水泳無双

山田空

第1話 バスト85

俺は、なにかに本気になるということが理解できない。


モテたいから。楽しいから。それでいいじゃん。


なんでみんな、そんなに真剣になれるものを持ってるんだろう。


そんな疑問を心の奥にしまいながら、俺は水泳部に入部した。


もちろん、女の子の体が好きだからだ。


しかもこの学校、女子水泳部と男子水泳部で一緒にやるスタンスだった。


水面に跳ねる水しぶき。光る肌


――うおおお、興奮する。


そんな気持ちで入部したのに、俺は失敗ばかりで、まともに泳げない。


まあいいさ。俺は女の濡れた体が見たいだけだ。


そんな俺を見て、女子部の強気なバスト85の女が言った。


「こんなエロ猿が水泳にいる必要なんてない」


仕方がない。俺はやる気なんてないんだから。


そう思っていたら――


「この人はそんな人じゃありません」


女子部の部長(バスト70)が、俺を庇った。


引くに引けず、俺は勝負を受けることにした。

……勝てるわけ、ないのにな。


それでも俺は勢いよく水面にじぶんの体を叩きつけた。


隣のレーンの先を見たらバスト85もまた勢いよく飛び込みそのまま水をかきこむ


ルールとしてはどんな泳ぎでもよい。


そのためバスト85はクロールをしていた。


まるでその姿はきれいで


でも俺は負けられなかった。


なぜかって?


そんなの決まってる。


応援されるのなんて一度もなかった。


みんな俺をバカにする。


でもその言葉に否定する気持ちもわかなかった。


今だってバカにされてもその通りだとすんなり受け止めている。


でもでも応援されてその人の気持ちまで否定してしまったらダメだから俺は勝つんだ。


俺のためだけじゃなく俺を信じてくれたバスト70の部長のために


俺はばた足をした。


きっとその姿はぶっ格好でダサくてでも俺にとってははじめて本気になれた瞬間だった。


そして、いつの間にか終わってた。


いやそんなわけねえんだわ


いやなあに俺の覚醒をさっさと終わらせようとしてくれてんの?


わかった間違えた。


負けた。


結果を言えっていってるんじゃないの過程まで書くべきだと言ってるの


そうかわかった。


水しぶきをちらしながらバルンバルンと揺れ動くバスト85


それを追いかけるは俺


はあはあと息を吐く。


2人の距離は少し近づいてゆく。


2人の顔には水がびっしり


バスト85の顔にバッシャーンと水が飛び散る。


俺はばた足をしていた。


いや、正確には「ばた足」というより「水中で暴れる謎の生き物」だった。


犬かき?いや犬もびっくりのポージングスタイルだ。


でも腕を動かし足を蹴り、水しぶきをまき散らすたびに、俺の心は燃えていた。


対するバスト85はクロールで水面を切り裂く女神のようなフォーム


水しぶきが虹のように飛び散り、彼女の顔にはまるでビーチパーティー状態の水がかかる。


それでも彼女は目の前の壁に向かって一直線。


俺は笑った。


ぶっ格好でも、犬かきでも、誰に笑われても、今の俺は全力だ。


応援してくれた部長のためにそして自分のために


水しぶきとともに、俺たちの魂がぶつかる。

勝ち負けなんてどうでもいい。


ここにあるのは、笑いと熱意が混ざった、最高に楽しい瞬間だけだ。


アホだねえ叶うはずもないのにだって?


そりゃそうだ。


俺は天才でも努力家でもない。


だが、相手はきっとはじめたての俺なんかとは比べ物にならないほど幼い頃から努力してきた。


ラノベだったら圧勝で勝ったりするのかもな。


でもさ本来スポーツってのは素人がプロに簡単に勝てるようなことは起きないんだよ。


プロが驚く素人?そんなもんスポーツじゃない。


俺は全力だった誰よりも全力にこの水と言うだだっ広い世界を見た。


そして、その世界を誰よりも楽しんだ。


それでいいこれでいい。


俺は水しぶきの中だれよりもきれいに笑う姿を見せながら試合を終えるのだった。


そして、バスト85から試合に負けたら部活から降りろ。


そう言われていたので俺もまた潔く部活を降りようとしていた。


だが、なぜか部活届けをもって先生の元に向かう俺にバスト85が追いかけてきた。


「どうしたんだ?」


「どうしたもこうしたもあなたなに持ってるのよ」


「いやだって俺はこの部活にふさわしくないから必要ないと言ってたろ?だから負けたらやめなきゃいけないんだろうとは思ってた」


「いやじゃないの?」


「まあいやさだってやっと本気になれる場所が見つかったかもしれないんだから」


「そっか………ごめんなさいわたしあなたのこと見くびってたでも戦ってみてわかったあなたはエロいことばかり考えている人じゃない」


いやそれはどうだろうか


「だからわたしはあなたの味方でいたいお願いわたしのサポーターとして部活に残って」


「サポーターってなにすれば?」


「うーんっとねわたしが困ったときに助けてくれるような人」


「………それってただのパシりじゃんいやだよ」


「えっとそのごめんなさいあのねだからうーんっとねまあその」


バスト85がしどろもどろになりながら慌てる姿を見せていると後ろからやってきたバスト70が言葉を引き継いだ。


「前言撤回して部活に残ってほしいってことでしょ」


その言葉を聞いて俺は驚いたが同時に嬉しく思った。


だって残ってもよいってことだろ?


嬉しいじゃねえか


それも美少女にお願いされて


それに今日はじめて本気になれて


部活をやめるって理由ではじめた戦いがまさかこんな結果をうむなんてさ


俺は本当の意味で今日水泳部に入れた気分だ。


そう思いながら俺はずっとかけていたゴーグルをはずしみんなの元に戻るのだった。

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水泳無双 山田空 @Yamada357

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