誠実な神
吟遊蜆
誠実な神
神社の賽銭箱に小銭を投げて手を合わせ、頭の中で願いごとを繰り返していると、どこからともなく強めにエコーのかかった声が響いてきた。
「ならば次の宝くじを買うが良い」
わたしはこれが神の啓示というものなのかと思った。しかしそれ以前に気になることがあったので、わたしは脳内に神への疑問を思い浮かべてみた。
「たしかにありがたい情報ではあるんですが、わたしの願いごととは答えがだいぶズレているような気が……」
わたしが願ったのは片想い中の相手との恋愛成就であって、お金が欲しいという願いではなかった。
「だが金さえあれば、たいがいのことはなんとかなるであろう」
わたしは神とも思えぬその発言に耳を疑った。しかしその声は耳から聞こえてきている感じでもないので、耳を疑ったところで意味はなかった。
それにしても神様が人の願いを叶える方法というのは、このように大雑把なものなのか。わたしは理想論に過ぎないかもしれないとは思いながらも、素直に思ったことを神様にぶつけてみることにした。
「金でどうにかなるような恋愛は、たとえ入口はなんとかなったとしても、先々上手くいかないのではないでしょうか」
「なるほど、そういうものなのか。実は恋愛に関しては、あまり詳しくないのだ」
神様にもわからないことがあるのか。神は万能だとばかり思い込んでいたわたしは、少なからずがっかりして溜息を漏らした。すると神は慌てて言いわけをするように、
「それについ先日、他部署から異動してきたばかりでな」
と続けたのだった。わたしはその「部署」や「異動」という言葉のビジネスライクな響きに少なからず違和感を感じたが、いまどきは天国でも働きかた改革の観点から、分業制が普通になってきているのかもしれない。
「では恋愛部門の神様というのが別にいらっしゃるのでしょうか?」
わたしは失礼かと思いながらも、心の中でそう問いかけた。
「いるけど、遠いよ」
神様は気分を害したのか、投げやりにそう答えた。
「でもそこは神様同士、なんというかテレパシー的なあれで、意思疎通できたりはしないんですか?」
「お互いのLINEとか知らないんだよね。ほらよくあるでしょ、漫才師が相方の電話番号知らないとか」
わたしはだんだん、神様と話している気がしなくなってきた。おかげで言うべきことを言いやすくなったのも確かだった。
「でもここって、恋愛成就の神様で有名な神社ですよね? そこで売ってるお守りにも、《恋愛成就》ってがっつり書いてありますし」
「まあでも、必ずしも希望の部署に配属されるってわけでもないからね」神様の口調は、すっかり言いわけがましいサラリーマンのそれになっていた。「それに君らの会社と違って、異動先が不満だから辞めますってわけにもいかないっていうか、辞めたらほかに行くとこないし」
「神様も大変なんですね」
わたしがそう言って人間が人間に示す同情の言葉を口にすると、しかし神様は逆ギレ気味に、
「宝くじ当たるのそんなに嫌なの? こっちのほうが難易度高いと思うけど」
と恩着せがましく開き直ってくるのだった。だがそう言われるとたしかに、向いていない仕事を無理にさせるのもお互いに利がないし、ここは素直にいただける御利益だけをいただいておいて、恋愛に関してはまた別の場所で専門の神様にお願いすれば良いのではないか。
「わかりました。ではさっそく宝くじを買いにいくことにします」
「OK! じゃあ一枚で当たるようにしとくから」
神のその口調があまりにも軽すぎることが気になったが、わたしはその足で宝くじ売り場へと向かい、三百円払って一枚だけ宝くじを買って帰った。
それから約一ヶ月後に当選発表があり、ネットで番号を確認すると、その宝くじは間違いなく当選していた。
そしてわたしは銀行の窓口で当選したくじと引き換えに、百円玉を三枚受け取った。あのとき神の野郎に、当たるのは何等かをきっちり確認しておくべきだったと思った。
誠実な神 吟遊蜆 @tmykinoue
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます