないんだよ」

「キリカは理想が高いんだよ~」

「うるさいなー。言ってろよ」


 本当の理由は誰にも言えない。本当は、そこでなすすべなくもみくちゃにされている男たちのように、圧倒的な強者に力づくで支配されたいと思っているだなんて。そう。キリカは美しく強靭な身体の奥に、強引に奪われたい心を隠し持つ乙女であったのだ。


(もっと強い男に会いたいなあ……)


 キリカは子供のころに曾祖母から聞いた寝物語を思い出す。この世のどこかに、自分たちが女しかいないのと同じく男しかいない妖精族がいる。彼らは普段は優雅で高潔であるのに、繁殖期になるとこれまた自分たちと同じように他の種族の女を襲うのだという。彼らはとても美しく、だというのにしなやかに強い。そんな妖精たちの名は……。


「キリカもしかしてまだエルフとか信じてんの? いくら強い奴と戦いたいからってさあ」

「そ、そんなこと! ありえないよ!」


 そんなキリカの心中を見透かしたように幼馴染たちがからかってくる。強がって否定するキリカだったが、幼馴染たちはニヤニヤと笑いながら続けた。


「あんなのおばあの嘘話だって。そんなのいるなら別にあたしら人間とか襲わずにそいつらとだけ番えばいいもんね。でもいないじゃん」

「え~? いたとしても実際はただの草食妖精の群れだろ? オレ草しか食わないようなヒョロ造の群れとか絶対無理だわ~」

「キリカってあんがい夢見がちだよな~。カワイー!」

「うるさいってば!」


 エルフ。その妖精たちはエルフと言うのだそうだ。キリカは夢見ている。いつかエルフが目の前に現れ力づくで自分を……。それを想像しただけでキリカの胸は高鳴り、身体が熱くなるのだ。


(そんなのいないってアタシだって薄々気づいてる。でも夢見るくらいしたっていいじゃない)


 想像しただけで火照った体を冷ましたくて、乱痴気騒ぎに背を向け先に寝床へ向かう彼女の後ろ暗い夢はわりとすぐに叶うことになった。

 次の夜が訪れ、絞り尽くされて精も魂も尽き果てた男たちが打ち捨てられたころ。見張りをしていた鬼女が聞きなれない音を聞き、眉をひそめていた。隙間風のような、鳥が鳴くような音は気のせいではなく、断続的に聞こえてくる。見張りの鬼女は異変が起きた時に吹くことに決まっている笛を鳴らし、同胞たちに注意を呼び掛けた。


「何が起こった!?」


 焚火を囲んで座っていたキリカが立ち上がり駆けだそうとしたその時、星空を切り裂いて一本の矢が放たれた。矢が焚火の真ん中を貫くとその瞬間炎が緑色に変わって燃え盛り、四方八方に飛び散る。緑の炎はいくつもの小さな竜のような形に別れて宙を舞い踊ったあと、あっけにとられたキリカたちの目の前に落ちて火柱になった。


「これは……なんだってんだ、幻か……!?」


 そして炎の向こうに、今まではなかった細身の、背の高いシルエットがいつの間にか立ち並んでいた。


「ようやく見つけましたよ。ここが女だけの鬼の村」

「我らの繁殖期におあつらえ向きな種族に出会えるとは、これぞまさしく精霊の導き」

「しかし思ったより野蛮で汚いですね……まあ高貴なるエルフの血を入れればすこしはましになりますか……」


 月明かりに佇む男たちの周りを鳥が鳴くような音を立て、緑の炎の精霊が飛び回る。幻想的に照らされた襲撃者たちの髪は長く、その姿はしなやかで美しく、そして耳は長く鋭く尖って……。彼らは気品と威厳に満ちた表情のまま妖艶に微笑んだ。


「鬼たちよ、我らエルフの子を成す栄誉を喜ぶがいい」


 エルフ。キリカはその名を聞いて目を大きく見開く。そして自分でも正体のわからない高揚に戸惑った。


(エルフ……! 本当にいた……?)


 おお、と響く鬨の声は優美な姿からは想像もできなほど勇壮だった。その声で我に返った鬼女たちは戦いの臭いに次々と我に返り、男……エルフたちの唐突で傲慢な言い草に異論を唱え始めた。


「ふざけんな! あたしらがお前らみたいなヒョロ助どもに負けるわけねーだろ!」

「全然好みじゃねーんだよ! オレらは鍛え上げられた男の中の男の種しかいらねーんだ!」

「待って、これだけ男がいれば一人くらい屈強なエルフがいるんじゃない? 獲物があっちから来たってわけじゃん」

「お前頭いいな! まあ草食妖精の群れだし、オレらが負けるわけないっつの!」


 うおおおおおおっ!! と雄たけびを上げ向かい合う鬼女とエルフたち。狙うは雌雄。戦いの火ぶたが切って落とされた。

 多くの人の村を襲い、略奪してきた鬼女たちは強い。ある者は斧を、ある者は槌を手にエルフたちに躍りかかる。男があちらからやってきただけで、やることはいつもと変わらない。子供をつくるのに都合がよさそうな男は手足を折って抵抗できなくする。そしてそれ以外は……頭を潰して殺す。そのつもりで迎え撃ったエルフたちは彼女たちの思い通りにはならなかった。

 細くすらりとした肉体の傾向がある種族のエルフだが、森の中で弓を引き獣を狩る者たちがひ弱なはずはないのだ。どのエルフも長身を鞭のようにしならせて鬼女たちの攻撃を受け流し、跳ね返し、渡り合う……!


「っち、やるじゃねえかエルフ!」

「そちらこそ、鬼の名に恥じぬ猛攻ぶりよ……っ。さぞやよい子を宿すに違いない……」


 打ち合う刃から弾けた火花がまた、火トカゲに変じて宙を這った。


【村の男・元傭兵37歳、真っ暗な部屋の中で一人椅子に座っている。】


「今でも信じられねえよ……。俺は力だけが自慢で、どんな相手にも負けねえ自信があったんだ。暴走した牛だって片手で止められたし、女の憧れの的だったんだぜ……。」


【男の顔がアップになる】


「けどよ。あいつらを見た瞬間……。わかっちまったんだ。こりゃ、絶対に勝てねえ……って。奴らの動きは異常だったぜ! 姿は人間に似てても、あいつらは俺らとは違うんだ……。風のように静かに、水のように滑らかに、だけど炎のように猛烈で……。エルフは草食の妖精だと聞いていたのに、まるで肉食獣のような殺気を纏っていたんだ……。逃げなきゃ! って思ったよ。だけど俺は『アレ』を見ちまって……。足が……動かなかった……いや、違う。動かしたくなかった……?」


【男、拳を握りしめる】


「ダメなんだ。俺は生まれながらの男だし、男に興味はねえ……。なのに、ダメなんだ。やつらの『アレ』を見たら、どうしてだろうな。思っちまって……。え? 何をって? 『抱かれてもいい』。いや、正直に言うぜ。『抱かれてえ』って……そう思っちまったんだ……」


【再びアップに】


「何が起こったのか俺にもわからねえ……気がついたら俺は膝をついてた。ありゃもう、暴力だよ。……俺の振るってた暴力なんて、赤子の遊びみてえなもんだ。美しさってのは……本物の暴力になりうる。エルフってのは……そういう奴らなんだ……」


【暗転】


 キリカの幼馴染であり鬼の村の戦士の中でも自他ともに認める豪胆さを誇る鬼女、ヤオビは銀髪を繊細に編んだエルフの男と激しい攻防を繰り返していた。


「オラオラッ! 何が高貴なエルフの血だッ! そんな血オレがこの場で全部地面にぶちまけさせてやるよぉッ!! おおおおッ!」


 雄叫びと共に振り下ろされるヤオビの槌を銀髪エルフは妖精の羽のように繊細な剣の刃でがっちりと受け止める。ガキンと激しい音がしたが、華奢に見える刃は刃こぼれ一つ起こさない。


「そなたは男のような口を利くのだな、うら若き可愛い娘なのに……私はそういう娘、嫌いではないぞ」


 ばちん☆


「はッ……?」


 槌を受け止めた刃の下で、エルフの男のけぶる睫毛に縁どられたエメラルドの瞳が片方だけ、重たく閉じられた。それはヤオビが初めて目にする見たことのない男の仕草だった。


「はッ、はわわわわぁ~ッ♡ なんだそのばちん☆ ってのはぁ~ッ……、オレの腰がッ……抜けてッ……♡」

「ああ~ッ♡ あたしの膝が勝手にぃ……♡」

「な、なんだそのおかしな術はぁ……ッ♡」


 至近距離で放たれた魅力的なウィンクを真正面から受けた鬼女が戦意を失う声がそこここからあがる。力づくで凌辱することしか知らなかった鬼女たちは、イケメンにまっすぐアプローチされることに全然慣れていないのであった!!


「み、みんなどうしたんだっ! いつものみんなと違うっ、どうして……?」


 次々と無力化されていく同胞たちの姿にたじろぐキリカ。彼女の前に新たに何者かが立った気配を感じ、キリカは周りを見回すのを止め、正面を見据える。そこにいたのは……。


「ほう、なかなか美しいではないか。みなぎる生命力、野生を感じさせるな。娘、名を何という?」

「うわ……ワぁ……」


 キリカの前には、現実離れした美丈夫が立っていた。足元まで広がる長い銀髪は一か所ももつれることがなく、炎が起こす風に舞いキラキラと輝いている。左右対称の整った顔面の中、髪よりも濃く銀色に輝く瞳がキリカを値踏みするように眼差している。その視線は下劣なもののはずなのに酷く情熱的で、キリカの全身を舐めまわすように絡みついた。それだけで彼女の喉はカラカラに乾いていく。そしてその渇きの中で彼女が思ったことは、彼女自身にも信じられないことだった。


(この男の口づけが欲しい……!!)


 そう思った次の瞬間、キリカは頭を振ってその考えを追い出す。自分は鬼女で一番の勇猛な戦士。仲間が戦えないなら自分一人でもみんなを守って戦うべきなのだ。震える足を踏みしめる。力の入らない手で棍棒を握りしめた。


「まだ抗おうとするか。良いぞ。強い女だ。まるで美しい獣のようだ。世界でただ一匹の……」

「か、かかってこい。おまえたちなんかに戦士キリカは負けないぞ……」

「我らは獣のように戦うことは好まない。しかし……お前のようないい女の前を前にしては……」

「うおおおおッ!!」


 美丈夫が話終わるのを待たずにキリカは彼に襲い掛かった。じっと聞いていたら狂ってしまいそうだった。それほどに男の声は支配的で重厚で、そして抗いがたく甘かったのだ。


「あッ……!?」


 キリカの必死の猛攻は、しかし何もない空を切った。長く細い、しかし確かに逞しさのある腕がキリカの首を後ろからがっしりと押さえこむ。


「今宵だけは、このエルディオン。比類なく野蛮であるぞ」

「はッ……ああああ……ッ」


 ぎりぎりと首を締めあげながら、エルディオンはキリカの耳朶に甘い吐息を流し込む。その色気は乙女のキリカの身体の芯すら熱く震わせ、瞳の輝きを蕩けさせてしまう。


「き、キリカ……負けないで」

「キリカ、抵抗しろ、勝ってくれ……」

「キリカはオレたちの……一番の……戦士……」


 敗北しエルフの男たちに組み伏せられつつある鬼女の同胞たちが喘ぎの合間にキリカを励まそうと健気な呼びかけを投げる。その声は朦朧としているキリカの耳にもひとつ残らず届いている。


「ダメ……アタシ……負けられな……」


 首を締めあげるエルディオンの腕はがっちりとはまり込み、キリカの人間の男よりも強い力でも外すことができない。足を踏んで逃れようとしても、キリカよりずっと背の高いエルディオンの足はとても遠い。いつの間にかキリカは首のところだけで持ち上げられ、足はぶらぶらと空を切っている。


「キリカ。美しい鬼の戦士よ。このエルディオンの子を産むのだ……!!」

「ああああぁ……ッ!!!」


 エルディオンの綺麗に生えそろった白い歯が、キリカの耳朶を甘く噛んだ。その瞬間、キリカは鼻にかかった高い声で啼いてしまう。


「ごめん、ごめんみんな、ごめん……」


 締め付けるエルフの腕を剥がそうとあがいていた手が、後ろの身体を蹴ろうとしていた足がだらりと下がり、小刻みに痙攣する。


「アタシ……、恋、しちゃっ……たぁ……♡♡♡」


 自分よりも強い男に力づくで押さえつけられ、奪われたい。この瞬間、ここにはキリカの夢を現実にする全てが揃っていた。だから、キリカの敗北は彼女にとって仲間を救えない自分への憤りよりも望みが叶った甘さのほうが何倍も強い。彼女にとってその恋は、夢のような初恋だった。ぐったりと身をもたげるキリカの首からエルディオンが力を抜いても、キリカはもう抵抗しない。そしてエルディオンは彼女に熱い口づけを施す。蕩け切ったキリカの眦から、歓喜の涙が零れ落ちた。

 キリカの戦意喪失を持って、鬼女たちはエルフに完全敗北した。鬼女の村にはエルフの荒々しい哄笑と女たちの甘い嬌声、そして身体を打ち付け合う淫らな破裂音が三日三晩響き渡ったという。


「ああ~ん♡ エルディオン様ぁ、アタシ、アタシこんなの初めてでぇ……♡」

「ふふふ、キリカは本当に可愛いな。これからこのエルディオンの子を大勢産んでもらうぞ……」


 エルディオンはこのエルフの集団の長だった。彼をはじめエルフたちは強い鬼女たちをたいそう気に入り、彼女たちと共に新しい国を作ることに決めた。こうして鬼族とエルフの国が興り、人間に脅威を及ぼす厄介な存在が誕生したのだが、その話はまた別の機会にしよう。


「アタシ、エルフに負けて幸せ♡」


 キリカの白い髪とエルディオンの銀の髪が褥の中で混じり合い、吐息が月夜に消えていった。

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エルフがせめてきたぞっ!! ケロリビドー @keroribido

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