2話 「楽しいことだけしていたい」

1時間ほど前に来た通知が最悪の目覚ましとなったリョウジは、労職から届いたメール文を視界の端に捉えて、ベッドで死んだように横になっている。


毛嫌いしていた特権階級の塊である市役所のサーバー管理が、よりにもよって俺へ割り振られてしまった。


「人によっては、エリート街道だろうけど俺には地獄のレールじゃんか...」


何しろ人目に人一倍敏感なリョウジは、BCI関連に悪意を持つ大人の向けてくる視線が大の苦手だ。

その影響か、気にしないように昔から大人ぶって自分を俯瞰し周りを観察する癖が付いてしまった。


「仕事関係の資料チップの読み込みはまた今度にしよう...。とりあえず攻城戦あるし早めにサメに行くかな」


スッと、視界にあるメール文をゴミ箱へ視線で移動する。

目を閉じてBCIをアカシックレコードへ接続すると、自分の意識が脳からデジタル世界へ転送されるのを感じて心地よさを覚える。


BCIとアカシックレコードは常時接続されており、かつ個人の状態をほぼ誤差なくデジタル世界のアバターと同期しており意識を切り替えれば即座にもう一人の自分へと移動できるのだ。

現在ではお馴染みの技術だが、これが完成するまでの道のりは険しいものだったらしい。


「サメに移動してくれ」


そう真っ白のデジタル空間で発すると、視界に見慣れた黒山羊城大広間が広けた。


「おっすアラナミ~、今日は珍しく早いじゃんか!オラオラっ」


バシバシと背中を叩いてくるのはエンジだ。

その斜め後ろで腕を組んで呆れ顔を見せる、まんまんも居る。


「アラナミ改めて誕生日おめでとう、労職は大丈夫だったの?」

「アラナミ誕生日だったのか!それはめでたいぜ~」

「あんがと、けど気分は最悪超えて体調が悪くすらある」


二人はある程度俺の事を分かっており、今の発言で「まさか...」という顔をした。

まんまんが椅子に座るよう誘導したため、3人で横座りで話を再開する。


「そのまさかだよ、役所案件を割り振られてしまった...」

「うげっ...」


常に能天気なエンジですら顔を顰める。

まんまんは俺の様子を見て、頭を撫でてくる。


「アラナミが一番関わりたくなかった仕事なのに、なんの因果かしらね...拒否も難易度高いし不憫でしかないわね」

「俺は好きで機械技師してっけど、給金10倍って言われてもあんなミカドを濃縮して頭を悪くした連中の巣窟に行きたくねぇ~よ」


的確な例えで少し笑みが零れる。

先週の仕返しと言わんばかりに撫でてくるまんまんの手を退けて、上を仰ぐ。


「出来れば24時間サメで生活出来たら最高なんだけどなぁ...最強マンが羨ましいよ」

「あの子みたいになったら、貴方とんでもないことになるからやめときなさい」

「てか最強マンちょっと前にレベル上限来たってのに、今もダンジョンRTAしてんぜ?どんだけ戦いたいんだよって」


うはは!と笑うエンジは暗い雰囲気を吹き飛ばすように楽し気にする。

今日は前回の快進撃も相まって、黒山羊会の次に強いギルドに挑む予定だ。

サメでは上位勢力がバトれば、その影響は億規模の金が動くことになるのだがその金も娯楽の極まったこの世界ではもちろんギャンブルも盛んである。


「今ミカドが動いてるんだっけ?いつ頃に来る予定かわかる?」


アラナミは視線を上から、隣にいる二人を交互に移す。


「今回はやばいわよ、数えるのも面倒なくらい制作会社が動くみたいで調整が終わらないってぼやいてどっか行ったわ」

「まぁどうせ黒山羊会専用の回線に行ってるだろうよ」

「ならちょっと顔を出すかな」


(ミカド?今そっちに行っても大丈夫?)


BCIのテレパシーに似た通話をミカドに発信する。


(ん?アラナミですか!今ちょうど宣伝してるところです。パスを通すから少々お待ちを)

(お、きた。気分上げるのに使わせてもらうよ)


「「いってらっしゃい~」」


まんまんとエンジの声が途切れ、大広間から大きい球体の中のようなデジタル空間へ転送される。

まるでミラーボールの中に入っているようなその空間は、びっしりとこちらを見ている人たちで埋め込まれた配信室だ。


アラナミが現れた瞬間「「わあああぁぁ!!」」と歓声がこだます。


「相変わらず凄い人気ですね。それにしても珍しく早いログインじゃないですか」

「まぁ色々あってね」

「そうですか、とりあえずお祝いと会議はこの後しますから皆さんに声をかけてくださいな」

「うん。...こんにちは、黒山羊会マスターのアラナミです。ってもうご存じですよね」


そり一層の歓声が上がる中、アラナミは続ける。


「今回の攻城戦は、毎週行っているような楽しいゲームではなく俺一人では難しい相手になります。もう知っているとは思いますが、一昨年までは常にいい勝負を繰り返してきた-レッドガーデン-です」


ここ近年では止める者もいないレベルになった黒山羊会でも、苦戦を呈したギルドがレッドガーデンだ。

魔法職50名、しかも火力メイジのみの構成という最強職集めれば負けないでしょ!をモットーに集まった集団。

一歩近づけば、火の玉が空を覆うほどの物量で攻撃してくる彼らに敵うものは"前までは"いなかった。


「さて、そんな中最後の攻城戦ではどちらが勝利を収めたでしょう?」


バッと腕を広げ、観衆に問うと息をそろえたかのような返事が返ってくる。


「「黒山羊会だー!!」


「そうです!皆様も記憶に新しい戦いだったとは思いますが、あれから二年が経ちなんと俺ももう先日で成人を迎えました。俺がこうして、この舞台に立つのは最初で最後だと思います...」

「だからこれを記念に、俺の握る両の剣で華々しい勝利を再び皆様にお届けすることを約束しましょう!!」


たった数分の出演だが、誰もが知る黒山羊会というギルドの、最強にして最弱職をモノにしたマスターの演説は人々を熱狂させるには十分だった。


「相変わらず器用ですね、アラナミ君。流石です」

「いや、うん、想像以上に気恥ずかしいしもうしないと思うけど、黒山羊会の人気さを改めて実感したよ」

「アラナミ君の多才さは、貴方の母譲りでしょうか?まぁこれほどまでに上がった熱を冷めさせるのも勿体ないですね」


ごほん!とミカドが咳をうち、観衆が少し静かになる。


「さて、皆さん!世にも珍しい方の出演に興奮を維持したまま聞いてください!本日の19時より当ギルドはレッドガーデン城へ攻め入ります!賭けるも自由、観戦するも自由、サメをもっと盛り上げましょう!せっかくなので本日はこのまま閉めさせていただきます!」


「ではまた!」とミカドがお辞儀し、続くように俺もお辞儀をすると空間が再び入れ替わる。

ふとミカドを眺めれば、その頬に熱を持っているように感じた。


「素晴らしい!過去最高の配信でしたよ、アラナミ君!」

「そりゃ良かったよ。俺も悪い気分をごまかすには十分過ぎるほどの歓声だったね」


ミカドは軍師も担当しているが、こうして黒山羊会を外に向けて発信する役目も自主的に行っている。

こうした興行もリアルスペースの醍醐味なので、俺は何も言ってこなかったが今回初めて公に顔を出した。


「それにしてもどういう風の吹き回しでしょう?もしかして労職で役所案件を引き当ててしまいましたか?」

「そのもしだよ。気分上げるのにちょっと利用させてもらった、ごめんね」

「いえいえ、まさかの厄ネタを...それにしてもアラナミ君の人気ぶりを実感できて私は鼻が高いですよ!」


母と同じBCIの管理サポートで働いているミカドは、年の離れた幼馴染みたいなものだ。

黒山羊会設立時の一人として、活発に動いてくれている。


「おっ戻ってきたか、早かったな!」

「どう?楽しめた?」


専用回線から黒山羊会の大広間へ再び戻ってくると、二人が駆け寄ってきた。

まんまんとエンジに向かって、ふふんとミカドが胸を張る。


「今回は過去一のお祭りになりますよ!間違いなく!いやはや、サメの伝説として今後語り継がれることを思いますと、私は今からでも会議を開きたいものです!」

「ふぇ~、それなら俺も視聴枠取っときゃよかった~」

「いやいや、一枠1千万円は勿体ないでしょ!ミカド?もちろん録画はあるわね?」


3人が和気あいあいと話す横で、俺は背伸びをする。

心なしか暖かいものを覚えるこのメンバー構成は、この4人で動くことが多いことから来る安堵感であろうか。


「ん~~、とりあえずまだ昼過ぎだしどうしよっか」

「あっ、なら鉄兄弟に武器の調整してもらいましょうよ」

「そーいや、俺の大盾まだメンテしてもらってねぇや」

「おっけー、鉄々のとこ行こ」

「私は後処理がありますので、また17時の会議で会いましょう」


そそくさとミカドはログアウトしていった。

それを見送ると3人で鉄兄弟-黒山羊会の装備メンテナンス役の元へと歩みを進める。


「そういえば、俺面白い装備の製作を頼んでたんだよね」

「ちょっと流石に今日の攻城戦で使うとか言わないわよね?」

「何があっても俺がアラナミを守るから大丈夫だ!!でどんな装備なんだ?」

「なんていうのかな?仕込みブーツみたいなもので、靴に剣をつけてみた」

「なんじゃそりゃ!?相変わらずマニアックなもん注文したな...」

「鉄兄弟がこれまた喜びそうな装備ね...」


双剣といい、俺は基本的にゼロ距離での戦闘が生き甲斐だ。

臨場感とBCIを用いた高速戦闘はとても楽しい。


「パッと思いついたんだよね、ほら足にも双剣付けたらもっと楽しくなりそうだなと思って」

「メイジの私からすると、そんな人が突っ込んできたら恐怖でしかないわ...」

「結局俺もまだアラナミに勝ったことないもんな、どうなってんだほんとに」

「ははは、俺はサメの弱点を突いたような戦法だからね。自由なゲームでも結局特化型と職相性の問題だから」


そんなこんなで会話していると、カーンカーンと甲高いハンマーの音が聞こえる工房の前まで来た。

中を覗けば瓜二つの人間が、交互に誤差のない動きでハンマーを打っている。


「おぉーい、鉄々今いいか~?」

「「ん?エンジと...おろ?お二人さんも来ちょったか」」


まるで鏡合わせのような息ぴったりのセリフが返ってきた。

鉄面様と鉄皮卿は今の世では珍しい双子なのだ。


「相変わらずBCIの影響もあって息ぴったりだね、二人とも。それで俺の頼んでたもの出来てるかな?」

「おぉ~、ブレードブーツな!兄の俺が責任もって完成さしたぞ!まんまんのコートも修繕終わってっからちと待ってな」


俺とまんまんは返事をして、工房の端にあるテーブルに腰を掛ける。


「エンジは盾のメンテじゃな?はよオラに渡しちょくれ」

「おっと、話が早いな!収納ボックスから出すから待ってくれ」


エンジと鉄面が少し話し込むのを見ながら、まんまんと待つ。


「そういえば、まんまんのコートって金剛製だよね?何で損傷したの?」

「いやね、聞いてよ!この間最強マンを手伝いにダンジョンへ潜ったんだけど、あの子手を滑らせて投げ落とした片手剣が私に直撃したのよ!それで穴開いちゃって、ほんと信じらんない!!」

「えぇ...」


最強マン、ドジっ子のレベルじゃないなぁ。あんなでも俺とタメ張るくらいには1vs1強いはずなんだけど...


そう心で思いつつ、まんまんを慰める。

最強マンは10歳までに行う、総合教育資料を満了してすぐにサメへ来たようだが、そこで見たアラナミに憧れて近接職のアサシンになったと言っていた。

だがどうにも理想と現実の動きが嚙み合わないようで、よく手が滑り足が勇むみたいだ。


「それにしてもあの子頑張るなぁ。もう数年後にはトップランカーに殿堂入りするんじゃないか?」

「それは私も思うけど、BCIのサポートを上手く使えない間はいつ剣が飛んでくるか分からないのは怖いわ...」

「ははは、本人も分かってるから基本ソロでやってるんだろうね」

「おぉ~う、お二人さんよ話してるとこ悪いが持ってきたぜぇ~」


鉄皮がひらひらと手に持ったコートを靡かせながら、俺に依頼した靴を投げてくる。


「うぉっと、危ないよ...ってこりゃえぐいな!」


手に取った靴を見て驚嘆する。

デザインは今使っている靴をそのままにして、足首から脚正面へと延びる剣が防具ではなく、武器として存在感を示す。


「どうだぁ?あんたから提供されたデザインじゃ走るとき邪魔だろうと、まんま剣を正面にぶち込んだぜぇ。オイラの全知を駆使しちょったから今まで以上に気合が入った!」

「なに、その凶悪なブーツ...?それでどうやって戦うつもりよ」

「いやいや、想像以上出来でびっくりした!俺結構足技も使うんだよ、それでこういうのずっと欲しかったんだけど最高だね、ありがとう」


こんな特殊な装備を頼むメンバーが居ないこともあってか、相当気合が入ったであろう装備を自慢げに鉄皮が鼻を鳴らす。


「ふんっ、これでアラナミの近接スタイルぁ完成がな?」

「うん、上も下も自由自在に攻撃できる事を考えれば、後は極めるだけだね」

「これは今夜の攻城戦もっと盛り上がるわね...ミカドの仰天する顔が目に浮かぶわ...」

「ほら、まんめぇもコート受けちょれ」


バッとコートを投げ、少し触れた先からコートが消えていく。

空間収納は自在に取り出せるようになっているため、このような事も出来る。

ただ装備品や武器などは、敵拠点内だと多少の制限はされてしまうが。


「鉄々あんがとな、...おーい二人とも待たせたな!特に問題なかったからよしだ!!」


工房の中央、炉の近くで鉄面と話していたエンジが戻ってきた。

そして俺がエンジに、先ほど受け取ったブレードブーツを掲げると目を丸くして


「なんじゃそりゃ!?アラナミお前何を目指してんだよ」


エンジが少し引き気味で、そう言ってくるが俺は満足げにブレードブーツを仕舞う。


「これで実質両手両足スタイルが完成した~、早く使いたいな」

「いやいや、ミカドまた鬼の形相で迫ってくんぞ?作戦無視はまだしも、今まで最大の戦でスタイル変更とか...(苦笑)」

「いーのいーの、俺は楽しみたくてサメしてるんだしさ」

「それじゃ二人とも行きましょうよ」


まんまんが俺とエンジの手を引いて出口へ向かう。

鉄々に礼を言い、そのまま出るが時間が余っているので特にすることもなくぶらぶらと時間を潰した。

・・・


黒山羊会の大広間に続々とメンバーが集結し、17時の会議が始まろうとしている。

いつもは数人欠けている攻城戦も今日は気合の入り方が凄かった。


「シオユデもなちゅらるんも来ましたね。後数人...おっ、集まったようです。さてこのテーブルが埋まるのも2年振りです」

「この整列感、やっぱ気持ちいいな。楽しみだよ」


ミカドはメンバーの確認を済ませ、揃ったメンツを見てアラナミは感慨深く思う。

パンっとミカドが手を合わせると視線が集まった。


「よし、皆さん今日は念願の日です。とは言っても決まったのは今週ではありますが。過去最大のお祭りですよ」


ゴクッと固唾を飲む音が聞こえるような緊張感が生まれた。

徐々に高鳴る胸の鼓動が、広間を駆ける。


「まず、今回ですがレッドガーデンからの挑戦です。前回を経験した人はお分かりだと思いますが、相手は攻めではなく守りに転じます!それはもう周囲の地形が変わる火の嵐の中を攻める訳です」

「籠城戦ですらやばかったのに、いけるのか?」

「楽しみだけど流石に不安だ」


心配の声を上げる者と、挑戦者側という立場に興奮する者で別れる。


「まぁそう言わずに。私の作戦もありますし、何よりアラナミ君がいますからね?」

「うん、俺は今日も暴れるよ」


チラッと目配せをしてくるミカドに、俺は自信ありげな笑顔を返す。

それから30分ほど作戦内容をミカドから聞き、俺はミカドに「勝手しないように!」と何度も釘をさされた。


「最後になりますが、今回の要はアラナミ君はもちろんのこと、メイジの纏め役シオユデさんとアーチャーの纏め役なちゅらるんの健闘次第で大きく変わります。大丈夫ですか?」

「ふふ、僕が火力メイジ50人に恐れをなす訳ないよ。前回も破らせなかったのは僕のメイジ隊だしね?」

「俺はアラナミの為に力の限りを尽くすだけだ。作戦も頭に詰め込んだ、問題はない」

「頼もしい限りです」


このサメでは、遠距離戦が主としてメイン職はメイジ(魔法職)とアーチャー(弓使い)に分かれる。

だがしかし、黒山羊会は特殊であった。

このメイン職と、重量級タンカーのエンジでアラナミを全力で守りながら敵中枢へと滑り込ます。

そして最後はアラナミが内部からめちゃくちゃに敵陣を切り伏せ、勝利をもぎ取るのだ。

この作戦は他ギルドが真似をするのは以ての外、そもそも近距離職の圧倒的少なさで成り立たない。

それ故アラナミはこんな噂をされることが多い。


「アラナミ君、今日もBCI制限取っ払ってくださいね?」

「あぁ、任せてくれ」

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