万博観光、オマケ。

口十

八月下旬

【八月二二日】

 そうさな。私はこの旅程が決まった頃よりワクワクしていた。翌日、私は大阪万博に向かう。その前日譚というわけだ。

 はじめは何だか人が多いだけだし夏場であるし、乗り気ではなかったのだけれど、話を聞いたり、万博にいて調べていくうちにドンドンと気になりだして、だけれんど、本懐は調べないでおいた。

 私は旅行をするとき、決まってしゅたる目的に就いてあまり調べないでおく。無論、最低限の情報や、気になるものがあるかどうかは調べるが、有無だけ調べておいて、極力、マァ例えば食事はどんな味なのか、とか、どんなメニューがあるのか、とか、そういったものは調べずにおくのだ。

 と言えど、何処へ向かうか。寄り道するなら何処に寄るか。何かは決めておくのだが。

 個人的な見解ではあるが、事前知識は特筆して旅にいては邪魔なものだと考えている。その場その場で感じたものがすべてな訳で、前もって知ってしまうと余分な感情が生まれて仕舞しまうと思っている。

 例えば、有名人がテレビやらネットで「これがとても美味しいです」と大きく売り出していたとする。そうすると、しかしたらそれよりも美味しいメニューがあるかもしれないのにその商品ばかりに目がいって本当に自分の舌に合う料理が見つからず、将又はたまた誇大化してしまい、存外だな……と間違った評価をしてしまい、本当の楽しさを見つけられない儘、店を終えてしまった。ナンテことが起こり得るのだ。

 サテ、ここからが今日の話だ。

 今日はと云うとだな。寺に行ってきた。長谷寺と云うらしい。マァしかし、然程信心深い訳でもないので、私の投げた賽銭は寺の維持費に使ってくりゃれ。と思い思い投げた。

 しかしマァ、昔の日本人には驚かされる。寺やその境内を作ったのもそうだ。三〇〇以上ある階段の屋根を木造で造ったのだから呆れてしまう。若しかしたら後世になって機械が導入されてから造られたものかもしれないが……。マァ目を瞑ろう。

 何よりも、仏像の作りだ。それこそ平安の時代に造られたものが、令和の時分にすら残っていて、神仏に興味のない私の心を揺さぶっているのだから。

 私はビジュアルシンカーとやらでもなければ、言語思考者という訳でもない。訳でもないというよりかは、両者を持ち合わせていると言った方が正しいのだろうか。だからなのか、神仏を見たとき、美しいし、崇めたくなる気持ちも、こうまでして後世に残したいのだともわかった。半面、タダの木彫りをナニここまでたてまつっているのだと、冷めている自分もいた。無論、考え方の違いだけでこの二面性が生まれたわけではないだろうが、それでもこの二つの感情はいつかの自分に報いてくれるだろうと信じている。

 その後、ナンチャラ時代の亀石石造物と謎に彫られた巨大な意思を見に行ったが、これは然程私を揺れ動かさなかったので省略する。手塚治虫のなにがしかの漫画に現れた重要なものらしいので、ファンなら見に行って損はないだろう。ついでに隣接する店で買った紫蘇ジュースが思ったよりも美味しかったので、来て失敗ではない。

 そうして今ホテルに着いて休憩している次第だ。本来、祖母がこの露光には付いてきて、私と同じ部屋に泊まる予定だったそうだが、別の家庭の孫の面倒を見る為に今回は見送りとなったので、私は広いこの部屋を我が物顔で占領できる訳だ。

 と言ってもやることと言えば読書か執筆なのだから、つくづく私は一辺倒だなと思うわけだが。

 サテ、これから夕食に出向く為、一度ペンを離す。






【八月二三日】

 万博当日だ。私は起きた頃より興奮していた。しかし、持病の不眠症のせいか、あまり快眠とは言い難く、時間も取れなかった。だからどうか。今日の私はいつにも増して不機嫌に一日を終えることとなった。

 万博に関しては、私は食事、特にアルコホルの類に興味があった。と言えど、ドイツ館には行けてないし、英国の有名なウィスキーを扱ったバーとやらにも行けなかった。この二つは以前より目をつけていたのだが、私の見通しが甘かった。

 どうやら今日は花火の祭典の日だったらしい。人はごった返し、パビリオンは凡て超満員。花火を見に来たであろう客が昼から津波のように押し寄せてきては、三時間かかる行列をそこかしこで作っていた。

 それはレストランでも変わりない。ドイツ館には入場制限がかかり入れず、英国のバーに至ってはウィスキーを一つ流すのに一時間以上待たされる。

 しかし、午前から混みだす一時までに買えた飲食物は異国譲渡溢れ、私に幸福と興奮を与えてくれた。特に美味しかったのが、トルコのkokoという店で扱っている……名前は何だったか。トルティーヤらしき生地に包まれた牛肉だ。

 面白いのが、牛肉と言えば日本では溶けるような、とか肉汁が溢れて……なんてものを求められるのだが、この店の牛肉はアッサリとしていて、肉汁が溢れるなどもない。代わりにシッカリとした噛み応えと、旨味なんかが私の口腔に広がったのだ。ここまで「牛肉」というものに求められるものが異なるとは思わなんだ。

 他にもネパールでは現地の麦酒ビールを頂いたりなんかした。私はどうやら日本の缶ビールが苦手なだけなのか、沖縄でもそうだったのだが、瓶に入った一般的なものとは異なる麦酒はイケるようだ。

 そこまでは良かった。そこからは先に述べた人の波が押し寄せ、どこも込み合っていて並ぶ気にもなれず、歩いては木陰で休みを繰り返していた。

 サテそろそろ病弱な母親が限界だということで帰り時間が決まった頃、余りの時間で能登に拠点を置くらしき和太鼓集団に出くわした。

 久しぶりに生での和太鼓に胸が高鳴った。しかし凄いものだ。大きな太鼓を打ち鳴らすその腕力もさることながら、小太鼓によるリズムキープの安定性に驚かされた。五人程が座って小太鼓を均していたのだが、何ともマァ手の上げるタイミングまで合っている。それに女性陣の奏者もおり、常に笑顔でマァ賑やかなものだった。

 その後もオーストリア館でいちごワインを飲んだりなどしたが、愈々いよいよ足に限界が来たものだから待ち合わせ場所に行こうとなったが、途中高知市の特産品やら個人の作ったアクセサリーなんかが売っている点との集まりを見てしまった。

 そこで私は一瓶五千円もするジンを買ってしまった。世界一を取ったことのある方の作ったここでしか買えないものだそうだ。

 私は昔より、期間限定や新商品という謳い文句につくづく弱い。だものだから買ってしまった。予算の範囲外だ。明らかな赤字なのに花の蜜の様に吸い寄せられてしまった。

 帰り路、私は心身の疲労に、なりかけの熱中症によっておよそ人と話してはいけないという程に機嫌が悪くなってしまった。

 ホテルの駐車場をウロチョロとしている様も実に腹立たしく感じてしまい、私はハッキリと聞いたというのに他の皆の相違で電話で聞いた方向とは異なる方へと車を進めたりと、私の怒りの糸をピンピンと弾くのだ。

 そこで思ったのが、次女の成長ぶりである。今迄なら私のことをなだめるにしても逆に苛立ちを促進させたりなどをしていたが、今日は違った。誰も苛立たせることなく私の苛立ちを抑えると共に笑わせてくれた。

 今日はいやに疲れたというのに、持病の不眠症のせいで気楽に寝れぬ。そもそも、眠気という感覚がどういうものかを忘れる迄には眠剤での睡眠が続いたので、どうしても気持ちよく寝れることができない。

 書いている今、日が変わった。愈々本格的に寝なければ。明日も少しばかり観光するそうだ。





 二四日は殆ど機嫌が悪く日記を書くほどまでに調子が上がらなかったので割愛する。済まない。

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万博観光、オマケ。 口十 @nonbiri_tei

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