神のプログラムによる異世界転移

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第0章 1話「2170年の世界」

それは地道な人間の努力が、永い時を経て"最終設計"と呼ばれる技術を完成させてしまった未来の話。


今から100年以上も昔、脳にチップを埋め込むという無謀な挑戦から始まったこの計画は2150年に日本で義務化されることになる。

そして、義務化に伴い生後間もない赤子全てにこのチップ[Brain Computer Interface]通称BCIが埋め込まれた。

BCIに関する法律と条約、安全性の確保が済んでおり日本の大人たちからはそれなりの反発があったが、それでも中国とアメリカの圧により、されるがままの政治家達は方針を推し進めたため、実験的な意味合いが大きい今回の件の怒りの矛先を赤子に向ける大人が嫌みを込めて...第一次進化人類と呼んだ。


だが、何事もなく20年が過ぎようとした。

・・・


「アラナミやっべ~、今日もバケモンみたいな動きしてんなおい!」


敵の城門の前で両手剣を異常な速度で振るう一人の男に向かって、黒山羊会サブマスターの一人であるエンジは言を垂らす。


「ねぇ!!喋ってる暇があんならそのアホ面掲げてる大盾でカバー行きなさいよ!!」


杖を携えながら、詠唱し終わったもう一人のサブマスターまんまんは顔を赤くしながら隣でボケっとしているエンジに蹴りを入れた。


「わぁーった!わかったから、その先の尖がった靴で尻を蹴るな!!穴が増えちまうッ!...うっし、今から最強の盾が援護に行くぜ~!」


その重さから地面にめり込んだ大盾を構えなおし、一歩歩くごとに地面に足跡を残す重量級のタンカーが軽装の敵を弾き飛ばしながら最前線で戦っている男の元へ走っていった。


この荒れ狂う戦場でお互い奮戦していると思える状況だが、敵陣はすでに崩壊しかけていた。

頬を掠める矢と、肌をチリチリと焦がす火の玉が男のそばに落ちる。


「ははっ、やっぱこの臨場感だけが俺に癒しをくれるッ!...ってエンジ遅ぇよ!最強マンのヤツ早々に乙ッてったじゃねぇか!!」

「わりぃわりぃ、相変わらずの暴れっぷりに惚けちまってた!つか、最強マン早々にいなくなってんなと思ったら乙ったのかよ!リスポーンまで待つか??」


めんどくさい!と敵に突っ込みそのまま城内に入っていった"アラナミ"こと黒山羊会のマスターを見てエンジは笑った。


「たっく、BCIの制限あいつだけ取っ払ってんじゃねぇか?」


そう言ってほどなく白旗の幟が上がる。

戦場特有の高揚感と熱を持つ鼓動が、みんなを包んでいく。


「はぁ、はぁ、今回も最高だった!黒山羊会は負けねぇ!!みんなお疲れ様!!」

「「うおぉぉぉ!!」」

「って、僕の出番は~!?」


黒山羊会の最後のサブマスター最強マン1人だけががっくりと項垂れた。


このゲーム[same world life]ことサメは、科学の集大成-リアルスペース-というメタバースを超えたデジタル空間のゲームである。

数あるゲームの中でも、最も自由で最も完成されているという事でBCIを埋め込んでいる人間の大多数は間違いなくプレイしているであろうこの世界の中のトップに君臨するのがギルド-黒山羊会-である。


総人口50億人となったこの地球でも、物好きが多く集まっているであろうこのギルドでは今日も戦っていた。


「よし、今回の攻城戦も楽しかった!は~やっぱ俺の居場所はここって感じがするなぁ」


このゲームでも有数の大きな城と、その大広間の中央に何十人が囲めるであろう大きなテーブルの周りの椅子に座るギルドメンバー達で今日の慰労会を行っていた。


「僕、今日も運悪く魔法兵の総攻撃が直撃しちゃったよぉ...」

「あんたはいつもアラナミより先に突っちゃうんだから、学びなさいよ」

「ははは、勝ったんだからまんまんもツンツンしないで褒めあおうよ」


アラナミはそう言って自分より年上の頭をポンポンと撫でる。

まんまんは満更でもなさそうに、笑顔を浮かべるがすぐに手を追い払った。


「相変わらずエグい剣捌きしてっけど、アラナミありゃどうなってんだよ?何年も見てるけどやべぇぞ」

「俺もそう思うw」「私にはもはや何も見えない汗」


次々とギルドメンバー達が声を上げていくが、本人は楽しそうにのほほんとしているだけであった。


「はい!それでは、本日の収穫を発表しますね!」


和気あいあいとしてきたところで、経理を担当しているなーたんが割って入る。


「まず、今回の総獲得ですが...なんと800万円を超えました!それと、接収した敵城をそのまま貸し出す契約も結びましたので、月の不動産収入は+120万入ります!」

「「おぉ~」」

「結構な金額いったね~、ちょっと遠出して大きめの城を狙った甲斐があるよ」


このゲームではなるべくの自由が許されているためか、拠点であるところの城を攻め落として負けた側から色々と得ることが出来る。

城を建設することも可能だし、城を落として相手側に毎月の貸し出し金を貰うことも出来る。

ちなみにだが、攻城戦は週に一回仕掛けることが出来る。

今日はその日だったのだ。


「それよりも、アラナミ君?また私の作戦を無視して単身敵城内へ突撃しましたね?また私の作戦立案の5時間を無駄にしてくれたじゃないですか...」


少し怒気をはらむ声でにじり寄ってくるのは、黒山羊会の軍師であるミカドである。

もはやこの世界ではファッションアイテムでしかない眼鏡をかけ、毅然とした姿勢でアラナミに圧をかけるその様はまさに仕事場の鬼上司である。...もうこの社会にそういう職場はないが。


「いや~、どうしても構えられると突撃しちゃいたくなるのよ」

「この遠距離優位のゲームでよくそんな真似が出来たものですよ、全く」

「つってもBCI制限掛かってたら流石に近距離職もまだまだいけるよ~」

「貴方のは"超"近距離職でしょう!使用率1%にも満たないのになぜそんなに強いんですか!」

「「そーだそーだ!」」

「なんだよみんなして...エンジも最強マンも大して変わんないだろ?」


もうこのやり取りも慣れたものだ。

ギルメンもみんなも何回繰り返したか分からない呆れ顔をみせている。


とはいえ、BCIという人間の思考速度を制限無し考えたら何億倍にも出来るヤバいチップを埋め込んだ人間は、制限アリで考えても遠距離で戦った方が間違いなく有利である。

かくいう黒山羊会の50人のメンバーのうち過半数は遠距離の魔法職と弓使いばかりであった。

その中でも、上位陣の4人のうち3人が近距離職なのは多方面から変わり者ギルドと評されるのも頷ける。


「まぁそんなことはいいから、さっさと利益分配!次の作戦目標!ほらやるぞ~」


アラナミの一声で再び物事が進んでいく。

ほどなくして、来週の攻城戦と挑んできている敵ギルドの情報共有を済ませた。

多少の雑談を交え、各々サメから離脱していった。



「いや~、これが100年以上前ならめちゃくちゃいい収入になってたんだろうなぁ...」


自分の口座に今週分の数百万の振り込みを見て、アラナミは呟く。

今の社会では、仕事の大半は機械に任せてしまっており、大半の人間はこうして娯楽という惰性に興じている。

それでも20歳になればBCIを活用した職に転じる事もままあるが、それはある程度個人の自由なので、享年まで何もしない選択肢も今はあるのだ。


「その内、地方の自然豊かな場所に家でも建てるか!こんなとこいたくないし」

「リョウジ、またそんな事言ってるのか。そんな物好きなことあまり他の人に言いふらすんじゃないぞ」

「はぁ...父さん俺がどうしようが別にいいだろ?そもそも母さんみたいに必須職に就かなきゃ、めんどくさいしがらみもないんだし」


2170年現在、職は大まかに2種分かれている。

機械をサポートする技師と、機械では任せれないサーバーを管理するサーバー管理者。

前者は機械が機械を管理できることもあって簡単に拒否出来るが、後者は市役所の労働職業部(みんなは労職と呼んでいる)から指名を受けるため、安易に断れない仕事をする必須職に分かれる。

必須職に指名されてしまうと、なぜ出来ないのかの理由も含めて面倒な手続きが必要になるので面倒くさいのだ。


「そもそも俺の世代みたいに、進化人類とか蔑まされてるのに頭の固いお役人の顔なんてなるべく見たくないよ」

「気持ちは分かるが...まぁ好きにしなさい。今はそんな時代でもないからな」


そういって、平らげたご飯の皿を自動洗浄機に入れていく父を見て複雑な感情を抱いた。


(なんで産まれただけで、別称を与えられて文句言われなきゃなんないんだよ)


「はぁ。ごちそうさま」


そういってリビングを抜け、自室へ戻る。

来週には誕生日がきて、労職からの通知が来るのかと嫌な顔をするとまんまんから通話が来る。

脳に直接響くそれに、手も触れずに反応すると回線が繋がった。


「アラナミ!来週の攻城戦が決まったわよ!その詳細は明日サメで会議するから、ちゃんと来てよね~」

「ん~、うん。」

「なんか素っ気ないわね、あれね、来週の労職の件でしょ!わかるわよ~、私もBCI埋め込んでからアラナミの言ってることわかっちゃったからね~」


通話先で「うんうん」と頷いてるまんまんの様子を察すると苦笑いがこぼれた。


「まんまんの年くらいならいいけど、どうも上の世代は未だに卑下してくるからほんと鬱陶しい事ありゃしないな」


外に出ればBCIを拒否した人もそれなりにいるので、その人たちが自分を見る顔を思い出して嫌気が差す。

義務化に伴い、強制的に埋め込まれたのは俺を含めた下の世代達が主だ。

もう世界的にみれば未装着者の割合は1割もいないが、その大半が日本に集中している。


今から40年ほど前、BCIを普及させるにあたりアカシックレコードというBCIを総管理する衛星が打ち上げられたのだが、その経過を経て日本は常に情報に後れを取っていた。

その影響はとても大きく、人の体に何かを埋め込むという忌避感を残したまま2150年の義務化がきてしまった。

もちろんデモも大規模なものが起きたが、アメリカの武力介入により即鎮圧、意を唱える暇もないまま現在に至ってしまったのだ。


「それじゃ私はサメに戻るわね!アラナミ早く来てよ~」

「まんまんは本当に俺のことすきだよなぁ」

「なにいってんの!アラナミだから付いて行ってるのよ!尊敬してるんだから、好きも嫌いもないわよ!じゃあね!」


嵐のような女が去り、シーンと部屋が静まり返る。

アカシックレコードに常時接続されているBCIを、脳で感じ取りながら思慮するが空に散るだけであった。

・・・


それから程なくして、20歳の誕生日を迎える。


「リョウちゃん誕生日おめでとう♪お母さん嬉しいわ~」

「リョウジもなんだかんだ言ってもう大人なんだな、おめでとう」

「ありがとう」


狭い集合住宅の一室で、家族三人めでたい日を祝いあった。

希望も夢も希薄なこの世界で記憶に残る場面になるであろう、と思いつつ長い幕開けを実感する。


「これ、お父さんとお母さんからのプレゼントね」


ありきたりなギフト包みで渡された小さい箱を開けると、指輪が入っていた。

じっと眺めると視界に説明文が現れる。


(波両次様、この度はご契約真にありがとうございます。当製品は指輪型BCI外部保護サポートシステムになります)


それはBCIが何かしらの欠損で、一時的に使用不可になった場合にこの指輪からBCI修復まで一時サポートを受ける外部機器だった。


「お母さん、BCIの管理サポートで働いてるじゃない?それで最近物騒な事件をよく聞くから、ほらね、心配で」

「わざわざ試験機を提供してもらったみたいだぞ?父さんの財布は寂しくなったがな」

「今こんなのも開発してるんだ、ありがたく使わせてもらうよ。まぁこれが必要になる事がないようにしなきゃね」


指輪を嵌めると人差し指にフィットするかのように、収縮した。

チクっと刺さる感触と、BCIと連携するかのような通信を一瞬感じたが特に問題なく装着した。

嫌っている大人でも、親は違う。

暖かさを感じて、その日は一度眠りにつくのであった。


ピッ...ピッ...と脳内に響く音に目を覚ます。


「ん~...労職からか。必須職じゃないといいけど...」


視線を動かし、送信された内容をチェックする。


「はああぁぁぁ~!?」


(両次様、こちらは労働職業部でございます。ご成人誠におめでとうざいます。ご成人につき職業の案内を申し上げます)


(此度は貴方の活動記録を参照し、東京総合庁舎サーバー管理をご指名申し上げます。10年の労働指名と月80万の給金を保証致します。)


「よりにもよってッ...!」

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