声劇脚本『ボクの居場所は』

夏島裕治【ナツシマ ユウジ】

『ボクの居場所は』

題名:『ボクの居場所は』

作:夏島裕治 


・九条誠一朗(クジョウ セイイチロウ):その名の通り誠実で真面目。真面目ゆえに自分に厳しく、妥協を許さない。他人の評価が気になる。一人っ子。エリート一家に生まれた故に期待をたくさんされてきたが、その中ではあまり輝くことが出来なかった。一浪か二浪を経験している。(一人称・私)アダルトチルドレン。心は幼いまま、感情は抑えてきた。※存在しない誠二朗と会話じゃない会話をしている設定(独り言だけれど)会話をしている風に演技してください。

・九条誠二朗(クジョウ セイジロウ):誠一朗の弟、だが誠一朗が作り出した偶像。存在しない。鏡にしか現れない(誠一朗が妄想しているだけで映っているのは誠一朗なので)。セリフ無。二歳離れているという設定。

・ボク/心:誠一朗の心であり、誠二朗でもある。会話をする。誠一朗の心その物で、大人になれなかった部分(欲求)などから誠一朗よりも幼い部分がある。※ト書きも読む。(ボクとト書き(「私」)で読み方を変えて演技してください。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


時刻は23:49、今日も私はへとへとで帰ってくる。


誠一朗:ただいま~。あぁ、今日はアイツの方が早かったか…。


「おかえりなさい」という返事はない、それでも不思議と言ってしまうのは、私だけだろうか?


誠一朗:誠二朗、飯食ったかなぁ?あ、…もうこんな時間か、寝てるのかな。


誠二朗は私の二つ年の離れた弟、私とは違い、素直で明るい。私はそんな弟を頼りにしている。


誠一朗:もう疲れちゃったよ、シャワーだけ浴びて寝ようかなぁ


私は最近残業をすることが多い。というのも、まだ入社して二年であるのにありえない量の仕事を任される。毎日毎日こんな生活、本当に苦しくて、正直辞めたいけれど、苦労してやっとつかんだ就職先、辞めていいのだろうか。そんな風に考えて、日だけが過ぎて、感覚が麻痺してきた。苦しくて苦しくて(ボクは)いつも泣いている。


誠一朗:助けを求めたって、誰にも届かな…、あれ、誠二朗じゃん、起きてたの?


そうして私は洗面所に向かった。そこには疲れて眠たそうな顔の誠二朗がいた。誠二朗は私によく似ている。自分でも双子なんじゃないかと思う程に。


誠一朗:聞いてくれよ、誠二朗。今日またさぁ、仕事が終わらなくて言われちまったよ、上司に。「高学歴なくせに、お前は本当に使えないな」って…。え?誠二朗も?…そんな事言われたのか?何だその上司、腹立つな。…あぁ、でもそれはお前だけには言われたくないよ、お前も十分疲れた顔をしてる。…誰がゾンビだよ!お前もゾンビみたいだぞ!


ふざけている筈なのに、笑えない。涙が出てきた。苦しい。私はこんなことを言われるために、勉強をしてきたのか


誠一朗:ごめん、…泣きたいのは誠二朗も同じだよな。…あぁ、話したよ、辞めたいって。でも…酷いよなぁ、父さんも母さんも「まだ二年しか勤めてないでしょう、三年も持たなかったら、何処に行ったって使えない」って口を揃えて言うんだぜ?…誠二朗もそうだもんな、いっそ二人して辞めちまうか?なんてな。…名案って…次も考えてないのに辞められるかよ。…


体中が張り裂けそうだ。その二年で、私が再起不能になったらどうしてくれるんだよ?私は、もう…


誠一朗:(ト書きに被るように)もう、限界だよ。誰も、見ちゃくれない。残業した方が偉いってなんだよ、なぁ?しても評価されねぇし、意味が分かんねぇわ。人も少ないくせに全然いれないしよぉ。


そんな風に思うくせに、声に出せなくて、いつか評価してくれるかも知れないから、ずっと無理をする。ずっと愛想笑いをしている。(ボクの)すり減る音がする。痛い。


誠一朗:…あぁ、ごめん。そうだよな、誠二朗は見ててくれてるもんな…。誠二朗は優しいな…頼れない兄ちゃんでごめんな。お前がいてくれて良かった。毎日、助かっているよ。これからもずっとそばにいてくれよな。…え?しょうがねぇな、じゃあ今度な。今度ケーキでも買ってきてやるよ。それでいいだろ?全くお前って奴は…。あぁ、明日も早めに出社しなきゃいけないから、シャワー浴びたら寝るよ。おやすみ。


そういって私は誠二朗と別れた。誠二朗は、私が欲しい言葉をかけてくれる。他の誰もくれない、優しい言葉を。


誠一朗:あぁ、シャワーだけでだいぶリフレッシュする…、ん?耳に水が入ったかなぁ?ぼわぼわする…。いいや、早く寝よう。


気づくべきだった。もっと早く。いや、違う気づかないふりをしていた。「この程度、ちょっとおかしいだけだ。すぐ治る」「気のせいだ」そんな事を考えて、(ボクは)縛られ、閉じ込められてしまった。暗い、暗いよ。痛い。狭い。私はいつの間にか眠っていた、泥に沈むように、ズブリズブリと夢の世界へ引きずり込まれていく。…その日も悪夢を見た。いつも魘【うな】されるけれど、今日のはいつもと違った。私は実家にいた。まだ幼い、社会の目、親の目をあまり気にすることのなかった、素直な私が。


誠一朗:今日は何をしようかなぁ、そうだ、サッカーをしよう。誠二朗!誠二朗!どこにいるの?


私は必死に実家の中を探した。リビング、風呂場、父の書斎、寝室、自分の部屋…ここで異変に気づいてしまった。いや、これは異変なんかじゃない、正常だ。でも私にとっては異変だった。「誠二朗の部屋」が無い。


誠一朗:あ、あれ…?誠二朗の部屋ってどこだっけ?


私の家は比較的裕福な家だ。部屋を子供一人ずつ与えられるくらい広い敷地に大きな家建っている。でも、無い。誠二朗の部屋がどこにも無い。


誠一朗:誠二朗、どこだよぉ


私は半泣きになりながら誠二朗を探した。すると、洗面所の方からすすり泣く声がする。私は走ってそこに向かった、さっき探したはずなのに。中で誠二朗はうずくまって泣いていた。


誠一朗:誠二朗、ここにいたの?おかしいなぁ。ここはさっき探したのに。


おかしいのは、私の方だ。そこでも気づけなかったけれど。誠二朗が振り向かずに言った「おかしいのはお前だ」と、とても少年とは思えない、低い、どこか聞き覚えのある声で


誠一朗:…ひっ?!


私は固まってしまった。立ち上がり振り向いた誠二朗には頭が無かった。そこで私の目が覚める。厭な汗をぐっしょりとかいて、たくさんの涙を流していた。


誠一朗:はっ…はっ…、何だったんだよ、今のは。くそっ…


私は起上ろうとした、しかし、身体はピクリとも動かなかった。


誠一朗:え…?なん…だよ、これ。


私はパニックになった。そして呼んだ。最愛の弟の名を、どこかで無駄だと知りながら



誠一朗:せっ…誠二朗!誠二朗!助けてくれ!誠二朗!…誠二朗…


来るはずのない弟の名を必死に呼んで、私は泣いた。分かっているんだろう?分かっているじゃないか。本当は自分に弟なんていない事、自身が一人っ子だという事。サッカーなんて壁に向かってボールを蹴るか、友達としかしたことない事


誠一朗:知らない


知らなくない。ボクは知っている。


誠一朗:お前、閉じ込めた筈なのに、出て来るなよ


君が呼んだくせに、寂しいから。誠二朗が来ないから、独りが嫌だから。聞こえてたんだろう?ボクの声、どうして無視するの?


誠一朗:お前がいると、仕事がままならなくなるから


仕事がそんなに大事?


誠一朗:当たり前だろう?


偶像を創りだして、自分を慰めて、無理をして、そうして動けなくなっているのに?


誠一朗:だって!そうじゃないと、会社や親に迷惑が掛かるだろ!


ボクは苦しい。


誠一朗:…っ…


ボクは悲しい。私はもう大人なのに、なにに縛られているの?


誠一朗:…それは…


ボクはもう閉じ込められたくない。ずっと痛いのも、ずっと悲しいのも嫌だ。


誠一朗:そんなの!…分かってるよ。本当は分かってる。…わ、…私も…もう嫌だ…。こんなに息苦しいのは、もう嫌だ。変わりたい。変わりたいよ…!


その時、ボクはふわっと軽くなった。泣いている私、やっと分かってくれた。そう、ボクを、自分の心を守れるのは結局は自分しかいないんだ。誠二朗だってボクたちの一部だった。傷ついたボク達は誰かに優しくされたかった、そうしてほしかった、その欲求が溢れてしまった。だから、ボクである私は、誠二朗という偶像を創りだしてしまった。でも、それって悪い事じゃない、そう思いたい。だって、心の拠り所だったから。依存は怖ったけれど、それでも自分はこうして欲しいんだって分かったから。どれだけ傷ついていたか分かったから。


誠一朗:…ごめんな


本当だよ、どれだけ苦しかったか、もう無理をしないで、本当に。


誠一朗:…分かってるよ、大体、今は身体が動かないし。…辞めるよ、会社。こんなにひどい所だったんだから、他の所はきっと今よりはマシだ。


そうだね


誠一朗:そうと決れば、今日は人生初、有給使おう。今さら何を思われてもいいや。


やったね、ゆっくりしようよ


誠一朗:そうするよ、…その、ありがとう


感謝されることは何もないよ。君はボク、ちゃんと気づいてくれてよかった


誠一朗:私は、独りじゃないんだな


そうだよ、ボクが完全に死なない限りは、ずっとそばにいるよ


誠一朗:…あぁ、これからは、ちゃんと守るから。自分を。


そうして欲しいな。たまには歩く足を止めて、ボクに話しかけてね?ボクが傷ついていたら、君も傷ついているんだから。


誠一朗:あぁ、もう、大丈夫。きっと、きっと、私は私の道を歩いて行ける。気づくことが出来たから。もう縛るものは何もない。私の居場所は、私が決める。


意志の強そうな目で私は言った。良かった、一度は縛られて、閉じ込められて、追いやられてしまったけれど、ボクの居場所はちゃんとここにあった。


―fin―


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